第六話:『祭りの光』
ゼンが深いため息をつく。
「こういう日に限って面倒ごとが来るんだよな……。お前ら……つけられたな」
「えっ!」
「効率的な考えしかできない奴に、この場所は見つけられないからな」
『【対象】:不適合者を確認』
『【排除】:もしくは再教育を実行』
「排除……?」と、ルエリアが呟く。
機械天使が無機質に告げた。
『【報告】:社会最適化のために不要な存在です』
ゼンは機械天使たちを眺めながら、面倒そうに呟く。
「……最適化、ね。便利だけどさ。雑すぎんだよ」
次の瞬間、ゼンが踏み込んだ。炎が走る。
「元素武装……ッ!」
ルエリアの瞳が大きく見開かれた。
「……火?」
「待って……。あなた、闇だけじゃなかったの?」
ゼンは答えなかった。
燃え盛る二輪の刃――双輪刃。ゼンは双輪刃を投擲した。
炎の軌跡を描きながら、双輪刃が機械天使を一瞬で貫いた。
一体目――貫通。直後、内側から爆ぜる。
二体目――回転する火輪が胴を断ち切る。
三体目――絡みついた炎が、遅れて焼き崩した。
その光景を見て、ルエリアの表情が凍りついた。
「……おかしい」
「何がだ」
レグナスが問うが、ルエリアはゼンの放つ炎から目を離せない。
「火は『悪魔側』の能力よ。でも……何、あの制御」
「燃え広がってない。あれだけの熱量なのに、狙った場所だけを焼き切ってる……」
ルエリアは自分の震える指先を隠した。
「悪魔の火って、もっと荒々しいものよ。なのにあれは……異常なくらい正確すぎる」
「闇の力か?」
レグナスが口を挟むが、ルエリアは即答した。
「違う。これは火よ。……だから、おかしいの」
あれだけの熱量なのに、炎は寺へ燃え移っていない。
狙った機械天使だけを、正確に焼き切っている。
「こんな火の使い方……見たことない」
理不尽な矛盾。だがゼンは振り返ることなく、淡々と刃を振るう。
「ただの人間だって言っただろ」
戦闘が一瞬、途切れる。
瓦礫の中、機械天使の一体がゆっくりと立ち上がる。
『【試算】:対象の排除効率を再計算』
視線が、ゼンへと向く。
『【報告】:戦闘能力:低!?高!?低!?……不明。優先排除対象に設定』
「……しつこいな」
ゼンが肩をすくめる。
『【警告】:対象は不適合者です。社会最適化の障害となります』
「はいはい」
興味なさそうに手を振る。
「で、どうする?」
『【警告】:不要要素の排除後、環境の安定化を実行します』
「へぇ」
少しだけ目を細める。
その時だった。
「ゼンー!」
場違いなほど明るい声が響き、崩れた柱の向こうから近所の少年が駆け込んできた。
「やっぱりここにいた! 今日も遊ぼう!」
土埃も、壊れた壁も目に入っていない様子で、少年はゼンだけを見て駆け寄ってくる。
ゼンの表情が、ほんのわずかに険しくなった。
「……今は近づくな」
「え?」
少年はようやく周囲を見回し、壊れた壁と機械天使の姿に気づいた。
機械天使の視線が、子供へと移る。
『【試算】:対象ゼンへの最短攻撃経路を算出』
『【警告】:射線上に一般市民を確認』
『【判定】:許容損失範囲内』
『【実行】:神風槍』
「待って、それは――」
ルエリアが思わず声を上げる。
残っていた機械天使たちが動いた。狙いはゼン。
だが、その射線上にいる少年を避ける気配はない。
風が一点に収束する。
一直線。
子供は、何が起きているかも分からず、ただ立ち尽くす。
(危ない――!)
その瞬間。ゼンが、動いた。
炎でもない。闇でもない。ただ、一歩。子供の腕を掴み、軽く引き寄せる。
「っと」
身体をずらす。
―ドンッ!!
