10話 みんな、俺を殴りたいらしい
「兄さん? 早くいきますよ?」
「おう、分かった」
忍に急かされながら家を出て、学園へと向かう。
忍は終始ご機嫌で、俺の隣を歩くのが嬉しくてたまらないといった様子だった。
学園に到着し、教室に入った途端——異様な空気が漂っていた。
「……西条」
「葛西? 足はもう大丈夫なのか——」
「すまん。無性にお前を殴りたい」
「……? 何言ってるんだ?」
「問答無用……ッ!」
言うや否や、葛西が本気の拳を繰り出してきた。
「おっと……危ねえな!?」
間一髪で体を捻ってかわす。
葛西の目を見ると、焦点が合っておらず、どこか虚ろだ。
訳が分からないまま、俺は一旦教室を飛び出した。
だが、廊下に出ても逃げ場はなかった。昨日の金髪の少女が、歪んだ笑みを浮かべて待ち構えている。
「あんた、入学の時も思ったけどムカつくのよね……! 殴らせて!?」
「やめろって! お前ら正気か!?」
次々と襲いかかってくる生徒たちを、省エネな身のこなしで最小限に回避し、俺はなんとかその場を逃げ切った。
校舎の陰に隠れ、激しく肩で息をつく。
(どうなってる……? みんな急におかしくなりやがった……)
「後輩く〜ん、こっち! こっち〜!」
手招きする声に振り向くと、非常階段の陰から陽向先輩が顔を出していた。助かったと思い駆け寄った——次の瞬間。
「えへへ……捕まえた!」
「ッ!? ちょ、先輩、やめてください!」
背後からガバッと抱きすくめられ、細い腕でガチガチに首を絞められる。
「このまま締めるね〜?」
「えっ……!? 痛、ちょっと、先輩! 痛いですって!」
「……あは、その顔いいね〜? ゾクゾクするよ〜……もっと見せて……?」
いつものフワフワした雰囲気は消え去り、陽向先輩の瞳はとろりと濁っていた。
呼吸が苦しくなり、視界がチカチカと明滅し始める。やばい、本気で落ちる——!
「陽向、やめなさい!」
凛とした声とともに、保健室の先生が現れた。
「先生〜、ダメだよ〜? もっと見たいもん。この子のいろんな姿〜……」
「はぁ……命令よ、止まりなさい」
先生が短い詠唱とともに指を鳴らす。
ビクッ!!
陽向先輩の体が硬直した。
先生はすかさず俺たちの元へ歩み寄ると、俺の制服のポケットをガサゴソと探り、忍から渡された『あの紙』を取り出した。
「これね……?」
その瞬間、陽向先輩の瞳に光が戻った。
「あれ……? 私、何して……えっ!? 後輩くん!?? 離れてぇぇぇ!!!」
「先輩が締め上げたまま固まってるから無理なんです……ッ!」
「うう、体が動かないよ〜! 先生ぇぇ!」
「あっ、ごめんなさい。動いていいわよ」
先生が術を解くと、陽向先輩は顔を真っ赤にして勢いよく弾け飛び、俺から離れた。
「ハァ、ハァ……死ぬかと思った……。先生、一体何だったんですか……!?」
俺が首を押さえながら尋ねると、先生は手の中にある忍の紙——『お守り』を冷ややかな目で見つめていた。




