三人と四人
第九十九話 三人の盟主
旧猫の者たちで、一度集まらないか。
最初にそう言ったのは、杏だった。
戦争の話ばかりで書簡が増え、無事だと知っていても、顔は見ていない。
祝いというほどではなくても、食事くらいはできるだろう。
俺は賛成した。
ただ、その前に、三人の城を訪ねることにした。
玄。
朔。
律。
書簡では何度もやり取りしていた。
それぞれが、どんなふうに盟主をしているのかは、まだ知らなかった。
*
玄の城へ着いた時、訓練場から笑い声が聞こえた。
見ていると、兵の動きを確かめていた玄がこちらに気づいた。
「来たか」
「元気そうだな」
「そりゃ元気だろ」
そう言いながら、俺へ歩いてくる。
後ろにいた君主たちへ、あとで続きをやると声を掛けた。
一人が笑って手を上げる。
もう一人は、少しだけ目を伏せた。
俺は、その顔を覚えていた。
玄も気づいたらしい。
「燈、今日は戻っていいぞ」
呼ばれた君主が、顔を上げた。
「でも、次の組み方が」
「俺が見たいだけだ。明日でもいい」
「……分かりました」
燈は頭を下げ、先に城門へ向かった。
玄は、その背を少し見ていた。
*
「忙しい?」
広間へ入ってから聞くと、玄は笑った。
「楽しいぞ」
「それは見れば分かる」
「だろ」
水を飲み、玄は椅子へ座る。
「ただ、俺だけ楽しい日もあるらしい」
俺は顔を上げた。
玄は机の予定表を指した。
土地の取得。
部隊の訓練。
技能の確認。
小さな予定が、何日も続いていた。
「全部、出られる人だけでいいって言ってたんだけどな」
「うん」
「毎回同じやつが来る。じゃあ、こいつは出られるんだと思って、次も声を掛ける」
玄は予定表の一つを指で隠した。
「昨日、燈に聞いたんだ。自分の城は進んでるかって」
「何て?」
「兵を戻したら、寝るだけですって」
玄は少し口を曲げた。
「俺、それを笑って返しかけた」
*
俺は予定表を見た。
玄が楽しみにしているのは分かる。
新しい技能が育った。
昨日できなかったことが、今日はできる。
皆で試せば、もっと先へ行ける。
誘われる側も、嫌いではないのだろう。
だからこそ、断る時期を失う。
「皆が楽しそうだから、平気だと思った?」
「ああ」
玄は素直に答えた。
「あと、俺が行くと、来るんだよ」
「盟主だからな」
「前は、お前ら、普通に来なかっただろ」
俺は笑った。
玄が何か始めても、朔は自分の数字を見ていた。
葉は記録を終えるまで動かなかった。
俺も、面倒だと言った。
「今の人たちは、まだ玄へそれを言いにくいんじゃないか」
「そうなんだろうな」
玄は、今度は笑わなかった。
*
もう分担を変え始めているという。
すべての予定へ玄が出ない。
行きたい者が、自分で人数を集める。
玄が頼みたい仕事なら、頼みたいと明言する。
ただ面白そうだから誘っているのか、同盟として必要なのかを分ける。
「俺が黙ってると、今度は皆、これやっていいのかって聞くんだけどな」
「慣れるまで、掛かるだろ」
「お前もそうだった?」
「今も、余計な返事しそうになる」
玄は笑った。
「晴のところで?」
「ああ。晴が決める前に、俺がまとめそうになる」
「やりそう」
言い返せなかった。
*
帰る前、玄へ食事の集まりの話をした。
「行く」
返事は早かった。
「まだ日時を言ってない」
「じゃあ、先に言えよ」
俺が候補を伝えると、玄は予定表を見た。
そして、自分の名前が入っていた訓練を一つ、指で示した。
「これ、俺がいなくてもできるな」
誰へ言ったのか分からない声だった。
俺は、何も言わず待った。
玄は近くの者を呼び、自分が不在になることを伝えた。
訓練を中止する話ではなかった。
任せる相手を決める話だった。
*
朔の城では、玄のところほど声がしなかった。
代わりに、荷を運ぶ者がよく動いていた。
倉庫の前に、送り先ごとに荷が分けてある。
置かれている量も、ばらばらだった。
朔は広間で、同盟員と話していた。
「こちらへ替えたほうが、生産は増えます」
示しているのは、土地へ置く副将の候補だった。
向かいの男が、首を傾ける。
「増えるのは分かるんです」
「では、何か問題が?」
「今いる武将を、残しておきたいんです」
朔は、少し黙った。
「別の土地へ置くのでは、駄目ですか」
「いつもあそこにいるので」
数字の話から、別のところへ出た。
朔は、すぐには返事をしなかった。
*
男が帰ったあと、朔は俺へ茶を出した。
「待たせました」
「いや。続けてよかったのに」
「いったん、本人の希望で残すことにしました」
俺は頷いた。
朔は資料を見た。
「生産の不足分を、こちらで補っている城です。だから、配置を見直してほしかったんですが」
「好きな武将なのか」
「そうだと思います」
「本人の中では、毎日そこにいることにも意味があるんだろうな」
朔は頷いた。
「そこを削れば解決すると思っていたので、話が止まりました」
俺は、カイを思い浮かべた。
役に立つから残したのかと聞かれれば、最初のころは答えに困っただろう。
今でも、数字だけで決めているわけではない。
「ほかで増やせないのか」
「考えています。ただ、本人も何を変えるか、一緒に決めてほしいです」
朔は、そこでは譲らなかった。
俺はそれでいいと思った。
*
朔の同盟は、派手に土地を広げてはいなかった。
しかし、武将を重ねるための取引や、資源の融通についての相談が集まっていた。