風の槍が背後の柱を粉砕する。木片が舞う。子供は目をぱちぱちさせている。
「……すげ」
ぽつりと呟く。
ゼンは、軽く頭を撫でた。
「危ないから離れてろ」
「うん!」
素直に頷く子供。
そのやり取りを、機械天使が無機質に見つめている。
『【観察】:対象の保護行動を確認』
『【警告】:不適合性が増加』
「はは」
ゼンが笑う。
「便利だな、それ。守ると減点か?」
『【報告】:最適化に反する行動です』
「だろうな」
その時だった。残る機械天使たちが、再び動く。
今度はゼンごと、子供を巻き込む軌道。
「……あーあ」
ゼンが、小さく息を吐く。
「雑なんだよな」
踏み込む。
その瞬間、眩い『光』が一直線に走った。
だが、ルエリアの視界に映ったのは、光だけではなかった。
周囲の景色が、音を立ててズレる。
崩れた寺の壁に、鮮やかな藍色の法被を着た群衆が重なった。
赤い提灯が揺れ、松明から火の粉が舞い上がる。
ドン、ドン、ドン。
無機質なシステム音が、腹の底を震わせる祭り太鼓にかき消された。
笑い声。
怒鳴り声。
誰かを呼ぶ声。
どこか懐かしい、雑多な空気。
色がある。
温度がある。
匂いがある。
白と灰色しかなかったルエリアの視界へ、鮮やかな色と人々の熱が溢れ込んでくる。
(……なに、これ)
ルエリアは目を見開く。
藍色の布。
赤い灯り。
揺れる火の粉。
人が笑っている。
肩をぶつけ、叫び、汗を流しながら、誰もが勝手な方向を向いている。
非効率で、雑で、無秩序な世界。
『【警告】:周辺空間に未登録データを検知』
『【情報】:最適化プロセスを再実行します』
システムの声が、祭りの喧騒に沈む。
「……うるさい。削るなよ」
その声と同時に、人々の熱を宿した輝きが一点へ収束した。
光は、残る機械天使たちをまとめて貫いた。
次の瞬間、祭りの景色は霧のようにほどけていく。
音も、群衆も、赤い提灯も消え――寺には再び、冷たい静寂が戻っていた。
「……今のは何?」
ルエリアの声が震えていた。
「幻覚じゃない。音も匂いも、温度まであった……。失われた空間を、その場に同期させたの?」
ゼンは答えなかった。
消えていく赤い提灯を、どこか懐かしいものを見るように眺めている。
「……さあな」
その声だけが、ほんの少し遠かった。
「さあなって……」
ルエリアは言葉を続けようとして、倒れた機械天使の装甲へ視線を落とした。
撃ち抜かれた痕跡――そこに残っていたのは悪魔の火による侵食ではなく、天使側の『光』による消滅反応だった。
「待って……今の、『光』よね?」
ゼンが、わずかに振り返る。
「あなたはさっき、悪魔側の闇と火を使っていた。それなのに、今度は天使側の光まで……」
ルエリアはふらつくように一歩踏み出した。
「人間が複数の系統を扱うだけでも異常なのに……天使と悪魔、その両方を同じ身体で使うなんて……ありえない……。本当に、人間なの?」
「色なんてどうでもいいだろ。生きていれば」
「どうでもよくない! 世界の仕組みそのものを無視してるのよ!」
ゼンは少しだけ視線を逸らした。
「……まあ、混ざってんのかもな。色々と」
「説明になってない!」
レグナスが、祭りの消えた空間を見つめたまま低く呟く。
「……貴様は、何者だ」
ゼンは短く答えた。
「半端者だよ」
そして、静かに続ける。
「綺麗に分けられねぇもんがあるだけだ。……お前らだって、本当は『正解』だけの毎日なんて、吐き気がするほど退屈なんだろ?」
突き放すような物言い。だが、ゼンは傍らの少年の頭を優しく撫でていた。
その言葉に、ルエリアは言い返す言葉を失った。システムが推奨する「最適解」ではない、喉の奥に詰まった「面倒な感情」を言い当てられた気がしたからだ。
その言葉は、答えのようでいて、何も説明していなかった。
◇ ◇ ◇
その時、倒れた機械天使の瞳が赤く明滅した。
遠く離れた天界では、一人の高位天使が、その瞳を通じて戦闘記録を眺めていた。
炎。光。そして、ゼン。
高位天使は、映像を巻き戻した。
ゼンの姿で映像を止める。
「……ありえない」
「何か?」
「いや」
高位天使は静かに映像を閉じた。
「まずは反逆天使を連れ戻せ」
「あの男は?」
わずかな沈黙。
「監視だけでいい」
そして、誰にも聞こえないほど小さく呟いた。
「……どこで、それを手に入れた」
──第六話・終。




