かわる
第六十九話 同じような者
晴たちが帰ったあとも、カイは訓練場に残っていた。
暁山に負けたのが気になったのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。
木剣を持つでもなく、広場の端にしゃがんで、地面に生えていた草を眺めている。
「何してるんだ?」
声を掛けると、カイは草を一本摘んだ。
「これ、食えるかなと思って」
「やめろよ」
「食えそうじゃない?」
「その判断で食うな」
「周に聞く」
立ち上がる。
本当に聞きに行くらしい。
俺はその背中を眺めた。
少し前まで、人に負けたばかりだったはずなのに、もう頭の中は草へ移っている。
強くなることに興味がないわけではない。
負ければ考える。
工夫もする。
けれど、強さだけに執着しているようにも見えなかった。
畑をやる。
釣りへ行く。
編み物をする。
頼まれれば訓練にも出る。
知らない食べ物があれば口に入れようとする。
武将。
そう呼ぶには、やっぱり少し変だった。
*
「周」
執務室へ戻ると、周は書類をまとめていた。
「はい」
「ちょっと聞いていい?」
「何でしょう」
俺は椅子に座る。
カイはまだ戻ってきていない。
「カイってさ」
一度、言葉を止めた。
「変わってるよね」
周の手が止まった。
「……左様でございますね」
否定しなかった。
「やっぱり?」
「少なくとも、私がこれまでお会いした方々の中には、あのような方はいらっしゃいませんでした」
「そんなに?」
「はい」
少し笑うような返事になるかと思っていた。
けれど、周はいつもと同じ顔をしていた。
「武将って、もっとこう……戦ったり、城のこと考えたりするものじゃないの?」
「そのような方が多いことは確かです」
「カイもやるけど」
「はい」
「でも、なんか違う」
周は机の上の紙を揃えた。
「カイ様は、ご自身が何者であるかということに、あまり強く縛られておられません」
「何者か?」
「武将であるから戦う。強者であるから勝たねばならない。君主に仕える者だから、こうあるべきだ」
周は一つずつ挙げた。
「そのような考えを、ほとんどお持ちでないように見えます」
言われてみれば、そうだった。
カイは、自分がRだということも気にしていなかった。
SSRに勝てなくなっても、少し悔しそうにはしていたが、それで自分の価値が落ちたような顔はしなかった。
「珍しいんだ」
「非常に」
「今まで、一人も?」
俺が聞くと、周は少しだけ考えた。
「この世界では」
その言い方が気になった。
「この世界では?」
周は俺を見る。
「君主様」
「うん」
「この世界が、唯一ではないことはご存じですね」
「第何世界とかあるやつ?」
「はい」
俺が来た頃から、世界には番号があると聞いていた。
けれど、同じ時期に始まった別の場所くらいに考えていた。
「ほかの世界も、ここと同じなの?」
「大きな仕組みは似ております」
「君主がいて、城があって」
「武将がおり、土地があり、争いがございます」
「じゃあ、カイみたいな人も?」
周はすぐには答えなかった。
「まったく同じ方、という意味ではございません」
「うん」
「ですが」
周が言う。
「世界の決めた役割から、大きく外れて生きる者が現れた記録はございます」
俺は椅子へ深く座り直した。
「記録?」
「私が直接見たものではございません」
「じゃあ、誰が?」
「以前の世界から引き継がれた記録です」
初めて聞く言葉だった。
「世界って、終わるの?」
そう聞くと。
周の視線が止まった。
「はい」
思っていたより簡単に返ってきた。
「終わるんだ」
「すべての世界には、終わりがございます」
「誰かが天下統一するとか?」
「その場合もございます」
「それ以外も?」
「ございます」
嫌な感じがした。
「どういうとき?」
「世界そのものが維持できなくなった場合」
「それって」
「あるいは」
周が続ける。
「定められた期間を終えた場合です」
俺は黙った。
そんな説明は、今まで聞いたことがなかった。
「期間なんてあるの?」
「通常、君主様方へ知らされることはございません」
「じゃあ周は何で知ってるの?」
「私は案内役ですので」
当然のように言う。
けれど。
その言葉の後。
部屋の空気が変わった。
音がしたわけではない。
風が吹いたわけでもない。
ただ。
視界の端に、光が浮いた。
「……え?」
表示だった。
俺は反射的に手を伸ばす。
いつもの通知とは違った。
文字の周囲が赤い。
中央へ。
大きな文章が現れる。
【全君主へ通知】
俺は読む。
【第三世界の終了が決定しました】
「……は?」
声が出た。
周が振り返る。
俺の前に浮かぶ表示を見る。
その顔から。
初めて。
表情が消えた。
さらに文字が続く。
【残存期間】
【三百六十五日】
数字の下。
小さく。
【終了条件の詳細は、順次開示されます】
俺は画面を閉じようとした。
消えない。
もう一度触る。
消えない。
「周」
返事がない。
「周」
「……はい」
「これ」
喉が乾いた。
「どういう意味?」
周は表示を見たままだった。
「記載された通りでございます」
「一年後?」
「はい」
「この世界が?」
「……終了いたします」
外から。
カイの声が聞こえた。
「周ー」
いつもの声だった。
「さっきの草、食えるって」
扉が開く。
カイが入ってくる。
手には。
さっきの草を持っていた。
「……何?」
俺と周を見比べる。
「なんかあった?」
俺は。
目の前の表示を見た。
それから。
カイを見る。
この世界で。
今まで一人もいなかったような存在。
ほかの世界にも。
似たような者がいたという。
そして。
その話を聞いた直後に。
世界の終わりが告げられた。
偶然だと。
思えなかった。




