幕間 効いていたことにしておきましょう?
特務機関・地下懲戒室】
冷たいコンクリートと鉄格子に囲まれた地下の懲戒室。
パイプ椅子に座らされた坂倉の前に、厳しい表情を浮かべた上官——斎藤が立っていた。
「坂倉」
「……なんですか?」
悪びれる様子もなく、爪の先を眺めながら気のない返事をする。
「お前の本来の目的は?」
「監視やね」
「実際にやったことは?」
「拉致、監禁」
「……はぁ」
あまりに淡々とした自白に、斎藤は深く頭を抱えて重いため息を吐き出した。
「ふぅ……それがどういうことになるか、分かっていないのか? 神格対象への独断専行など、機関全体の危機を招きかねんぞ」
「大丈夫やで? 今回の件で、例の『試作品』が神相手にも有効やって分かったし。結果オーライやで?」
「? ……まさか貴様、試作段階の対神格用麻酔銃と拘束具を試したのか!? 結果は!?」
「ちゃんと効きましたわ。効果持続時間は……およそ2時間ってとこやね」
「なるほど……! よくやったな坂倉、それは極めて有益な実証データだ!」
斎藤の顔に興奮が走る。組織にとって喉から手が出るほど欲しかった実験結果に、空気は一変した。
「よし、今回の独断専行の罪は少し軽くしてやる」
「ほな、お咎めなしで?」
「調子に乗るな。しばらく謹慎、それと反省文を提出しろ」
「なんや……はぁ、面倒くさ……」
斎藤が満足げに部屋を出て行こうと扉に手をかけた、その瞬間だった。
「——坂倉さん?」
背後から掛けられた、可憐で鈴を転がすような甘い声。
「……? ッッッ!?」
坂倉の背筋に、凍りつくような悪寒が走った。
振り返ると、鉄格子の内側——空間の歪みから音もなく現れた西条忍が、花のような笑みを浮かべてそこに立っていた。
その足元には、先ほどまで偉そうに喋っていた斎藤が、白目を剥いて床に崩れ落ちている。
「あは♪ この前は大変お世話になりました!」
「……忍ちゃん。なんで、ここに……? あれ? 斎藤君は……?」
「ふふ、この人には一時的に眠ってもらっています。お邪魔ですから」
「そうかいな……。それで? 僕を殺しに来たん?」
坂倉は冷や汗を流しながらも、努めて平然を装って尋ねた。
だが、忍から返ってきたのは予想外の言葉だった。
「いえいえ、滅相もありません。今日はお礼を言いに来たのですよ」
「……?」
「あの事件のおかげで、兄さんがますます私に依存してくれるようになりました! 私を壊されるのを怖がって、ずっと側にいてくれるんです……♪ そのお礼です」
「……そ、そうかいな。それは何よりやな……」
狂気すら孕んだ至福の笑顔に、歴戦のエージェントである坂倉ですら気圧される。
忍は一歩近づき、満面の笑みのまま、その紅い瞳をスッと細めた。
「はい! ……でも、もう二度と私たちに関わらないでくださいね? 次ちょっかいを出したら……本当に、存在ごと消し殺しちゃいますよ?」
「……勘弁してぇな。もう二度とごめんやわ」
「ふふ、賢い選択です。……それと」
去り際、忍は悪戯っぽく唇に人差し指を当て、坂倉の耳元に囁いた。
「あの試作品の麻酔と拘束具……私には最初から、これっぽっちも効いていませんでしたから」
「……っ!?!?」
目を見開いて絶句する坂倉を残し、忍の身体は黒い霧のようにスッと空間へ溶けて消え去った。
静まり返った懲戒室で、坂倉は額の脂汗をぬぐい、乾いた笑いを漏らすしかなかった。
「……ははっ、マジでヤバすぎるやろ……。これ、上には絶対に言わんとこ……」




