別離
第七十五話 七人の、その先
葉が持ってきた紙には、同じ言葉がいくつも書かれていた。
未発表。
確認待ち。
次回告知。
統合について出た知らせを、項目ごとにまとめたものだった。
「増えましたね」
俺が言うと、葉は紙を机へ置いた。
「説明は増えています。ただ、前の疑問に答えが出たとは限らないので」
最初の告知で分からなかったことが、そのまま残っている。その横に、新しく発表された項目と、それを読んで増えた疑問が並んでいた。
俺は端から読んだ。
「これ、もう聞いた気がする」
「聞きました。返事が出ていない方です」
「ああ……」
葉は、その項目へ小さな印を付けた。
昔から、葉の記録には話の続きが残っていた。
誰が何を言ったかだけではない。
何が分かり、何がまだ分からず、次に何を確認するのか。
同盟が大きくなってから、その紙もずいぶん厚くなった。
「今日、決められるかな」
「決めたいことと、決められることを分けた方がいいと思います」
葉はそう答え、もう一枚、何も書かれていない紙を出した。
*
最初の七人が揃ったのは、夕方だった。
玄が最後に入ってきた。
「悪い。帰還の確認してた」
椅子を引きながら、机の紙を見る。
「追加、来た?」
「まだ」
「じゃあ、読んでないふりしてもばれなかったな」
「あとで困るのは玄だよ」
杏が言うと、玄は笑って座った。
その隣で岳が、広げていた地図を畳む。
「南は?」
玄に聞かれ、岳は答えた。
「今日は戻ってる。明日の分も、残るやつは決まった」
「ならいい」
二人の確認は、それだけで終わった。
朔は資源の記録を並べていた。律は葉の紙を読み、告知に書かれている文と、こちらの解釈を分けるように線を引いている。
杏が机の真ん中から出兵予定をどけた。
「こっちは後でいい。まだ動かしてないから」
七人で机を囲むと、誰かが始めようと言う前に、話せる形ができていた。
俺は、その様子を少し見ていた。
「どうした?」
玄に聞かれる。
「いや。始めよう」
手元の紙を寄せた。
「今日は、統合後のことを相談したい」
*
最初に、第四世界の話をした。
周から確認できたことと、まだ分かっていないこと。
登用の確率が、第三世界と同じではない。
資源地のレベルにも違いがある。
同じ武将を重ねてスキルを育てる仕組みがあり、内政では同名の武将でも、レアリティが違えば同時に配置できる。
「同じ名前が出ても、使い道があるわけか」
玄が言った。
「そうらしい」
「それは早く知りたかったな」
「こっちでもできるとは書いてないよ」
律が顔を上げた。
玄は頷いた。
「分かってる。羨ましいって話」
朔が、資源地の項目を指した。
「中小同盟が残っていた理由としては、こちらも大きそうですね」
「土地のレベル?」
「ええ。狭い範囲で必要な生産量を確保できるなら、次の土地を取るためだけに、外へ伸び続ける必要が減ります」
俺は北西の地図を思い浮かべた。
足りなくなれば、隣へ進む。
その先で、別の城から伸びてきた道とぶつかる。
最初に玄と揉めたのも、石材のある土地だった。
「守る範囲も変わるな」
岳が言った。
「遠くまで広げれば、そこへ行って帰る兵がいる。狭くて済むなら、近くに残せる」
「人数が少なくても守れる?」
「守りやすくはなる。ただ、隣に誰がいるかにもよる」
岳は言い切らず、畳んだ地図へ手を置いた。
自分の城を攻められたことがある。
その岳が、守れるとも、守れないとも簡単には言わなかった。
「武将の重ねも、守備だけの話じゃないよね」
杏が口を開いた。
「攻城に使う武将を育てられるなら、少人数で終わらせられる仕事も増えるかもしれない」
「耐久を削る方か」
「うん。ただ、どの技能がどこまで上がるかは知りたい。人数を減らしていいかは、それから」
