速戦
第八十一話 先に集まる
隣の君主と話している間にも、地図は変わっていた。
最初は、一つだった。
砦の南側に、色のついた土地が増えた。
その隣に、もう一つ。
少し間を置いて、さらに一つ。
誰かが道を伸ばしている。
それ自体は、不思議なことではなかった。俺も同じことを考えていたし、今やり取りをしている隣人も、あの砦を最初の目標にしたいと言っていた。
ただ、速かった。
地図を開き直すたびに、先端が違う場所にある。
『南から伸びている道は、お仲間ですか』
俺が尋ねると、相手からすぐに返事が来た。
『いえ。こちらでも確認しています』
その返事を読んでいる間に、また一つ、土地の色が変わった。
*
道の先端を選ぶ。
所有者の名前は、さっきの土地と違っていた。
同盟名は同じだった。
もう一つ前の土地も確かめる。こちらも別の君主で、同じ同盟に入っている。
三人。
その後ろには、さらに何人かの城がある。
「一人で伸ばしてるんじゃないのか」
俺の声に、周が地図を見た。
「複数の城から、兵を出しているようです」
近い者が、先へ進む。
別の者が、その先へ向かう。
遠くから一人で道を伸ばすより、無駄が少ない。
俺は砦と自分の城の間を見た。
さっきまで、近いと思っていた。
それは、俺一人が動く場合の距離だった。相手が何人かで分担するなら、城の近さだけでは決まらない。
『一度、こちらの近隣にも声を掛けます』
隣人から連絡が来た。
『砦の件、少しお待ちいただけますか』
俺は、分かりました、と返した。
そのあとで、もう一行送った。
『こちらも、近くの方を確認してみます』
挨拶をしてから、まだそれほど時間は経っていなかった。
けれど、二人で予定を話していれば済む状況では、なくなり始めていた。
*
玄から連絡が来た。
『そっち、砦に道ついてる?』
『今、伸びてきてる』
『こっちもだ』
俺は手を止めた。
『早くないか』
『早い。前にやってるからな』
玄の返事は短かった。
確かに、初めてではない。
土地を取るために何が必要かも、兵をどれくらい出すかも、失敗するとどれだけ遅れるかも、もう知っている。
最初の世界で、俺たちは一つの土地を取るだけでも迷っていた。
今、地図の向こうで動いている者たちは、その迷いを一度通り過ぎている。
『砦を落とす兵は、まだ揃ってないかもしれない』
玄が続けた。
『でも隣までは行ける』
俺は砦の周囲を拡大した。
先に隣へ着く。
そこから攻められるようにしておく。
攻略の日程や兵の数は、そのあとで相談する。
順番が違う。
俺は、どう攻めるかを決めてから道を考えようとしていた。
向こうは、まず攻められる場所を押さえようとしている。
『あれ、止まらないぞ』
玄の文を読んだ直後、砦の南側に、また一つ土地が増えた。
*
昼を過ぎるころには、同盟への誘いが届き始めた。
一通目は、丁寧な挨拶のあとに、周辺の砦を協力して攻略しないかというものだった。
二通目は、もっと短かった。
『近隣で同盟を組んでいます。今後の方針は集まってから相談する予定です』
三通目には、加入予定者の位置が添えられていた。
どれも、遠くの大同盟から来たものではない。
地図を少し動かせば見える城の君主たちだった。
俺は三通を並べて読んだ。
「今後の方針は、集まってからか」
昨夜まで、俺たちは逆の順番で話していた。
どんなことをしたいか。
どれくらいの人数なら見られるか。
攻城をするのか。内政を楽しむのか。
そういうことを決めて、それに合う仲間で始めようとしていた。
ところが、届いた誘いの中で最初に確かめられているのは、考え方ではなかった。
近くにいるかどうかだった。
*
『こちらも同じです』
律へ状況を伝えると、すぐに返事が来た。
『加入条件を細かく決める前に、周辺の城へ声を掛けているところが増えています』
『とりあえず入る?』
『そういう誘い方ですね』
『あとから抜けてもいいって?』
『そう書いてあるものもあります』
俺は、もう一度、届いた文面を見た。
