攻略
第八十三話 育つもの、残らないもの
晴の同盟で最初に選んだ砦は、一番近い砦ではなかった。
俺の城からなら、川向こうの砦が近い。
けれど、ほかの城を合わせて見ると、北側の砦のほうが兵を集めやすかった。
すでに道を伸ばしている者もいる。
その道を使えば、余計な土地枠を使わずに済む。
葉が位置をまとめ、岳が行軍の時間を確かめた。杏が近隣へ連絡し、晴が最後に決めた。
『最初は、北の砦にしましょう』
俺はその文を読んでから、自分の部隊を開いた。
決まった。
今度は、自分が出せる兵を揃える番だった。
*
作戦の相談で、俺は一度、聞き返した。
『巨嶽で、最初に削らないんですか』
聞いたのは、第四世界から入った君主だった。
晴はすぐに返す。
『そのつもりです』
『では、後続は育てたい技能を持つ武将も出せますね』
俺は、その文をしばらく見た。
育てたい武将。
経験を積ませるという意味なら分かる。
だが、相手は武将ではなく、技能と書いていた。
『砦で、技能が育つ?』
俺が尋ねると、向こうも少し間を置いた。
『第三には、ありませんでしたか』
葉の筆が止まった。
俺たちは同じ広間にはいない。それでも、その沈黙の中で、葉が何を確かめているかは分かった。
俺も、自分の知っている表示を思い出していた。
武将の強さ。
兵の数。
技能の内容。
それらを見比べて、誰を出すか決めてきた。
けれど、砦を攻略して技能を育てるという考え方で、部隊を組んだことはなかった。
『こちらでは、攻略を重ねて技能を伸ばしていました』
相手の説明が続く。
『同じ武将を重ねる方法もあります。そちらでも、今は使えるはずです』
*
俺は武将の詳細を開いた。
見慣れた項目の下に、知らない表示があった。
統合してから何度も開いていたはずなのに、兵と行軍の数字ばかり見ていた。
「周」
「はい」
「これ、いつから見られた?」
周が表示を確かめる。
「統合後のものです」
俺は椅子へ座り直した。
道が遅い。
武将が強い。
第四世界の者は、動き始めるのが早い。
そういう結果ばかり追っていた。
その差を作っているものを、まだ、ろくに見ていなかった。
*
新しい説明を読む。
砦の攻略によって、技能が成長する。
同じ武将を重ねても、技能を育てられる。
どちらも、今は第三世界から来た俺たちが使える。
ただ、使えるようになったからといって、すでに育てていた者へ、すぐ追いつくわけではない。
『向こうは、前から積み上げていたんだな』
俺が送ると、岳が答えた。
『だから、最初から速い』
強い武将を持っているだけではなかった。
その武将の技能を育て、何ができるかを確かめ、使い慣れている。
俺たちが統合後の新しい仕組みを読んでいる間にも、向こうは知っているやり方で動いていた。
『でも、こっちも育つんだよね』
杏の文が届いた。
俺は、もう一度表示を見た。
『ああ』
その一文字を返したとき、朝から感じていた焦りが、少しだけ形を変えた。
追いつけるかどうかは、まだ分からない。
けれど、差を眺めているだけではなくなった。
*
誰を出すかで、相談は少し長引いた。
育てたい武将なら、何人もいる。
だが、育てたいというだけで、砦へ連れていけるわけではない。
『まず、勝てることを優先したいです』
葉が書いた。
『後続を弱くしすぎると、最初の負担が増えます』
『巨嶽は大丈夫です』
晴が返す。
俺は慌てて続けた。
『巨嶽だけの話じゃない。ほかの部隊も無事に帰したい』
『はい。じゃあ、どこまでなら入れられます?』
晴は引き下がるというより、次の相談へ移った。
強い武将がいるから、何も考えなくていいわけではない。
その強さがあるから、ほかの者を育てる余裕が生まれる。
俺たちは兵の数と順番を並べ直した。
巨嶽が先に入る。
続く部隊で守備を削り、攻略を仕上げる。
育てたい武将を出す者も、必要な兵は用意する。
自分の部隊を組み終えると、俺はカイを見た。
「行けるか」
「行くよ」
「まだ相手、見てないだろ」
「見るんでしょ、これから」
カイはいつもの調子で答えた。
俺は少し笑い、出兵の準備を進めた。
*
砦が落ちたとき、最初に届いたのは晴の声だった。
『取れました!』
続けて、帰還する部隊の報告が並ぶ。
