↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
99/200

なかま

第九十八話 止めると言える相手


 沢沿いの道は、使えた。


 ただし、恭介が最初に言ったとおり、そのまま大量の荷を通せる道ではなかった。


 途中で、荷を分ける。


 重い物を一度に積まない。


 橋へ向かう本隊と、沢沿いへ回す便を分ける。


 里央が確かめた図には、いくつも小さな印が加わっていた。


「全部を一度に運ぶなら、南の橋だけでは詰まるね」


 葉が言った。


 俺は新しい倉庫の位置を見る。


 同盟の範囲が広がり、北側で物資をまとめる必要が出ていた。


 戦争で備蓄を使った城へ送る物もある。


 今後の攻略へ残しておきたい物もある。


 以前の集積場所から全部を動かすわけではないが、それでも量は多かった。


「二つに分ければ、早い?」


 晴が尋ねる。


「早くできる可能性はあります」


 恭介が答えた。


「ただ、沢側は、天気が悪くなると止めたほうがいいです」


 里央が頷く。


「帰りはともかく、重い荷を持ったまま進むのは嫌な道だった」


     *


 朱音が護衛を担当することになった。


 恭介は、荷の分け方と、出す順番を見る。


 千景が二人へ説明すると、恭介は頷いた。


 朱音は、少し間を置いた。


「聞いておきたいことがあります」


 千景が顔を向ける。


「危ないと思った時、誰が止めますか」


「現地で、部隊の安全に関わるなら朱音さんが止めてください」


 朱音は恭介を見た。


「遅れると、あとで困りますよね」


「困ることはあります」


 恭介は答えた。


 それから、少し言葉を足す。


「でも、戻らないよりは、遅れるほうがいいです」


「その場でも、そう言ってもらえますか」


 広間が静かになった。


 恭介は朱音を見た。


「止めると言われたら、まず止めます。そのあとで、何ができるか相談します」


 朱音は、ようやく頷いた。


     *


 俺はそのやり取りを聞き、口を挟まなかった。


 気になることはあった。


 朱音の声は、少し硬かった。


 恭介も、言葉を選んでいる。


 同じ同盟になったのだから、と言えば、その場は先へ進むかもしれない。


 だが、進めるだけでは足りない気がした。


 朱音は不安を、条件にして出した。


 恭介は、それに答えた。


 俺が二人の代わりに、分かったことにする必要はなかった。


     *


 打ち合わせのあと、朱音が俺のところへ来た。


「感じが悪かったですか」


「いや」


 俺は椅子を勧めた。


 朱音は座らず、机の図を見た。


「道を知っている理由は、分かりました。今は助かるとも思っています」


「うん」


「でも、すぐには普通に聞けませんでした」


 俺は頷いた。


 前の戦争で、朱音は弓の部隊を出した。


 帰還したあと、次の編成をしばらく組めなかった。


 その報告を、俺は読んでいる。


「恭介さん一人が、全部決めたわけじゃないのも分かります」


 朱音は続けた。


「それでも、知っている道なんだなって」


 俺は、慰める言葉を探してやめた。


「今すぐ、気にするなとは言えない」


 朱音はこちらを見た。


「ただ、今回の仕事で嫌なことがあれば、今回のこととして言ってほしい。前の戦争と混ざると、相手にも分からなくなる」


 朱音は少し考えた。


「……止める時は、止めるって言います」


「ああ」


     *


 輸送は、予定どおりに始まった。


 南の橋へ向かう荷。


 沢沿いへ回す荷。


 先に出す物と、倉庫の受け入れを待ってから出す物。


 恭介の作った順番は、細かかった。


 だが、細かいだけではなかった。


 荷を下ろす側の人数まで見て、到着をずらしている。


 全部を一度に送り出して、先で待たせる形にはなっていなかった。


「こういうの、慣れてるんだな」


 俺が言うと、千景が頷いた。


「以前から担当していたそうです」


 その返事に、少しだけ苦いものがあった。


 俺たちが東雲を見ていた時、見えたのは攻めてくる兵と、こちらを止める土地だった。


 その後ろで荷を送り、戻る部隊のために物を残していた人間までは、見ていなかった。


 同じ同盟になって初めて、仕事が見えた。


     *


 昼を過ぎて、雨が降った。


 強い雨ではなかった。


 城の中にいると、窓を閉めれば済む程度だった。


 だが、沢沿いでは違ったらしい。


 朱音から、移動を止めたという報告が来た。


 俺は地図を開いた。


 狭い場所へ入る手前だった。


 荷車の車輪が、道の端へ寄り始めている。


 この先へ進めば、すれ違いも難しくなる。


 恭介からも、荷を止めたという連絡が届いた。


