やらかし
第八十八話 言いたくなる場所
レンは、大城が見えたところで足を止めた。
昨日、カイが立ち止まったのと、ほとんど同じ場所だった。
俺は二人の顔を見比べた。
カイは城壁を見ている。
レンは、その上に広がる空へ目を向けていた。
何かを探しているというより、聞き覚えのある音を確かめているように見えた。
「分かるか」
俺が尋ねると、レンはゆっくり頷いた。
「強いな」
「守備が?」
「そっちじゃない」
レンは城へ一歩近づき、また止まった。
口元に浮かんでいた笑いが消えていた。
「ここで呼ぶと、来やすいんじゃないか」
*
俺は、最初、その意味が分からなかった。
「何を呼ぶ?」
「武将」
レンはこちらを見た。
「札、使ったんだろ。俺が来る前に」
「ああ」
「その前にも、あいつが来た」
「沈烈か」
レンが頷く。
俺は昨日のことを思い返した。
大城へ来た。
カイが妙な感覚を覚えた。
城へ戻り、残していた札を使った。
URの沈烈が来た。
続けて、Rのレンが来た。
「……ガチャスポット?」
俺が言うと、カイがこちらを向いた。
「ああ。それか」
未攻略の砦に、登用へ影響する場所がある。
そういう場所が存在すること自体は、以前から知られていた。
ただ、行けば必ず高位の武将が来るというものではない。
同じ場所で引いても、結果は違う。
当たりが出たあとで、そこがよかったのだと騒がれることもあれば、何も起きずに忘れられることもあった。
俺は大城を見上げた。
「ここも、その一つだってことか」
「たぶん」
レンは答えた。
「でも、ほかよりずっと強い」
*
俺はすぐには頷けなかった。
昨日の結果は、確かに異常だった。
だが、俺が札を使ったのは、城へ戻ってからだ。
この場所で引いたわけではない。
大城へ近づいたことが関係したのか。
隣接地を同盟が持っていることが関係したのか。
それとも、何の関係もなく、たまたま二人が来たのか。
まだ分からない。
その疑問を口にすると、レンは頷いた。
「そこは、俺も分からない」
「強いっていうのは?」
「感じる。あそこに何人いるとか、次に誰が来るとかは分からないけど」
レンは城門のほうへ顔を向けた。
「呼んだら、届きそうな感じがする」
曖昧な説明だった。
けれど、カイはそれを聞いて納得したように頷いていた。
「昨日の、それだ」
俺は二人を見た。
自分には、何も感じられない。
見えているのは、壁と門と、その周囲にある各同盟の土地だけだった。
*
「それと」
レンが言った。
「取ったら、なくなるかもしれない」
俺は顔を上げた。
「城を?」
「うん」
「ガチャスポットとしての効果が?」
レンは頷いた。
「まだ誰のものでもないから、こうなってる気がする」
しばらく、誰も話さなかった。
大城を取るために、ここまで道をつないだ。
周囲の同盟も、同じことを考えている。
所有すれば、得られるボーナスは大きい。
そのために兵を戻し、育て、次の予定を空けている。
ところが今、取らないほうが得かもしれないという話が出てきた。
「確かか?」
俺は尋ねた。
レンは首を横に振った。
「確かめてないから、確かとは言えない」
「そうだな」
「でも、取ってから、やっぱり戻そうってできるの?」
俺は答えられなかった。
土地を放棄することと、未攻略の城へ戻すことは違う。
攻略によって効果が消えるなら、試しに落としてみるわけにはいかなかった。
*
晴が追いついてきた時、俺は二人の話を整理していた。
聞き終えた晴は、最初に城を見た。
次にレンを見る。
「ここ、すごくいい場所かもしれないんですね」
「かもしれない」
俺はそこを強めて答えた。
「まだ仕組みは分からない。昨日、俺のところへ二人来たのも、ここが理由だとは決まってない」
「はい」
晴は頷いた。
けれど、目は明るかった。