岳が損失を確認し、葉が記録を集めていく。
俺は地図を見た。
砦に、晴の同盟の旗が立っていた。
順位の上では、まだ小さな変化だった。
北東と南東の巨大同盟は、俺たちが一つ目を取っている間にも、次の攻略を進めている。
それでも、自分たちの旗が立つと、嬉しかった。
『お疲れ様』
そう送ってから、武将の報告を開く。
そこで、手が止まった。
技能の成長を示す値が、変わっていた。
劇的に強くなったわけではない。
今すぐ第四世界の先行者を追い抜けるような変化でもなかった。
けれど、確かに増えていた。
「本当に、育つんだな」
俺が言うと、周が頷いた。
「次の部隊編成にも、関わってくると思います」
俺は攻略前の記録と見比べた。
砦を取った。
土地枠が増えた。
そして、出した武将にも変化が残った。
次の砦へ向かう理由が、一つ増えていた。
*
同じころ、取引所にも動きが出始めた。
重ねるための武将を探す者が増えたのだ。
以前なら、同じ武将が二人いても、使う予定がなければ手放していた。
今は、技能の成長を考えて残す者がいる。
高い位の武将だけを探していた者が、自分の持っている武将と同じ名を探し始める。
俺も、手元の武将を並べ直した。
誰を残すか。
誰を重ねるか。
今あるポイントを、どこへ使うか。
これまでの判断を、そのまま続けるわけにはいかなかった。
朔から連絡が来た。
『同じ武将でも、以前より売れるものがありますね』
『もう見てるのか』
『必要になってから探すと、遅いので』
相変わらずだった。
だが、その相変わらずの目が、今は心強かった。
*
第三世界の君主たちも、少しずつ前へ出始めた。
玄の同盟から、砦攻略の報告が届いた。
律のところでは、近隣と時間を合わせて攻略したらしい。
朔は、育成と資源の使い方を相談しながら、次の目標を決めていた。
同盟の大きさだけで、動きが決まるわけではなくなっていった。
人数が少なくても、主力を育てているところは速い。
以前の戦いで連携に慣れた者たちは、新しい技能の使い方が分かると、部隊の順番へ取り入れ始めた。
第四世界から来た者に教わる。
第三世界で身につけたやり方と合わせる。
それを、次の攻略で試す。
俺たちの同盟でも、誰がどちらの世界から来たかより、誰がその技能を使ったことがあるかを聞くことが増えた。
*
新たに使えるようになった仕組みは、それだけではなかった。
土地へ、副将を置けるようになった。
低い位の武将にも、配置先ができた。
俺は説明を読みながら、何度も待機中の武将を見直した。
戦いに出すには厳しい。
城内の主な役割も、すでに別の武将で埋まっている。
だから、ずっと出番のなかった者たちがいた。
彼らを、持っている土地へ置ける。
武将の技能を見て、土地に合う者を選ぶ。
土地の使い方まで、考え直すことになった。
「この武将も、置けるのか」
「条件を満たしています」
周が答える。
俺はその武将を選んだ。
名前は知っていた。
けれど、最後に詳しく見たのがいつだったか、思い出せなかった。
配置を決めると、その武将は短く頭を下げた。
言葉はなかった。
俺はその背を見送り、次の土地を開いた。
放っておいたものの中に、まだ使えるものがあった。
*
『土地、前より欲しくなるな』
玄から届いた文に、俺は頷いた。
土地があれば、副将を置ける。
資源を得る場所としても、道としても、使い方が増えた。
砦を取れば、取得枠が増える。
砦の攻略は、武将の技能を育てることにもつながる。
育った武将で、次の土地や砦へ向かう。
本気で先へ進もうとするなら、どこか一つだけを見ていても足りなかった。
武将。
土地。
砦。
どれも、次へつながっていた。
だから、活発に動く同盟は、ますます忙しくなった。
中小同盟の募集も増えた。
巨大会派へ入る話ばかりではない。
近所で最初の砦を狙う者。
武将を育てながら、少人数で攻略を続けたい者。
土地の副将配置を相談し、内政を伸ばそうとする者。
地図のあちこちに、小さな動きが戻っていた。
*
その一方で、返事の来ない城も増えていた。
杏が、近隣への連絡をまとめて送ってきた。
『ここ、まだ返事がない』
示された城には見覚えがあった。
統合直後、道の相談で一度やり取りした相手だった。
