はるはる
第七十六話 晴のやりたいこと
晴から返事が来たのは、その日の夜だった。
『明日でもいいですか?』
その下に。
『午前中なら川にいます』
と続いていた。
俺はしばらく表示を見た。
『城じゃないの?』
送る。
少しして。
『川の方が話しやすいです』
返ってきた。
理由は分からなかった。
*
翌朝。
城を出ようとすると、カイがいた。
肩に竿を担いでいる。
「どこ行くの?」
「晴のところ」
「俺も行く」
「同盟の話するんだけど」
「うん」
「釣りに行くんじゃないよ」
カイは肩の竿を見た。
「川なんだろ?」
「そうだけど」
「なら釣れるじゃん」
話が通じているようで、通じていない。
「邪魔しない?」
「しない」
「本当に?」
「釣ってるから」
それなら。
たぶん。
邪魔にはならない。
一緒に行くことにした。
*
晴のところまでは、それほど遠くなかった。
川沿いへ出ると。
先に巨嶽が見えた。
大きな岩のそばに座っている。
その少し下流。
晴は。
川の中に立っていた。
「……何してるの?」
声を掛ける。
晴が振り返った。
「石見てました」
「川の中で?」
「きれいなのありますよ」
手のひらを見せてくる。
丸い石が二つ。
片方は白。
もう一つは。
少し青い。
「これ、城に持って帰るんです」
「何に使うの?」
「置きます」
「どこに?」
「まだ決めてません」
いつも通りだった。
*
カイは。
挨拶だけして。
少し離れたところで釣りを始めた。
巨嶽も。
カイの隣へ移動した。
釣るわけではない。
ただ。
川を見ている。
俺と晴は。
河原の平たい石に座った。
「昨日の話なんだけど」
「はい」
「同盟作りたいって」
「はい」
「どんな同盟にしたい?」
晴は。
すぐには答えなかった。
川を見た。
水の音がする。
カイが少し先で竿を振る。
しばらくして。
「まだ、ちゃんとは決めてないです」
「うん」
「でも」
晴が言う。
「大きくしたいとかは、あんまりないです」
「人数?」
「はい」
「強い人を集めたいとかも?」
「それも、そんなに」
少し意外だった。
巨嶽がいる。
晴自身も。
戦力として見れば。
かなり目立つ。
その晴が同盟を作ると言えば。
強い君主を集めることもできるかもしれない。
「じゃあ、なんで作ろうと思ったの?」
聞く。
晴は。
少し考えた。
「今度、色々変わるじゃないですか」
「統合?」
「はい」
「第四世界の人も来るし」
「はい」
晴は。
拾った石を。
指で転がした。
「知らない人、増えるから」
「うん」
「ちょっと楽しそうだなって」
「それで同盟?」
「近くの人と話す理由になるかなと思って」
俺は。
晴を見る。
「理由が欲しいの?」
「知らない人の城にいきなり行って」
晴が言う。
「釣りしますかって聞くの、変じゃないですか?」
「同盟募集してから聞くのも結構変だと思う」
「そうですか?」
「うん」
晴は。
少し考えた。
「じゃあ畑からにします」
「そういう問題かな」
*
「戦争は?」
俺は聞いた。
「やります?」
「必要なら」
「攻めたい?」
「特には」
「砦は?」
「近かったら欲しいです」
「城攻略は?」
「みんな行くなら行きます」
何を聞いても。
似た返事だった。
やらない。
ではない。
でも。
それを中心にはしない。
「晴ってさ」
「はい」
「盟主やりたいの?」
晴が。
こちらを見る。
「やってみたいです」
「何が楽しそう?」
また。
考える。
「みんなで何するか決めるところ?」
「それ、今の北西の猫でもやってるよ」
「でも」
晴が言った。
「決まってること、多いじゃないですか」
少し。
返事が止まった。
「北西の猫?」
「はい」
「前からある決まりとか」
「うん」
「この城は誰が行くとか」
「うん」
「ここは触らないとか」
「あるね」
