そのご
「それじゃあ行ってきます」
5日間の予選も終わり、今日は馬上試合本選の組み合わせ発表の日。そして第一回戦の半分が行われる。俺の試合が今日あるかどうかは不明だが、組合せには参加しないといけないのだ。くじ引きだし。
「ウィリアム」
「ん? 何? 父さん」
家を出ようとしたところで親父に呼び止められた。
「ウィル。俺はお前に、戦士として、騎士として。できる限りのことを教えてきたつもりだ」
「う、うん」
急にかしこまって、何が言いたいのだろうかこの人は。
「お前はまだ15になったばかりで、未熟者にすぎん。だが、それでも今のお前は並の騎士を凌駕する腕前になっていると確信している。少なくとも、20年前に父さんが参加した馬上試合なら、優勝できる腕だと保証しよう。……もちろん、今年の大会があの時より質が低いとは限らないがな。
だから、そんなに緊張するな。お前は強い。いつものお前なら、いい結果が出せるさ。お前がお前自身を信じられないなら、お前を育てた父さんを信じなさい。父さんは、お前の腕に嘘はつかん」
……そっか。俺は、そんなに緊張した顔をしていたのか。確かに予選は楽に突破できたが、本選は当然同じように突破してきた連中がひしめき合ってるわけだし、楽勝とは思ってなかったけど……。それでも思っている以上に緊張していたようだ。親父の言葉で、少し緊張が解けたのを自覚する。
「おう。任せてくれよ。……ありがとう、行ってきます」
なので親父に礼を返し、会場へと向かった。……さあ、勝つぞ!
「では、これより抽選会を行います。入場時に渡された番号札順にくじを引いてください」
司会の声が会場に響き渡る。もともとは戦場で指揮官の声を軍の端まで届かせるために開発されたという拡声の魔法を使っているようで、会場を取り囲む見物客たちにもよく聞こえているようだ。ちなみに俺が渡されたのは120番目。結構早めに出たが、みんなはもっと早かったようだ。
順々にくじが引かれ、トーナメント表もどんどん埋まっていく。まあ、俺が引くときにはほとんど埋まっているのだからしょーがない。
「それでは次の方。はい、番号120番のウィリアム・マイスター選手ですね」
「こちらの箱から好きなものをおひとつ引いてください」
司会に番号札を渡し、くじの箱を持っているお姉さんに説明を受けくじを引く。54-B。明日の22試合目だ。
「ウィリアム・マイスター選手、第54試合!」
司会の声が響く中、俺の視線は既に決まっていた対戦相手の名に注がれていた。ベンノ・ドゥ・ターニア。その名を知っている。というか、有名人だった。
帝国の上級貴族であるターニア侯爵家の第四子であり、母は帝国に4つしかない公爵家の一つエルスマイヤー家の現当主、つまりエルスマイヤー公爵の実の妹である。無論、彼女がターニア公爵の正妻なのだが、ベンノの上には彼女が産んだ兄が2人いるため、ベンノが持つ侯爵家の継承権は名前だけのものといえる。しかしそこは侯爵家の子、ターニア公爵が複数持つ子爵位の一つを譲られており、すでに自身がターニア子爵なのだ。
年齢は今年で24歳。いい歳をして仕事につくでもなく、親の権威をかさに好き勝手している放蕩息子と噂されている。侯爵家の息子にして子爵、更に公爵家とのつながりもあるとなると、ただでさえ権力に弱い一般市民にとっては歯向かうどころか許可なく口を開くことさえできない立場だが、彼の横暴――無銭飲食や一方的な暴力、更には強姦まで――に立ち向かったものがいないわけではなかった。だが、不幸なことに、このベンノという男は、純粋な腕っぷしも強かったのだ。噂によれば騎士団に入っても十分な実力を持つとされ、当然、一般市民が勝てるはずもない。あっさりと返り討ちに合った挙句、造反罪として死刑にされるに至り、誰も彼には逆らわなくなったそうだ。
そのベンノ・デア・ターニア子爵が第一回戦の敵。確かにこの大会、現役退役問わず帝国正規騎士の参加は不可とされているが、貴族の参加は禁止されていない。だから参加できないわけではないが、何故参加したのか。わがままをしたいだけなら既にそれは叶っている。彼の横暴に対抗できるのは、相応の権力を持つ貴族だけであり、この大会で優勝したとしても彼らに対する武器にはならない。
かといって、今まで親のすねと貴族の特権を齧るだけで職につかなかった男が今更騎士になりたいなどというのもおかしな話だ。というか、なりたいだけなら子爵の時点ですぐにでもコネで入団できる。本当に訳が分からない。
けどまあ、それはどうでもいいことか。ベンノがどのような理由で参加しようと俺には関係がない。ただ、強敵になるだろうことは間違いないが……あ、でも勝ったら貴族の権力でつぶされたりするのだろうか? それは困ったな。




