100話
第百話 違う旗の食卓
玄は、約束の時刻より早く来た。
城門で顔を見るなり、最初に言った。
「飯、まだ?」
「まだ」
「だろうな」
分かっているなら聞くなと言いかけたところへ、後ろから声がした。
「先に飲むものくらいは、あるだろう」
巌だった。
玄が振り返る。
「何で一緒に来てるんですか」
「途中で会った」
「会ってないですよね。門の外で追いつかれたんですけど」
「なら、そこで会った」
巌は大きく笑った。
俺は二人を広間へ案内した。
まだ誰も揃っていないのに、城の中が少し騒がしくなった。
*
会場は、俺の城だった。
晴の同盟の中には、もっと広い場所もある。
それでも、今回はここにした。
七人で始めたころから知っている者も、あとで北西の猫へ加わった者も、何度か来たことのある城だった。
机の配置を変え、料理を置く場所を作る。
周が、人数を確かめながら椀を並べていた。
葉が入ってきて、その数を見た。
何かを書こうとして、手を止める。
「今日は、記録いらないよね」
「いらない」
俺は答えた。
葉は少し笑って、持ってきた筆をしまった。
*
朔は、荷を持ってきた。
取引の資料ではなかった。
日持ちのする食べ物と、酒。
「人数が増えても、残せるものにしました」
「助かる」
俺が受け取ると、玄が中をのぞいた。
「今、食っていい?」
「あとで」
朔が即答する。
「お前、盟主になって厳しくなったな」
「前からです」
杏が後ろで笑った。
岳は荷を運ぶのを手伝い、何も言わず端の椅子へ座った。
その場所を見ると、以前もそこへ座っていたような気がした。
実際には、机の向きは変えている。
それでも、似た位置を選ぶのが、おかしかった。
*
律は、最後のほうに来た。
「遅れた?」
「まだ始めてない」
俺が答えると、律は少し安心したように息を吐いた。
「麻緒さんたちには?」
「任せてきた」
そう言ってから、苦笑する。
「出る直前に、何かあったら連絡してって三回言ったら、何もなくても戻ってこないでくださいって」
俺は笑った。
律も笑って、椅子へ座った。
玄が、律の前へ器を置いた。
「今日は、書簡見ないんだろ」
「急ぎなら見る」
「ほら」
「玄だって、さっき確認してたよね」
「城が燃えてないか見ただけ」
「こちらも同じ」
七人の声が、一つの机の周りへ戻っていた。
*
少し遅れて、湊と佐伯が来た。
湊は、持ってきた包みを俺へ渡した。
「多すぎない量にしました」
俺はすぐに、手紙の鍋の話を思い出した。
「玄がいるから、足りなくなるかも」
玄が顔を上げる。
「何で俺なんだよ」
「食べるだろ」
「食べるけど」
湊が笑った。
その隣で、佐伯は広間を見回していた。
俺が声を掛ける。
「何か、足りません?」
「いえ。今日は、土地の図が出ていないと思いまして」
「出したほうがいいですか」
「やめてください」
返事があまりにも早く、律が笑った。
*
晴は、同盟の用事を終えてから来た。
カイとレンも一緒だった。
巌がカイを見るなり、手を振る。
「来たな。今日は腹は減ってるか」
「減ってる」
「よし。隣へ来い」
カイは迷わず椅子を引いた。
レンも、その横へ座る。
巌がレンを見た。
「こっちは?」
「相棒」
カイが答える。
レンも軽く頭を下げた。
「レン。飯、多いな」
「足りなければ言え」
巌が笑う。
俺は遠くから、それを見ていた。
カイの隣にレンがいる。
俺の隣には、以前ならいなかった晴がいる。
古い顔が集まった机にも、新しいものが混じっていた。
*
乾杯の言葉は、短くした。
無事でよかった。
来てくれて、ありがとう。
それだけ言い、器を上げる。
誰かが大きな声で返し、誰かは静かに飲んだ。
そのあと、料理へ手が伸びた。
思っていたより、すぐに普通の会になった。
新しく得た武将の話。
土地の副将を替えたら、思っていたほど数字が伸びなかった話。
道を間違えた荷車の話。
玄が、途中から同盟員の訓練の話を始める。
岳が、その編成なら戻す兵を別にしたほうがいいと言う。
律が、それは食事が終わってからにしようと止めた。
五分後には、律自身が近隣との通行の話をしていた。
杏が笑って指摘すると、律は器を持ち上げた。
「今のは、雑談」
*
湊の同盟の話になった。
最初の攻略で予定が合わず、二度目に取り直した話。
皆で食べた汁物が余った話。
手紙では読んでいたが、本人が話すと違った。
