そのろく
「ふん、結局貴様と当たることになるとはな。まあいい。貴様の無礼さにお灸をすえてやろうと思っていたところだ。トーマスを喰う前に喰っておくのも悪くはない」
今日は試合がないので他の人の試合を見ていたところ、後ろから声をかけられた。誰であろう、受付のときにケンカ売ってきた貴族っぽいのである。っていうか、今のセリフ……
「ということは、あなたがベンノ・デア・マイスター氏だったのですね。噂は伺ってましたが顔を知りませんでしたのでわかりませんでした」
「……ふん。この俺を知らない、ということ自体許しがたいが、今は許してやろう。貴様への制裁は試合で果たす」
「受けて立ちます。ですが、まさかとは思いますが、負けたら貴族としての権力を用いて弾圧する……などという恥知らずな行いはなさいませんよね?」
「貴様……! どこまでこの俺を馬鹿にすれば気が済むのだ! 誇り高きターニア家の血を引くこの俺がそのようなことをするものか! 貴様は実力で倒すし、負けたからと言って遺恨を残すような恥知らずではない!」
「その言葉を聞いて安心しました。明日は胸を借りるつもりで全力でいかせていただきます」
「ふん。好きにするがいい。せいぜい、試合場での不幸な事故が起こらないことを祈るがいいさ」
ベンノは最後にそれだけ投げつけて去っていった。……って、殺す気かい。確かに試合中の事故は罪にはならないし、模擬剣とはいえそれなりに重量はあるから絶対に死なないほど安全じゃないが。木刀のようなものだしな。
1日目の試合は無事に終わった。自分の試合がないからと他の連中の試合を見ていたわけだが、試合がなくてリラックスしたのか、かなり冷静に評価できたと思う。
結論。あれ? 今の所強敵って呼べるのベンノくらいじゃね? このままだと、ベンノに勝てたら一回戦が事実上の決勝、みたいな勢いで優勝できちゃいそうだ。もちろん、明日の参加者に強いのがごろごろいる可能性は大いにあるが……。
「「あ」」
会場を出たところで、そのベンノと鉢合わせした。何このいらない偶然。
「あ、お兄ちゃんお疲れ様! 一緒に帰ろう!」
そして妹様登場。どうやら俺を迎えに来て、試合は見ずに外で待っていたようで、ちらちらと男どもがこっち見てる。まあ目を向けられて当然の美幼女(もう10歳だし美少女か?)だが、相変わらず帽子をかぶっているせいで、その綺麗な銀髪が見えないのはちょっと残念。
「ほう……その小娘は貴様の妹か」
ねちり、としたベンノの声がした。めちゃくちゃ嫌な予感。
「下賤な平民上がりにしては美人だな。貴様とトーマスを血の海に沈めた暁にはその娘を組み敷いて手折ることにしよう。どんな声で泣くか楽しみだ」
「この場で死ぬか、貴様」
自分のものとは思えない声を発したのが自分だと自覚した時には、すでに剣をベンノに突きつけていた。
「ほう、面白い。やるか? だが仮にも平民が貴族に剣を突きつける行為。試合でもない以上、立派な造反罪だな?」
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!?」
貴族に剣を向けた、という行為に驚いたのか、アリスが慌てて俺の腕をつかんでたしなめてきた。その行為で少しだけ理性が戻る。なので、剣を収めた。
「大変失礼いたしました。ですが、あなたが妹を傷つけるというのであれば、たとえ造反罪になるとしても全力で抵抗させていただきますので、お覚悟を」
「く、はははははは! 一時の激情で歯向かうならいざ知らず、剣を収めてもこの俺に逆らうと豪語するか! 面白い!
いいだろう、貴様の今の無礼、不問に付してやる。いずれにせよ、明日貴様は血の海に沈むことになるのだしな」
最後の晩餐を楽しんでおくがいい、と嘯いてベンノは去っていった。……なんかこの構図さっき見たな。
「お兄ちゃん! 相手は貴族なのに何やってるの! 許してくれなかったらお兄ちゃん縛り首だよ!?」
「い、いや悪かった。でも今のはお前が……」
「でも禁止! いい? お兄ちゃんはもう成人して平民扱いなんだから、言動に気を付けないとすぐ殺されちゃうんだからね!? 私……お兄ちゃんまで失くしたくないよ……」
「……ごめん……」
だんだんと半泣きになっていくアリスを見ていると、謝る以外の選択肢が浮かばなかった。尤も、それでも何かあればまた剣を抜くんだろうな。
……とはいえ、落ち着いてみれば、俺は成人して親父の扶養家族から外され、平民になったが、アリスはまだ順調にいけばあと5年は親父の扶養家族として、下級貴族待遇である。となると、いかに侯爵家の息子とはいえ、同じ貴族扱いであるアリスにうかつに手を出せばただでは済まなくなる危険がある。つまり、早々アリスに手を出しはしない……はずだ、と思う。
……あ、そうか。だから親父と俺を排除したら、なのか。親父がいなくなればアリスは平民になる。もちろん、その前に俺が騎士になれれば、俺の被保護者として貴族待遇になるから、そっちも潰せば……ということなのか。ってことは、とりあえずはアリスが無事なのか、よかった。
「ところでお兄ちゃん」
「ん?」
「手折るってなぁに? 私、お花じゃないよ?」
「ぶふぁ!?」
せ、説明できるかー! お袋カムバーック! この無邪気っ子にいろいろ教えてあげてぇ~!




