立場
第九十二話 攻められた同盟
会談の申し入れが届いた翌朝、東雲連合から別の書簡が広く送られていた。
俺たち宛てではない。
近隣の同盟から、内容を確かめたいと転送されてきたものだった。
『当同盟は、晴殿の同盟より宣戦を受け、現在、複数の土地へ攻撃を受けています。
交渉による解決を求めておりますが、相手は主力武将を投入し、進路を押さえています。
このような一方的な進出を認めれば、次に同じ要求を受ける同盟が出ることを懸念しています。
防衛への協力をお願いいたします』
俺は最後まで読んだ。
嘘だ、と言いかけて、やめた。
宣戦したのは、俺たちだった。
主力を出した。
土地を取り、相手の進路を押さえた。
そこだけ読めば、書いてあるとおりだった。
*
「これ、どれくらい送ってる?」
俺が聞くと、葉は新しく届いた書簡を並べた。
「今、分かってるだけで、六つ」
「同じ文?」
「少しずつ違う。こっちは、巨嶽のことが詳しく書いてある」
別の紙を見る。
巨嶽を先頭にした攻撃。
複数の主力による包囲。
高位武将を揃えた同盟から圧力を受けているという説明。
レンやカイの名はなかったが、こちらが戦力を集めていることは強調されていた。
また別の書簡では、ガチャスポットの独占を防ぐために戦っていると書かれていた。
「相手に合わせてるんだな」
杏が言った。
砦の近い同盟には、進路の話。
大城へ隣接できなかった同盟には、登用の利益の話。
大きな集団を警戒する相手には、強い武将を持つ同盟の拡大の話。
どれも、受け取った側が気にしていることだった。
*
晴は黙って読んでいた。
途中で、一度だけ顔を上げる。
「攻めたのは、私たちですね」
「ああ」
「それは、違うって言えないですね」
「言わないほうがいい」
俺は答えた。
ここで、自分たちは攻めていないと言えば、確かめられた時に全部が崩れる。
相手が何を省いたかと、こちらが何をしたかは、別だった。
「宣戦したことは認める。その前に何があったかを出す」
葉が頷き、時刻順に記録を並べ直した。
砦攻略への了承。
出兵直前の保留要求。
進路を切った土地。
事前連絡のあとで攻撃された部隊。
是正を求めた書簡と、その返答。
そして、俺たちの宣戦。
最後まで、一つにつながる形にした。
*
最初に返したのは、こちらへ確認を入れてくれた同盟だった。
『当方から宣戦し、攻撃を行ったことは事実です。
その判断に至るまでのやり取りを添付します。
東雲連合からの説明と合わせて、ご確認ください』
俺は、相手の書簡を否定する言葉から始めなかった。
こちらに都合の悪い時刻も消さない。
宣戦のあと、どの土地を取ったかも示す。
そのうえで、今求めていることを書いた。
砦への進路を、後から塞がないこと。
了承した取得予定を、出兵後に覆さないこと。
交渉中の相手の部隊を、現地判断で攻撃しないこと。
返事を待つ間にも、東雲の共闘要請は広がっていた。
*
ある同盟の代表とは、直接話した。
大城の隣接を持たない、中規模の同盟だった。
東雲の訴えに、理解できる部分があるという。
「先に道を押さえたところだけが得をしている、という話は、こちらにも覚えがあります」
代表は言った。
俺は頷いた。
「そこは、俺たちも否定できません」
「大城の場所を譲ったのは、そのためでは?」
「はい。ただ、そのあと別の砦へ向かう時まで、同じように止められては続けられません」
代表は、渡した記録を見た。
「この了承は、東雲から?」
「そうです。送信元も確認できます」
「担当者が間違えた可能性は」
「あると思います。一度目は、こちらもそう考えて待ちました」
俺は次の記録を示した。
「そのあとも起きたので、同盟として止めてほしいと伝えました。それでも、出した兵が攻撃されています」
代表は黙った。
すぐにこちらの味方になったわけではない。
ただ、東雲から聞いた話だけでは足りないと気づいたようだった。
*
「参戦するな、という話ですか」
代表が尋ねた。
俺は少し考えてから答えた。
「参戦を決める前に、ここまでの経緯を見てほしいという話です」
「見たうえで、東雲を助けると決めたら?」
「その時は、こちらも対応を考えます」
言ってから、一度息をついた。
脅したいわけではなかった。
けれど、加わった相手を関係のない同盟として扱うこともできない。
「ただ、今の説明だけで兵を出すと、あとでこの記録が広まった時、東雲のやり方まで支持したように見られます」
