第五話:『半端者』
「……勝手に入るなよ」
気だるげな声。視線の先、賽銭箱の上に寝転がる青年――ゼンがいた。腕を枕にして、完全にくつろいでいる。
さらにその上、神棚の中では、ケンイチが我が物顔で丸くなっていた。
「キュ……」
沈黙。
「……ちょっと待ちなさい。神聖な場所で何してるのよ!」
「……誰かと思えば、天使さんか。今度は追われる側じゃなく、俺の追っかけになったのか?」
「冗談言わないで。じゃなくて、そこで何してるのよ」
「寝てるだけだが? ……ここ、センサー来ねぇからな。祈りとかいう非効率なもんが、電波弾くんだよ」
少しの間。
「寝るなら、こういうとこが一番いい」
ゼンは賽銭箱の上で身じろぎし、肩についた埃を払う。
「賽銭箱よ、それ!!」
レグナスもたまらず叫ぶ。
「神への冒涜ではないか!」
ゼンは面倒そうに欠伸を一つ。
「神様も寝てるだろ。たぶん」
「たぶんで済ませるな!」
「それに、なんでそいつが神棚にいるのよ!」
「高いところが好きなんだろ」
「雑すぎるでしょ説明が!」
緊張感のないやり取り。だがその奥に、確かな“ズレ”を二人は感じていた。
レグナスが一歩踏み出し、震える指をゼンに突きつける。
「貴様、修理代……払う気はあるのだろうな?」
一拍。
ゼンは、ひどく面倒くさそうに重い瞼を持ち上げた。
「……あー。その話、まだ続いてたのか」
「当たり前だ!! 店一軒だぞ!? 余の人生設計が、あの爆発で跡形もなく吹き飛んだのだぞ!?」
「知らねぇよ。勝手に壊れただけだろ。寿命だ、寿命」
ゼンはあっさりと言い切り、座り直して少しだけ視線を鋭くした。
「そもそもさ。……“払う”って、なんだよ」
「は?」
「お前らの金って、本当に自分のもんか?」
空気が、一瞬だけ止まる。
「何を言っているの――」
「どうせ勝手に引かれて、勝手に配られて、システムの機嫌一つで勝手に評価されてるだけの数字だろ」
ゼンは壁にもたれたまま、吐き捨てるように言う。
「それ、“持ってる”とは言わねぇよ。ただ管理されてるだけだ」
「……っ」
ルエリアの眉がわずかに揺れる。反論の言葉が見当たらない。
だが、レグナスが食い下がる。
「だとしてもだ! 今、この瞬間に支払う責任はあるだろうが!」
「なら、この前助けたときの請求でチャラにしてやってもいいぞ。……どうせあの街、放っておいても勝手に回収すんだろ? なら、最初から払う意味なんてねぇ」
ゼンは軽く肩をすくめる。
「社会性が欠如してるわ」
ルエリアが冷ややかに言い捨てる。
「社会性? 違う。俺は他人に決められた価値に従わねぇだけだ」
ゼンは自分が横になっていた、古い賽銭箱をコン、と軽く叩いた。
「奴らが決めた数字に、俺の大事なもんを削ってまで付き合う義理はねぇ。そんなもんに振り回されてるから、お前らの目は死んでんだよ」
「……は?」
ルエリアがわずかに眉をひそめる。胸をざわつかせたのは、ゼンの言葉の端々に滲む、底知れない「拒絶」の響きだった。
少しだけ間を置いて、ゼンは自分が寝ている賽銭箱を指さした。
「あんな数字に価値を払うくらいなら、こっちの方がまだマシだ」
「……そんなものに価値があるの?」
「ああ、祈りとかいう非効率なもんな。だが、少なくともこれなら、“勝手に引かれる”ことだけはねぇからな。自分の意志で捨てたと言える」
ゼンは自嘲気味に、もう一度箱を叩く。
「……最低ね、あんた。ひねくれすぎよ」
「効率の話だろ」
「何のよ、それ」
ゼンは少しだけ、楽しげに笑う。
「さあな。……どうせ最後に回収されるもんに、本気で価値をつける気はねぇよ」
「……」
ルエリアの表情が、わずかに曇る。
(今の言い方……まるで、私たちそのものに価値がないって言ってるみたい。気のせいかしら)
だが、ゼンはもう話を切っていた。
「で? それだけか?」
ルエリアがこめかみを押さえる。
「……あなたのあの力はなに?」
ゼンは肩をすくめた。
「そんな大層なもんじゃない」
レグナスが問う。
「確かに強き者ではあったが、何をそんなに気にしておる?」
「いい? ちゃんと聞きなさい。この世界には、天使と悪魔が生まれながらに持つ力があるの」
ルエリアは講義をするように、指を一本立てた。
「天使の力は、大きく五つの基幹コードに分類される。【光・風・聖・時・律】」
「悪魔も同じ。【火・雷・闇・血・呪】。そこから個体ごとに派生した能力が生まれるの」
「天使も悪魔も、生まれつきそのコードの一部を宿しているの」
「対して、人間は本来どちらのコードも持たない。その代わり、仮想空間との同期適性だけは私たちより高いの」
「だから人間は、仮想空間との同期によって様々な技術や能力を扱える。でも、戦闘で実用レベルまで扱える力は、普通一系統が限界よ」
ルエリアはゼンを鋭く見つめた。
「まして、人間がそのコードを自らの同期へ取り込み、自分の力へと変えてしまうなんて、存在するはずがない」
レグナスがゼンを睨む。
「ならば貴様は……人間ではないのか?」
ゼンは少しだけ笑った。
「人間だよ」
「……人間?」
ルエリアの顔色が変わる。
ありえない。
その瞬間、ドォォン!! 寺の壁が轟音とともに吹き飛んだ。
舞い落ちる土煙の中から現れたのは、数体の機械天使だった。
『【確認】:ルエリア様を発見』
『【命令】:帰還してください』
「追ってきてたのね」
ゼンが深いため息をつく。
「こういう日に限って面倒ごとが来るんだよな……」
──第五話・終。




