隣接
第八十六話 道の終わり
朝の報告が、少し短くなっていた。
里央から届いた文は、三行だった。
『東側、予定地まで到着。
砦への隣接完了。
戻した兵は、しばらく城に置きます』
俺は地図を開いた。
同盟で取ろうと決めた砦の周囲には、もう道が届いている。
攻略を終えた場所。
兵が戻り次第、仕上げる場所。
近隣との相談で、相手が取ることになった場所。
一つずつ印を確かめていくと、これから道を伸ばす予定の線が、ほとんど残っていなかった。
「ここまでか」
口に出してから、椅子へ深く座り直した。
統合直後は、地図を開くたびに誰かの道が伸びていた。
間に合うか。
どちらから進むか。
先に声を掛けるべきか。
そればかり考えていた。
その作業が、ひとまず終わろうとしていた。
*
広間へ来た岳も、同じ地図を見た。
「兵を戻せるな」
「ああ。宗吾が、次の予定を組み直してる」
「少し休ませたい」
岳は砦の印より、その途中の道を見ていた。
何度も兵を通した場所だった。
損失は、攻略報告に残る。
けれど、戦わずに歩いて戻った部隊にも、疲れはある。装備を直す時間も、食わせる分も必要だった。
「里央も、しばらく出さないって」
「それでいい」
岳は短く答えた。
俺も頷いた。
道がつながるたびに安心した。
安心すると、次の道が気になった。
そうやって、戻ってきた兵を何度も送り直していた。
ようやく、城に置いたまま次を考えられる。
*
ほかの同盟も、似た段階に入っていた。
玄からは、近隣の砦の分担が決まったと連絡が来た。
朔は、これ以上道を伸ばす前に、土地と副将の配置を整理すると言っていた。
律のところでは、取得予定の確認が、攻略日の確認へ変わっているらしい。
『道を通していいかという相談は、かなり減りました』
律の報告には、そう書いてあった。
『その代わり、いつ兵を出すのかと聞かれることが増えています』
俺はその二行を並べて読んだ。
道を作っている間は、行き先が分かっても、いつ届くかには余地があった。
今は、違う。
届いている。
相手も、それを見ている。
残っているのは、実際に兵を出す判断だった。
*
異変というほど大きな知らせではなかった。
最初は、地図の照合だった。
近隣の同盟から、新しく確認した大城の位置が送られてきた。
葉が手元の地図と比べ、俺を呼んだ。
「ここ、載ってなかったよね」
俺は印のない場所を見た。
その少し手前までは、覚えがある。
隣の同盟が伸ばしていた道だ。
俺たちは、その先にある砦を狙っているのだと思っていた。
送られてきた情報には、その砦よりさらに奥の、大きな城が記されていた。
所有によって得られるボーナスも、添えられている。
俺は数字を読み、一度、上へ戻った。
「これ、大きいな」
「うん」
「砦の分とは、かなり違う」
葉が頷いた。
俺たちが使っていた地図には、なかった。
少なくとも、取得対象として確認していた一覧には入っていない。
だが、その城の周囲には、すでに色のついた土地があった。
*
俺は道をたどった。
途中まで一緒だった線が、砦の手前で分かれている。
一方は、砦へ。
もう一方は、その先の大城へ。
近隣同盟から届いた文を読み直す。
『当方は、西側の隣接を終えています。
そちらの取得予定と重なるか、念のため確認させてください』
念のため。
その言葉に、少し引っ掛かった。
こちらの予定を聞いてから進む、という話ではない。
もう着いている。
そのうえで、どこまで考えているのかを聞かれていた。
俺はすぐには返さず、道の所有者を確認した。
同じ同盟の名が続く。
西側だけではなかった。
北側には、別の同盟の道が伸びていた。
南へ地図を動かす。
そこにも、色があった。
「一つじゃない」
俺が言うと、葉が別の報告を開いた。
「こっちからも、隣接したって来てる」
同じ大城へ、いくつもの道が届いていた。
*
晴へ知らせると、すぐに見に来た。