「そういうのがないところから、やってみたいです」
俺は。
川を見る。
なるほど。
と思った。
*
晴が北西の猫へ来た頃には。
もう。
同盟は。
ずいぶん大きくなっていた。
七人で。
何も分からないまま。
土地を相談していた頃とは違う。
晴が入ったときには。
外交も。
砦も。
攻城も。
ある程度。
やり方が決まっていた。
その中へ。
晴は。
あとから入った。
「最初からやってみたいってこと?」
「たぶん」
「たぶんなんだ」
「やったことないので」
晴は笑った。
*
「でもさ」
俺は。
少し意地悪なことを聞いた。
「盟主って、楽しいだけじゃないよ」
「はい」
「人が来なかったら声掛けるし」
「はい」
「揉めたら話聞くし」
「はい」
「攻城の時間も決める」
「はい」
「返事くれない人もいる」
「それは困りますね」
「困るよ」
「何回くらい送ります?」
「今そこ決めなくていいよ」
「そうですか」
晴は。
また石を触る。
「嫌になったら」
言った。
「誰かに頼んでもいいですか?」
「盟主を?」
「はい」
俺は。
思わず笑った。
「いいんじゃない?」
「じゃあ大丈夫です」
「軽いな」
「ずっとやらないと駄目だと思ってました」
「そんな決まりはないと思う」
「よかったです」
本当に。
安心していた。
*
「どういう人に入ってほしい?」
聞く。
「普通の人」
「難しいな」
「強い人じゃなくていいです」
「弱くても?」
「はい」
「参加率低くても?」
「全然来ないのは寂しいです」
「そこはあるんだ」
「たまに来てくれれば」
「戦争嫌いな人でも?」
「俺も好きか分からないです」
「晴は結構強いけどね」
「巨嶽が強いんです」
当然のように。
そう言った。
少し離れたところ。
巨嶽は。
川へ石を投げていた。
水面を。
一度。
二度。
三度。
石が跳ねる。
カイが横で。
「うま」
と言っている。
*
「一番嫌なのは?」
俺が聞く。
「同盟で」
晴は。
少し長く考えた。
「やりたくないのに」
ぽつりと答えた。
「やらないといけなくなることです」
俺は。
晴を見る。
「攻城とか?」
「それも」
「戦争も?」
「はい」
「内政も?」
「それは自分の城なので、やった方がいいと思います」
そこは。
意外と真面目だった。
「でも」
晴は続けた。
「今日は釣りたいのに」
「うん」
「今日しか城取れないから来てくださいってなったら」
「あるね」
「一回ならいいです」
「一回なら?」
「毎回だと」
川を見る。
「遊んでるのか、働いてるのか分からなくなりそうです」
昨日。
みんなで話したことを。
思い出した。
*
玄も。
似たことを言っていた。
出られないたびに。
謝るようにはしたくない。
葉も。
同じ話が。
何度も戻ってくることに。
疲れていた。
俺も。
自分の城の建設予定を。
紙から探していた。
晴は。
北西の猫を。
長く運営したわけではない。
でも。
入って。
見ていた。
「北西の猫、嫌だった?」
聞くと。
晴が。
すぐ首を振った。
「楽しかったです」
「じゃあ」
「だから」
晴が。
先に言った。
「嫌になる前に、違うのもやってみたいです」
その言葉に。
少し。
納得した。
*
「第四世界の人は?」
「来てくれたら嬉しいです」
「第三世界だけで固めようとは思ってない?」
「思ってないです」
「向こうの人と、結構やり方違うかもしれないよ」
「聞けばいいんじゃないですか?」
「揉めるかも」
「その時話します」
簡単に言う。
でも。
たぶん。
晴にとっては。
本当に。
それくらいなのだ。
第三世界。
第四世界。
そんな大きな括りより。
目の前に来た人と。
話す。
それだけ。
*
「じゃあ」
俺は。
昨日の話をした。
玄。
朔。
律。
三人が。
自分で同盟を作ることを考えている。
岳。
杏。
葉。