杏は、戦闘で勝った後に残る仕事を見ていた。
強い部隊が一つあれば安心していた頃から、その見方を何度も教わった。
「全部合わせると、大きいところへ入る以外にも、やり方があったんだな」
俺が言うと、朔は頷いた。
「第四世界では、そうだったのだと思います」
第四世界では。
葉が、その言葉を書き留めた。
*
「……争わせるように、してるのかな」
俺は言った。
六人がこちらを向いた。
「第三世界では、足りなくなったら土地を取るしかなかった。取っていけば、誰かとぶつかった。第四世界には別の育て方があったのに、こっちにはなかった」
玄が、しばらく黙ってから言った。
「俺たちが最初に揉めたのも、それだな」
「うん」
「あの石材、あのときは本当に欲しかったからな」
「俺も」
笑いかけたが、うまく笑えなかった。
律が紙へ目を戻した。
「そういう意図がある可能性は、考えておいていいと思います。ただ、今分かるのは、条件が違っていたことまでです」
「決めつけるなってこと?」
「そのつもりでしか告知を読まなくなると、別のことを見落としそうなので」
俺は頷いた。
律は、俺の疑いを消そうとはしなかった。
ただ、その疑いと、確かめられたことを同じ場所へ置かなかった。
「第一、第二に、何をしても届かないわけじゃないと思う」
玄が言った。
「育て方が違うなら、過ごした日数だけでも決まらないだろ」
「うん。俺も、そう思った」
「でも、何で戦えるのかはまだ分からない」
岳が続けた。
「兵を揃える話なのか、育て直す話なのか。そこを知らないまま約束はできない」
俺は、用意していた方針案を見た。
昨日より希望はあった。
その希望を根拠にして、皆の行き先を決められるほどではなかった。
*
「それとは別に、聞いておきたいことがある」
俺は言った。
「次も、今の人数と役割のまま続けたいか」
玄が椅子の背にもたれた。
朔は筆を置いた。
「俺は、一度、解散することも考えてる」
言ってから、六人を見た。
「条件次第では残した方がいいのかもしれない。でも、続けることを前提に準備して、最後にまた同じ役を頼むのは違うと思った」
「疲れた?」
杏が聞いた。
「うん」
今度は迷わず答えた。
「最近、自分の城で何を建てるつもりだったか、紙を探さないと分からない」
「それ、前にもあったよ」
葉が言った。
俺は顔を上げた。
「岳さんと杏さんが入る頃。建設の予定が、書簡の下に隠れてた」
「ああ……」
覚えていた。
カイに何を待っているのかと聞かれて、自分が決めるのを待っていたと答えた。
そのとき、南側の説明を葉に頼み、杏の近くの確認を朔に任せた。
「俺が入るときには、全部あなたに聞かなくていいと言ってましたよ」
朔が言った。
「言ったな」
「その説明で入ったので、覚えてます」
玄が笑った。
俺も笑った。
けれど、葉はすぐに続けた。
「今回は、任せてないだけではないと思う。私たちも、それぞれ持ってるから」
誰も否定しなかった。
人数が増えるたびに、仕事を分けた。
七人だけでなく、湊や真木たちにも任せた。
それでも、話を合わせる仕事は残った。任せた先で困れば、一緒に考える時間も要った。
「嫌いになったわけじゃないんだけどな」
玄が言った。
「朝から晩まで、誰かの出発と帰還ばかり見てる日はある」
「私は、今日終わったはずの話が、明日また戻ってくるのが少しきつい」
葉が言った。
「条件が変われば、確認し直すのは必要なんだけど」
律が小さく頷いた。
「今は、その条件が何度も後から来るから」
机の上に、未発表と書かれた紙があった。
*
「俺は、自分で作ることも考えてる」
玄が言った。
俺は玄を見た。
「同盟?」
「うん。今度は、最初に戦う方針をちゃんと話してから集めたい」
