かんわ
魔法による灯りに照らされた個室に二人の男がいた。片方は豪奢な服に身を包んだ壮年の男。もう一方は老境に達していることは疑いない白髪の持ち主。壮年の男同様上流社会に住むものの服装だが、一昔前の流行のものであり、彼と比べると野暮ったさが目立つ。教養のあるものが見れば白髪の男は壮年の男の執事であるとわかるであろう。
「……まずいな」
「はい、まずうございます」
二人の眼下には切り結びあう――今や一方的になりつつある――二人の青年の姿がある。ここは馬上試合を一望する貴賓席、貴族達に与えられる個室である。無論、数に限りがあるため使用できる者は限られるが、それゆえにこの男が持つ権力の高さが理解できる。
――ターニア候クリストフ。今眼下で敗北を喫しようとしているベンノ・デア・ターニアの父親である。
「アルフ。あの青年は何者か」
「は。資料によりますと、15歳になったばかりの少年だとか。一応マイスター士爵の御子息ではありますが、マイスター士爵自身が北方人で平民からの成り上がりですので……」
「15歳だと……あの体格でか。18は下るまいと思っていたが」
「天稟と言うものとしかいいようがありませんな」
「だが、所詮は下賤な平民だ。アルフはどう見る」
「身体能力や剣技……そういった、純粋な能力の身を語るのであれば、坊ちゃまが紙一重で上回っているように思われます。しかしながら、マイスター選手の不意打ちと挑発に嵌まり……このまま推移すれば結末は一目瞭然かと」
アルフという名の執事の答えに、クリストフは低く唸った。彼の推察は正しい。ベンノがマイスターなる少年より地力で上回っていることは、親の欲目ではなく事実である。だが、現に事実として敗北は目の前だ。
このようなことになるのであれば、ベンノの大会参加を意地でも止めるべきであった。クリストフはベンノと違い、貴き血を引いていれば能力として平民を上回るのが当然である、とは思っていない。貴族はその能力ゆえに平民の上にいるのではない。青き血を引いているから平民の上にいるのである。そこに能力の多寡は関係ない。それこそがこの世のあるべき姿なのだ。
だから平民に強きものがいることは驚愕に値しない。しないが、それが公の場で、完全に貴族の面目が潰れる形で発揮されるのはまずい。それは忌むべき革命を後押しする一因になるからだ。
「貴族は平民より弱くてもいい。だが、負けてはならない」
それがクリストフの考えだ。ベンノに正しく教育できず、今日の事態を招いたことを、クリストフは後悔していた。だが、後悔しているだけでは話は進まない。
「……アルフ」
「……やられますか?」
「いけるのか?」
「ご指示とあらばすぐにでも」
「よし、やれ。苦戦はともかく、貴族に敗北は許されん」
「かしこまりました」
要点を欠いた言葉の応酬の後、アルフは恭しく去っていった。残されたクリストフは己しかいない貴賓席で小さくつぶやいた。
「……負けてはならんのだ……絶対に……」




