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第九十六話 新世界の勢力図
晴が、地図を一番遠くまで引いた。
北西に集まっていた城の名前が、小さな点になる。
その向こうに、北東。
南へ動かせば、南東と南西。
普段は一つの道や、一つの砦を見ている。
世界全体を開いたのは、久しぶりだった。
「今、どこが一番大きいんでしょう」
晴が聞いた。
俺は順位表へ手を伸ばしかけて、止めた。
「人数なら、見れば分かるけど」
「人数だけじゃ、分からない?」
「うん。最近、それが余計に分からなくなった」
晴は地図へ目を戻した。
色の大きさだけでは、そこにいる者たちが何を考えているかまでは見えない。
同じ色の中で、別々の集団が揉めている。
違う色の者たちが、援軍を送り合う。
俺たち自身が、そうだった。
*
葉が、何枚かの資料を持ってきた。
順位の変化。
砦の所有。
確認できた大城への隣接。
戦争と、配下化と、同盟の合流。
机へ並べると、思っていたより場所を取った。
「一度、まとめようと思って」
「助かる」
俺が受け取ろうとすると、葉は一番上の紙を押さえた。
「分からないところもあるからね」
「うん」
「大きい同盟ほど、全部の動きが一つにまとまって届くわけじゃない」
俺は頷いた。
ここにあるのは、確かめられた世界だった。
世界そのものではない。
*
最初に開いたのは、統合直後の記録だった。
第三世界と第四世界が、一つになった。
以前の土地は消えた。
砦の恩恵も失われた。
武将や、持ち越した報酬は残ったが、城の周囲は知らない場所になった。
その時、俺たちは、第三世界の同盟は小さくなると思っていた。
守るために大きくなった集団が、一度ほどける。
自分で見られる人数に戻り、それぞれに始め直す。
北西の猫も、そうなるはずだった。
「実際、分かれたよね」
晴が言った。
「ああ」
玄。
朔。
律。
それぞれの旗ができた。
俺と葉と杏と岳は、晴の同盟へ入った。
巌も、新しい同盟を立ち上げた。
以前の仲間が、同じ名前の下へ戻ることはなかった。
「でも、そのあとが速かった」
葉が次の記録を出した。
*
砦へ、道が伸びた。
以前と同じように手探りで始める者ばかりではなかった。
兵の出し方を知っている。
必要な土地の数を見積もれる。
砦の隣へ先に着けば、そのあとの交渉で有利になると分かっている。
一人で道を伸ばすより、近隣で分担したほうが速い。
先に集まる。
方針は、そのあとで決める。
その考え方が広がった。
北東と南東では、中小同盟が次々にまとまり、巨大な連合になった。
順位表に現れた時、俺は数字を読み違えたのかと思った。
今、その数字はさらに大きくなっている。
*
「ここが、今も上のほうですね」
晴が北東を指した。
「南東も」
「人数と、押さえた場所では、やっぱり大きい」
俺は二つの地域を見た。
その同盟を作った者たちは、最初から全員を一つに育てようとしていたわけではない。
小さいままなら、また砦を取れずに終わる。
まず、取れるところを取り切る。
分かれるか、残るかは、そのあとで考える。
以前に不利益を受けた者ほど、その話へ乗りやすかった。
結果として、大きな同盟の中に、いくつもの小さな集団が残った。
「同盟が一つなら、指示も一つだと思ってました」
晴が言った。
「そうしたい人は、いるだろうけどな」
俺は瀬名からの書簡を示した。
道を作った集団。
主力を出す集団。
食糧を支える集団。
同じ砦へ向かっていても、待てる時間も、望む取り分も違った。
巨大な旗が、その違いまで消してくれるわけではなかった。
*
序盤に、その大きさと一緒に目立っていたのが、第四世界出身者の強さだった。
道が速い。
土地を取る時の損失が少ない。
こちらが兵を戻している間に、次へ進む。
俺たちは、武将の位だけを見ていた。
だが、相手は技能を育てていた。
砦攻略で成長させる。
同じ武将を重ねる。
育てた技能を、使い慣れた部隊へ組み込む。
第四世界では、すでに積み上げられていたものだった。
「昂生さんたちに教わるまで、ちゃんと見てなかったです」
晴が言った。
「俺も」
俺は、最初の攻略の記録を開いた。
知らない仕組みが使えるようになっていても、知らないままでは使えない。
分かってから、第三世界の者たちも伸び始めた。
玄の同盟が砦を取った。
律のところでも、連携へ新しい技能を取り入れた。
朔は、育て方と資源の使い方を調整した。
中小同盟が、大同盟の外でも動ける場面が増えていった。
*
土地へ、副将を置けるようになったことも大きかった。
低い位の武将に、役目ができた。
ただ道を伸ばすだけでなく、どの土地を持ち、誰を置くかを考えるようになった。
土地が欲しい。
枠を増やすために、砦が欲しい。
