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89話 捕まったのは、どちら?

西条家の敷地まであと少しというところで、忍がふと歩みを緩めた。


「兄さん? 先に帰っていてもらえますか? ちょっとだけ用事を思い出したので」


「ん? 用事? ……分かった、じゃあ先に入ってるな」


「はい! すぐに戻りますね!」


兄が角を曲がり、完全に姿が見えなくなるのを待つ。


その瞬間、忍の瞳から甘い光がスッと消失し、底なしの冷酷な闇が広がった。


「……さて。コソコソ隠れていないで、出てきてはどうでしょうか?」


静まり返った路地裏の陰から、ひらひらと手を振りながら姿を現したのは、坂倉だった。


「何や、ばれとったんかいな」


「ええ。兄さんと私の周りを、虫のようにうろちょろしていましたよね?」


「何や、それも気づいていたんかいな……度肝抜かれるわ」


呆れたように肩をすくめる坂倉に対し、忍の手のひらに渦巻くような高密度の圧迫感が生じる。


「ええ。もし……兄さんに少しでも害をなすつもりなら——」


「あかんで? おとなしくするんや」


坂倉はポケットに手を突っ込んだまま、ニタリと怪しい笑みを浮かべて忍の言葉を遮った。


「そうせんと……あんさんの大事な兄さん、うちの別の式神に襲わせることになるで?」


「…………」

(嘘ですね。ですが……この男がどこまで関わっているのか調べるには好都合です)


忍の手のひらに渦巻いていた力が、ふっと消えた。

坂倉が目を細める。


忍が抵抗の意思を失った――少なくとも、坂倉の目にはそう映った。


「……ええ子や」

その好機を、坂倉は見逃さなかった。


「ほな、これ」


ガチャリ。


坂倉が懐から取り出した特命の対神格用・魔導麻酔銃が、至近距離から火を噴いた。


「……っ」


ドサリ。


忍の身体がぐらりと揺れ、そのまま地面へ崩れ落ちた。


「ふぅ〜……効いたわ。凄まじいなこれ、特命課の試作品やなかったら一瞬で殺されとったで……。さてと、大人しく連れていくかいな」


坂倉は冷や汗を拭うと、気絶したように動かない忍を抱え上げ、夜の闇へと姿を消したのだった。



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