ずっと一緒にやってほしいとは書いていない。
大きな戦争をするとも、厳しい参加条件があるとも書いていない。
近いので、まず協力しませんか。
それだけなら、断る理由を探すほうが難しい。
『律はどうする』
送ってから、少し踏み込みすぎた気がした。
律も、自分で同盟を作ることを考えていた。
答えを聞けば、俺もどこかへ決めなければならないような気がして、返事を待つ間、落ち着かなかった。
『近くの方とは、先に話を進めています』
やがて返事が来た。
『予定していた方全員が、近くにいるわけではないので』
俺は地図を引いた。
七人の目印が、小さくなった。
*
その日のうちに、最初の道が砦へ届いた。
戦闘は、まだ始まらなかった。
兵が一斉に集まることもなく、砦の所有者も変わらない。
ただ、南側の一マスが埋まった。
それだけだった。
なのに、その一マスがつく前と後では、地図の見え方が変わった。
あの同盟は、いつでも攻める準備を進められる。
こちらが同じ場所へ行くには、別の道を伸ばさなければならない。
砦はまだ誰のものでもない。
そう自分に言い聞かせながら、俺は南側の同盟を開いた。
人数が増えていた。
朝に見た時より、明らかに多い。
加入した城の中には、砦から少し離れたものもあった。
先に道をつなぐ。
その道を見て、近くの者が集まる。
集まれば、次の砦へ伸ばせる道も増える。
俺は地図をさらに広げた。
一つの砦だけの話ではなかった。
*
隣人から、再び連絡が来た。
『近隣の三人と話ができました』
朝より少し、文が短くなっていた。
『ひとまず同じ同盟へ入り、周囲の砦を確認することになりました。よろしければ、ご一緒しませんか』
俺はしばらく、その文を見ていた。
朝、この人は以前の仲間と砦を狙っていると言っていた。
今は、近隣の三人と組むと言っている。
以前の仲間が、その三人に含まれているのかは分からない。
『今朝おっしゃっていた方たちも、一緒ですか』
尋ねると、返事まで少し間があった。
『一人は近いので。ほかは離れました』
続きが届く。
『向こうも、近くの方と組むそうです』
俺は、その二行を読み返した。
誰かと揉めたわけではない。
約束を破ったという話でもない。
ただ、離れた。
離れたので、今そばにいる人と組む。
それだけのことが、思っていたより早く進んでいた。
『砦を一つでも確保できれば、そのあとを考えやすくなると思いまして』
相手はそう続けた。
俺には、それがよく分かった。
分かるから、返事に困った。
*
夕方、七人の間で、短い連絡が続いた。
誰かが正式に集まろうと言ったわけではない。
それぞれの場所で起きていることを送っているうちに、いつの間にか話がつながっていた。
『近隣は、なるべく一緒になったほうがいいな』
岳が書いた。
『兵を出すにしても、途中が全部別の同盟だと面倒だ』
『同じ同盟なら揉めない?』
杏が尋ねる。
『揉める。ただ、先に話せる』
俺は朝の隣人とのやり取りを思い出した。
先に話せる。
そのためだけでも、同じ場所に集まっておく意味はある。
朔からも連絡が来た。
『土地枠の余裕が少ないので、各自で同じ方向へ道を作るのは、かなり無駄になります』
『役割を分ける?』
俺が聞く。
『はい。資源地を取る人と、砦への道を伸ばす人。その調整も、まとまっていたほうが楽です』
『じゃあ、大きくなるな』
玄が書いた。
そのあと、少しの間、誰も返さなかった。
律の返事は、いつもより遅かった。
『今の動きが続けば、予測より早く大きな同盟ができると思います』
*
俺は机に置いた資料をめくった。
第三世界・統合後予測。
大きくなった同盟がほどけて、中小同盟が増える。
それぞれが、見られる範囲でやり直す。
間違っていたと決めるには、まだ早い。
実際、北西の猫から別々に始めようとしている者はいる。自分の城で好きなことをして、周囲の砦争いには関心を示さない者もいた。
ただ、砦へ向かう者たちの動きが、それ以外よりずっと速かった。
一つの城が迷っている間に、いくつもの城で道をつなぐ。
