そのさん
ゴブリンの巣に到着したが、幸いなことに村の子供達、はいなかった。物語だとお約束だけどな。
「あれがゴブリンの巣ですね。数は報告から少し減って5匹ですか。
では、まだ見つかってないのですから、射殺しましょう。弓を構えなさい」
50人近い兵士、騎士が弓を構える。戦力比が10倍にも関わらず不意打ちとは卑怯に見えるかもしれないが、懸かっているのは兵士の生命である。50人の兵士に気づいてない方が悪い、と言うことで、確実に被害が減る方法をとるフィンケ隊長の指示に不満の表情をする者はいない。
一斉に放たれる矢はゴブリンに容赦なく突き刺さり、一射目で5匹のゴブリンは息絶えた。悲鳴すら上がらない。
……さて、これからどうするのか。
「斥候兵。洞窟に入り調査を。ゴブリンに遭遇したら戦わずに戻ってきなさい。我々が仕留めます。
数がわからない以上、地道に、そして慎重にやりましょう」
まあ、そんなもんか。全員で洞窟に入るのはあまりにあり得ないしな。身動きが取れない。
そんなわけでフィンケ隊長の命令に従い、数人の斥候兵が洞窟へと潜り込んでいった。事態が悪化したのは、それからおよそ10分後である。……この世界、時計も分単位もないから概算だけどな!
ゴブリンが出てきたときに備え、全員が洞窟の出口を注視していたが、俺たちの後方でがさがさという音がする。疑問に思い目を向けると、そこには数人の子供たちがいた。あ、間に合わなかったか。
一番年嵩の子で10歳になるかどうか。下は5歳程度に見える。彼らは騎士が珍しいのかゴブリン見たさのか。隠れているつもりらしいが、バレバレな様相で好奇心に輝いた瞳をこちらへと向けている。
この状況で子供が乱入してくるのは、どう考えてもまずい。俺はフィンケ隊長に目を向ける。その眼には、「君が村まで連れて帰ってやりなさい。こちらは大丈夫だから」などと書かれていた。それしかないですよね。
「君たち。こんな所にいては危険だ。俺が村まで送っていくから、一緒に帰ろう」
兵士の輪から離れ、草むらに向かって声をかけると、子供たちはびくりと肩を震わせた。その顔に浮かぶのはバツの悪さ、あるいは、怒られることへの覚悟。少なくとも、怖がられているというわけではないようだ。
「さあ、帰ろう。本当にここは危険なんだよ」
まあ子供に怒鳴り散らしても意味はない。そういうのは親御さんの役目なのである。というわけで、腰をかがめ、目線を合わせて説得する。子供なりに置かれた危険さを理解したのか、はたまた怒られなかったから素直になったのかはわからないが、ややあって子供たちはうなずきを返した。
子供たちを連れて森を歩く。どうやら騎士に対するあこがれもあったらしく、ちびどもに肩車だの抱っこなどをせがまれた。この森の中で何をのんきな、とも思うが、何かあったらすぐにおろすよ、とだけ言って要望に応えている俺も俺か。
年長組はさすがに恥ずかしいらしいが、それでもどこか羨ましそうにこちらを見ている。はいはい、後で肩車でも何でもしてあげますよ。いやさすがに8歳だの9歳だの言い始めた女の子を肩車(しかもスカート!)するのはこっちもちょっと気になるのですが。
そんなことをしていると、後方から何かを砕く大きな音と、2,3人の悲鳴が聞こえてきた。位置、声から言って間違いない。洞窟を取り囲んでいた同僚たちだ。
如何に新兵、微妙な腕前の寄せ集めとはいえ、仮にも訓練を受けた兵士と騎士の一団50人である。高々ゴブリン程度、たとえ同数であったとしてもそうそう敗北はない。それがわかっているのだからゴブリンがそれだけの数湧いたとしても、動揺はないはずだ。
なのにこの悲鳴。それが意味するところはただ一つ、想定外の事態の発生。それも、ゴブリンなどとは比べ物ならない化け物がいたということか!?
こうなると、俺はどう行動すべきか? 部隊を放ってはおけない。間違いなく致命的な何かが起きたのだ。
だが、かといって子供たちを置いて戻るのか? ゴブリン以外にも、危険がないとは断言できない森の中で?
ならばいっそ子供たちを連れて戻るべきだろうか? 少なくても、そうすれば両方を視界において行動がとれる。だが、問題は起こった危機において、子供という危険を抱えたまま対処できるかどうかだ。
そこで、ふと前世で読んだ小説を思い出した。思い出したのは、軍人の責務についてだ。軍人とは、それが軍人として以前に人間として問われるような人道に反する命令を除き、原則的に上官の命令に従わなければならない、という内容のくだりだ。たとえ勝てると思っても、戦うなと命じられれば戦わずに引かねばならないし、99%勝ってる戦いでも、上が降伏したのなら従わねばならない。それが軍人なのだ、と。
俺は騎士である以上、ドルメキア帝国の軍人である。ならば、今はまず上官の命令に従う義務がある。すなわち、「子供たちの安全を守り、村までつれて帰る」ことだ。同僚の心配は、それを終えてから。それまでは信じて自分の仕事をこなすことしか許されない。
ならば、一刻も早く仕事を終えるのが、一番よいことに他ならない。……あんまり、表ざたにはしたくなかったんだけど、仕方がない、よな?
「力よ」
つぶやいたキーワードに発動体が反応し、淡く輝く。身体能力強化の魔法が発動し、全身に力が満ちる。人間の限界たる2割の強化をはるかに超え、すでに腕力と脚力はそれぞれ2倍になっている。瞬間的な爆発であれば、腕力だけ10倍以上、などという芸当も可能だし、2割だけ、などということであれば、この後のことも考えると半日以上維持も可能だが、この後のことも考えるとこの程度に収めておく必要がある。……これでも、半刻ほどは持つだろう。
強化された腕力を頼りに、子供たちを抱え挙げる。小さいとはいえ、数人を無理やり抱えるというのはかなりきつい――重量的にではなく、抱え方とバランスの問題だ――が、かろうじて持つことに成功。あと一人いたらアウトだったな。そしてそのまま一気に走り出した。
先ほどの悲鳴におびえていた子供たちも、俺が100メルトを数泊で踏破する速度で走り出したのことで、ジェットコースターにでも乗ってるかのように興奮し始めた。とはいえ、はしゃがれても困るので、適当にたしなめておく。
森の中という悪条件ではあったが、6分の1刻ほどで村に到着した。子供たちを心配していたのか、村長さんが近くにいる。ちょうどいいので彼に子供たちを任せることにした。
「では騎士様たちに何かあったと?」
「こちらの誤解かもしれませんが、万が一ということがあります。これから急ぎ戻って様子を見てくるつもりですが、2刻経っても誰も戻ってこない場合、最悪の事態を考慮してください」
そう告げて踵を返す。間に合ってくれると、あるいはなんでもないことを祈りながら、俺は部隊のもとまで走りぬけた。




