↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/47

第三十五話:『陰陽師の街へ』

広げられた世界地図。

そこに浮かび上がるいくつかの候補地の中から、ルエリアは迷うことなく、霧深き領域を指し示していた。


『流れ者が多く住む、特殊な能力を持つ人間の街』


その選択を見たクロードが、面白そうに目を細めた。


「おや。そこを選ぶかい?」


クロードは、ルエリアが指した領域へ視線を落とした。


「いいだろう。その街には――『陰陽師』と呼ばれる人間たちが住んでいる」


「陰陽師……?」


「血筋によって特別な同期を受け継ぎ、独自の呪術を操る者たちさ」


クロードは、わずかに口元を上げた。


「そのトップクラスともなれば、上級の天使や悪魔にも引けを取らない」

「天使や悪魔にも匹敵する、か……!」

レグナスの瞳に、武人としての強烈な期待が宿る。

クロードからルートの記された地図を受け取り、三人は立ち上がった。


「色々と教えてくれてありがとう、クロード!」

「良い旅を。……またいつでも来てください。私はいつでもここにいますから」


丁寧な一礼に見送られ、三人はクロードの家を後にした。

クロードは窓辺で三人を見送っていた。


小さくなっていく背中。


迷いながら進む者たち。


彼は胸元の壊れた羅針盤を握る。


針は動かない。


だが三人は違う。


針がなくても進んでいく。


それでも自ら選ぶ。


クロードは小さく笑った。


その時だった。


ルエリアが振り返り、大きく手を振った。


クロードも思わず手を振り返す。


彼の羅針盤は沈黙したままだった。


だが彼の胸の中では、確かに何かが少しだけ動いた気がした。


宿へ戻る途中。


「あーっ! 見つけましたよ皆さん! 例の『お高くとまってる偽聖女一行』でーす!」


魔導端末を掲げた男が、道の前へ飛び出してきた。

以前、ルエリアに執拗に絡んできた配信者だった。


「またこやつか……」


レグナスが眉をひそめる。

だがルエリアは、男の目をまっすぐに見返した。


「まだ続けていたのね」

「はあ? 怖くて何も言えねぇのか、偽聖女!」

「いいえ」

ルエリアは、静かに微笑んだ。


「あなたの言葉を、私が気にする必要はないと分かっただけ」


男の表情が固まる。


「好きに言えばいいわ。でも、私はもう立ち止まらないから」

「な、なんだと!」

「哀れね……好きでやってるなら止めないわ。でも、それを素敵だと思う人は少ないんじゃないかしら。じゃあ、私たちは急いでいるので。さようなら」


そう告げると、ルエリアは男の横を通り過ぎた。

後ろでレグナスが堪えきれずに吹き出し、ゼンも小さく笑う。


男の顔が真っ赤に染まる。同時に、男の端末の画面には

【配信主、押されてないか?】

【今のは天使の方がまともだろ】

【顔色が変わったぞ】

【もうやめておけ】

と、男への批判的なコメントが、怒涛の勢いで流れ始めた。


ルエリアはすっきりとした顔で、地団駄を踏む配信者を置いてスタスタと歩き去っていった。


一方、クロードは静かな部屋に一人残され、窓の外を見つめていた。


「私は正解を選び続けた」

失敗しない道。間違えない道。最も効率的な道。そう信じて歩いてきた。


「だが……なぜでしょうね」


小さく呟く。

「彼らが羨ましい」


自分で選び、迷い、失敗し、それでも前へ進む。そんな三人の姿が。

そして、姿も知らぬあの人が、彼らの『可能性』を認めて選択を委ねたことが――。


クロードは静かに胸元へ手を伸ばし、衣服の奥から古びたペンダントを取り出した。

その中央には、魔力を失い、今はただ静かに佇む『壊れた羅針盤』が嵌め込まれている。


「母よ……」

「なぜ彼らには新しい羅針盤を渡し、私にはこの壊れた答えだけを残したのですか。……私の正解は、一体どこにあったのでしょうか」


手の中の羅針盤が答えることはない。