「ずっと戦うの?」
「そこまでは無理。休む日は休む」
杏が笑った。
「そこ、大事だね」
「大事だろ。出られないのを、毎回謝るようにはしたくない」
玄はそう言って、机へ肘を置いた。
普段はよく喋る。登用で外れた話も、夕飯の話もする。
けれど、部隊を動かしているときには、今できることを短く返す。
玄が盟主になったら、出発前と帰還後では、ずいぶん賑やかさが違うのだろうと思った。
「俺も、小さく始めるなら」
朔が言った。
「内政中心?」
「そうですね。ただ、俺が全員の施設を決める形にはしたくないです」
朔は記録の端を揃えた。
「自分で比べられる人が増えたら、別のやり方も見つかるので」
昔は、木材が足りずに工事を止めていた。
その朔が、今は人の城の次に足りなくなるものまで見ている。
知っていることを教えるだけではなく、圭のように違うまとめ方をしている相手には、自分から聞きに行く。
「朔のところ、俺が入ったら怒られそうだな」
玄が言った。
「どうして?」
「札が欲しくて、先に建てるから」
「理由が分かってるなら、その予定で計算しますよ」
「それなら入りたい」
「自分で作るんじゃなかったの?」
杏に言われ、玄は笑った。
律も口元を緩めたあと、言った。
「私は、近くの人たちと作ることを考えています」
玄と朔が、そちらを向いた。
「何人かに聞かれていて。ただ、まだ返事はしていません」
「どういう同盟?」
俺が聞くと、律は少し考えた。
「出られる兵を数える前に、どこまで一緒にやるか決めたいです。入った後で、思っていた話と違うとなるのは避けたいので」
初めて城へ来た日のことを思い出した。
律は、まだ取ってもいない砦の、その後について聞いた。
答えられなかった俺を責めず、決まっていないと分かれば、それで頷いた。
七人のうち、三人が自分の同盟を考えていた。
俺はその事実に、少し遅れて驚いた。
*
「岳は?」
玄が聞いた。
「俺は、今のところやらない」
岳は即答した。
「守る側に回りたい?」
「それも含めて、誰かと決める方が向いてると思う。自分で全部の方針を持ちたいわけじゃない」
岳は俺を見た。
「何人か一緒に動けるなら、その方がいい」
「俺も」
そう答えると、杏が頷いた。
「私も、今すぐ盟主は考えてない。出る人が変わったら、また到着を合わせるところからだろうし」
「結局、それやってくれるんだな」
「誰も見なかったら、最後が終わらないから」
杏は当たり前のように言った。
葉は、少し考えてから答えた。
「私も一緒に行きたい。ただ、今の記録を全部、そのまま持つ約束はしないでおきたい」
「うん」
俺は頷いた。
「そこは、次の人たちと決めよう」
葉が紙へ書き足す。
「まだ希望として残すね」
玄、朔、律。
俺、葉、杏、岳。
紙に並ぶ名前を見ていると、別れる話をしている実感が湧いてきた。
まだ決めていないのに、寂しかった。
同時に、三人がどんな同盟を作るのか、見てみたかった。
*
「巌さんたちのところも、人数は減るかもしれないって」
律が言った。
「なくなるのか?」
岳が聞く。
「同盟自体は残す方向。ただ、今の半分くらいになる可能性もあるそうです。希望を聞いている途中なので、確定ではありません」
「それでも大きいな」
「ええ」
残る者がいる。
移る者も、自分で作る者もいる。
今までの大きな同盟が、そのまま全部動くわけではなかった。
「湊も、前よりずっと自分で決められるようになったよな」
玄が言った。
「ああ」
俺は頷いた。
最初は、五人の相談で手いっぱいだったと話していた。
今は西側の予定をまとめ、必要なところをこちらへ戻してくる。
真木も、部隊を出す場所と止める場所を、指示されるだけではなくなった。
