戦
第八十九話 三日後の取り分
次の会談まで、秘密は保たなかった。
晴が話した相手から、その仲間へ。
問い合わせを受けた同盟から、付き合いのある別の同盟へ。
その先は、もう追えなかった。
最初に聞いた時には、まだ確かではない話だったはずだ。
大城の近くで、高位の武将が出やすいらしい。
攻略すると、効果が消えるかもしれない。
伝わる途中で、言い方が少しずつ変わっていった。
大城に隣接すれば、高位が引ける。
今、城を落とすのは損だ。
守っておいたほうが、皆が強くなる。
俺たちが経緯を説明し直している間に、別の地域でも攻略予定が止まった。
*
晴は、会談で改めて頭を下げた。
情報を外へ伝えたこと。
場所まで知らせたこと。
約束したあと、自分だけで判断したこと。
順番に話し、謝った。
西側の同盟の代表は、最後まで黙って聞いていた。
「事情は分かりました」
そう答えた声は、静かだった。
「ただ、次に取り決めをする時、同じように守っていただけるかは、こちらでも考えさせてください」
晴は顔を上げ、頷いた。
「はい」
そこで許してもらえたわけではない。
けれど、会議を止めることもできなかった。
外から届く問い合わせ。
周辺の土地へ向かい始めた部隊。
攻略を保留にしたまま、待っている同盟員たち。
今、決めなければならないことが増えていた。
*
大城は、落とさない。
当面、その方針は四つの同盟で一致した。
未攻略のまま残す意味があるなら、確かめる前に失いたくない。
それは、ほかの地域でも同じだったらしい。
瀬名から届いた書簡にも、南東の攻略計画を組み直していると書かれていた。
『守備を崩すために集めた兵を、そのまま周辺の警戒へ回しています。
城を取らないことには同意が得られました。
その間、誰がどこに留まるのかは、まだ話が続いています』
俺はその文を読んで、こちらの地図を見た。
同じだった。
攻める予定がなくなっても、隣接地を手放す者はいない。
むしろ、以前より大事に扱うようになっていた。
*
総量規制の影響は、ほどなく記録に表れた。
高位が続けて出たあと、結果が鈍る。
札を増やしても、最初のようにはいかない。
当たり前だと考える者もいれば、噂が間違っていたのではないかと言う者もいた。
葉は、結果のよかった報告だけを集めなかった。
使った札の数。
引いた時刻。
誰が、どこにいたのか。
出なかった分も、同じように並べた。
俺も外交官の機能で、ほかの同盟から届く記録と照らし合わせた。
そうしているうちに、一度薄くなった排出が、戻っていることに気づいた。
「ここ」
葉が、記録を指した。
「このあと、また出てる」
俺は日付を見た。
三日。
別の記録でも、同じ間隔があった。
*
一つの同盟だけの偶然ではなかった。
ほかの地域からも、似た報告が来た。
その場で引ける高位武将の総量には限りがある。
だが、消費された分は、三日で回復する。
何度かの記録が重なり、それが確認されたころには、皆の動き方も変わっていた。
一度に札を使い切ろうとする者が減った。
残りを見ながら、次を待つ。
登用だけを続けるのではなく、その間に土地を整え、兵を戻し、武将を育てる。
俺たちも、そうした。
*
沈烈は、城の兵に慣れるまで、何度も訓練場へ足を運んだ。
最初は、数字を見れば強いと分かる武将だった。
実際に任せてみると、その強さには、数字だけでは分からなかった部分があった。
戻ってきた兵を見て、次に出せる部隊を分ける。
損失が少なくても、編成を崩したままにはしない。
俺が大城の書簡を読んでいる間にも、城の中では準備が進んでいた。
「明日、出せるか」
尋ねると、沈烈はすぐに頷くのではなく、確認した部隊を示した。
「こちらなら出せる。残りは、もう少し待たせたい」
以前なら、全部出せると答えてもらえるほうが安心したと思う。
今は、その分け方を聞けることがありがたかった。
新しく得た武将も、すぐに前へ出すとは限らない。
重ねて技能を伸ばす者。
土地へ副将として置く者。
役目に合う兵が育つのを待つ者。
待っている間にも、城は少しずつ変わっていった。
*
カイとレンは、いつの間にか一緒にいることが増えていた。
常に隣へ座っているわけではない。
片方が広間にいれば、もう片方は庭にいる。
別々の用事で動いていても、出かける時になると、どちらからともなく相手を探す。
部隊の準備を頼むと、レンはカイの編成を確かめ、自分の位置へ入った。
俺が何か言う前に、二人で短いやり取りをしている。
「そっち、前すぎる」
「今日はこれでいい」
「じゃあ、戻る時だけ待てよ」
「お前が遅れなければ」
