そのじゅう
その日、俺は商店地区を、荷物抱えて歩いていた。無論、買出し。騎士の仕事じゃなくて、家の方なんだけど、アリスはもともと外に一人で出ることが少ない子だし、力がないから一度に大量の買出しが出来ない。親父は仕事馬鹿なので、買出しの経験がなく、うっかりやらせると変な商法につかまってガラクタを大量に購入してくる。
この間など、両手にいっぱいの不細工猫のぬいぐるみを買ってきて、「幸運のお守りなんだ、これだけあればお前たちの人生安泰だぞ~!」とかいってたのはどうかと思う。それで今月の食費使い切ったし。いや、親心はうれしいんだけどね。
そんなわけで、買出しは暗黙の了解のうちに、俺の仕事になるのだ。
食糧を買い、裁縫用の布を買う。この世界は、服屋というものはない。ないわけじゃないけど、それは古着屋か、あるいは権力者のお抱え職人くらいで、庶民は基本的に自分の服は自分で作るのだ。綿の生産は少ないので、既製の服を大量に作って売るということが出来ない、という事情もあるのだろう。
まあ、普段着程度なら古着屋で買ってかまわないのだが、さすがに下着とかは誰が使ってたかわからない中古はちょっといやだ。そして、服を作るのも俺の仕事なのである。親父は言うまでもなく、アリスも妙なところで不器用で、裁縫をすると針で指を刺すし。俺が知ってる限りだと、裁縫して指に刺さなかったことってないんじゃないか? 今は子供だからいいが、アリスが大人になったら下着を作るとかどうする気だろう? お兄ちゃんはとても心配です。
そんなことを考えていたせいか、腰にぽふんと何かがぶつかるのをよけられなかった。見下ろすと、5歳前後の女の子が一人。横の路地から飛び出してきたようだ。
「ん?」
「あ……ご、ごめんなさい!」
一言謝り、あわてて走り去ろうとする女の子。薄桃色の、一目で上物とわかる絹の服を着ている。……服というより、ちょっとしたドレスのようだ。つまり、どう見ても貴族。ドレスといっても夜会などに着ていくようなものではなく、普段着として使うようなものだろうが、こんな街中では目立って仕方がない。恐らくは、世間知らずの貴族の子供が下々の世界に興味を持って、親元を抜け出し遊びに来たのだろう。自称・お忍び、というやつだ。
そんな子供が慌てている、となると、よくあるパターンは……
「てめえ! この餓鬼!」
「待ちやがれ!」
……だよな。
声のした方を見れば、暴力だけが取り柄です、と言わんばかりの格好をしたおっさんどもが3人ほど走ってくるのが見える。
遊びに出かけた先で何か迷惑をかけてしまったのか、見た目から人さらいに目をつけられたのか。追手の雰囲気を見ると、後者っぽい感じだ。
「はいストップ。何を怒っているのかは知らないが、それ以上の狼藉は許さねえよ? 正当な理由があるなら、まずは話してみ」
とりあえず女の子を庇うように立ちはだかってみる。女の子は助けてくれると思ってなかったのか、ぽかんとした顔で立ち止まっている。
ちょうどいいので、抱えていた荷物を預かってもらう。地面に置いても問題ないが、倒れると中身が転がっていってしまうから面倒なことになるのだ。幸い、まだ重いものは買ってないし、地面に置いて倒れないように見ていてくれ、とだけ伝えた。
「なんだてめえ? 餓鬼が餓鬼庇って格好つけてるんじゃねえぞ?」
「というか、てめえ、俺たちを竜蛇会のメンバーだと知ってのセリフか?」
「あーあ。うちの組織にめぇつけられたらおしまいだよ、お前。ま、ここでおしまいなんだけどな」
竜蛇会というのは、この帝都にはびこるマフィアだ。人さらいもやっており、一説には今の皇帝に美人の奴隷を提供し便宜を図ってもらっているとか。まあ、予想通り人さらいのようだ。
「お前らこそ。正面から帝国騎士団と事を構える気か?」
「は? てめえ何を言って……」
「腰の剣を見てわからないか。竜蛇会といっても下っ端は所詮下っ端だな。まあいいさ。騎士として、城下での誘拐を見過ごすわけにはいかない。
この場で投降するなら司法の裁きに委ねる権利を与えるが、抵抗するなら騎士法に記載された権限と義務により、切って捨てるが」
そういって、腰に下げた剣を抜き、突きつける。
この国の法において、騎士は通常の事件の捜査権は基本持たない。衛兵から捜査件を奪うことはできるが、それはそれで面倒な手続きが必要となる。
一方で、犯罪の現行犯を見かけた場合には、その場で召し取るか切り殺す義務と権利が存在する。もし見逃すと、減俸などの罰則があるのだ。
「き、騎士団か……!」
「な、何怯えてるんだ。所詮は小僧一人じゃねえか」
「そ、そうだな、3対1なら負けるはずはねえよな」
相手が騎士と知って腰が引けたのだろう。あからさまに怯えながら、それでもナイフを抜き、じりじりと迫ってくる。
……確かに3対1はよほど実力差がないと勝てないものだが、やり様はある。腰が引けてるなら楽勝だ。
と、いうか。3対1で勝てたとしても、勝つまでに被害が出ないわけではない。1人が切り殺されている間に残りの2人が横から斃す……3対1で勝つ、というのはそういうことだろう。そのことをこいつら理解しているのだろうか?
「まったく。素直に投降してくれればよかったのに」
倒れた暴漢3人を見下ろし、血糊を拭って剣をしまう。別に殺したわけじゃない。これでもそちらはまだ童貞なのだ。それなりに怪我を負わせはしたが、それでも気絶しているだけ。医者に連れて行けば問題はないだろう。
で、問題は、目の前で切りあいが起こったせいで尻餅をついている子供のほうだ。せっかくの上等な服が、逃走劇と今の尻餅で汚れてしまっている。もったいない。……お貴族様の子供なら、ここまで汚れた服は捨ててしまうんだろうなぁ。ああもったいない。
「怪我はないかい? お嬢ちゃん」
「え? ……う、うん、ありがと……」
「どういたしまして」
手を差し伸べ立ち上がらせてみる。が、腰が抜けたのか立ち上がれないようだ。しょうがないので左手で抱え上げる。右手は買い物の荷物だ。人さらいどもはさすがにつれていけないので、後で詰所に伝えておこう。どうせ自力じゃ動けないだろうし。
「で、おうちはどこだい? 送っていくよ」
「え?」
「お兄さんは騎士だからね」
「あ……ありがとう! あたし、エヴァ!」
「ん。俺はウィリアムだ。それで、どこに連れて行けばいいんだい?」
「えっと……お城!」
お城……ということは、登城してる貴族の娘さんなのだろう。よくよく顔を見ると、金髪碧眼の美幼女は何となくどこかで見た誰かの面影がある。恐らく、この子の親を俺は知っているのだろう。これだけ整った顔立ちなのだし、親は宮廷の貴公子アルデバルト子爵か……いや、美貌でならしたテニチュチア男爵夫人の子だろうか……? でも似てないなあ。
……城にエヴァを連れて帰り彼女が皇帝陛下の愛娘であったと判明するのは、この6分の1刻後である。似てねえよ!?




