白百合令嬢は、祈りながら荷札を書きました
王都に通達が届いたのは、翌朝のことだった。
リリア・ルヴェリエは、侯爵家の支援室でその紙を受け取った。
机の上には、第二便の一覧が広がっている。
毛布。
包帯。
薬箱。
乾燥肉。
火起こし用の小箱。
雨天用の外装布。
その横には、第一便の受領報告が置かれていた。
――第一便受領報告――
雨天外装、破損なし。
薬箱、濡れなし。
毛布、使用済み。
包帯、前線へ搬送済み。
北部方面騎士団長レオニス・ヴァルグレイ、前線指揮継続。
帰還予定、未定。
――
リリアは、最後の一行を見た。
帰還予定、未定。
何度読んでも、文字は変わらない。
「お嬢様」
エステルが、王宮中継の封を机の端へ置いた。
「北部方面騎士団からの回答です」
リリアは封を開けた。
紙は一枚。
文字は短い。
――北部方面騎士団回答――
北部第三拠点および周辺後方区画は、現在、民間人の安全を保証できる状態にない。
すでに非戦闘員の退避を開始している。
当面、民間人および非軍属支援関係者の立ち入りは一律認めない。
支援品は指定中継所まで搬入。
以後の確認、仕分け、配布は北部方面騎士団が引き受ける。
――
リリアは、最後まで読んだ。
民間人。
その言葉は、間違っていない。
リリアは騎士ではない。
軍務権限もない。
北部方面騎士団の所属でもない。
侯爵令嬢で、支援品を整える側の人間だ。
だから、民間人。
正しい。
(民間人。はい、そうです。剣も振れません。魔獣も倒せません。正しいです。正しいのですが)
リリアは、第一便の荷札控えを見た。
――第一便荷札控え――
北部方面騎士団 第三拠点御中
――
第三拠点。
そこには、レオニスがいる。
個人宛ではない。
北部方面騎士団への支援品だ。
それでも、その文字を書くたびに、リリアは少しだけ願っていた。
どうか、届きますように。
どうか、あの方のいる場所へ。
けれど、通達には別の宛先が書かれていた。
――北部方面騎士団回答――
支援品は指定中継所まで搬入。
以後の確認、仕分け、配布は北部方面騎士団が引き受ける。
――
リリアは、新しい荷札を一枚取った。
第三拠点へ。
そう書きたい気持ちを、白い紙の上で止める。
「宛名を変えます」
エステルが筆を構えた。
「指定中継所御中にしてください」
「第三拠点ではなく、ですか」
「はい」
リリアは、荷札を見たまま答えた。
「私が届けたい場所ではなく、北部が必要とする場所へ届くようにします」
第三拠点へ届いてほしい。
その願いは、胸の中にある。
それでも、必要な場所は第三拠点とは限らない。
治療所かもしれない。避難路かもしれない。別の拠点かもしれない。
そして、レオニスのいない場所かもしれない。
リリアはペンを取った。
北部方面騎士団 指定中継所御中。
一文字ずつ書くたびに、第三拠点という文字が遠ざかっていく気がした。
(どうか、北部で一番必要な場所へ)
祈りは消えなかった。
ただ、向ける先を変えた。
「第二便を組み直します」
リリアは、一覧へ線を引いた。
「薬箱は赤。毛布は青。食糧は茶。火起こし用は黒。箱の外に大きく色を入れてください」
「文字が読めない状況でも分かるように、ですね」
「はい。雨でも、暗くても、急いでいても、迷わないように」
エステルが控えを取る。
リリアは、第一便の受領報告へ目を落とした。
乾燥花、薬箱への混入なし。
そこには、小さく役に立ったことが書かれていた。
けれど、今は状況が違う。
「乾燥花は、第二便から下げます」
エステルの筆が止まった。
「毛布箱にも入れませんか」
「はい。治療所周辺も安全ではないそうです。香りに反応する魔獣がいるかもしれません。分からないなら避けます」
白百合令嬢の支援から、花を下げる。
少しだけ、胸が痛んだ。
けれど、今の北部に必要なのは、綺麗な箱ではない。
開けた瞬間に、どこへ運べばいいか分かる箱だ。
(どうか、失われませんように)
箱も。
人も。
彼も。
リリアは、その祈りを口には出さなかった。
口に出せば、手が止まる気がした。
「王宮へは、どのように返答なさいますか」
エステルが静かに尋ねた。
リリアは、ペンを置かなかった。
「ルヴェリエ侯爵家は、北部方面騎士団の指示に従い、民間支援関係者の現地入りを行わない」
「はい」
「第二便は、指定中継所まで搬入。支援品の確認、仕分け、配布は北部方面騎士団に一任する」
「はい」
「ただし、荷姿は現地で再確認しやすい形式に改める」
エステルが書き取った。
リリアは、返答の控えを見た。
――王宮宛返答控え――
ルヴェリエ侯爵家は、北部方面騎士団の指示に従い、民間支援関係者の現地入りを行わない。
第二便は指定中継所まで搬入する。
支援品の確認、仕分け、配布は、北部方面騎士団に一任する。
ただし、現地での再仕分けが最小限となるよう、荷姿を変更する。
――
民間支援関係者の現地入りを行わない。
そこに、自分の名前はない。
けれど、それは自分のことだった。
リリアは控えを閉じた。
「参りません」
声に出すと、部屋の中で静かに響いた。
「けれど、届かせます」
その時だった。
廊下を走る足音が近づいてきた。
エステルが扉へ向かう。
戻ってきた時、その手には王宮軍務局の封書があった。
赤い封蝋。
支援関係家への緊急共有に使われるものだった。
「お嬢様。王宮軍務局より、緊急共有です」
リリアは手を止めた。
「支援品についてですか」
エステルは、すぐには答えなかった。
その沈黙だけで、リリアは立ち上がった。
「北部方面騎士団から王宮へ入った報告の写しです。支援関係家にも共有されました」
リリアは封書を受け取った。
指先が、封の端に触れる。
(どうか)
今度の祈りは、言葉になる前に止まった。
封を開く。
紙は一枚だけだった。
――北部緊急報告・王宮軍務局共有――
北部方面騎士団長レオニス・ヴァルグレイ。
第三拠点東側にて、別働隊を率い魔獣群を誘導。
避難民の南方退避、成功。
以後、所在不明。
――
リリアは、その最後の一行を見た。
所在不明。
もう一度読もうとした。
けれど、文字が目に入らなかった。
目の前が暗くなった。
手の中の報告書が、音もなく床へ落ちた。