「前は、待ってる間、何で決まらないんだろうって思ってたんです」
湊は言った。
「自分で聞き始めると、返事が一つ来るたびに変わるんですよね」
玄が大きく頷いた。
「そうなんだよ」
朔も頷く。
「最初に必要な条件を、全部聞いたつもりなんですが」
「あとで、そういえばって来る」
律が続けた。
俺は三人を見た。
同じことで困っている。
だが、そのあとの話は違った。
玄は、予定を二つ作るという。
朔は、返事の形式を揃えようとする。
律は、誰が変更を受け取るかを決めた。
以前なら、一つのやり方を皆で考えていた。
今は、それぞれの城で試した話を持ち寄っている。
*
「お前ら、全員、面倒くさくなったな」
巌が言った。
玄が笑う。
「盟主だからですよ」
「俺は前から盟主だ」
「じゃあ、前から面倒くさかったんじゃないですか」
広間が一瞬静かになった。
次の瞬間、巌が声を上げて笑った。
「それは、そうかもしれん」
佐伯が、少しだけ視線を落とした。
笑いを隠しているのが分かった。
巌がそちらを向く。
「何かあるなら言え」
「今日は、仕事の話を持ち込まないつもりです」
「今、持ち込んでるだろ」
今度は皆が笑った。
*
佐伯は、魚の地上絵の話をした。
新しく入った者が、城の前へ作りたいと相談してきたものだった。
完成には、まだ少し掛かるという。
「尾の部分を伸ばすと、隣の方が使いたい土地へ当たるんです」
律が頷く。
「場所を変える?」
「少し曲げる案が出ています」
「魚って、曲がってても魚だし」
晴が言った。
佐伯は、そこで初めて晴のほうを向いて笑った。
「そう言っていただけると、本人も安心すると思います」
晴は見せてほしいと頼んだ。
佐伯は了承した。
俺はそのやり取りを見ながら、以前、楽しそうな話は皆、律のところへ行くと言っていた佐伯を思い出した。
今は、自分のところへ来た楽しい話を、持ってきている。
律も、それに気づいているようだった。
*
食事が進むと、話は少しずつ先のことへ移った。
誰かが会議を始めたわけではない。
玄が、近隣の小さな同盟から合流の相談が来ていると言った。
人数は少ない。
土地は近い。
参加すれば、道も守りやすくなる。
「入ればいいと思うんだけど、向こうの盟主は、名前を残したいらしい」
玄は言った。
「名前だけ残して、一緒に動くのは?」
杏が尋ねる。
「俺は、それでもいい」
律が器を置いた。
「どこまで一緒に動くのかは、先に決めたほうがいいね」
「今、決めてる」
「戦争の時も?」
「必要なら出す」
「相手も、同じ意味で言ってる?」
玄は少し眉を寄せた。
俺は二人を見た。
懐かしいやり取りだった。
けれど、今日は一つの結論へ揃える必要はない。
玄が決め、玄の仲間へ返す話だった。
*
「俺なら、今は入ってもらわないかもしれません」
朔が言った。
玄が顔を向ける。
「何で?」
「近いという理由だけで増やすと、今いる人の負担が増える可能性があるので」
「人が増えれば、できることも増えるだろ」
「増えた人が何をしたいかによります」
玄は少し考えた。
「砦は一緒に行きたいらしい」
「その砦を取ったあとです」
朔の言葉で、俺たちは少し黙った。
大連合が先送りにした話だった。
東雲との融和でも、まだ考え続けている話だ。
巌が酒を飲んでから言った。
「全部を先に決められたら、苦労はせん」
律が頷く。
「そうですね。ただ、決まっていないことは、決まっていないと伝えておきたいです」
「それはそうだ」
巌はあっさり認めた。
*
話を聞いていた晴が、静かに言った。
「私は、入りたいって言ってもらえると、嬉しくなります」
「知ってる」
俺が答えると、皆が少し笑った。
晴も笑ったが、続きを話した。
「でも、嬉しいから大丈夫ですって言うと、あとで千景さんたちが困ることがあります」
俺は頷いた。
「だから、来てほしい気持ちは先に伝えて、できることは、あとでちゃんと話そうと思ってます」
玄が晴を見た。
「分けて言うのか」
「はい。来てほしいのは、本当なので」
玄はしばらく黙り、器へ目を落とした。
「それは、いいな」
朔も、反対しなかった。
同じ答えになったわけではない。
使えそうな部分を、それぞれが持ち帰ろうとしていた。
*
俺は、東雲から来た者たちの話をした。
恭介と朱音が、輸送を一緒に終えたこと。
それでも、前の戦争のことまで消えたわけではないこと。
自分が口を挟まなかった時間のほうが、役に立ったのかもしれないこと。