地図の前へ座り、大城の説明を読む。
「これ、欲しいですね」
最初の言葉は、それだった。
「欲しいな」
俺も正直に答えた。
土地の使い方が増え、武将も育っている。
同盟の人数も、以前より多い。
大きなボーナスを全員で使えれば、その先の動きはかなり変わる。
晴は周辺の道へ目を移した。
「でも、もう皆さん来てますね」
「ああ」
「ここは、前に土地の話をしたところ?」
「そう。こっちは、その隣」
「こっちの名前は?」
「今、確認してる」
晴は一つずつ聞いた。
どこへ兵を出せばいいかより先に、誰が来ているのかを確かめていた。
俺は、まだ空いている側を指した。
「ここからなら、うちも道をつなげられるかもしれない」
「取れるかどうかは、そのあと?」
「そのあとだな」
晴は少し考えた。
「じゃあ、まず間に合うか聞いてみたいです」
*
里央からの返事は、少し遅れた。
戻したばかりの部隊を確かめていたのだろう。
『道だけなら考えられます。
ただ、今から隣接しても、攻略に使う兵は別で必要です』
俺は、その文を宗吾にも回した。
昂生にも、見込みを聞く。
千景には、ほかの攻略予定を止める必要があるか確認した。
少し前なら、自分で全部を並べ始めていたと思う。
今は、それぞれから返事が来る。
できること。
できないこと。
できるが、別の予定が遅れること。
その三つが揃うまで、俺は近隣への返事を書いた。
『当方も関心を持っています。
現時点では攻略を決定していませんが、周辺の予定を確認させてください』
送信の前に晴へ見せる。
晴が頷いた。
「それでお願いします」
*
その日の午後、瀬名から書簡が届いた。
南東でも、高いボーナスを持つ大城への隣接が進んでいるという。
添えられた位置を見て、俺は北西だけの話ではないと知った。
『こちらでは、砦へ向かっていた集団の一部が、そのまま大城の周辺へ進みました。
各集団が、それぞれ近い場所を押さえています。
連合内でも、全体図が揃ったのは、そのあとです』
先に届く。
届いた場所を持ち寄る。
砦の時と、同じ順番だった。
ただ、今回は取りたいものが大きい。
隣へ着いたからといって、一つの集団で落とせるとは限らない。
『隣接した集団からは、攻略への参加を希望する声が出ています。
ただし、どの集団も、自分たちの道を使う前提で考えています』
俺は手を止めた。
道を作った。
だから、そこから進みたい。
別の場所へ回れと言われれば、自分たちが使った土地枠と時間は何だったのかと思う。
瀬名の手紙は続いていた。
『攻略できるかという話と、誰の計画で攻略するかという話が、まだ分かれていません』
俺はその一文を、別の紙へ書き留めた。
*
北東の順位上位同盟も、いくつかの大城へ隣接を終えていた。
同じ旗が立っていても、道を作った者たちは別の集団だ。
一つの大城へ二方向から接している場所もあれば、離れた大城へ、それぞれ道を伸ばしている場所もある。
順位表だけでは、その違いは見えない。
俺は地図に印を増やした。
晴の同盟の道。
近隣の同盟の道。
大連合の名を持つ道。
中小同盟が、数人でつないだらしい細い道。
太さや長さは違っても、最後は同じ城壁のそばへ届いていた。
*
夕方、千景が資料を持ってきた。
「近隣の砦については、ほぼ整理できました」
俺は受け取り、順に目を通した。
まだ落としていない砦もある。
だが、道をつなぐ作業は、うちも周囲もおおむね終わっていた。
ここから先は、部隊の帰還と、攻略の日程を合わせる。
道を作るために保留していた土地枠も、一部は使い直せる。
落ち着いた、と言ってよい段階だった。
千景も、そう思っていたのだろう。
「ようやく、入ってきた方たちへ、少し先の予定を説明できそうです」
「ああ」
俺は頷いてから、別の地図を広げた。
千景は大城の周囲を見た。
「……こちらも、説明が要りますね」
「たぶん」
