交わす盃
第七十八話 盃
玲山城の所有権が確定したのは。
統合前日の昼だった。
【玲山城 最終所有同盟 北西の猫】
表示を見たとき。
最初に声を上げたのは。
玄だった。
「よし!」
そのあと。
少し遅れて。
杏が笑った。
「本当に最後まで守ったね」
葉は。
すでに記録をまとめ始めている。
朔は。
報酬一覧を開いていた。
「札、かなり来ますね」
「そこ?」
「大事です」
岳は。
玲山城の周辺を見ながら。
「もう攻めてくるのはないな」
と小さく言った。
律は。
届いていた最後の連絡を閉じる。
「攻めていた同盟からも、確認が来ています。これで終わりです」
俺は。
玲山城の表示を見たまま。
少しだけ息を吐いた。
「終わったな」
*
最後まで。
来るところは来た。
守るところは守った。
玲山城だけじゃない。
第三世界の各地で。
大城の最終所有を巡る戦いが続いていた。
でも。
その全部が。
もう終わった。
これ以上。
取っても。
取られても。
統合まで。
もう時間が足りない。
世界全体で。
一斉に。
肩の力が抜けたような空気があった。
*
北西の猫の掲示板に。
玄が書き込む。
『お疲れ様会しよう』
それを見て。
杏がすぐ返した。
『急だね』
『だって終わったぞ』
『終わったね』
『玲山城守り切ったし』
『やるなら参加したいです』
葉も。
珍しく早かった。
岳も。
『少しなら出る』
と返す。
朔は。
『数字の整理が終わったら』
律は。
『他同盟からも、似た話が出ています』
と書いた。
「ほかも?」
俺が聞くと。
律が頷く。
「はい。どこも、最後の所有が決まったので」
「じゃあ世界中で?」
「ええ。小さな打ち上げのようなものが、あちこちで始まっています」
*
その夜。
北西では。
本当に。
ささやかな会になった。
北西の猫の者。
それから。
玲山城を最後に攻めてきた同盟の者も。
何人か顔を出した。
「普通に来るんだ」
俺が言うと。
玄が肩をすくめる。
「もう終わったし」
その相手が笑う。
「今日は取りに来てません」
「今日はって何だよ」
「明日統合ですから」
それもそうだった。
*
酒。
簡単な料理。
最後に残った食料を持ち寄る者もいた。
誰かが。
「うち、城は取れなかったけど、大城二回入れたから満足」
と言い。
別の者が。
「うちは最後まで外周で道切ってた」
と言う。
それを聞いた玄が。
「お前のところか」
と笑う。
つい昨日まで。
玲山城を巡って。
本気でぶつかっていた相手だった。
でも。
今はもう。
その続きはなかった。
*
「第三世界っぽいな」
俺が言うと。
葉が少し考えた。
「どうでしょう」
「違う?」
「最後だから、かもしれません」
「それもあるか」
たぶん。
その両方だった。
*
会の途中。
世界全体の掲示板に。
一つの書き込みが上がった。
発言者は。
中央の大同盟の盟主だった。
『最後に、一つ提案があります』
人が集まっていたので。
すぐに話題になる。
『何でしょう』
『明日で第三世界は終わります』
『統合後は、もう今の地図に戻ることはありません』
『せっかくなので、最後に何か形を残しませんか』
そこまでは。
普通だった。
でも。
続きが。
少し変わっていた。
『盃を作りませんか』
*
「盃?」
俺は読み返した。
説明が続く。
『土地の形で』
『大きさは問いません』
『一マスでも、十マスでも、百マスでもいいです』
『それぞれの場所で、盃の形を作る』
『最後に、世界全体で門出の印にしませんか』
*
会場で。
少しざわつく。
「地上絵ってこと?」
杏が言う。
「多分そう」
「盃って、杯の形?」
「うん」
玄が笑った。
「面白いな」
朔は。
「無駄に土地を使いますね」
と真面目に言った。
葉が。
「最後ですから」
と返す。
*
世界掲示板では。
すでに返事が増えていた。
『やる』
『いいですね』
『最後っぽい』
『桃園の誓いみたいだな』
『じゃあうちは南側で作ります』
『大きさ自由なら参加しやすい』
『小さいのでいい?』
『むしろ小さくても数が増えた方が面白い』
律が。
画面を見ながら言った。
「広がりそうですね」
「第三世界全体で?」
「はい」
「第四は?」
「統合相手なので、向こうへも伝えるかもしれません」
俺は。
少しだけ。
その光景を想像した。
*
世界のあちこちに。
盃の形。
大きいもの。
小さいもの。
綺麗なもの。
ちょっと歪なもの。
それが。
統合前日の地図へ。
ばらばらに現れる。
妙だった。
でも。
悪くなかった。
*
「やる?」
玄が聞く。
「北西でも」
「やるか」
俺が答えると。
すぐに。
