なかま
第九十八話 止めると言える相手
沢沿いの道は、使えた。
ただし、恭介が最初に言ったとおり、そのまま大量の荷を通せる道ではなかった。
途中で、荷を分ける。
重い物を一度に積まない。
橋へ向かう本隊と、沢沿いへ回す便を分ける。
里央が確かめた図には、いくつも小さな印が加わっていた。
「全部を一度に運ぶなら、南の橋だけでは詰まるね」
葉が言った。
俺は新しい倉庫の位置を見る。
同盟の範囲が広がり、北側で物資をまとめる必要が出ていた。
戦争で備蓄を使った城へ送る物もある。
今後の攻略へ残しておきたい物もある。
以前の集積場所から全部を動かすわけではないが、それでも量は多かった。
「二つに分ければ、早い?」
晴が尋ねる。
「早くできる可能性はあります」
恭介が答えた。
「ただ、沢側は、天気が悪くなると止めたほうがいいです」
里央が頷く。
「帰りはともかく、重い荷を持ったまま進むのは嫌な道だった」
*
朱音が護衛を担当することになった。
恭介は、荷の分け方と、出す順番を見る。
千景が二人へ説明すると、恭介は頷いた。
朱音は、少し間を置いた。
「聞いておきたいことがあります」
千景が顔を向ける。
「危ないと思った時、誰が止めますか」
「現地で、部隊の安全に関わるなら朱音さんが止めてください」
朱音は恭介を見た。
「遅れると、あとで困りますよね」
「困ることはあります」
恭介は答えた。
それから、少し言葉を足す。
「でも、戻らないよりは、遅れるほうがいいです」
「その場でも、そう言ってもらえますか」
広間が静かになった。
恭介は朱音を見た。
「止めると言われたら、まず止めます。そのあとで、何ができるか相談します」
朱音は、ようやく頷いた。
*
俺はそのやり取りを聞き、口を挟まなかった。
気になることはあった。
朱音の声は、少し硬かった。
恭介も、言葉を選んでいる。
同じ同盟になったのだから、と言えば、その場は先へ進むかもしれない。
だが、進めるだけでは足りない気がした。
朱音は不安を、条件にして出した。
恭介は、それに答えた。
俺が二人の代わりに、分かったことにする必要はなかった。
*
打ち合わせのあと、朱音が俺のところへ来た。
「感じが悪かったですか」
「いや」
俺は椅子を勧めた。
朱音は座らず、机の図を見た。
「道を知っている理由は、分かりました。今は助かるとも思っています」
「うん」
「でも、すぐには普通に聞けませんでした」
俺は頷いた。
前の戦争で、朱音は弓の部隊を出した。
帰還したあと、次の編成をしばらく組めなかった。
その報告を、俺は読んでいる。
「恭介さん一人が、全部決めたわけじゃないのも分かります」
朱音は続けた。
「それでも、知っている道なんだなって」
俺は、慰める言葉を探してやめた。
「今すぐ、気にするなとは言えない」
朱音はこちらを見た。
「ただ、今回の仕事で嫌なことがあれば、今回のこととして言ってほしい。前の戦争と混ざると、相手にも分からなくなる」
朱音は少し考えた。
「……止める時は、止めるって言います」
「ああ」
*
輸送は、予定どおりに始まった。
南の橋へ向かう荷。
沢沿いへ回す荷。
先に出す物と、倉庫の受け入れを待ってから出す物。
恭介の作った順番は、細かかった。
だが、細かいだけではなかった。
荷を下ろす側の人数まで見て、到着をずらしている。
全部を一度に送り出して、先で待たせる形にはなっていなかった。
「こういうの、慣れてるんだな」
俺が言うと、千景が頷いた。
「以前から担当していたそうです」
その返事に、少しだけ苦いものがあった。
俺たちが東雲を見ていた時、見えたのは攻めてくる兵と、こちらを止める土地だった。
その後ろで荷を送り、戻る部隊のために物を残していた人間までは、見ていなかった。
同じ同盟になって初めて、仕事が見えた。
*
昼を過ぎて、雨が降った。
強い雨ではなかった。
城の中にいると、窓を閉めれば済む程度だった。
だが、沢沿いでは違ったらしい。
朱音から、移動を止めたという報告が来た。
俺は地図を開いた。
狭い場所へ入る手前だった。
荷車の車輪が、道の端へ寄り始めている。
この先へ進めば、すれ違いも難しくなる。
恭介からも、荷を止めたという連絡が届いた。
