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晴

第六十七話 閉じたままの報酬


 玲山城の名前が、掲示板に出ていた。


『一度、北西の猫から外れていませんでしたか』


 その下に、見たという返事が付いている。


『無所属の人が持っていた』


『もう戻っています』


『取り返すのが早すぎる』


 俺は、最後の書き込みで画面を閉じた。


 城は戻った。


 晴は約束どおり巨嶽を引き、こちらの部隊には手を出さなかった。


 損耗の補填も始まっている。


 ただ、城の保有者が変わった事実まで、なかったことにはできない。


 律のところには、すでに何通か問い合わせが来ていた。


     *


「放っておくと、晴本人へ行くね」


 律が言った。


 佐伯が頷く。


「城の保有履歴を見た人には、名前が分かっています。個人掲示板も全体公開です」


 晴の紹介は、短かった。


 北の山の方にいること。


 釣りが好きなこと。


 大きい魚を見つけたら教えてほしいこと。


 武将の等級も、城を取った話も書いていない。


 だからこそ、今はまだ、何が起きたのかを結び付けられていなかった。


「URで、単独で取ったと分かったら」


 俺が言いかけると、巌が椅子の背へ体を預けた。


「引き抜こうとする奴は出る。倒してみたがる奴もな」


「本人が、頼まれたまま部隊を出すかもしれません」


 佐伯が続けた。


 俺は、晴の書簡を思い出した。


 何か持っていけば喜ばれると思った。


 そのつもりで、人の城を取った。


 誰かが少し言葉を選べば、また同じことをさせられるかもしれなかった。


     *


「外には、訓練として出そう」


 俺が言った。


 律がこちらを見る。


「城の守備と、保有の引き継ぎを確認した。今は終了して、こちらへ戻っている。それで統一する」


 佐伯はすぐに文章を書かなかった。


「事前に計画した訓練ではありません」


「分かっています」


 守備の兵は、本当に攻撃を受けた。


 指揮した者も、俺たちも、本気で城を守ろうとした。


 それを内側まで訓練だったことにすれば、何が悪かったのかも分からなくなる。


「戦闘の記録は、そのまま残します。守備を担当した人にも、そう伝える。外向けの説明だけです」


 俺は机の上の報告を揃えた。


「晴を、誰でも試しに触っていい相手にはしたくない」


 巌が頷いた。


「傷んだ分はこちらで戻す。そこを済ませた上で、本人にも話そう」


     *


 晴は、その日の午後に来た。


 今度は、入口でちゃんと名乗ったらしい。


 周が案内してくると、俺たちの前で頭を下げた。


「補填の荷物、二つ目も出しました」


 葉が確認する。


 昨日決めた分だった。


「届いたら、連絡します」


「お願いします」


 晴は立ったままだった。


 座るよう言うと、ようやく椅子へ腰を下ろす。


 俺は、掲示板で城の話が出ていると伝えた。


「怒られてますか」


「今は、何があったのか聞かれてる」


「僕から説明した方がいいですか?」


「それを相談したい」


 晴は真面目な顔になった。


     *


 外向けには、訓練と説明する。


 巨嶽の詳しい能力は出さない。


 知らない相手から出兵を頼まれたら、先にこちらへ相談する。


 晴は最後まで聞いた。


「僕が悪いことをしたのを、隠してくれるってことですか」


 俺は少し考えた。


「結果としては、そう見えると思う。でも、ここでは忘れたことにしない。約束した補填も続けてもらう」


「はい」


「その上で、別の人から、もっとひどいことに使われるのを避けたい」


 晴が首を傾げる。


 まだ、よく分かっていない顔だった。


 佐伯が言った。


「例えば、困っているからあの城を取ってほしい、と頼まれるかもしれません」


「ああ……」


「本当にその人の城なのか。相手とどんな話をしているのか。それを知らずに出れば、また誰かの兵が傷つきます」


 晴は、今度はゆっくり頷いた。


「先に聞きます」


     *


 加入は、その日の夕方に受け付けた。


 城の返還は終わっている。


 補填の予定も決まった。


 土地と出兵について、晴の言葉でもう一度説明してもらった。


「大きいものを取ってから持ってくるんじゃなくて、取る前に聞く」


「うん」


「人の名前や同盟名が付いていたら、勝手に攻撃しない」


「そう」


 そこで晴は、少し迷った。


「猫の絵のところも、先に聞きます」


「見るだけなら大丈夫。土地は取らないで」


 晴が笑った。


 俺も、少し笑った。


 加入申請を受け付ける。


 同盟員一覧に、晴の名前が加わった。


     *


 律と佐伯が出した説明は、短かった。