誰が何を余らせ、何を必要としているかを把握している。
戦争の時に、短い時間で出せる資源を示してくれた理由が、ようやく分かった。
「皆、朔みたいに数字を見るのか」
「見ない人もいます」
返事は早かった。
「だから、必要なところだけ聞いています。全部同じように見てもらうのは、無理でした」
「無理だったんだ」
「説明は、しました」
その言い方に、少し笑ってしまった。
朔も、わずかに口元を緩めた。
*
東雲から来た者たちとの話をすると、朔は詳しく聞いた。
輸送の提案。
朱音の反応。
実際に一緒に仕事をしたこと。
話し終えると、朔は茶の器を置いた。
「恭介さんは、今後も輸送を担当するんですか」
「そうなりそうだな」
「毎回ですか」
俺は少し考えた。
「本人が、できると言えば」
「できる人が、前の所属のことを気にして、断れなくなる可能性はあります」
俺は黙った。
玄の城で聞いた話と、少し似ていた。
朔は続けた。
「役に立てば受け入れてもらえると思うと、必要以上に引き受けるかもしれません」
「……そこは、見てなかった」
「こちらでも、あります。もらった資源以上に返そうとして、兵を減らした人がいたので」
朔は紙を一枚出した。
同盟として頼んだ仕事と、個人でやりたい仕事を分けた記録だった。
俺は、その書き方を控えさせてもらった。
*
食事の集まりへ誘うと、朔はまず時間を聞いた。
玄とは、そこが違った。
開始と、おおよその終了。
その前後に、受け取る荷がないかを確かめる。
「行けます」
そう答えてから、少し付け足した。
「今回は、取引の資料は持っていかなくていいですか」
「持ってこなくていい」
「分かりました」
その返事が、少しだけ軽く聞こえた。
*
律の城へ着いた時、広間には書簡が積まれていた。
救援のあとに出した報告。
近隣との新しい連絡先。
別の同盟から来た相談。
律は俺を見ると、少し申し訳なさそうに立ち上がった。
「もう少しだけ、待ってもらっていい?」
「いいよ」
そう答えた時、入口にいた女が、先に口を開いた。
「律さん、その、もう少しを、先に決めたいです」
律が振り返る。
麻緒という同盟員だった。
手には、城内の作業予定を持っている。
「こちらの確認、昨日から止まっています」
律は手元の書簡を見て、顔を上げた。
「ごめんなさい。今、見ます」
「急いで見てほしいだけではないんです」
麻緒の声は震えていなかった。
何度も考えてから来たのだと思った。
「これからも、外の相談が来るたびに、こちらがあとになるのか知りたいです」
*
俺は席を外しかけた。
律が、少しだけ手を上げた。
「いてもらってもいい?」
麻緒を見る。
麻緒も頷いた。
律は椅子へ座り直した。
「外の相談を全部、優先したいつもりではないです」
「でも、そうなっています」
「うん」
律はすぐに否定しなかった。
机にある書簡を、一通ずつ見た。
「攻められた時、間に合わないと思ったので」
声が少し小さくなった。
「あの時、連絡できる相手がいて助かった。だから、ほかの同盟から来た話も、遅らせたくなかった」
麻緒は、しばらく黙った。
「それは、私たちも同じです」
律が顔を上げる。
「助けてもらったことは、ありがたいです。でも、ここを立て直すのも、助けてくれた人たちへ返すことだと思います」
律は、手にしていた書簡を置いた。
*
話が終わってから、律と二人になった。
「見られたくないところを見せたね」
「俺も、似たようなことをしてると思う」
「してそう」
すぐに返され、少し笑った。
律も笑ったが、疲れは残っていた。
「近隣のことが分かると、返せる話が増えるんだよね」
「うん」
「返すと、また相談が来る」
「知ってる」
「でも、今は自分の同盟がある」
律は、麻緒が残した作業予定を引き寄せた。
外へ返事を書く前に、同盟内で待っているものを確かめる。
自分を通さなくても決められることを増やす。
すぐには答えられない相談には、返せる時刻を伝える。
話している内容は、難しい理屈ではなかった。
だからといって、忙しい時にできるとは限らない。
*
俺は食事の集まりへ誘った。
律は、少し黙った。
「行きたい」
最初に、そう言った。
それから予定を開く。
空いているかだけではなく、自分がいなくても止まらないかを確かめていた。
「麻緒さんたちと相談して、返事する」
「分かった」
「断る話じゃないよ」
「分かってる」
俺は頷いた。
以前なら、七人の予定だけを合わせればよかった。
今は、それぞれの後ろに人がいる。
その人たちの時間も、一緒に考えなければならない。
*
帰り道、持ち帰ったものを確かめた。
玄の同盟で分け始めた、頼み事と遊びの誘い。
朔の、役に立つ者へ負担を寄せすぎないための記録。
律が、自分の同盟の仕事を取り戻そうとしていた机。
三人とも、以前と同じところがあった。
以前とは違う顔もあった。
俺がいなくても決め、失敗し、直している。
それは当たり前のことだった。
当たり前だと分かっていたのに、実際に見ると、少し寂しかった。
それ以上に、会いに行ってよかったと思った。
城へ戻ると、千景が次の仕事の相談を待っていた。
俺は椅子へ座る前に言った。
「恭介に、輸送を毎回頼むことになってないか、一度聞きたい」
千景が顔を上げた。
俺は持ち帰った紙を、机へ広げた。




