役職機能
第八十五話 名前の隣の役目
晴が同盟全体へ連絡を入れたのは、朝の報告がひと通り揃ったあとだった。
『新しい機能が増えています』
その文の下に、役職の一覧が添えられていた。
副盟主。
指揮官。
一騎当千。
外交官。
俺は最後の文字を見て、なんとなく嫌な予感がした。
ほどなく、晴から個別の連絡が来た。
『あとで、少し相談してもいいですか』
まだ何も頼まれていないのに、俺は机の上の書簡を見た。
*
副盟主という役目は、前の世界にもあった。
俺も、その名で呼ばれていた。
ただ、今回の説明には、同盟を動かすための権限が、はっきり記されていた。
基本的には、盟主と同じことができる。
加入の対応。
同盟内の設定や管理。
それ以外にも、盟主だけが処理していたことを分けられる。
ただし、除名はできない。
俺はその一文を、少し長く見た。
誰かを迎えることと、誰かを外へ出すこと。
その両方を同じように任せる仕組みではなかった。
『副盟主ができるなら、晴が全部返さなくても済むね』
杏が書いた。
『助かります』
晴の返事は早かった。
『でも、最初の挨拶はしたいです』
『挨拶してる間に、手続きを進めてもらえばいいんじゃない?』
『それ、いいですね』
俺は笑った。
晴がやりたいことを残しながら、ほかの仕事を分けられる。
役職を増やすなら、そういう使い方がよかった。
*
指揮官の説明には、全員が少し静かになった。
同盟全体へ効果を及ぼす技能。
攻撃。
防御。
速度。
それぞれに、最大で一割の補正がかかる。
俺は数字を読み直した。
何倍にもなるわけではない。
弱い部隊が、それだけで別物になるほどの差でもない。
しかし、同盟全体だった。
一つの部隊が少し強くなるのとは、話が違う。
『速度もか』
岳が書いた。
『予定を組む時に、入れないといけないな』
葉からも連絡が来た。
『最大で十パーセントですね。任命した時点で全部その数値になる、とは書かれていません』
俺も説明を確かめた。
使える技能と、実際の補正。
そこは、任命してからも確認が必要だった。
『発動する人が変わるたびに、予定を直すのは困りますね』
別の名前から、文が届いた。
宗吾だった。
第三世界出身。
北西の猫にいた者ではなく、この世界で近くになった君主の一人だ。
同盟に入ってから、出兵時刻についてよく質問していた。
細かい人だとは思っていた。
だが、細かい理由までは、まだ知らなかった。
*
一騎当千は、五人まで指定できた。
任命された君主の武将へ、最大で一割の補正がかかる。
五人。
俺は同盟の名簿を開いた。
強い武将を持つ者は、増えている。
第四世界から来た者たちだけではない。
砦で技能を育て、重ね方を工夫し、最初より明らかに動けるようになった者もいた。
その中から、五人。
誰を強くするかは、同盟が何をしようとしているかにも関わる。
『巨嶽に付けたら、さらに強いですね』
誰かが書くと、晴が答えた。
『そうですね。でも、ほかの人も見たいです』
俺は名簿から顔を上げた。
晴は続けた。
『私がいない時にも、砦へ行けたらいいので』
巨嶽がいる日は進む。
巨嶽が戻るまで待つ。
少しずつ、そういう予定が増えていた。
晴は嫌がってはいなかった。
けれど、気づいてはいたらしい。
*
外交官の項目は、戦闘の役職より長かった。
書簡の送受信と整理。
各方面から集まる報告の管理。
情報の照合や、データの分析。
同盟の外と内を行き来する情報を、扱いやすくする機能がまとまっていた。
俺は、読み進めるほど黙った。
机には湊の手紙がある。
巌と佐伯からの書簡。
瀬名への返事の控え。
近隣の取得予定。
これから使う道についての、まだ返していない相談。
晴が相談したいと言ってきた理由が、だいたい分かった。
*
夕方、俺たちは晴の城に集まった。
全員ではない。
近くにいて来られる者と、役職について話を聞きたいと言われた者たちだった。
広間に入ると、見慣れない配置の椅子が並んでいた。
以前なら、玄が座る場所が分かった。
律が資料を置き、葉が筆を出す場所も、だいたい決まっていた。
今日は、知らない組み合わせで人が座っている。
俺は空いた椅子を探し、机の端へ腰を下ろした。
隣にいた女が、少しだけ椅子を引いてくれた。
「ここ、狭かったですね」
「いや、大丈夫です」
「資料を置くなら、こっちを使ってください」
千景だった。
第四世界から来た君主で、同盟に入ってから、加入者への案内を何度か手伝っていた。