相談を始めた時には、もう隣接している。
それを見た周囲が、置いていかれないように集まる。
『小さく始めるつもりでも、近所に大きいのができたら変わるよな』
玄の文が届いた。
葉が答える。
『前も、そうだったね』
俺はその一行から、しばらく目を離せなかった。
前も、そうだった。
自分の城と、近くの仲間がいればよかった。
それだけで済まなくなったから、人を増やした。
けれど今回は、まだ敵が攻めてきたわけではない。
砦へ続く道が、一本できただけだった。
*
北東や南西の話も、少しずつ届き始めた。
先に砦への道を押さえた集団が、周辺の同盟へ加入や合流を呼びかけているらしい。
どこまで本当なのか、律もまだ確かめているところだった。
ただ、募集の文面は見られた。
まず、近くの砦を取る。
取れる砦を確保してから、集まった者たちで先を決める。
北西へ届いている誘いと、よく似ていた。
『前の世界で、あとから取りに行く場所がなかった人ほど、早いですね』
律が書いた。
俺は朝の隣人の言葉を思い出した。
仲間が集まってから道を確かめたら、もう通れなくなっていた。
あの人だけではないのだろう。
先に誰かが取ってしまった砦を、外から眺めた者がいる。
自分たちの人数では挑めないまま、周りの同盟だけが豊かになっていくのを見た者がいる。
今度は、先に。
その気持ちが、地図の上で道になっていた。
*
晴から連絡が来たのは、灯りをつけたあとだった。
『川の話、少しあとになりそうです』
『どうした?』
『近くの人たちと話してます。同盟、一緒にやりたいって』
俺は椅子から体を起こした。
『何人くらい?』
『まだ増えるかもしれません』
『砦か』
『はい。でも、釣りもするって言いました』
思わず笑った。
晴は、続けて送ってきた。
『砦を取ったら終わりじゃないですから』
俺はその文を読んで、机の地図を見た。
朝からずっと、砦へ着くまでのことを考えていた。
そのあと、どんな同盟でいたいのか。
晴は少なくとも、その一つを忘れていない。
『それは先に言っておいたほうがいいな』
『はい。そっちは、どうします?』
俺は返事を書きかけて、止めた。
隣人からの誘いも、まだ残っている。
晴の城は遠い。
この場所で何か起きた時、すぐに相談できる相手は、今朝初めて話したあの人たちだった。
『近くで組むかもしれない』
書いてから、少し胸が重くなった。
晴と一緒にやると約束したわけではない。
それでも、川を見に行こうと返した時には、もう少しゆっくり決められると思っていた。
『分かりました!』
返事は、拍子抜けするほど早かった。
『川は、落ち着いてからですね』
俺は小さく息を吐いた。
『ああ。落ち着いたら』
*
隣人へ、連絡を送った。
『同盟のお話、参加する方向で相談させてください』
すぐに返事が来た。
『ありがとうございます。ほかの方もお呼びします』
俺は続けた。
『ただ、砦のあと、どこまで一緒に動くつもりなのかも聞きたいです』
少し間が空いた。
『そこは、まだ決まっていません』
正直な返事だった。
『まず集まろうという話が先になっていました』
俺は頷いた。
たぶん、今の北西では、似た返事がいくつも交わされている。
『では、その話もできれば』
『はい』
新しい名前が、連絡の輪に加わっていった。
知っている者は、まだ一人もいない。
それでも、地図では皆、近くにいた。
*
「決めたの?」
カイが聞いた。
「まず、話す」
「また?」
「また」
俺は資料を脇へ寄せ、白い紙を出した。
今度は、七人がいつもの席へ座るわけではない。
玄が先に口を開いて、律が話を戻して、葉が書き留めることもない。
知らない相手の返事を待ちながら、自分たちで始める。
地図の端で、また土地の色が変わった。
二本目の道が、砦へ近づいていた。
俺はその動きを見てから、紙の一番上に、集まった君主の名前を書いた。
砦を取るために集まる。
集まったあと、どうするか。
今夜は、そこまで話しておきたかった。