話し終えると、杏が笑った。
「口を挟まなかったの、頑張ったね」
「何だ、その褒め方」
「でも、分かる」
律が言った。
「揉めそうになると、先に整えたくなるから」
俺は頷いた。
巌は、少し黙ってから口を開いた。
「任せた相手が、自分と同じようにやらんと落ち着かない時はある」
佐伯が巌を見た。
「ありますね」
「お前は、少し嬉しそうに言うな」
また笑いが起きた。
俺は、その笑いの中で肩の力を抜いた。
以前なら、相談する側に回ることを、少し恥ずかしく思ったかもしれない。
今日は、話してよかったと思った。
*
料理が減り、追加の皿が来た。
運んできたのは、城の者たちだった。
その後ろから、千景が顔を出した。
今日の同盟内の確認を終え、帰る前に寄ったという。
晴が席を勧めた。
千景は、皆を見て少し迷った。
巌が空いている椅子を引く。
「座れ。食う分はある」
俺は思わずカイを見た。
カイも、同じことを思い出したらしく笑っていた。
千景は礼を言い、席へ入った。
晴が一人ずつ紹介する。
北西の猫の誰々、ではなかった。
今の同盟を持つ玄。
朔。
律。
それぞれの名前と、今していることを話した。
千景も、自分の仕事を短く伝えた。
机に、今の関係が増えた。
*
「また、北西の猫を作るつもりはないのか」
酒が少し回ったころ、巌が聞いた。
冗談半分の声だった。
それでも、皆が一度、顔を上げた。
玄は最初に答えた。
「今はないです」
朔も頷いた。
「こちらで始めたところなので」
律は少し考えてから言った。
「戻ることを前提に、今の仲間とやるのは違うと思う」
俺は三人を見た。
はっきり言われると、胸のどこかが少し寂しかった。
同時に、安心した。
それぞれが、今いる場所を選んでいる。
俺も、晴の同盟にいる。
昔の続きだから、ここにいるわけではない。
「でも、また飯は食うだろ」
玄が言った。
「それは、食べたい」
律が答える。
朔も頷いた。
巌は満足そうに笑い、酒を注いだ。
*
集まりが終わるころ、玄が帰り支度をしながら言った。
「次、俺のところでもいいぞ」
「人数を数えてから料理を頼めよ」
俺が言うと、湊が笑った。
「そこは、気をつけてください」
佐伯は晴へ、魚の絵の位置を送ると約束していた。
朔は千景と、荷の受け渡しについて少し話していた。
律は連絡を確認し、何もなかったらしく、すぐに閉じた。
岳と杏は、城門まで見送りに出た。
葉は残った皿を見て、誰が何を多く食べたかという話を始めた。
玄が、記録していないはずだろうと抗議した。
「見てれば分かる」
葉の返事に、皆が笑った。
*
最後の荷車が門を出てから、俺は広間へ戻った。
椅子が、少しずつ違う方向を向いている。
机には器の跡が残っていた。
七人が座った場所を、何となく目でたどる。
前と同じ位置ではなかった。
話したことも、前とは違った。
それぞれが、自分の仲間の顔を思い浮かべながら話していた。
俺の知らない名前が、何度も出た。
そのことを、寂しいだけでは受け取らずに済んだ夜だった。
*
「楽しそうでしたね」
晴が言った。
入口で、片づけを手伝っていた。
「ああ」
「少し、分かった気がします」
「何が?」
「書簡が来る理由です」
俺は少し笑った。
「昔、一緒だったからな」
「それだけでも、ないと思います」
晴は椀を重ねた。
「違うことを言っても、次の話ができるんですね」
俺は返事をせず、晴を見た。
玄と朔は、人数の増やし方について同じ考えではなかった。
律と巌も、先に決めることの多さでは意見が違った。
俺も、自分のやり方をそのまま褒められたわけではない。
それでも、帰る時には次に会う話をした。
「そうだな」
俺は答えた。
「そこは、残ってるのかもしれない」
*
片づけを終える前に、律から連絡が来た。
『帰りました。今日はありがとう』
続いて、朔。
『次は、こちらで用意します』
玄からも届いた。
『あの肉、何だった?』
俺は笑って、順に返した。
広間では、カイとレンが残った皿を運んでいた。
晴が、次は今の同盟でも食事をしたいと言う。
千景が、人数を分けて何度かやりましょうと答える。
俺は空いた机を拭いた。
ここへ座る顔は、これからも増える。
今日来た者たちは、別の旗へ帰っていった。
その帰る場所があるまま、また会えればいいと思った。
300話予定でしたがもう少し短くなるかな




