1話
聞き間違いだろうか。
「……なぜ毒林檎を?」
「食べるためです。」
「誰が?」
「私です。」
「…………」
ダメだ。何を言っているのかさっぱりわからない。至宝の偏差値が急激に降下した気がしてならない。
「えっと……なぜ毒林檎が食べたいんですか?」
「……それは言えません。」
「と言いつつ本当は誰かに食べさせたり……。」
「自分で食べます。」
ダメだ。やっぱりわからない。
毒林檎を食べたいということは……つまり死にたいってことか?いや、でもあの至宝だぞ?
処理しきれない脳から煙が出ている気がする。
「あー、俺毒林檎とかそんなん作れる気しないし、人殺しにもなりたくないし……。」
ぶっちゃけ後半が本音である。ここはやっぱりアホになってかわしていくしかない。人殺しになって人生バッドエンドにしてたまるか。
「一週間前、職員室で科学部顧問の先生とトリカブトの毒について研究している話が聞こえまして、他にも毒について調べているだとか……あなたにしか頼めません。どうか、お願いします。」
聞かれていたとか内容がおかしいより、綺麗なお辞儀だなんて思ってしまう。こんなに人からの視線を釘付けにしてしまう人でも、深刻な悩みでもあるのだろうか。
いや、でもやっぱりここは……逃げよう。
綺麗なお辞儀を保っている至宝を置き去りに、来た道を全速力で走り学校を後にした。
しばらく走って家の近くの横断歩道が赤だったため、ようやく止まることができた。膝に手を置き、上下する肩を落ち着かせる。
「やっぱり……あの人何言ってんだ。」
俺の呟いた一言は誰に拾われることなく消えた。
その日の夜、なかなか寝付くことができず、部屋の天井を見つめる。授業の内容だとかよりも、放課後の校舎裏で起きた出来事を何度も思い返してしまう。あの至宝に呼び出されたのにも驚きだが、まさか毒林檎を作ってくれと頼まれるなんて……。食べたい理由も気になるが、明日学校で見つかった瞬間ぶん殴られるのでは。そんなことをぐるぐる考えているうちに、夜は更けていった。
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「おはよう……。」
「おはよう…って、あんたすごく顔色悪いけど大丈夫?」
平等に訪れる憎い朝、リビングで朝食の準備をしてくれている母に挨拶したが、どうやら自分が思っているより酷い顔らしい。
「ちょっと寝付けなくて……。父さんは?」
「お父さんなら今日はもう会社行ったわよ〜。体調悪いなら休んでいいからね。」
用意してくれた食パンを齧りながらでも、昨日のことが頭から離れず胃が痛くなる。体調というより、心が不調だし今日はもう休んでしまおうか。しかし、休んだ分のノートを取らなければならないのはめんどうだし、ここは何もないことを願って行こう。
朝食を食べ終え、諸々の準備を済ませて用意した鞄と、絶望を背に乗せ玄関へ。
「あんまりしんどかったら早退してもいいからね。」
いつもはリビングで行ってらっしゃいと言ってくれるが、今日は玄関まで見送りに来てくれた。それも眉を下げて。自分でも普段から特段元気なわけでも、よく笑う方でもないが、やはり母だからこそいつもと違うことに気づいてくれているのだろう。
「うん、ありがとう。行ってきます。」
少し母の優しさで軽くなった体で、学校へ向かう。道中、至宝と遭遇することを恐れ、周りをキョロキョロと警戒しているため、側から見れば完全に不審者である。そして、不審者のまま学校へ到着した。不名誉である。
2年3組と書かれた教室に足を踏み入れ、チラッと至宝の席を見ると既に着席していた。ちなみに至宝の席は前扉から入って2列目の前から3番目の席で、俺は窓際の後ろから2番目の席とかなり離れている。
みんなは席が近くだと嬉しいと喜ぶが、こんなにも離れていて良かったと喜んだ日はない。
至宝もこちらを気にかける様子もないため、安堵のため息をついているとHRの始まるチャイムが鳴った。
担任の先生——犬飼 学が教室へ入ってくると、騒がしかった教室も静かになる。
「おはようございます。今日からこの教室に転校生がきます。」
そう淡々と言った先生は廊下で待機していたであろう転校生を呼ぶ。どこかしこで
「女の子?男の子かな?」
「イケメンだったり!」
「美少女かもよ」
なんて会話が聞こえてくる。
進学校といってもやはり高校生らしい。
そして、やけに姿勢のいい歩き方で入ってきた転校生が教卓の隣に並ぶと女子が騒ぎ始める。そう、爽やかイケメンだ。ハーフと思われるブロンドの艶やかな髪に、キリッとした目、身長も175cm以上はありそうだ。至宝とこんなイケメンが揃うと、2年3組の顔面偏差値が爆上がりしたように感じる。
「初めまして。皇 王翔です。どうぞよろしくお願いします。」
キランっと効果音がつきそうな爽やかスマイルで自己紹介した転校生に、女子たちはメロメロである。
「はい。じゃあみんな仲良くするように。皇くんの席はあそこね。」
変わらず淡々と話す先生は後ろ扉の最後列の席を指差し、そこへ座るよう促す。すると突然、転校生はカッ!と目を見開き、自分の席ではなくある席へ一直線に向かった。なんだなんだと途端に騒がしくなる教室に、本人は気にも止めず立ち止まる。
「何と美しい人なんだ!僕と結婚してくれないか!」
頬を赤らめ、片膝をつき手を差し出している。さながら童話の王子のようだ。
転校生は振られるという概念がないのか、自信に満ち溢れた顔で返事を待っている。
急に始まった求婚に教室は逆に静かになり、いつもは冷静でスマートな先生もポカンと口を開けている。求婚されている本人は驚いた様子もなく立ち上がると、昨日見た綺麗なお辞儀をした。
「あなたとは結婚しません。ごめんなさい。」




