きょーすけ
第九十七話 同じ旗の下
――恭介
名前の横につく同盟が変わっても、朝にやることは変わらなかった。
兵の帰還を確かめる。
倉庫を見る。
土地へ置いた武将の状態を確認する。
城門の外では、いつもの荷車が待っている。
変わったのは、その先だった。
誰へ報告すればいいのか。
どこまで、自分で決めていいのか。
前なら迷わなかったことに、いちいち手が止まる。
東雲連合にいた時、俺は輸送と、そのための土地を見ていた。
命じられた場所へ物を送る。
通る道を確かめる。
兵が動くなら、その後ろへ食糧を出す。
戦争の時も、それをやった。
誰かに無理やり手を動かされたわけではない。
今、その相手だった者たちと、同じ同盟にいる。
*
加入して最初の報告には、必要以上に長い説明をつけた。
昨日と今日の資源量。
出せる兵。
すぐには動かせない武将。
以前から持っている土地と、返還が終わった土地。
隠していると思われたくなかった。
送ったあとも、何か足りないのではないかと、何度も見直した。
千景からの返事は短かった。
『確認しました。毎日の報告は、変更があったところだけで大丈夫です。
城内の通常の作業は、ご自身で決めてください』
俺はその文を読んで、少し困った。
自分で決めていいと言われると、何を決めればよいのか分からなくなる。
前の同盟では、できていたはずなのに。
*
晴と顔を合わせたのは、その日の昼だった。
同盟の北側に、物資を集める倉庫を作る話があった。
新しく加わった城が増え、以前の集積場所だけでは遠い。
その相談に、俺も呼ばれた。
広間へ入ると、晴がすぐにこちらを見た。
「恭介さんですね」
俺は頷いた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。前に教えてもらった武将、弥平さんも育てています」
そう言って、隣にいた男へ声を掛ける。
弥平は軽く頭を下げた。
「あとで、どこまで育ったか見せてもらってもいいですか」
「俺のは、まだ大したものじゃ」
「私のも、途中なので」
そこで、返事に詰まった。
責められることも、慰められることも考えていた。
武将を見せてほしいと言われる準備は、していなかった。
「……それなら」
そう答えると、晴が嬉しそうに笑った。
肩の力が少し抜けた。
抜けたことに気づいて、今度は自分で少し警戒した。
感じよく迎えられたからといって、全部が終わったわけではない。
*
会議では、俺は黙っていた。
千景が、新しい倉庫へ運ぶ物を説明する。
里央が、使える道を示す。
朱音が、護衛に出せる部隊を答える。
皆、返事が早い。
分からないところがあっても、その場で聞く。
俺には、その聞き方が分からなかった。
説明が一段落した時、地図に気になる場所を見つけた。
南側へ回る道だった。
橋の手前で狭くなり、荷車を止める場所が少ない。
この量をまとめて運べば、先頭が止まった時に後ろまで詰まる。
別の沢沿いの道を使えば、荷を分けて運べる。
ただ、その入口の土地には、すでに副将が置かれていた。
土地の使い方を、一時的に変えてもらう必要がある。
俺は口を開きかけた。
里央が、次の説明を始めた。
そのまま、黙った。
*
「何かありますか」
千景に聞かれて、顔を上げた。
自分を見ている。
「いえ」
反射的に答えてしまった。
千景は急かさず、地図の端を押さえた。
「今、こちらの道を見ていましたよね」
「……少し、気になって」
「聞かせてください」
俺は指を伸ばした。
皆の視線が、同じ場所へ集まる。
「ここを使えば、南の橋だけに集めなくて済むと思います」
里央が身を乗り出した。
「そこ、通れる?」
「空の荷車なら。一度に重くしすぎなければ、荷を積んでも行けます」
「知ってるんだ」
「前に、見たので」
誰かが顔を上げた。
俺は、自分の言い方が足りなかったことに気づいた。
「東雲にいた時に」
広間が静かになった。
*
その道の先に、晴の同盟の城がある。
俺は、そこへ兵を送るための経路を見たことがあった。
使われる前に戦況が変わり、その道は結局、主な進路にはならなかった。
だが、調べた。
荷をどこまで運べるか。
兵を止めるなら、どこがよいか。
今と同じように、地形を見た。
朱音が、地図から顔を上げた。
「そういう調査だったんですね」
声は荒くなかった。
俺は頷いた。
「はい」
「どこまで見てたんですか」
俺は城の手前を指した。
「ここまでです」
朱音は、その指先を見ていた。
あの戦いで、朱音の部隊にも損失が出たと聞いている。
その数字を、俺は知らないわけではなかった。
「……すみません」
そう言うと、朱音は少し眉を寄せた。
謝罪を待っていた顔ではなかった。
「今、それを聞いたわけではないです」
俺は手を引いた。
*
晴が口を開きかけた。
千景が、それより先に尋ねた。
「現在、通行を妨げるものはありますか」
俺は少し息を吸った。
「入口の土地に、作業場があります。使うなら、持ち主と話が必要です」
「そのほかは」
「途中で荷を積み直す場所が要ります。道そのものを広げるより、そのほうが早いと思います」
千景は頷き、里央を見た。
「実際に見てから、判断しましょう」
里央も頷く。
朱音は何も言わず、地図を見ていた。
俺は、もう一度、口を開いた。
「この案は、使わなくても大丈夫です」
今度は、千景が少しはっきり答えた。
「使うかどうかは、確かめて決めます」
俺は黙った。
「出したことまで、取り消さなくていいです」
*
会議が終わったあと、俺は里央へ声を掛けた。
「よければ、あの道の案は、そちらから出したことにしてもらえませんか」
里央が振り返る。
「何で?」
理由は、いくつも浮かんだ。
自分が前へ出ないほうが、話が進む。
旧東雲の者が土地の使い方へ口を出すと、面白くない者もいる。
今入ったばかりなのに、以前からいる者の予定を変えさせる。
その全部を説明する前に、里央が言った。
「私は、その道を知らなかったよ」
「だから、これから一緒に見て」
「うん。一緒に見たとは言える。でも、見つけたのは私じゃない」
里央は少し考えた。
「案が駄目だったら、私の名前で出しても駄目だし」
俺は返事ができなかった。
里央は荷物を持ち直す。
「明日の朝、入口でいい?」
「……はい」
*
帰る前、弥平に呼び止められた。
武将の話だった。
俺が育てている武将の技能を見て、自分の記録と比べる。
出した兵の種類が違う。
重ねた回数も違う。
そのせいか、伸び方に差があった。
「こっちは、どうでした?」
聞かれたことに答える。
答えながら、俺も一つ尋ねる。
気づくと、少し時間が経っていた。
弥平は記録をしまい、礼を言った。
俺も頭を下げた。
この人は、俺が東雲にいたことを知っている。
そのうえで、自分の武将の話をしている。
俺は、その二つを同時に受け取ることに、まだ慣れていなかった。
*
城へ戻り、沢沿いの道について書いた。
通れる荷の量。
狭くなる場所。
作業場の持ち主へ確認が必要なこと。
そして、以前の調査で見ただけなので、現状は確かめ直す必要があること。
最後に、提案者の名を書く欄があった。
俺は少し迷った。
以前の役目を書く必要はない。
だからといって、それを隠すことにもならない。
恭介。
自分の名だけを書いた。
送る前に、全文を読み直す。
どこにも、採用してもらうための謝罪はなかった。
それが少し落ち着かなかった。
俺はそのまま、送った。




