121話 先輩、全然反省していない
ロープを解いて口枷を外した瞬間、陽向先輩は目を輝かせて跳びついてきた。
「ありがとう〜〜! 後輩く〜〜ん!」
そのまま抱きつこうと腕を広げて突進してきた先輩を、俺は紙一重でスッと真横にステップして回避した。
「……あれ?」
空振って床に突っ伏した先輩を横目に、俺はリビングのテーブルへと向かう。
「ご飯食べるか、忍」
「はい! 兄さんの分、温め直してありますよ」
テーブルに並ぶ料理の前に座ると、起き上がった先輩がすかさず俺の隣の椅子を指差した。
「私、後輩くんの隣がいい〜!」
「陽向先輩? あなたのお席はこちら(兄さんから一番遠い対角線)ですよ?」
「あっ……う、うん!」
忍の笑顔の裏に潜む凄まじい威圧感に屈し、先輩はおとなしく指定された席に座った。
食事が始まると、先輩は箸でハンバーグを小さく切り、満面の笑みで差し出してくる。
「後輩く〜ん、あ〜〜ん♪」
俺が口を開けるよりも早く、横からヌッと伸びてきた忍の顔がそれを横取りした。
パクッ。
「あぁっ! 忍ちゃん! 今のは後輩くんに食べさせてあげようとしたのに! もう!」
「ダメですよ? 兄さんをこれ以上甘やかすのは私の役目です」
もぐもぐと平然と咀嚼する忍に抗議する先輩を眺めながら、俺は苦笑いしつつ自分の分の白米をかき込んだ。
食事が終わり、片付けを終えた頃。先輩はふわぁと大きなあくびをして目を擦り始めた。
「ん〜……なんかお腹いっぱいになったら眠くなっちゃった。後輩くん、ベッド貸して〜?」
「分かりました。陽向先輩、客室のお布団はこちらですよ」
「はーい、おやすみ〜」
忍に連れられて先輩が客間へと入っていったのを見届け、俺は肩の力を抜いた。
「ふぅ……さて、俺も風呂でも入るか」
数十分後。
湯船でしっかりと疲れを癒やし、腰にタオルを巻いて脱衣所の引き戸を開けた。
「ふぅ……さっぱりした」
ガラガラッ!
「後輩く〜〜ん! 一緒に入ろ〜〜!」
脱衣所の扉を開けた瞬間、バスタオル一枚だけを巻いた陽向先輩が無防備極まりない笑顔で突撃してきた。
「せ、先輩ッッ!? なんでここに!?」
心臓が止まりかけたその刹那、背後から音もなく伸びてきた手が、先輩の首根っこをガシッと的確に鷲掴みにした。
「……大変お騒がせいたしました、兄さん。即座に回収して隔離いたします」
「お、おう……助かる……」
背後に黒いオーラを立ち上らせる忍に引きずられ、「あぁ〜ん、後輩く〜ん!」と叫びながら闇へと消えていく先輩を見送りながら、俺は冷や汗を拭って深く息を吐き出すのだった。