砦を取れば、武将も育つ。
活発な者たちは、ますます動くようになった。
その一方で、土地を増やさなくなる城もあった。
また消えるなら、今度は城の中だけで楽しみたい。
他人と予定を合わせ続けるのは、少し疲れた。
そういう返事が、実際に届いた。
俺は地図にある、周囲の色が少ない城を見た。
「今は、これを見ただけじゃ分からないな」
葉が頷いた。
「休んでる人もいる。外へ興味がない人もいる」
「兵を育てて、待ってた人もいた」
晴の声に、三人とも少し黙った。
*
律たちを襲った盟主の城も、最初は静かだった。
土地を取らない。
砦へ向かわない。
周辺の争いにも加わらない。
その間に、上級騎兵を揃えていた。
他の同盟が砦を取り、兵を使い、ようやく休み始めたころに動く。
自分で攻略する代わりに、攻略した相手から周囲ごと切り取る。
それを狙った集団が、複数あった。
救援によって、いくつかは止めた。
配下に入り、取得地を返したところもある。
だが、同じように待っている者が、もういないとは言えなかった。
まして、あの動きがどこまで示し合わされたものだったかも、まだ分かっていない。
「誰かが、まとめていたんでしょうか」
晴が聞いた。
「その可能性はある。ただ、今は、同じ利益を見て集まった可能性も残る」
俺は未確認の紙を脇へ置いた。
何かが分からない時、もっとも大きな説明を当てはめたくなる。
誰かが操っていた。
見えない技能が働いていた。
そう考えれば、一つの話になる。
けれど、それを決める材料はなかった。
*
大城の項目へ移ると、晴が少し姿勢を変えた。
高いボーナスを持つ大城が確認され、各同盟が隣接した。
そこで、ガチャスポットの話が出た。
未攻略のままなら、登用へ影響する。
特に強い場所があるらしい。
攻略すると、その効果が消えるかもしれない。
その情報が各地へ広がり、大城の攻略が止まった。
俺は、晴が最初に外へ知らせた時のことを思い出した。
晴も、同じことを考えているようだった。
だが、今日はその失敗を、もう一度責めるための話ではない。
あのあと、世界がどう変わったかを見なければならなかった。
*
排出には、総量の制限があった。
ただし、三日で回復する。
その仕組みが分かってから、大城の周囲は、攻略までの待機場所ではなくなった。
繰り返し武将を得るために、持ち続けたい土地になった。
武将が増える。
同名を重ねる。
技能が育つ。
城の中で強化を進めながら、次の回復を待てる。
利益が一度で終わらないなら、隣接地の価値も、一度では終わらない。
「だから、分かれる話が難しくなった」
葉が言った。
俺は頷いた。
大連合へ一時的に集まったつもりの者たちが、独立しようとする。
その時、大城の利用はどうなるのか。
道を作った集団のものか。
支えた連合全体のものか。
所属を離れても、同じように使えるのか。
先に集まって、あとで考える。
その、あとで決めるはずだった問題が、各地で表に出ていた。
*
外側にも、不満が溜まった。
大城へ隣接できなかった同盟。
攻略するまでの足場だと思い、道を譲った者。
待っていれば順番が来ると考えていた者。
三日ごとに回復しても、自分たちがそこへ行けなければ、何も変わらない。
通行の相談が抗議になり、抗議が出兵へ変わった。
東雲との最初の戦争も、その中にあった。
俺たちは二日持ちこたえ、大城への道を譲った。
そのあとも別の砦で妨害が続き、こちらから宣戦した。
最後は配下化。
さらに、希望する者を受け入れる形で合流した。
その経緯を、葉は一枚の紙にまとめていた。
俺は、それを読んで少し妙な気分になった。
あれだけ長く感じた日々が、短い記録になっている。
外の人間が読むのは、たぶん、その記録よりさらに短い話だった。
*
「私たちは、ここですね」
晴が北西を指した。
人数では、五番目ほど。
東雲からの合流もあり、以前より広い範囲に仲間の城がある。
主力となる武将も増えた。
だが、人数が増えたからといって、全員が同じ時に兵を出せるわけではない。
砦攻略へ積極的な者。
内政を中心にする者。
戦争のあと、まだ兵を戻している者。
新しく入って、こちらのやり方を確かめている者。
名簿には、それぞれの事情がある。
「順位が上がった分、簡単に動けるわけじゃないですね」
晴が言った。
「千景が聞いたら、頷くと思う」
俺が答えると、晴は少し笑った。
*
北西には、もう一つ、順位に表れにくいものがあった。
玄の同盟。
朔の同盟。
律の同盟。
巌の同盟。
そして晴の同盟。
同じ旗ではない。
普段の仕事も、取りたい砦も、土地の使い方も違う。
それでも、律が攻められた時には連絡がつながった。
それぞれが、できることを返した。
兵を出す。
道を貸す。
相手の動きを知らせる。