ただ夕暮れの光だけが、独りきりの部屋を寂しげに照らしていた。


宿の一室に戻った三人は、荷物を下ろして一息ついていた。

レグナスが、ニヤニヤとした笑みを浮かべながらルエリアを見る。


「いやぁ、先ほどのルエリアは最高であった。『哀れ』だなんて、まるでゼンの真似のようじゃの」

「う、うう……。ちょっと言い過ぎちゃったかしら。ソディウス(天界の法)なら一発で逮捕案件の暴言だったわ……」


ルエリアはベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めて悶絶する。


「完全にゼンの悪い影響だわ。私の清純な心が汚染されていく……」

「元々のお前の性格だろ。俺のせいにするな」


ゼンは呆れたように言いながらも、どこか満足げだった。

「無視できるようになったなら上出来だ」


「余も賞賛する。自分の意志でハッキリ物言うお主は、とても清々しい」


「もう、二人して煽らないでよ……」


翌朝。

眩しい朝日のなか、三人は新しい街へ向けて出発した。


「訪れる街ごとに、新しい目的ができる。なんだか、本当に旅をしてるって実感が湧いてきて楽しいわね!」

「そうだな。我々の旅は、今とても良い方向を指している気がするぞ」


歩きながら、ルエリアはふと、ポケットからルナにもらった包帯を取り出した。


「これを見てると、ルナともまた会う約束ができたみたいで、嬉しくなっちゃうな」

「ふむ、せっかくだから、今巻いてみたらどうだ?」


レグナスが軽い調子で提案する。


「ええ? 怪我なんてしてないわよ?」

「よいではないか、魔除けのお守り代わりに。悪魔の娘からのプレゼントだろ?」

「うーん……じゃあ、ちょっとだけね」


渋々ながらも、ルエリアはルナの顔を思い浮かべて嬉しそうに、手首に包帯を巻き付けた。


「よし、これで――」


――ガクッ!!


「きゃああっ!?」


何もない平坦な道で、ルエリアは突如として足をもつれさせ、派手にすっ転んだ。


「おっと!? 大丈夫かルエリア? 自分の煽りスキルの高さに足元をすくわれたのか?」

「な、何でもないわよ! ちょっと不注意だっただけ……痛たた」


ルエリアは服の砂を払い、バツの悪そうな顔で立ち上がる。


「さあ、行きましょ――」


――ズサァッ!!!


「ふぎゃああっ!?」


一歩踏み出した瞬間、今度は漫画のように綺麗に足を滑らせ、再び地面に激突するルエリア。


「おい……。いくら何でもドジが過ぎるだろ、天使」

「ち、違う……! いくら私でも、何もないところで二回も連続で転ぶわけ……っ」


起き上がりながら、ルエリアの視線が手首の包帯に留まった。

何かがおかしい。天使としての直感が、この布切れから、微かな『呪い』の気配を感じ取っていた。


ルエリアは魔力を集中し、その包帯を【鑑定】する。

知識ステータスが脳内に流れ込んできた。


――【ルナ特製・すっ転びの包帯:付与効果『歩くたびに盛大に転ぶ呪い』。可愛いあの子へのちょっとした嫌がらせに最適!】


「…………」


沈黙。ルエリアの顔から、スーッと血の気が引いていく。


「……あいつ、最初からこれが目的で……っ! 怪我したら使えって、怪我させるための包帯じゃないのよこれえええええ!!」

「ははははは! やるではないか、あの悪魔の娘! 最高の手土産だ!」


腹を抱えて大爆笑するレグナス。

ゼンは、転がったまま激怒しているルエリアを見下ろし、ぽつりと呟いた。


「……戻る理由が一つ増えたな」

「そんな理由で戻りたくないわよおおお!!」


青空の下、ルエリアの絶叫が響き渡る。

新たな呪い(お土産)を引っ提げて、三人の次なる境界の旅は、賑やかに幕を開けるのだった――。


その頃、遥か東方では――。


霧に覆われた山脈の上空を、巨大な式神の影が横切っていた。


(第三十五話 終)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。