俺が名前と顔を一致させたのは、最近だった。
晴が新しい仲間の城へ挨拶に行っている間に、必要な連絡を揃えていたのは、この人だった。
*
「副盟主は、千景さんにお願いしたいです」
晴が言った。
千景は驚かなかった。
事前に話は聞いていたのだろう。
ただ、返事をする前に、机の上の説明へ指を置いた。
「私が決めていいことを、先に合わせたいです」
「はい」
「加入の手続きや、決まっている方針に沿った対応は進めます。新しく同盟の方針を変える話は、晴さんへ戻します」
晴が頷く。
「お願いします」
「それと、誰かを外す話が出た場合は、私には実行できません。だからといって、晴さんへ名前だけ渡して終わりにはしません」
千景はそこで、少し言葉を選んだ。
「何があったのかは、一緒に確かめたいです」
晴はさっきよりゆっくり頷いた。
「はい。それは、お願いします」
俺は二人を見た。
権限がないから、自分には関係がない。
そういう線の引き方ではなかった。
千景は、できることと、引き受けたいことを分けて話していた。
*
「前にも、こういう役を?」
俺が尋ねると、千景は首を傾けた。
「役の名前は、ありませんでした。八人しかいなかったので」
「八人」
「誰が来られるか聞いて、来られない人へあとで説明して。気づいたら、私がやっていました」
そう言って、小さく笑う。
「こちらへ来た時は、しばらく自分の城だけ見ようと思っていたんですけど」
「すみません」
晴がすぐに謝った。
千景は首を振った。
「嫌なら、断っています」
それから、晴を見た。
「ただ、私が受けるなら、晴さんも頼んでください。私が手を出すまで、一人で抱えないで」
晴は少し考えてから答えた。
「分かりました。じゃあ、明日の加入希望の方への返事から」
「はい」
「私は、その人のところへ挨拶に行きます」
「その前に、お名前と場所を教えてください」
広間に笑いが起きた。
千景も笑って、筆を取った。
*
指揮官には、宗吾の名前が挙がった。
宗吾は机に肘をつかず、背筋を伸ばして座っていた。
年齢より少し疲れて見えるのは、目の下に影があるせいかもしれなかった。
「私でいいんですか」
「宗吾さん、いつも出発前に確認してくれるので」
晴が答える。
「技能を使う時間も、ちゃんと知らせてくれそうだと思いました」
宗吾はすぐには頷かなかった。
「兵を強くする役だと思われると、困るかもしれません」
「違うんですか?」
「強くはできます。ただ、それで無理な予定を通されると」
そこで、言葉が止まった。
俺は黙って待った。
宗吾は説明の紙から目を離さず、続けた。
「前の世界で、到着を合わせ損ねたことがあります」
広間が静かになった。
「出る直前に部隊を変えました。遅れると分かって、急いで連絡したんですが、もう先の部隊が入っていました」
誰も、どれだけの損失だったのかとは聞かなかった。
宗吾の指が、紙の端を押さえていた。
「今度は速くなる側でも、同じことが起きます。途中で補正が変わるなら、そのつもりで予定を組まないといけない」
俺は頷いた。
「いつ使うかを、部隊の予定と一緒に決める」
「はい。使えるから、今使う、にはしたくありません」
晴が宗吾を見た。
「それをお願いしたいです」
宗吾は顔を上げた。
「強くするのと、予定を合わせるのと。両方」
しばらくして、宗吾は頷いた。
「では、引き受けます」
*
一騎当千の五人については、話が少し長くなった。
晴が最初に名を呼んだのは、昂生だった。
第四世界出身。
最初の砦攻略で、技能を育てる話を教えてくれた君主だ。
昂生は、自分の名前が出ると、腕を組んだまま晴を見た。
「俺を入れるなら、役目は決めてほしい」
「先に入る部隊を、お願いしたいです」
「巨嶽のあとか」
「別の砦でも、行けるようにしたいです」
昂生の眉が動いた。
それから、少しだけ口元が緩む。
「分かった。そのつもりで育てる」
主力は槍を率いる武将だった。
派手な話し方はしないが、出せる兵と、出せない兵をはっきり伝える。
今までの攻略でも、できると言った仕事は、きちんと終えていた。
*
二人目は里央だった。
第四世界から来た君主で、騎馬の部隊を使って道を伸ばすのが速い。
席へ着いてからも、何度か城への連絡を確認していた。
「何か来てる?」
晴が聞く。
「土地、取り終わったって」
「もう?」
「会議に来る前に出したから」
里央は答えてから、少し笑った。
「その顔、よくされる」
