おまけ:軽薄な男と、安らぎの夜
薄暗い自室の扉が開き、気安すぎる足音とともにいつもの男がひょっこりと顔を覗かせた。
「よぅ! 元気か?」
「…………」
返事をする気力すら湧かず、私は机に突っ伏したまま視線すら向けない。
男は大げさに肩をすくめて部屋へと上がり込んできた。
「たくよ〜、この俺様がせっかく愛想よく挨拶してやってんのによ〜。つれねぇ態度すんなって」
「……はぁ。疲れてるの」
「そっか。人間界での暮らしってのも、色々大変なんだな? ……じゃあ、俺の力を少し分けてやろうか?」
「……別に、いい」
「遠慮すんなって。こう見えても、俺はお前の立派な『旦那』サマなんだからな?」
「……はぁ。本当に、あのとき頷いたのを失敗したわ」
「おいおい、そんなこと言うなよ! ほら、もっと元気出せって!」
カラカラと屈託なく笑う男の軽薄さに、私は深く息を吐き出しながらベッドへと身を投げ出した。
「……もう寝るから。あれ、ちょうだい」
「おう! いつもの『お休みのハグ』だな? ……その代わり、いつも通りちょっとだけ貰っちまうぞ?」
「……うん。ありがと、助かる」
「おうよ、任せとけ!」
大きな腕がふわりと背中に回り、ぎゅっと抱きしめられる。
男の胸元に顔を埋めた瞬間、身体の奥底から熱がじんわりと吸い出されていくような、心地よい脱力感と気怠さに包まれた。
彼に抱きつかれて眠るとき、いつも身体は鉛のように重くなる。
けれど——毎晩のように私を苛んでいたおぞましい悪夢は、彼が側にいる夜だけは一度として訪れなくなった。
不眠症の私にとって、それは何物にも代えがたい救いだった。
「……おやすみ」
「おう、いい夢見ろよ」
頭の上に置かれた大きな掌の温もりを感じながら、私は静かで深い眠りの底へと沈んでいった。