「でも、関係してたら、面白いですね」
それは、俺も同じだった。
気にならないはずがない。
大城のボーナスとは別に、高位の武将を得られる可能性がある。
人数の少ない同盟でも、一人の強い武将が来れば、できることが変わる。
俺は沈烈を迎えたばかりだった。
その意味を、昨日までよりよく知っていた。
*
会談は、城の手前に設けられた仮の広間で行われた。
四つの同盟から、代表者が来ていた。
机には大城の図が置かれている。
攻める順番。
守備を削る担当。
攻略後の扱い。
そうした話をするつもりで、皆、資料を持ってきていた。
俺は晴と目を合わせ、最初に新しい情報を伝えた。
レンが感じていること。
カイも、前日に似た感覚を覚えたこと。
俺がその後、URを引いたこと。
そして、攻略するとガチャスポットとしての効果が消えるかもしれないという見立て。
話し終えると、向かいの男が腕を組んだ。
「武将が、そう言っていると」
「はい。ただ、保証できる話ではありません」
「URが出たことは確認できるんですか」
俺は沈烈の情報を、示せる範囲で見せた。
男は黙って読んだ。
その隣の代表者が、机へ指を置いた。
「こちらでも、高位が続けて出ています」
俺はそちらを見た。
「ここへ隣接してからですか」
「そのあとです。もっとも、札をまとめて使ったので、場所の影響だとは考えていませんでした」
もう一人が、手元の記録を開く。
会談のために用意した攻城の資料ではなかった。
武将の登用記録だった。
*
急に、何かが確定したわけではない。
出た者の話だけが集まれば、よく見える。
何も出なかった者の分も確かめなければ、判断はできない。
俺はそう伝え、各同盟で記録を集めることを提案した。
反対はなかった。
ただ、最初に腕を組んだ男が言った。
「調べている間に、残りを引かれる可能性はあるな」
広間が静かになった。
登用には、排出の総量に制限がある。
いい場所を見つけたからといって、高位の武将がいくらでも出てくるわけではない。
誰かが先に引けば、ほかの者が引ける分へ影響する。
ここが本当に強いガチャスポットなら、知った者から札を使いたくなる。
俺も、残している札の枚数を思い出していた。
その時点で、相手だけを欲深いと思うことはできなかった。
*
「今、攻めるのは避けたいです」
晴が言った。
「効果が消えるかもしれないなら、調べる時間が欲しいです」
別の代表者が頷いた。
「こちらも同意します。ただ、無期限にはできません。攻略のために兵を集めています」
「まず期限を決めましょう」
俺は紙を出した。
大城への攻撃を、当面止める。
隣接地を巡る攻撃も控える。
その間に、各同盟の登用記録と、確認できた条件を持ち寄る。
再び集まる日時を決める。
そこまでは、比較的早くまとまった。
難しかったのは、その次だった。
「この話を、どこまで伝えますか」
俺が尋ねると、代表者の一人が即座に答えた。
「今は、広げないほうがいい」
誰も驚かなかった。
*
場所が知られれば、人が集まる。
人が集まれば、周囲の土地も埋まる。
高位の武将を求める者だけでなく、効果が消える前に引き切ろうとする者も来るだろう。
城を取れば終わるのなら、先に引いた同盟が攻略へ動くかもしれない。
あるいは、ほかの者に引かせないために、攻略を急ぐ者が出るかもしれない。
まだ分からない仕組みの周りへ、先に思惑だけが集まってしまう。
「少なくとも、次の会談までは」
向かいの男が言った。
「同盟内でも、確認に必要な範囲に留めたい。登用を止めろとは言わないが、場所の噂を広げるのは控える」
俺は晴を見た。
晴は説明を聞き、少し考えてから頷いた。
「分かりました」
俺は、その返事を確認して記録した。
大城の周辺では、ひとまず休戦。
ガチャスポットの可能性については、しばらく秘密にする。