「同盟に入ってすぐ、次もその次も兵を出すと思われるのは避けたいです」
「分かってる」
答えながら、俺は本当に分かっているかと自分に聞いた。
欲しいボーナスだった。
取れば、皆に意味がある。
そう考えた時、来たばかりの誰かにとっても同じかどうかを、簡単に飛ばしそうになる。
千景は大城の印から指を離した。
「参加したい方は、もちろんいると思います。先に、何をするのか伝えましょう」
俺は頷いた。
*
同盟内で話すと、反応は一つではなかった。
昂生は、守備の情報を知りたがった。
朱音は、兵が戻る時刻を確かめた。
弥平は、今の主力でどこまで届くのか、記録を比べたいと言った。
冬馬は、攻略に出る間、どこの城が空くのかを聞いた。
少し休みたいという者もいた。
砦で育った技能を、もう一度使ってみたいという者もいた。
晴は、一つずつ返事をした。
そのうえで、最後に言った。
『攻略するかは、周りの同盟とも話してから決めたいです。
でも、話に参加できるように、道はつなぎたいです』
俺はその文を読んだ。
道がなければ、できないことがある。
道があれば、やらなければならない気持ちにもなる。
今は、その間だった。
*
里央の部隊は、翌朝出た。
無理に最短を狙わず、既存の道から伸ばせる場所を使った。
途中で、隣の同盟の取得予定と近くなる。
俺は先に書簡を送った。
予定地を示し、大城へ隣接するためだと伝える。
相手からの返事は、思ったより早かった。
『承知しました。
こちらも同じ大城を検討していますので、隣接後に一度、相談できればと思います』
拒まれなかったことに、少し安心した。
同時に、気も重くなった。
相手は、こちらが隣へ来るのを見ている。
どの程度の兵を持っているか。
誰と組むつもりか。
どこまで本気なのか。
その相談には、そういう確認も含まれるだろう。
俺は、了解の返事を送った。
*
各地から、隣接完了の知らせが届いた。
玄の同盟も、大城へ一本の道を通していた。
『先に着いてるのが二ついる』
玄の文には、地図が添えられていた。
『攻めるのか』
俺が尋ねると、少し間が空いた。
『まだ。今は兵を見てる』
以前の玄なら、と考えかけてやめた。
俺も、いつまでも昔の顔だけで相手を見ている。
玄は続けた。
『道がついたからって、勝てるわけじゃないしな』
『そうだな』
『でも、見てるだけよりはいい』
俺は地図へ目印をつけた。
それぞれの同盟が、そこまで来た。
同じ場所に着いても、その先に進めるかは、まだ分からない。
*
里央から報告が届いたのは、日が傾き始めたころだった。
『隣接完了。
周囲に他同盟三つ。
今のところ、こちらへの連絡以外に動きはありません』
俺は大城を開いた。
晴の同盟の色が、城のそばに一つ増えていた。
砦へ道をつないだ時には、終わった、と少し笑えた。
今回は、そういう感じではなかった。
同じ城へ届いている、ほかの色が目に入る。
西側。
北側。
南側。
俺たちの道は、その間へ加わっていた。
城はまだ、誰のものでもない。
周囲には、欲しいと思っている者が揃っている。
*
晴が来て、地図の前に立った。
「着きましたね」
「ああ」
「里央さんたちに、お礼を言ってきます」
「うん。兵は戻してもらおう」
晴が頷く。
俺は相談の書簡を開いた。
すでに一通、届いていた。
『各同盟の隣接が概ね済みましたので、一度、攻略方針を話し合いたく存じます』
その下に、参加を求める同盟の名前が並んでいた。
晴の同盟も、入っている。
俺は晴を呼び止めた。
「話し合いの案内が来た」
「もうですか」
「向こうも待ってたんだろうな」
晴は戻ってきて、書簡を読んだ。
「一緒に行ってもらえますか」
俺は頷いた。
机の上から、砦までの道を記した古い予定表を片づける。
代わりに、大城の周囲を広げた。
四つの同盟が、別々の道から着いていた。
明日は、その道を作った人たちと会う。