 晴が広間へ来た。


「何か、出したほうがいいですか」


「まず、向こうの状況を聞こう」


 俺は答えた。


     *


 現地では、朱音が荷車の前へ立っていた。


 恭介は、後ろから来る便を止めに走っていた。


 戻ってきた時には、袖が濡れていた。


「北の倉庫には、遅れると伝えました」


 恭介が言った。


「どれくらい遅れますか」


「まだ分かりません」


 朱音は頷いた。


 恭介が道の先を見る。


 あと少し進めば、広い場所がある。


 晴れていれば、問題のない距離だった。


 荷を下ろすための人も、その先で待っている。


「ここから、少しだけ」


 言いかけ、恭介は口を閉じた。


 朱音がこちらを見ていた。


「何ですか」


 恭介は一度、道へ目を戻した。


 轍に水が溜まり始めていた。


「……先へ進めば、積み替えはしやすいです。ただ、今の荷でそこまで行けるとは、言えません」


「なら、ここで止めます」


「はい」


 その返事のあと、二人とも少し黙った。


 止めるという約束は守られた。


 今度は、止めた場所で何をするかを決めなければならなかった。


     *


 朱音は部隊を分けた。


 先の道を確認する者。


 荷の周囲を見る者。


 戻ってくる荷車へ合図する者。


 恭介は、運び直す順番を変えた。


 雨を避けたい物から下ろす。


 軽い荷をまとめ、重い物は無理に動かさない。


 南へ回せる便は、手前の分岐まで戻す。


 往路と復路を同時に通そうとせず、一本ずつ動かす。


 朱音はその案を聞き、道へ兵を置く位置を変えた。


「ここを先に空けます」


「お願いします」


「最後の荷が動くまで、護衛は残します」


「受け入れ側へ、先に人を返してもらいます」


 誰も、仲良くしようとは言わなかった。


 濡れた荷と、狭い道と、待っている人がいた。


 二人は、その話を続けた。


     *


 予定より遅れて、荷が届いた。


 いくつかは翌朝へ回った。


 だが、人も物も失わずに済んだ。


 俺は最終報告を読み、晴へ渡した。


 晴は何度か頷いてから、礼の連絡を書いた。


 里央が道の状態を聞きに来たので、葉が現地の記録を見せる。


 次は雨が続いたあとに使わない。


 途中の積み替え場所を、先に用意する。


 報告には、改善する点がいくつも残った。


 成功だったから全部よかった、という話にはしなかった。


     *


 朱音と恭介が戻ったのは、日が落ちてからだった。


 二人とも疲れていた。


 広間で報告を終えると、晴が食事を勧めた。


 朱音は恭介と同じ机へ座った。


 俺は、少し離れた場所から二人を見た。


 話しかけたのは、朱音だった。


「止めた時、困りましたよね」


 恭介は匙を置いた。


「困りました」


「ですよね」


「でも、進めと言わなくてよかったと思っています」


 朱音は少し笑った。


「言いかけましたよ」


「はい」


 恭介も、そこで初めて小さく笑った。


     *


 少しして、朱音が言った。


「前の戦争のことは、まだ、気にしています」


 恭介の表情が止まった。


 朱音は続けた。


「今日うまくいったから、全部平気になったわけではないです」


「分かりました」


「でも、今日の輸送は、助かりました」


 恭介は目を伏せた。


 しばらくして、頷いた。


「こちらも。止める場所を決めてもらえなかったら、もっと悪くなっていたと思います」


 それで、話は終わった。


 謝罪も、握手もなかった。


 二人は、少し冷めた食事へ戻った。


     *


 翌朝、報告の末尾に二人の名前が並んでいた。


 輸送担当、恭介。


 護衛担当、朱音。


 どちらか一人の働きとしては、書かれていなかった。


 千景がそれを確認し、保管する。


 俺は、その紙を少し長く見た。


 同じ同盟に入った日に、一つになれるわけではない。


 同じ仕事をしたからといって、昔の戦いが消えるわけでもない。


 ただ、次に同じ相手へ仕事を頼む時、今日のことも思い出せる。


 東雲にいた者。


 自分たちと戦った者。


 それだけだった名前の隣へ、別の出来事が増えた。


     *


 恭介から、追加の書簡が来た。


 沢沿いの道を、今後も使う場合の案だった。


 俺は開いて読んだ。


 途中に一行、朱音と確認済み、と書いてあった。


 そこだけ、俺は確認の印をつけた。


 返事を求められた朱音からは、少しして連絡が来た。


『確認しています。ただ、雨のあとの判断は、その都度にしてください』


 俺は了承を返した。


 それから、新しい案を千景へ回した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。