四つの同盟が、それぞれ了承を返した。
*
帰り道、晴は何度か大城を振り返った。
「気になる?」
俺が聞くと、素直に頷いた。
「はい」
「俺も気になる」
「どんな武将が来るんでしょうね」
「来るとは限らないけどな」
「分かってます」
晴は笑った。
けれど、すぐに真面目な顔になった。
「総量があるんですよね」
「ああ」
「知ってる人が先に引いたら、知らない人の分は減るかもしれない」
「そうなる」
晴は少し黙った。
俺も、簡単には言葉を続けられなかった。
秘密にする理由はある。
無秩序に人が集まれば、調べるどころではなくなる。
だからといって、その間に俺たちだけが引くことを、誰もが納得するわけでもない。
「次の会談で、その扱いも話そう」
俺が言うと、晴は頷いた。
「はい」
その時は、そう答えた。
*
城へ戻ると、千景が待っていた。
俺は休戦の期間と、当面の情報の扱いを伝えた。
宗吾には、大城攻略を保留にしたことを知らせる。
出兵を予定していた者へは、日程を組み直すと伝える必要があった。
表向きの説明を作るというより、まだ確かめていないことを、確定した話として広めたくなかった。
晴も、その場にいた。
千景が確認する。
「外の方へは、次の会談まで話さない、でいいですね」
「はい」
「加入の相談で聞かれた場合も、攻略方針を確認中と答えます」
「お願いします」
話が済むと、晴は少し息を吐いた。
何か言いたそうだったが、結局、その時は口を開かなかった。
*
夕方、晴のところへ書簡が届いた。
差出人は、第四世界で知り合った君主だった。
統合後は別の同盟へ入り、少し離れた場所で暮らしている。
晴とは、以前から釣った魚や、変わった地形の話を送り合っていたらしい。
その日の書簡にも、川の話があった。
新しい城の近くに流れが速い場所を見つけた。
釣りに向くかどうかは分からないが、一度見に行くつもりだ。
そのあとに、登用の話が続いていた。
『残していた札を少し使いましたが、今回はあまり変わりませんでした。
そちらは、何か面白いことがありましたか』
晴は、その最後の一文を読んだ。
机の上には、会談の控えがある。
次の会談まで、外へ広げない。
自分も頷いた言葉だった。
晴は返事を書いた。
こちらでも川へ行った。
同盟に人が増えた。
新しく来た者が、干し魚を持ってきた。
そこまで書いて、手を止めた。
今日、一番驚いたことを書いていない。
*
あとで晴は、あの時、一度は書簡を閉じようとしたのだと言った。
ただ、相手が札を残しているかもしれないと思った。
何も知らず、別の場所で使い切るかもしれない。
それを考えたら、少しだけ知らせたくなった。
それ以上に、面白いものを見つけたことを、話したかった。
カイが感じたこと。
レンが言ったこと。
同じ場所に何かがあるかもしれないという、不思議な話。
あの人なら、きっと驚く。
晴は書き足した。
『まだ確かではないんですが、すごく強いガチャスポットかもしれない大城が見つかりました』
書いたあと、少し迷った。
それから、場所も添えた。
*
返事は、思っていたより早かった。
『本当ですか。こちらの仲間にも、札を残している者がいます』
晴はその文を見て、ようやく手を止めた。
一人へ話した。
その一人にも、仲間がいる。
当然のことだった。
続いて、質問が届いた。
『今から近づいても大丈夫でしょうか』
晴は椅子へ座り直した。
机の上の会談記録を見る。
四つの同盟の名前。
自分が了承した取り決め。
しばらくして、晴は俺へ連絡を入れた。
『今、話せますか』
*
俺が晴の部屋へ行くと、書簡が机に並んでいた。
晴は立ち上がった。
「話してしまいました」
何を、と聞く前に分かった。
俺は机へ近づき、差出人と内容を確かめた。