俺。
今のところ。
盟主になるつもりはない。
それから。
「俺たち何人かが、晴のところに行く可能性もある」
そう言った。
晴の手が。
止まった。
「本当ですか?」
「まだ何も決まってないよ」
「はい」
「それに」
俺は続ける。
「俺たちが入って」
「はい」
「北西の猫と同じようにし始めたら、止めて」
晴が。
少し不思議そうな顔をする。
「なんでですか?」
「晴の同盟だから」
しばらく。
晴は。
何も言わなかった。
*
「俺」
晴が。
小さく言う。
「そんなに色々分からないですよ」
「俺たちだって最初は分からなかった」
「でも今は分かるじゃないですか」
「だから手伝える」
「俺が変なこと決めたら?」
「止める」
「それは止めるんですね」
「そこは止める」
晴が笑う。
「じゃあ」
少し考えて。
「教えてください」
「うん」
「でも」
俺を見る。
「決めるのは、俺でもいいですか?」
俺は。
頷いた。
「そのつもり」
*
そのとき。
カイの声がした。
「釣れた」
二人で。
そちらを見る。
カイが。
竿を上げている。
小さい。
本当に。
小さい魚が。
糸の先で跳ねていた。
「それ持って帰るの?」
晴が聞く。
「食える?」
「小さいから戻した方がいいです」
「そう?」
カイは。
魚を外して。
川へ戻した。
巨嶽が。
その横で。
また石を投げる。
今度は。
四回跳ねた。
「巨嶽さん、さっきより増えてます」
晴が言った。
「練習してたの?」
俺が聞く。
「たぶん」
巨嶽は。
何も答えなかった。
*
「名前は?」
帰る前。
俺は聞いた。
「同盟の」
「まだ決めてないです」
「候補は?」
「あります」
「何?」
晴が。
少し言いにくそうにした。
「笑いません?」
「内容による」
「じゃあまだ言いません」
「気になるじゃん」
「決まったら言います」
立ち上がる。
晴も。
石を二つ持って。
立ち上がった。
*
帰り道。
カイが聞いた。
「どうだった?」
「やる気あったよ」
「盟主?」
「うん」
「晴が?」
「うん」
カイは。
少し考えた。
「向いてそう」
「そう思う?」
「うん」
「なんで?」
「嫌だったら嫌って言いそうだから」
俺は。
足を止めかけた。
カイは。
そのまま歩いている。
「それだけ?」
「大事じゃない?」
大事かもしれない。
*
城へ戻ると。
葉がいた。
「どうだった?」
「晴、作るつもりみたい」
葉が。
紙を出しかける。
俺は。
少し笑った。
「まだ書かなくていいよ」
「どうして?」
「晴が名前決めてからでいい」
葉は。
少しだけ。
考えて。
紙を戻した。
「分かった」
*
その夜。
七人の連絡欄を開いた。
『晴と話してきた』
それだけ。
まず送る。
すぐ。
玄から返ってきた。
『どうだった?』
『作る気はある』
『強い同盟にしたい感じではない』
『無理して参加させるのも嫌みたい』
朔。
『人数は?』
『決めてない』
律。
『第四世界の人は?』
『歓迎するって』
杏。
『晴らしいね』
岳。
『お前はどうする』
そこだけ。
すぐには返さなかった。
*
晴のところへ行く。
それも。
悪くない。
今度は。
前に立つのではなく。
横にいる。
晴が決めて。
分からないところだけ。
手伝う。
北西の猫で。
できなかったことを。
今度は。
できるかもしれない。
でも。
まだ。
決めない。
統合について。
分かっていないことも。
多い。
北西の猫を。
本当に解散するのかも。
まだ。
決まっていない。
*
俺は。
岳への返事を打った。
『もう少し考える』
送る。
その直後。
晴から。
書簡が届いた。
『名前決まりました』
「早いな」
開く。
同盟名が。
一行。
書いてある。
俺は。
しばらく。
それを見た。
そして。
笑った。
やっぱり。
晴が決めた名前だった。