補正を受ければ、さらに先へ出られるかもしれない。
ただ、速い者を先へ出し続ければ、それで済むわけではない。
岳が地図を示した。
「道を開く時、後ろが追いつけるかは見たい」
「うん。私だけ着いても砦は落ちないし」
里央はすぐに答えた。
「取る場所を先に決めてくれたら、その中で早いやり方を考える」
俺はその言葉を聞いて、地図へ目を落とした。
速さを任せる相手ができる。
その速さを、どこへ向けるかも考えなければならなかった。
*
三人目に、冬馬の名が呼ばれた。
第三世界出身だった。
これまで、攻略の先頭に立ったことはない。
兵を出せるか尋ねられると、少し考えてから答える。主力の武将は、攻めるより守ることに向いていた。
「俺も、ですか」
本人が一番驚いていた。
「はい」
晴は頷く。
「前に、皆が砦へ出ている時、残るって言ってくれましたよね」
「あれは、俺の部隊が遅かったからです」
「でも、残って何を守るか、聞いてくれました」
冬馬は黙った。
俺も、そのやり取りを覚えていた。
出ない者として扱われて終わりではなかった。
留守になる城と、戻ってくる兵の経路を確かめていた。
「一騎当千って名前だから、攻める人だけかと」
「守る人が強いのも、嬉しいです」
晴が答えた。
冬馬は机に置いていた手を、一度握った。
「……なら、やります」
さっきより、はっきりした声だった。
*
四人目は朱音だった。
第四世界出身で、弓の部隊を育てている。
この同盟で一度、到着を遅らせたことがある君主だった。
そのあと、以前の仲間を二人連れてきた。
俺は、その経緯を知っていたから、本人が晴を見る時の表情も、少し分かった。
「この前、失敗しましたよ」
「はい」
「忘れてません?」
「覚えてます。だから、次は確認してくれると思いました」
朱音は困ったように笑った。
「それ、ちょっと重いですね」
「嫌ですか?」
「嫌では、ないです」
少し考え、言い直す。
「やりたいです。今の武将、もう少し育てれば、できることが増えるので」
晴は嬉しそうに頷いた。
失敗をなかったことにするのでも、その一度で役目を決めてしまうのでもない。
朱音は任命を受けたあと、宗吾のほうを向いた。
「出兵の確認、私も一緒にやらせてください」
宗吾は短く頷いた。
*
最後は、弥平だった。
第三世界から来た、口数の少ない君主だ。
同盟へ入った当初は、主力の武将の位が高くないことを気にしていた。
けれど、重ねて育てる仕組みを使い始めてから、報告の中身が変わった。
同じ武将を集める。
技能を確かめる。
砦へ出し、前の記録と見比べる。
一度の攻略で目立つわけではないが、少しずつ損失が減っていた。
「強さだけなら、ほかにもいると思います」
弥平は言った。
「いますね」
晴が素直に答えるので、俺は少しひやりとした。
だが、晴はそのまま続けた。
「でも、弥平さん、使ってどうなったか、いつも教えてくれるでしょう」
「記録しているので」
「補正がついたら、何が変わったかも聞きたいです」
弥平は初めて、少し前へ身を乗り出した。
「そこは、比べたいです」
「お願いします」
返事は、今度は早かった。
「はい」
*
五人の名前が揃った。
昂生。
里央。
冬馬。
朱音。
弥平。
第三と第四が混じっている。
最初から強かった者も、今、育てている途中の者もいる。
俺はその一覧を見ながら、自分とカイの名がないことに気づいた。
気づいてから、少し笑った。
寂しくなかったと言えば、嘘になる。
以前なら、何か決める時には、自分たち七人の中から考えていた。
新しく入った者がいても、まず知っている相手へ声を掛けた。
今は、俺がまだ詳しく知らない誰かの働きを、晴が見ている。
その人へ、次の仕事を頼んでいる。
カイは広間の端で、出された菓子を食べていた。
目が合うと、一つ持ち上げる。
いるか、と聞いているらしい。
俺は首を振った。
*
「それで、外交官なんですが」
晴がこちらを向いた。
やっぱり来た、と思った。
「お願いできますか」
俺は机の上の説明を見た。
書簡。
情報収集。
分析。
以前からやっていたことが、並んでいる。
ただ、同じ名前でまとめれば、何も変わらず全部を引き受けることにもなりかねなかった。
「聞いておきたいことがある」
「はい」
「俺が外と話してきたからって、それだけで同盟の方針が決まったことにはしたくない」
晴は真面目な顔になった。
「相談は、持って帰ってくるってことですか」