晴が広間へ来た。
「何か、出したほうがいいですか」
「まず、向こうの状況を聞こう」
俺は答えた。
*
現地では、朱音が荷車の前へ立っていた。
恭介は、後ろから来る便を止めに走っていた。
戻ってきた時には、袖が濡れていた。
「北の倉庫には、遅れると伝えました」
恭介が言った。
「どれくらい遅れますか」
「まだ分かりません」
朱音は頷いた。
恭介が道の先を見る。
あと少し進めば、広い場所がある。
晴れていれば、問題のない距離だった。
荷を下ろすための人も、その先で待っている。
「ここから、少しだけ」
言いかけ、恭介は口を閉じた。
朱音がこちらを見ていた。
「何ですか」
恭介は一度、道へ目を戻した。
轍に水が溜まり始めていた。
「……先へ進めば、積み替えはしやすいです。ただ、今の荷でそこまで行けるとは、言えません」
「なら、ここで止めます」
「はい」
その返事のあと、二人とも少し黙った。
止めるという約束は守られた。
今度は、止めた場所で何をするかを決めなければならなかった。
*
朱音は部隊を分けた。
先の道を確認する者。
荷の周囲を見る者。
戻ってくる荷車へ合図する者。
恭介は、運び直す順番を変えた。
雨を避けたい物から下ろす。
軽い荷をまとめ、重い物は無理に動かさない。
南へ回せる便は、手前の分岐まで戻す。
往路と復路を同時に通そうとせず、一本ずつ動かす。
朱音はその案を聞き、道へ兵を置く位置を変えた。
「ここを先に空けます」
「お願いします」
「最後の荷が動くまで、護衛は残します」
「受け入れ側へ、先に人を返してもらいます」
誰も、仲良くしようとは言わなかった。
濡れた荷と、狭い道と、待っている人がいた。
二人は、その話を続けた。
*
予定より遅れて、荷が届いた。
いくつかは翌朝へ回った。
だが、人も物も失わずに済んだ。
俺は最終報告を読み、晴へ渡した。
晴は何度か頷いてから、礼の連絡を書いた。
里央が道の状態を聞きに来たので、葉が現地の記録を見せる。
次は雨が続いたあとに使わない。
途中の積み替え場所を、先に用意する。
報告には、改善する点がいくつも残った。
成功だったから全部よかった、という話にはしなかった。
*
朱音と恭介が戻ったのは、日が落ちてからだった。
二人とも疲れていた。
広間で報告を終えると、晴が食事を勧めた。
朱音は恭介と同じ机へ座った。
俺は、少し離れた場所から二人を見た。
話しかけたのは、朱音だった。
「止めた時、困りましたよね」
恭介は匙を置いた。
「困りました」
「ですよね」
「でも、進めと言わなくてよかったと思っています」
朱音は少し笑った。
「言いかけましたよ」
「はい」
恭介も、そこで初めて小さく笑った。
*
少しして、朱音が言った。
「前の戦争のことは、まだ、気にしています」
恭介の表情が止まった。
朱音は続けた。
「今日うまくいったから、全部平気になったわけではないです」
「分かりました」
「でも、今日の輸送は、助かりました」
恭介は目を伏せた。
しばらくして、頷いた。
「こちらも。止める場所を決めてもらえなかったら、もっと悪くなっていたと思います」
それで、話は終わった。
謝罪も、握手もなかった。
二人は、少し冷めた食事へ戻った。
*
翌朝、報告の末尾に二人の名前が並んでいた。
輸送担当、恭介。
護衛担当、朱音。
どちらか一人の働きとしては、書かれていなかった。
千景がそれを確認し、保管する。
俺は、その紙を少し長く見た。
同じ同盟に入った日に、一つになれるわけではない。
同じ仕事をしたからといって、昔の戦いが消えるわけでもない。
ただ、次に同じ相手へ仕事を頼む時、今日のことも思い出せる。
東雲にいた者。
自分たちと戦った者。
それだけだった名前の隣へ、別の出来事が増えた。
*
恭介から、追加の書簡が来た。
沢沿いの道を、今後も使う場合の案だった。
俺は開いて読んだ。
途中に一行、朱音と確認済み、と書いてあった。
そこだけ、俺は確認の印をつけた。
返事を求められた朱音からは、少しして連絡が来た。
『確認しています。ただ、雨のあとの判断は、その都度にしてください』
俺は了承を返した。
それから、新しい案を千景へ回した。