場所まで書いてあった。
「何人に?」
「直接は、一人です」
「その人は?」
「仲間にも話すかもしれません。まだ、どこまでかは分からないです」
俺は椅子を引いた。
座ってから、もう一度、送った文を読んだ。
高位が必ず出るとは書いていない。
それでも、期待するには十分な内容だった。
「次の会談までは、って決めたよな」
「はい」
晴は目を逸らさなかった。
「我慢できなくなりました」
弁解のようには聞こえなかった。
うまく取り繕う言葉を、まだ見つけられていない声だった。
「面白くて。あの人にも教えたいと思って。札を使う前に知ってたほうがいいとも思って」
そこで、一度言葉を切る。
「でも、約束したあとに、私だけで決めました」
俺は、すぐには返事をしなかった。
*
晴のそういうところに、人は集まっていた。
いい場所を見つければ、誰かを誘う。
面白いことがあれば、隠さず話す。
自分だけ知っていることを、長く抱えておけない。
釣りの場所なら、それで笑えた。
今日は、その話へ別の同盟の約束と、限りのある排出枠が結びついていた。
「教えたいと思ったことまで、悪いとは言わない」
俺は言った。
「でも、先に相談してほしかった。晴の名前で決めた約束なんだから」
「はい」
「向こうは、俺たちが最初から外へ流すつもりだったと思うかもしれない」
晴の指が、机の端で止まった。
俺は続けた。
「一人へ話したつもりでも、その一人に、こっちの約束を背負わせることになる」
晴は、ゆっくり頷いた。
「……あの人は、知らなかったです。秘密にするって決めてたこと」
「なら、なおさら責められない」
「はい」
*
千景も来た。
書簡を読み、まず広がった範囲を確かめようと言った。
送った相手には、確認中の情報であることを改めて伝える。
すでに誰へ話したか、分かる範囲で教えてもらう。
そして、会談に参加した三つの同盟へ、こちらから連絡する。
「私が書きます」
晴が言った。
俺は頷いた。
「俺も見る。経緯は、省かないで書こう」
晴は紙を引き寄せた。
いつもの返事より、ずっとゆっくり書き始めた。
自分が同盟外の知人へ伝えたこと。
場所も知らせたこと。
現時点では、それ以上の共有範囲が分からないこと。
約束を破ったことへの謝罪。
千景は横で、相手への確認を進めた。
俺は休戦の記録を開いた。
情報が外へ出たからといって、休戦まで解けたわけではない。
そこは混ぜずに、確かめなければならなかった。
*
最初の返事が届いたのは、夜だった。
大城の西側へ隣接している同盟からだった。
『事情は承知しました。
こちらにも、既に問い合わせが来ています』
俺はその一文を晴へ見せた。
晴は黙って読んだ。
続きがあった。
『まず、攻略停止の合意は維持する認識でよろしいですか。
情報の扱いについては、予定を早めて協議したいと考えます』
怒っていない、とは思わなかった。
今、怒りを書くより先に、確かめることがあるのだろう。
俺は晴と確認し、休戦を維持する旨を返した。
千景が、新しく届いた書簡を机へ置く。
「別の同盟からも、場所について聞かれています」
俺は差出人を見た。
知らない名前だった。
*
窓の外は暗かった。
大城は、まだ落ちていない。
四つの同盟の道も、そのままだった。
けれど、知っている者の数だけが、少しずつ増えていた。
札を残している者。
これから手に入れようとする者。
先に引かれたくない者。
どうせなら、仲間にも教えたい者。
その全員が、同じ場所を見始める。
晴は、書き終えた謝罪の文をもう一度読んでいた。
「明日、私も話します」
俺は頷いた。
「一緒に行こう」
机の端で、また連絡の表示が増えた。
カイとレンが感じたものを確かめるより先に、俺たちは、それを聞いた人たちへ向き合わなければならなくなっていた。