「決まっている範囲の返事ならする。でも、新しい約束は、内容によって晴や皆に確認したい」
佐伯の顔が浮かんだ。
知らない取得予定を、相手から聞かされる。
俺は以前、それをさせた側だった。
「どこまで話したかも、残す。誰かが俺の名前を出せば話が通る、みたいにはしたくない」
千景が頷いた。
「私も、その記録を見られるようにしてほしいです」
「ああ」
宗吾も口を開いた。
「出兵に関わる約束は、早めに知りたいです」
「分かった」
話しているうちに、引き受ける形が見えてきた。
俺が全部を決めるわけではない。
ただ書簡を右から左へ流すわけでもない。
何が分かっていて、何がまだ分からないのか。
誰が何を望んでいるのか。
それを、同盟の中で判断できる形にする。
*
「律さんに頼まなくていいんですか」
俺が尋ねると、晴は少し驚いた顔をした。
「律さん、今は自分の同盟があるでしょう」
「そうだけど」
「それに、私は、あなたにお願いしたいです」
俺は黙った。
晴は机の上に、手を置いた。
「近況の手紙、たくさん来てましたよね」
「ああ」
「強い同盟の人も、昔の仲間も」
「うん」
「その人たちのこと、名前だけじゃなくて知ってるから」
俺は目を伏せた。
湊が余らせた鍋。
佐伯が相談された魚の絵。
巌が待った酒。
瀬名が書いてきた、会議のあとの話。
役に立つ情報だけを選べば、いらない部分も多い。
けれど、その部分を知っているから、次に届く文の読み方が変わる。
「会議は増えるぞ」
俺が言うと、晴は少し申し訳なさそうに笑った。
「たぶん」
「嫌なんだけどな」
「知ってます」
広間の何人かが笑った。
俺も笑ってから、頷いた。
「分かった。やるよ」
*
任命は、その日のうちに行われた。
盟主、晴。
副盟主、千景。
指揮官、宗吾。
一騎当千、昂生、里央、冬馬、朱音、弥平。
外交官、俺。
名前の隣に、新しい表示がついた。
それだけで急に、何でもできるようになったわけではない。
千景は加入希望者の一覧を開いた。
宗吾は、使える技能と実際の補正を確認し、次の攻略予定と並べた。
五人は、それぞれ自分の武将を見ている。
朱音と弥平が、任命前の記録を持っているかと話し始めた。
冬馬は岳を呼び、留守になる城の位置を尋ねていた。
俺も新しく使えるようになった項目を開いた。
書簡を、相手と用件ごとに整理できる。
取得予定の報告を並べ、同じ場所の話が重なっていないかを確かめる。
集まった記録を、地図と照らし合わせる。
便利だった。
同時に、何も届いていない場所は、やはり分からなかった。
隣の同盟が何を考えているかは、聞かなければ分からない。
返事が来ても、それだけですべてが分かるわけではない。
俺は最初の書簡を開いた。
*
瀬名へ、窓口変更の連絡を書いた。
先日、同盟の話は晴へ、と返したばかりだった。
そのことを詫び、新しく外交官を引き受けたと伝える。
連絡は俺へ。
ただし、同盟全体に関わる判断は、晴たちと確認して返す。
そこまで書いてから、佐伯にも同じ内容を送った。
今度は、後から知らされる形にしたくなかった。
返信を待つ間に、カイが隣へ来た。
「また偉くなったの?」
「仕事が決まった」
「前と同じ?」
「少し違う」
俺は新しい名簿を見せた。
カイはしばらく眺めてから言った。
「知らない名前、増えたな」
「ああ」
「覚えた?」
「今、覚えてる」
カイは頷いた。
「里央は分かる」
「速い部隊の?」
「菓子を半分くれた」
「そっちか」
*
佐伯からの返事は、夜になって届いた。
『承知しました。
新たなご就任、おめでとうございます。
窓口と決定権を分けて明記していただけると、こちらも助かります』
そこで終わりかと思ったら、もう一行あった。
『今回は、先に知らせていただけましたね』
俺は思わず笑った。
返事を書こうとしているところへ、千景から確認が来た。
加入希望者の一人が、近隣の同盟と土地の相談をしているらしい。
加入前に、どこまで話が進んでいるか聞いておきたいという。
俺はその者の名を確かめた。
晴へ全部を戻す必要はない。
俺一人で判断する話でもない。
『相手と、現在の取り決めを確認します。返事が来たら共有します』
送ってから、佐伯への返信を開き直した。
『前に教わったので』
その一文を書いたところで、窓の外に灯りが増えた。
新しい仲間の部隊が、城門へ着いたらしい。
晴が迎えに出ていく声がした。
俺は書簡を送り、次の名前を開いた。




