93話 逆鱗
「クソッ……格好つけたはいいが、こりゃマジでヤバいな……!」
葛西は息を乱しながら、全方位から迫る狐の式神を睨み据えた。
「よっとぉ!」
飛びかかってくる一体の爪を槍の柄で弾き、返す穂先で別の一体を牽制する。
だが、倒しても倒しても闇の中から新たな影が湧き出してくる。
(ジリ貧だな……数が多すぎる!)
焦りが一瞬の隙を生んだ。葛西の背後、死角から鋭い爪を光らせた狐が音もなく跳躍する。
気づいた時には、すでに槍を引き戻す動作が間に合わない。
「しまっ——」
ドガァァァァァンッッ!!!
真横から放たれた極大の火炎魔法が狐を呑み込み、爆炎が消えた時、直哉を囲んでいた式神が数体まとめて霧散していた。
「怪我はないかしら、葛西さん?」
煙を払いながら現れたのは、凛とした佇まいで魔導杖を構える舞香だった。
「王城……ッ! 遅かったじゃねえか!」
「ええ、急な呼び出しでしたから準備に手間取りましたの。……さて、残りも一気に片付けますわよ? これ以上、油断しないでくださいまし!」
「おうよ! 助かったぜ、一気に行くぞ!」
舞香の合流により、外の戦況は一気に逆転へと傾き始めた。
【一方その頃 —— 廃倉庫の最奥】
「ほな、行こうか?」
坂倉は冷笑を浮かべながら、忍の首輪に繋がれた金属の鎖に手を伸ばした。
「な、何をするんですか……!?」
「散歩やで?」
「ッッッ……嫌です! 離してください……!」
「言うこと聞かんと、どうなるか分からんの? 」
「……っ……ごめんなさい……」
坂倉にグイと鎖を引かれ、忍は首輪をつけられたまま四つん這いで後を追わされていた。
「ほら、ちゃんとついてきいや?」
「……はい……っ」
坂倉はその従順な返事に、歪んだ優越感を満たして満足そうに笑った。
その時だった。
ガララララッ……!!
乱暴に引き戸が開け放たれ、埃混じりの冷気が部屋の中へと吹き込んできた。
「……?」
「……し、の……ぶ……?」
肩で息をしながら飛び込んできた章の視界に飛び込んできたのは、薄着姿で首輪をはめられ、四つん這いで鎖を引かれる妹の姿だった。
「兄さん……ッ! 見ないでください……! お願いします、見ないで……うぅっ……!」
忍は恥じ入るように顔を伏せ、ボロボロと大粒の涙を床に零す。
その痛々しい姿を見た瞬間、章の中で何かが決定的に音を立てて千切れた。
「何や、もう追いついたんかいな? 早いお着きやな、お兄ちゃん」
飄々と肩をすくめる坂倉に向けられたのは、常軌を逸した冷気と、視線だけで命を削り取るような殺気だった。
「……殺す」
低く、地這うような章の宣告に、坂倉はヘラヘラと笑いながら手をひらひらと振った。
「おお〜、怖いわー。やれるもんならやってみぃや?」
静寂に包まれた倉庫の中に、『小虎』の切っ先が静かに坂倉へと向けられた。