帰還する部隊を受け入れる。
晴の呼びかけには、昔の仲間以外からも返事が来た。
「外からは、一つに見えることもあるんだろうな」
俺が言うと、葉は地図を見たまま答えた。
「一つじゃないから、困るんだと思う」
「困る?」
「どこまで一緒に動くのか、分からないから」
なるほど、と思った。
同じ同盟なら、名前で線を引ける。
別々の旗の間を、書簡と人の記憶がつないでいる。
その範囲は、地図に表示されなかった。
*
北東と南東は、大きな旗の中をどうまとめるか。
北西は、別の旗の者たちが、どこまで一緒に動くか。
同じ世界でも、難しさのある場所が違っていた。
南西の資料を開くと、葉が空欄を指した。
「ここは、情報が少ない」
瀬名が以前属していた南西中央同盟の名だけで、今の南西を説明することはできない。
統合後、別の方面へ移った者もいる。
元の仲間で残った集団も、近隣と新しく組んだ集団もある。
こちらへ届いているのは、個別の同盟からの報告が中心だった。
「大きな騒ぎが届かないから、静かだとは限らないね」
「そうだな」
俺は、空欄を埋めなかった。
中央寄りの城や、その周辺のまとまりについても、同じだった。
近くで起きていることを、世界全体の出来事だと思い込まないようにする。
今回の救援で、それは身に染みていた。
*
「第一と第二は?」
晴が聞いた。
俺は、別に分けてあった薄い資料へ目を向けた。
世界間の連絡が切れてから、確かな情報はほとんど増えていない。
最後に聞いたのは、それぞれが統一を目指して動き始めたという話だった。
だが、それも、俺たちが今いる第三・第四の統合世界とは別の場所のことだ。
「分からない」
俺は答えた。
「今、ここにいるのは、第三と第四から来た者たちだ。第一や第二の勢力が、この地図へ来たと考える材料はない」
晴は頷いた。
「じゃあ、今いる人たちの話からですね」
「うん」
遠くの強い相手を想像する前に、昨日まで静かだった隣の城を、ちゃんと見なければならなかった。
*
宗吾が、部隊の整理を終えて広間へ来た。
机の資料を見るなり、少し困った顔をした。
「大きな会議でしたか」
「まだ、まとめてるだけ」
俺が答えると、宗吾は空いた椅子へ座った。
葉が、戦争に関わる部分を説明する。
上級騎兵の大量投入。
砦攻略で育った主力。
重ねによる技能の強化。
指揮官の、同盟全体へ及ぶ補正。
五人まで任命できる一騎当千。
それらが組み合わされるようになっていた。
「最初のころより、同じ人数でも出せる力が違いますね」
宗吾が言った。
俺は頷いた。
高位の武将を一人持っている。
それだけで、全部を判断できなくなっている。
どう育てたか。
誰と組ませるか。
いつ技能を使うか。
兵をどこへ届けられるか。
蒼波が変えたのも、その最後の部分だった。
強い兵がいても、間に合わなければ守れない。
今は、その間に合う範囲まで、武将によって変わる。
*
「今、世界全体で何が起きてるかって言うと」
晴が机の資料を見渡した。
言葉を探している。
俺も、すぐにはまとめられなかった。
砦の取り合いは、ひと段落した。
けれど、争いが終わったわけではない。
大城は攻略されず、周囲の利益が争われている。
大同盟の中では、分かれたあとの権利が問題になっている。
小さな同盟は、土地と道を守るために、頼れる相手を探している。
武将も兵も、統合直後より強くなった。
その力を育成へ使う者もいれば、育った相手から奪うために使う者もいる。
俺は最初の記録を、現在の地図の隣へ置いた。
「何もないところから、場所を取る時期は終わったんだと思う」
晴がこちらを見る。
「今は、誰かが持っているものを、どうするかの話になってる」
宗吾は黙って頷いた。
*
土地だけではなかった。
砦。
大城へ近づく道。
登用の機会。
強い武将。
同盟員。
誰かへ書簡を送れる関係。
この世界で動くために必要なものが、少しずつ、それぞれの手に集まっていた。
それを守る。
貸す。
分ける。
あるいは、奪う。
今度は、その選び方が地図を変える。
*
晴は、しばらく資料を眺めていた。
それから、一番新しい同盟の名簿を引き寄せた。
「今日、加入した人がいますよね」
「いるよ」
「まだ、挨拶してなかったです」
宗吾が少し笑った。
「世界の話から、戻ってきましたね」
晴も笑った。
「その人も、この世界の人ですから」
そう言って、相手の名前を確かめる。
俺は地図へ目を戻した。
北東の巨大な色。
南東に広がる連合。
北西の、いくつもの旗。
情報の足りない地域。
色のない土地と、動かないように見える城。
どれにも、誰かがいた。
俺は資料の上へ、今日の日付を書いた。
世界情勢。
その下に、小さく付け足す。
現時点で確認できたもの。
書いている間にも、机の端で新しい連絡が届いた。