「はいはい」
何をどこまで覚えているのかは、まだ分からない。
ただ、レンが来てから、カイは自分の動きを誰かへ説明することが増えた。
一人でできることを、二人で使えるようにしている。
俺には、そう見えた。
*
晴は川へ行った。
朱音は部隊の帰還を待つ間、以前の仲間と武将の重ね方を相談していた。
弥平は登用の記録を見て、欲しい武将を絞り直した。
里央は、道づくりに使っていた土地枠の一部を、城の周辺へ戻した。
次の三日を、ただ数えて待っているわけではなかった。
それぞれが別のことをしながら、頃合いを見て札を使う。
高位の武将が来れば、同盟内の話が弾んだ。
同じ武将が重なれば、その成長を見せ合う。
俺の城でも、以前より少ない損失で土地を取れることが増えた。
落ち着いて育てられる時間ができたのだと思った。
少なくとも、俺たちはそう感じていた。
*
最初の抗議は、短かった。
『大城への通路について、再度回答を求めます』
差出人は、近隣の中小同盟だった。
大城への隣接を持っていない。
道を伸ばそうとした時には、すでに周囲の土地が埋まっていた。
俺は以前のやり取りを開いた。
こちらの同盟だけで判断できる道ではなかったため、隣接する同盟へ確認すると返していた。
返事を待つ間に、相手から二通目が来ていた。
『城を落とす予定がないのであれば、周囲を押さえ続ける理由を説明してください』
俺はその文を読み、すぐに返そうとして手を止めた。
理由なら、あった。
ガチャスポットを利用したい。
ほかの同盟の動きを見たい。
得た土地を、簡単には手放したくない。
そのどれを答えても、相手が納得するとは思えなかった。
*
次の会談では、攻略の話より通路の話が長くなった。
「うちが開けても、そこで別の同盟に土地を取られたらどうするんです」
南側の代表者が言った。
「行き来するだけだという話です」
「最初は、そう言うでしょう」
俺は返事を止めた。
相手の心配が、まったく分からないわけではない。
道を作るために土地を放棄した。
兵を使った。
ほかの取得予定を後回しにした。
そこへ、いま分かった利益だけを求めて来られる。
面白くないだろう。
けれど、外の同盟から届いた手紙には、別の事情が書かれていた。
砦への道を、こちらに譲った。
遠回りを頼まれ、応じた。
大城を攻略するための足場だと聞いていたから、争わなかった。
その土地が、いつの間にか繰り返し武将を得るための場所になっている。
「前に譲った人たちまで、あとから来た人と同じにはできません」
俺は言った。
代表者は、少し黙った。
だが、頷きはしなかった。
*
晴は、会談から戻ると、机の前へ座ったまま動かなかった。
「三日で戻るなら、前より話しやすくなると思ってました」
俺は隣の椅子へ座った。
「俺も、少し思った」
「一度きりじゃないから、順番に使えるって」
「そうできればな」
晴は自分の手を見た。
「でも、順番を決められるのが、中にいる人だけなんですね」
俺は答えなかった。
こちらは、待っていればまた引ける。
外にいる者は、三日待っても道が空くとは限らない。
回復する仕組みが分かったことで、隣接地の価値は下がらなかった。
何度でも利用できるなら、なおさら手放せないと考える者が増えた。
*
衝突は、別の大城から始まった。
北東の外縁。
隣接できなかった同盟が、通路に当たる土地へ部隊を出した。
事前に交渉はしていたらしい。
だが、返事を待たずに出兵した。
土地を持っていた側は、それを攻撃と判断した。
守備へ兵を足し、後続の部隊も止めた。
最初の戦闘報告には、城の陥落も、大きな戦果もなかった。
道の途中の、一つの土地だった。
そこへ何隊かが入り、兵が減った。
それだけの報告を、俺は何度も読み直した。
そのあと、双方の声明が届いた。
閉め出され続けたので、道を確保しようとした。
交渉中に攻撃されたので、防いだ。
同じ土地を見ているのに、始まった戦いの名前が違っていた。
*
佐伯からの書簡は、いつもより短かった。
『巌殿が、こちらの兵を動かせる状態に戻すよう指示しました。
今のところ、出兵先は決まっていません。
ただ、近隣で通路を巡る抗議が増えています。そちらでも、約束のある土地を改めて確認してください』
俺は千景を呼んだ。
同盟へ入る前から続いている約束。
道を作る時に、口頭で済ませた相談。
期限を決めずに借りている場所。
一つずつ確認する必要があった。
俺たちが新しい武将の話をしていた間にも、誰かは返事を待っていたのかもしれない。
千景は書簡を読み、名簿を開いた。
「まず、曖昧なままになっているものを集めます」