代表が顔を上げた。
「こちらには、ガチャスポットへ行けない仲間もいます」
「その不満は、別に話せます。俺たちを攻めることだけが、その人たちのためになるとは思いません」
俺は机の記録を揃えた。
「今は参戦を見送るほうが、あなた方の評判を傷つけずに済むと思います。少なくとも、事情を確かめるまで兵を出さないことを、俺たちは責めません」
相手は、しばらく返事をしなかった。
やがて、資料を自分の側へ引いた。
「持ち帰ります」
「お願いします」
*
同じ話を、何度もした。
同じ言葉だけでは、通じなかった。
東雲と以前から付き合いのある同盟には、仲間を見捨てたと思われる不安があった。
大きな同盟を恐れている相手には、今ここで止めなければ、次は自分たちだという危機感があった。
大城へ行けない者たちは、自分たちの不満を代わりに言ってくれる相手として、東雲を見ていた。
俺はそれを、全部まとめて間違いだとは言わなかった。
ただ、兵を出す理由にするなら、今回の経緯まで見てほしいと頼んだ。
杏は、普段から付き合いのある相手へ連絡した。
葉は追加で求められた記録を揃えた。
岳は戦場を見ていた。
俺が一つの会談を終えて戻るたびに、地図の状況と、次に返すべき書簡が机にあった。
*
瀬名からの返事は、短かった。
『こちらにも要請が届いています。
現時点で、参戦の予定はありません。
なお、周囲への説明では、相手を孤立させたことより、何を条件に戦闘を終えるのかを明確にされたほうがよいと思います』
俺はその最後の行を、晴へ見せた。
東雲の味方を減らす。
それだけで終われば、今度はこちらが、出口を塞ぐ側に見える。
何をすれば戦いが終わるのか。
それを、こちらも決めなければならなかった。
*
東雲から、共闘の回答期限を設けた書簡が送られたという報告が来た。
返事を急がせる内容だった。
だが、すぐに兵を出すと答えた同盟は、俺たちが確かめた範囲では少なかった。
事情を確認中。
当面、中立。
既存の通行は認めるが、攻撃への利用は認めない。
そうした返答が、少しずつ増えていった。
すべての不満が消えたわけではない。
俺たちの戦い方を好まない者もいた。
それでも、東雲の説明だけを理由に参戦する流れは、広がらなかった。
*
戦場では、岳が部隊を急がせなかった。
取った道へ守備を入れる。
戻す兵を戻す。
相手が使える進路を確かめてから、次へ進む。
里央が先を見て、宗吾が時刻を合わせた。
巨嶽と昂生の主力が相手を押さえ、その間に別の部隊が後ろへ届く。
カイとレンは、最高位の武将が出てきた時に使った。
出てこなければ、待たせた。
勝てそうな相手を探して、二人を走らせ続けることはしなかった。
沈烈は、相手がこちらの薄いところを狙った時に動いた。
一つ崩すたびに、東雲の部隊が集まれる場所が減っていった。
援軍が来るまで耐えればいい。
相手がそう考えていたなら、その時間の使い方は、少しずつ苦しくなっていたはずだった。
*
東雲の代表と会った時、最初に出たのは、こちらへの非難だった。
「各地へ、ずいぶん書簡を送られたようですね」
俺は頷いた。
「参戦の相談が来たので、こちらの記録を渡しました」
「こちらが嘘をついていると?」
「宣戦されたことは事実だと、最初に伝えています」
相手は口を閉じた。
俺は続けた。
「その前の話も、一緒に見てもらいました」
「これでは、誰も動けなくなる」
その言葉を聞いて、晴が顔を上げた。
「それは、私たちも同じでした」
静かな声だった。
「砦へ行くたびに、止められました。話したあとに変わって、兵を出したあとにも変わりました」
代表は晴を見た。
晴は目を逸らさなかった。
「今回は、どうすれば終わるのかを、ここで決めたいです」
*
最初に出た案は、互いに兵を戻すことだった。
取った土地を整理し、今後は事前連絡を徹底する。
言葉だけなら、悪くなかった。
前にも、似た約束をした。
俺は、その時の記録を机へ置いた。
「これと、何が変わりますか」
代表は紙を見た。
「今回は、盟主の名で保証します」
「以前の返事も、同盟として受け取りました」
「では、何を求めるんです」
俺は晴を見た。
晴は、ゆっくり頷いた。
ここへ来る前に、皆で何度も話したことだった。
*
「東雲連合には、配下に入ってもらいたい」
俺は言った。
向かいの空気が変わった。
代表の後ろに座っていた者が、椅子を鳴らした。
「同盟を奪うということか」
「解散させたいわけではありません」