七人が覚えたやり方を、そのまま繰り返しているわけでもない。
それぞれ、自分の見やすい形へ変えていた。
「ほかにも、作ってみたら合う人はいるんだろうな」
俺が言うと、朔が頷いた。
「今の役割だけでは、分からないですからね」
その言葉を聞いて、晴を思い出した。
*
「晴から、相談が来てる」
俺は言った。
「同盟を作ることを考えてるって」
杏が顔を上げた。
「晴が?」
「うん。まだ、どういう形にしたいかまでは聞いてない」
岳が少し考えた。
「まず聞けばいいんじゃないか」
「そうするつもり」
「お前は、入ることも考えてる?」
玄に聞かれ、俺は頷いた。
「話を聞いてからだけど。次は、支える方に回るのもいいと思ってる」
律が筆を止めた。
「それなら、晴さんが考えていることを先に聞いた方がいいね」
「うん」
「私たちで、晴さんの同盟を先に決めないように」
俺は、机に並べた名前を見た。
経験のある者が集まれば、準備は進むかもしれない。
ただ、その準備の中で、晴が何をしたかったのか分からなくなったら困る。
「最初は、俺一人で聞いてくる」
そう言った。
「それから、また相談させてほしい」
葉が頷いた。
岳も杏も、異論はなかった。
*
会議の途中で、新しい通知が届いた。
全員の手が止まった。
俺はすぐに開いた。
統合に関する知らせだった。
読み進める。
新しく説明された項目があった。その先に、また、詳細は後日と書かれていた。
「どう?」
玄が聞いた。
俺は表示を見せた。
律が読み、朔が自分の紙と見比べる。
「資源の条件は、まだですね」
「配置の扱いも」
葉が新しい紙を引き寄せた。
玄は大きく息を吐いた。
「また途中までか」
「決めてから変わるより、今止まってる方がいい」
杏が言った。
俺は頷いた。
戦えないと諦めるには、知らないことが多かった。
戦えると約束するにも、知らないことが多かった。
「今日は、結論を出さずに終わろう」
六人を見て言った。
「北西の猫を残すか、解散するか。誰がどこへ行くかも、追加の条件を見てから、もう一度話したい」
「賛成」
岳が答えた。
「明日の守りは、今の予定でいいな」
「うん。そこは変えない」
「なら、戻って伝える」
朔も記録を閉じた。
「建設は、止めなくていいものから進めます。全部待つと、それだけ遅れるので」
「未確定の話は、全員にもそう分かるように書くね」
葉が言った。
律がその隣へ紙を寄せる。
「独立するって決まったように広まらないよう、そこだけ確認したい」
「分かった」
玄が立ち上がり、背を伸ばした。
「とりあえず、飯にしないか」
杏が紙をまとめながら笑った。
「それは決めていいと思う」
*
廊下へ出ると、カイが壁のそばに座っていた。
「待ってたのか?」
「途中から」
「呼べばよかったのに」
「声、聞こえてたから」
カイは立ち上がり、広間から出てくる皆を見た。
「決まった?」
「まだ」
俺が答える。
「次の知らせを待つ」
「そっか」
玄がカイへ、飯は何かと聞いた。
知らないと返され、それでも二人で先に歩いていく。
岳が杏に明日の帰還時刻を確かめ、朔は葉へ、あとで数字を一つ直したいと話した。律は戸口で一度止まり、忘れ物がないか机を振り返った。
七人で初めて砦へ向かう準備をした日にも、こんなふうに、決め残したことがあった。
あのときは、七人分の欄を作った。
今日は、その七人が別々に進むかもしれない話をした。
俺は広間へ戻り、机の紙を手に取った。
玄の名前の横に、自分で設立を検討。
朔と律にも、同じ言葉。
俺と葉と杏と岳は、同行を希望。
どれも、決定の印は付いていなかった。
紙を地図の隣へ置き、晴への返信を開いた。
『一度、ゆっくり話そう。どんな同盟にしたいと思ってる?』
送ってから、皆の後を追った。