「じゃあ少し大きめにしたい」
と玄が言った。
「なんで?」
「せっかくだし」
「場所ある?」
岳が地図を見る。
「少し外なら」
「玲山城の近く?」
葉が聞く。
少しだけ。
みんなが黙った。
そして。
律が言った。
「それ、いいですね」
*
結局。
北西の猫は。
玲山城から少し離れた平地に。
盃の形を作ることにした。
大きすぎると。
途中で完成しない。
小さすぎると。
見つけにくい。
だから。
近くの土地を使って。
ほどほどに。
でも。
地図で見れば。
ちゃんと盃に見えるくらいの大きさ。
「ここが縁で」
葉が下書きをする。
「こっちが底」
「持つところある?」
カイが聞いた。
「取っ手?」
「盃って持つところないだろ」
「ないの?」
「多分」
「じゃあいい」
そう言って。
カイは。
普通に一マス埋めた。
*
世界全体でも。
次々と盃ができていった。
大同盟のものは。
やっぱり大きい。
中小同盟のものは。
少し可愛い。
一人だけで作ったらしい。
本当に小さな盃もある。
でも。
どれも。
ちゃんと盃だった。
『できました』
『うちはこれです』
『東側の盃ちょっと潰れてない?』
『地形が悪かった』
『西のやつ綺麗』
『南、大きすぎる』
『北西は玲山城の近くか』
『いいね』
見ているだけで。
少し楽しかった。
*
誰かが。
世界掲示板へ書いた。
『最後に、乾杯しましょう』
すぐに。
返事が並ぶ。
『いいね』
『明日の統合直前で』
『時間合わせる?』
『合わせましょう』
『全世界で』
それで。
最後の時間が決まった。
*
統合一時間前。
第三世界の君主たちは。
それぞれの場所で。
自分たちの盃を見ていた。
城の近くで。
地図の上で。
同盟の仲間と。
一人で。
形は違う。
人数も違う。
でも。
みんな。
同じことをしていた。
*
北西の猫でも。
最後に全員が集まった。
玄。
葉。
朔。
律。
杏。
岳。
それから俺。
最初の七人。
少し離れて。
カイと。
晴と。
巨嶽もいる。
途中から入った者たちも。
何人か来ていた。
「結局」
玄が言う。
「解散するかも、まだ確定じゃないんだよな」
「うん」
「でも、こんな感じか」
「何が?」
「最後」
俺は。
盃の地上絵を見る。
少し歪んでいる。
でも。
ちゃんと。
盃だった。
*
世界掲示板に。
最後の書き込みが上がる。
『それでは』
『第三世界、お疲れ様でした』
『次の世界でも、よろしくお願いします』
『乾杯』
それを見て。
北西の猫でも。
それぞれが盃を上げた。
本物の酒を持つ者。
茶の者。
水の者。
何もないので。
手を上げるだけの者もいた。
晴は。
なぜか果物を持っていた。
カイは。
普通に酒だった。
「いつ用意したんだ」
「さっき」
「ちゃっかりしてるな」
*
「乾杯」
俺が言う。
六人も。
それに続く。
「乾杯」
その声は。
地図の向こう。
見えない別の城でも。
きっと同じように上がっていた。
*
桃園の誓い。
そこまで。
立派なものではない。
この先も。
ずっと一緒だと。
誓ったわけでもない。
同じ同盟で。
戦い続ける約束でもない。
むしろ。
次は。
別々になる者の方が多い。
でも。
門出には。
ちょうどよかった。
*
今までありがとう。
次もよろしく。
どこへ行っても元気で。
近くならまた会おう。
そんな。
はっきり口にしない言葉が。
盃一つで。
だいたい伝わった。
*
【統合まで十分】
表示が出る。
誰も。
もう騒がなかった。
地図を見る。
世界のあちこちに。
盃がある。
本当に。
大きさはばらばらだった。
でも。
それでよかった。
*
「綺麗だな」
葉が言った。
「うん」
俺も頷く。
第三世界は。
終わる。
でも。
最後の地図が。
戦争の跡だけじゃなくて。
盃で埋まっているのは。
少し。
嬉しかった。
*
【統合まで一分】
玄が。
盃を持ち直す。
「次、敵だったらどうする?」
「その時はその時」
杏が答える。
「でも、まずは話すんじゃない?」
律が言う。
「第三世界ですから」
岳は。
小さく笑った。
朔は。
「必要な時に集まれれば十分です」
と静かに言った。
葉は。
最後の地図を見ている。
俺は。
その六人と。
少し後ろにいるカイたちを見た。
*
七人で始まった。
北西の小さな同盟。
そこから。
ここまで来た。
もうすぐ。
この地図は消える。
でも。
たぶん。
消えないものもある。
*
【統合開始】
表示が切り替わる。
世界が。
少しだけ。
光った。
俺は。
最後にもう一度。
地図の盃を見た。
それから。
目の前の新しい表示へ。
手を伸ばした。




