91話 囚われたフリ
カビと埃の匂いが鼻をつく。重く澱んだ空気の中、忍はゆっくりと意識を取り戻した。
「うぅ……ここは……?」
「起きたんか? ……身体、動かんやろ?」
背後からかけられたのは、あの聞き覚えのあるエセ関西弁だった。
手足を特製の魔導拘束具で縛られ、床に転がされた忍は、身動き一つ取れない状態になっていた。
「ッッッ……!」
「専用の麻酔薬と拘束具をぶち込めば、どんな強い奴でもこんなもんなんやな?」
薄笑いを浮かべながら見下ろしてくる坂倉に、忍は怯えたような声を絞り出す。
「な、なんで……こんなことをするんですか? やめてください……!」
「僕の趣味のためや。上からは『監視せえ』って言われてるけど……いっつも自信ありそうに余裕ぶっこいてる奴が、目の前におるんやで? 指くわえて見てられるかいな! ……なっ!」
グイッ!
「あっ……!」
首元に巻かれた冷たい金属製の首輪を、鎖ごと強引に上に引っ張り上げられる。
拘束具のせいで魔力も封じられ、衣服を剥ぎ取られて薄着にされた忍の白い肌が、倉庫の冷気に晒されていた。
「うぅ……恥ずかしいです……やめて……」
「ふむ……プライドもへったくれもなく地面這いつくばって、その目に浮かべた涙……たまらんわ! その屈辱に歪んだ顔が見たかったんや!」
坂倉が下卑た笑みを浮かべて顔を近づけてくる。
怯えたように震える忍だったが、伏せた長いまつ毛の奥——その紅い瞳の奥底では、冷徹な計算が静かに巡っていた。
(……とりあえず目的は分かりましたね。この男の身勝手な暴走。……なら、もう少し調子に乗らせて泳がせましょう。)
「あの……」
「何や? あの時の強気な態度はどうしたんや、もっと威勢よく罵ってみいよ」
「ご、ごめんなさい……あの時は調子に乗りました……本当にごめんなさい……!」
涙声で許しを乞う忍を見て、坂倉は完全に優越感に浸りきっていた。
「ハハッ、普段あんなにツンツンしとる奴でも、泣いて許しを乞うんやな! ……ホンマはいっつも能天気にヘラヘラ笑っとる陽向ちゃんをこうやって泣きっ面に変えてやりたかったんやけど、あの子の周りにはあの女(静香)と男(無口教官)がおるさかい、迂闊に手が出せんのや。だから……」
「あっ……」
「君で勘弁したるわ」
坂倉が満足げに手を伸ばそうとした、その時だった。
ドガァァァァァンッッ!!!
倉庫の外から、壁を揺るがすほどの凄まじい爆発音と破壊音が響き渡った。
「あっ!? なんや……? 外の式神が一体、一撃でやられたようやな……」
突如の侵入者に坂倉は眉をひそめたが、すぐに口元を歪めて鎖を握り直した。
「……まぁええわ。どこのネズミか知らんが、ウチの式神の群れを突破できるわけないやろ。……ほな、お楽しみを続けようや」
迫り来る「兄」の怒りの足音を、坂倉はまだ何も知らなかった。