『前は、すぐ返してくれたよな』
『うん。もう一度だけ聞いてみる』
翌日、返事が届いた。
杏がその内容を伝えてくれた。
『しばらく土地は取らないって』
『何かあった?』
『また消えるなら、今はいいかな、だって』
俺は机の上の地図を見た。
消える。
その言葉だけで、前の世界の道が浮かんだ。
玄と揉めた石材地。
何日もかけてつないだ足場。
玲山城の周りに作った盃。
俺たちは、その全部を置いてきた。
*
相手は、城で何もしなくなったわけではなかった。
好きな武将を育て、城の中を整え、気が向けば交易をする。
ただ、砦争いには加わらない。
土地を広げるために時間を合わせたり、道の順番を相談したりするつもりは、今はないという。
『取れば得なのは分かるんだけど』
その人は、そう書いていた。
『前も、分かってたから頑張ったんだよね』
俺はその続きを、何度か読み返した。
『また同じことをする元気は、まだないです』
怠けていると思う気にはなれなかった。
俺だって、統合前には会議が嫌だと言っていた。
世界が変われば楽になるかもしれないと、少し期待していた。
今、机の上には、前より多くの確認事項がある。
楽しくないわけではない。
けれど、楽しいから疲れないということもなかった。
*
しばらくして、別の城からも似た返事が来た。
領地争いには加わらない。
援軍の約束もできない。
所属しても参加できないので、当面は一人でいる。
連絡すら返ってこない城もあった。
地図には名前が残っている。
城も、そこにある。
けれど周りの土地は増えず、近くの砦が落ちても動かない。
活動を続ける者たちは、そういう城を、まとめて放置城と呼び始めた。
その呼び方の中には、実際に何も確かめなくなった者も、外の競争から距離を置いて暮らしている者も混じっていた。
『配下になっても、別に構わないそうです』
律から届いた報告を見て、玄が聞き返した。
『城、取られても?』
『今の生活が大きく変わらないなら、気にしないという方もいます』
玄はしばらく返さなかった。
やがて、短く書いた。
『俺は嫌だな』
『玄は、そうでしょうね』
律の返事に、少しだけ笑った。
俺も、嫌だった。
だからといって、嫌だと思わなくなった相手に、何を言えばいいのかは分からなかった。
*
同じ仕組みを見ているのに、向かう先が分かれていく。
土地へ副将を置けるなら、もっと土地が欲しい。
砦で技能が育つなら、次も攻めたい。
そう考える者がいる。
増やした土地も、砦の恩恵も、またなくなるかもしれない。
なら、今度は自分の好きなことだけしていたい。
そう考える者もいる。
どちらも、前の世界を経験していた。
違うのは、その経験から何を持ってきたかだった。
*
晴に、近隣の城の話をした。
「無理に誘わなくていいと思います」
返事は、思ったより早かった。
「土地を取らないと、できることは減るぞ」
「はい」
「砦も、後になるほど残ってないかもしれない」
「それは、伝えたほうがいいですね」
晴はそこで少し考えた。
「でも、聞いたうえで今はやらないなら、それでいいんじゃないですか」
俺は黙った。
晴は砦へ行きたがる。
新しいことにも、誰より早く顔を出す。
だから、動かない者をもどかしく思うのかと、勝手に考えていた。
「釣りに来るなら、誘ってもいいですか」
「砦に来ない相手を?」
「釣りですから」
俺は笑った。
晴は不思議そうに続けた。
「砦を一緒に取らなくても、魚は一緒に釣れるでしょう」
*
夜、帰還した武将の報告を整理した。
技能の値が増えている。
土地へ置いた副将の情報も、確認する。
次の攻略に向けて、重ねられる武将を探す。
やることは、いくらでもあった。
地図を開けば、中小同盟の新しい旗が見える。
その間に、周囲の色が変わらない城もある。
同じ新世界にいる。
同じ表示を見ることができる。
それでも全員が、同じ速さで同じ場所へ向かうわけではない。
俺は次の砦に目印をつけた。
それから、杏へ連絡した。
『しばらく土地を取らないって言ってた人に、晴が釣りへ誘いたいそうだ』
少しして返事が来た。
『それなら、聞いてみる』
俺は連絡欄を閉じた。
明日は、砦へ向かう準備をする。
川へ行く日も、一日くらいは空けておこうと思った。




