97話 ずっと、俺のそばにいてくれ
「兄さん! 私、もう大丈夫ですよ?」
涙を拭い、気丈に振る舞うように見上げてくる忍。
だが、俺はすぐに言葉を返すことができなかった。
「……」
「……兄さん?」
心配そうに小首をかしげる妹の手を、俺は力強く、二度と離さないように握りしめた。
「……帰るぞ」
「はい!」
上着に包まれた忍を抱き寄せるようにして立ち上がり、駆けつけてくれた仲間たちに向き直る。
「葛西、助かった。……本当に、ありがとな」
「おう! 気にすんなって! 忍ちゃんが無事で何よりだ!」
直哉がニッと笑って親指を立てる。俺たちが倉庫を出ようとしたその時、後ろから凛とした声が割り込んできた。
「待ってくださいまし! 私の家の車で送りますわ!」
「……王城? いたのか」
「最初からいましたわよ!! 葛西さんと一緒に駆けつけたではありませんか!」
頬を膨らませて怒る舞香の言葉に甘え、俺たちは王城家の迎えの車に乗り込み、自宅の前まで送り届けてもらった。
玄関のドアを閉め、二人きりのリビングに戻った瞬間だった。
ぎゅっ……と、俺の腕が忍の細い身体を引き寄せていた。
「……兄さん?」
突然の抱擁に、忍が驚いたように目を丸くする。俺は忍の肩に額を埋め、震える吐息を漏らした。
「……怖かった」
「?」
「お前が……壊されるのが、本当に怖かったんだ」
あの時、薄着姿で首輪をつけられ、鎖で引かれていた妹の姿。
一歩間違えれば、二度と取り返しのつかないことになっていたかもしれないという恐怖が、今になって全身を苛んでいた。
「兄さん……」
「今日はもう、どこにも行かせない。……ずっと、俺のそばにいてくれ」
俺の弱々しい懇願に、忍は一瞬息を呑み、そしてこの上なく甘く愛おしげな声で囁いた。
「……はい、兄さん。私も、ずっとそばにいますよ」
忍は背中に腕を回し、優しく俺を抱きしめ返す。
兄の温もりを感じながら、忍の紅い瞳の奥で、冷徹で計算高い笑みが静かに浮かんでいた。
(……ふふ、結果オーライですね。あんな不愉快な目に遭わされたのは万死に値しますが……今は、こんなにも私を求めてくださる可愛い兄さんを、骨の髄まで堪能しないと……♪)
妹の抱く底知れぬ独占欲に気づくこともなく、俺はただ、温かな腕の感触に縋り付くように抱きしめ続けるのだった。