「同じことだろう」
「同じではないと思います。ただ、軽い条件ではないことは分かっています」
俺は言い切ってから、一度言葉を切った。
こちらの活動範囲に対する攻撃を、独立した判断で繰り返せる状態には戻したくない。
現地判断だったという説明で、同じことが続くのも認められない。
そのために、東雲の軍事行動へ、こちらが責任を持って関われる形にする。
「やめてください、と書簡を送って待つだけには、戻れません」
代表は、長く黙った。
*
晴の表情は、硬かった。
人を迎える時の顔ではない。
けれど、何も言わず俺へ任せることもしなかった。
「こちらも、責任を持ちます」
晴が言った。
「配下に入ったあと、外から攻められた時だけ、そちらで何とかしてくださいとは言いません」
代表が顔を上げる。
「その代わり、こちらや近隣へ勝手に兵を出すことは、やめてもらいます。土地の話も、窓口を決め直したいです」
「我々が、ずっと頭を下げると?」
「頭を下げ続けてほしいわけではありません」
晴は少し言葉を探した。
「でも、前と同じ関係にはできないです」
俺は横で、その返事を聞いていた。
晴は、相手が喜ぶ言葉へ言い換えなかった。
*
その日は、決まらなかった。
東雲は持ち帰った。
会談中の戦闘停止を終えたあとも、すぐに総攻撃をかけることはしなかった。
だが、こちらが押さえた道は戻さない。
相手が部隊を出せば、止める。
守りを厚くした場所を避け、別の足場を確保する。
東雲の主力は、少しずつ盟主の城へ近づいていった。
外を守る余裕がなくなっていた。
共闘を求めた同盟から、期待した数の兵は来なかった。
中には仲裁を申し出る者もいた。
俺たちは条件を隠さず伝え、仲裁者にも、これまでの取り決めを見てもらった。
配下化は厳しい。
そう言われた。
俺は、そのとおりだと答えた。
それでも、ただ同じ約束をもう一度交わすだけでは終えられないと伝えた。
*
最後の返事は、夜明け前に来た。
『配下化を受け入れます。
条件の最終確認を求めます』
俺はすぐに晴と千景へ連絡した。
宗吾と岳には、部隊を止める準備を頼んだ。
決まる前に、兵だけが進んではいけない。
千景は、配下化後の窓口と、残っている土地の扱いを確認した。
取り返す土地。
残す土地。
大城への道と隣接地。
東雲の同盟員が、今暮らしている城の周囲。
一つずつ分けて、記録へ落とした。
相手の兵を無制限に使う条件も、武将や蓄えを差し出させる条件も、入れなかった。
その代わり、対外的な出兵と、こちらに関わる土地の取得については、曖昧なままにしなかった。
*
東雲の盟主から、正式な了承が届いた。
晴が内容を確かめる。
俺も、葉も、千景も確認した。
それから、配下化が成立した。
表示が変わった。
東雲連合の名前は、消えなかった。
その横に、俺たちとの関係を示す表示がついた。
俺はそれを見て、しばらく動かなかった。
戦いが終わった。
こちらから始めた戦争は、相手を配下に置く形で終わった。
*
同盟全体へ報告すると、広間のあちこちから息が漏れた。
喜ぶ声もあった。
ようやく砦へ行けると言った者もいる。
兵を戻せるかと、先に聞いた者もいた。
晴は、全員へ礼を伝えた。
今回も、最初に兵の帰還を確認した。
それから俺のところへ来た。
「勝ったんですよね」
「ああ」
晴は地図を見た。
東雲の城が並んでいる。
さっきまで、次にどこから兵が出るかを見ていた場所だった。
「今度は、あそこが攻められたら、考えないといけないんですね」
「そうなる」
晴はゆっくり頷いた。
配下にすると言った時、自分で引き受けたことだった。
言葉で決めた時より、地図の上で見たほうが大きかったのだと思う。
*
東雲から、最初の実務の書簡が届いた。
帰還する部隊の経路。
戦闘中に取り残された土地の確認。
次に狙っていた砦について、予定を継続してよいかという問い合わせ。
俺は一通ずつ開いた。
少し前まで、こちらが聞いていたことだった。
いつ返事が来るか分からないまま、待っていたことだった。
俺は、すぐ答えられるものから返した。
確認が要るものには、いつまでに返すかを書いた。
葉が横から、それを見ていた。
「全部、今日やる?」
「帰る道の分は、今日」
そう答えると、葉は頷き、空いている紙を引き寄せた。
岳から、こちらの最後の部隊が戻ったと報告が来た。
俺はその名前へ印をつけてから、東雲の帰還経路を開いた。
道を一つ、通せると返した。