「頼む」
「全部きれいに揃うとは、思わないでください」
「分かってる」
千景は俺を見た。
本当に分かっているか、確かめるような目だった。
俺はもう一度頷いた。
*
大同盟の内側でも、話は変わり始めていた。
瀬名から届いた報告には、南東の連合で開かれた会議のことが書かれていた。
『統合時から、いずれ元のまとまりへ分かれるつもりで参加していた方々がいます。
その方々から、分かれたあとの大城利用について質問が出ました』
俺は背筋を伸ばした。
一度、取れるところを取り切る。
集まったあとのことは、その先で考える。
そうして大きくなった連合だった。
砦への道は、ほぼつながった。
攻略も進んだ。
ならば、そろそろ元の仲間で動きたいという者が出るのは、当然だった。
ところが、大城は落としていない。
周囲の土地を使って、登用を続けている。
ここから分かれる時、その利益をどうするのか。
最初の約束には、そこまで書かれていなかった。
*
『土地を取得した君主は、自分たちの集団で道を作ったと主張しています。
一方で、途中の守備や資源を支えた集団からは、連合の力で届いた場所だという意見が出ています』
俺は地図を開いた。
一本の道には、複数の仕事があった。
先へ出た者。
兵を休ませた者。
食糧を回した者。
通路の後ろを守っていた者。
土地の所有者名だけで、全部が分かるわけではない。
だが、分かれる時には、誰かの名で土地が残る。
『脱退後も、今までどおり利用できるという理解だった方がいます。
残る側には、同盟員ではなくなる者へ同じ扱いを続ける理由はないという方もいます』
手紙はそこで、少し間を空けていた。
『どちらも、参加する時からそういうつもりだったと話しています』
俺は目を閉じた。
先に集まる。
あとで決める。
その、あとが来ていた。
*
北東でも、似た話が起きていた。
隣接地を持つ集団が、土地を維持したまま独立するという。
連合側は、事前の協議を求めた。
独立する側は、協議を続けている間も、自分たちの番を後ろへ回されていると訴えた。
誰が先に札を使うか。
誰がどれだけ残しているか。
強い武将が、どの集団へ偏っているか。
大きな同盟の中で交わされていた話が、外へ漏れ始めた。
不満を訴える書簡には、登用の記録まで添えられているものがあった。
俺はそれを、そのまま事実として地図へ書き込まなかった。
ただ、そこまでの記録を持ち出すほど、相手を信じられなくなっていることは分かった。
*
晴の同盟でも、武将は育っていた。
昂生は前より少ない兵で仕事を終えるようになった。
朱音の部隊も、到着と攻撃の流れが安定した。
冬馬は、留守を守るために用意できる兵を増やしていた。
その報告を聞くと、嬉しかった。
けれど、同じように強くなった部隊が、今、別の場所で土地の奪い合いに出ている。
宗吾が、次の予定を持ってきた。
「攻撃の補正だけではなく、防御も確認しておきたいです」
「何か連絡が?」
「直接は、まだ」
宗吾は机の書簡を見た。
「ただ、使わずに済むかどうかは、こちらだけでは決められません」
俺は頷いた。
晴にも伝えようと答える。
少し前まで、次の砦へ何人出せるかを話していた。
今は、出したあと、城に何人残るかを先に見ていた。
*
夕方、里央から連絡が来た。
同盟の東側で、知らない部隊が道を確かめているという。
こちらの土地へ攻撃を仕掛けているわけではない。
大城へ向かう途中らしかった。
添えられた同盟名を見て、俺は以前の書簡を探した。
通路について、再度回答を求めていた相手だった。
最新の返事を開く。
『協議中であることは承知しました。
ただ、こちらも次の回復までに到達したいと考えています』
その下に、続きがあった。
『いつまで待てばよいのか、具体的にお知らせください』
俺は日付を見た。
次の回復は、明後日だった。
*
晴を呼び、千景と岳にも来てもらった。
地図の上には、大城へ続く道がある。
俺たちの道。
近隣の同盟の道。
まだ隣へ届いていない相手の城。
俺は、届いた書簡を机の真ん中へ置いた。
「相手は、明後日までに通りたい」
岳が、経路を指でたどった。
「うちだけで通せる道じゃないな」
「ああ。だから、今すぐ連絡を取りたい」
千景が頷く。
晴はしばらく地図を見ていた。
それから、顔を上げた。
「通せないなら、通せない理由を、私も一緒に話します」
俺は頷いた。
曖昧な返事で、もう三日待ってもらうことは難しかった。
机の端には、俺が次に使おうと思っていた登用札が置いてあった。
俺はそれを引き出しへしまい、相手へ送る書簡を書き始めた。