『玲山城における守備訓練および保有の引き継ぎ確認は終了しました。現在、同城は北西の猫が保有しています。今回の件による他同盟との交戦はありません』


 問い合わせには、同じ内容を返した。


 細かな編成や、参加した武将については答えない。


 訓練なら見学したかったという人もいた。


 妙に大掛かりだと笑う人もいた。


 白瀬からは、一通だけ返事が来た。


『承知しました。無事に収束したのであれば何よりです』


 どこまで納得したのかは、分からなかった。


 けれど、それ以上は聞かれなかった。


 晴の掲示板からも、城についての質問は次第に流れていった。


     *


 報酬の話が出たのは、そのあとだった。


 葉が、補填に使う資源の残りを晴と確認していた。


 俺は別の紙を読んでいた。


「こちらの通知は、開いていますか」


 葉の声がした。


「どれですか?」


「城を取ったときのものです」


「あ、まだです」


 俺は顔を上げた。


 晴が表示を開く。


 未読の通知が、縦に並んでいた。


 城の取得。


 初回達成。


 単独攻略。


 晴は、上から一つずつ選んだ。


     *


 最初の画面で、葉の手が止まった。


 次の画面では、俺も紙を置いた。


 ポイント。


 登用札。


 育成に使う品。


 その下にも、報酬が続いている。


「……晴」


「はい」


「これ、知らなかった?」


「何か増えたのは見ました」


 晴は、悪びれずに答えた。


「でも、城を返す話が先だったので」


 それは正しい。


 正しいのだが、目の前の数字を一度見て、そのまま閉じられたことに驚いた。


 葉が、受取の内訳を開いた。


 普段の城取得に伴うものとは別に、達成報酬が付いていた。


【指定城・単独攻略】


【参加君主数 一】


【参加武将数 一】


 俺は巨嶽の大きな姿を思い出した。


 あれだけのことを、一人でやった。


 その事実を、表示も別の成果として扱っていた。


     *


「城を返しても、なくならないんですか」


 晴が聞いた。


 葉が説明を読む。


「保有中の生産補正は、返還した時点で終わっています。ただ、こちらは一度達成したことへの報酬です」


 達成済み。


 受取済み。


 あるいは、未受取。


 並んだ表示を確かめる。


 同じことを繰り返せば、そのたびにもらえるわけではなかった。


 初回の達成として、記録が残っている。


 それでも、額は大きかった。


 玲山城を取ったとき、俺たちは同盟全体へ入る報酬に驚いた。


 晴には、それとは別に、難しい条件を一人で満たした分が積み重なっていた。


 圭を呼ぶと、しばらく黙って画面を見た。


「取引所で、何を買うかによりますけど……」


 そこで言葉を止めた。


 俺にも、その続きは分かった。


 何人もの城を支えられる額だった。


     *


 晴は、俺たちの顔を順番に見ていた。


「そんなに多いんですか?」


 圭が頷く。


「かなり」


「じゃあ、修理に足りますね」


 俺は思わず笑ってしまった。


 まだ補填の話をしていたらしい。


「約束した分は、十分足りる。でも、残りまで全部渡す必要はないよ」


「使い方、あんまり分からなくて」


 晴は画面を少し動かした。


 育成の品が並ぶ。


 説明を一つ開き、途中で閉じる。


「巨嶽さん、今でも強いですし」


 圭が俺を見た。


 俺も圭を見た。


 今でも強い。


 その一言で、まだ使われていない品が何を意味するか、少し怖くなった。


     *


 その場で、使い道を決めることはしなかった。


 晴のポイントだ。


 同盟へ入ったから、こちらが自由に使えるわけではない。


 補填に必要な分を確保する。


 今の城で困っていることを聞く。


 そのあとで、必要なら一緒に考える。


 葉は、晴自身にも残高の見方を教えていた。


「ここを見れば、どのくらい残っているか分かります」


「はい」


「使う前に、もう一度確認してください」


「はい」


 晴は頷いて、画面を閉じた。


 あっさりしていた。


 俺なら、もう一度くらい開いていたと思う。


     *


 帰る前に、晴はカイと話していた。


 北の川の話だった。


 大きな魚がいる。


 でも、いつも同じ場所ではない。


 日が高いときより、少し陰ったときの方が見つかるらしい。


 カイが聞く。


「巨嶽も釣るの?」


「竿を持ってもらうことはあります。僕が糸を直してるときとか」


 俺は二人を見た。


 玲山城の守備を崩したUR武将が、川辺で釣り竿を持って待っている。


 晴にとっては、そちらの時間の方が長いのだろう。


「今度、来ます?」


 晴がカイへ聞いた。


 カイは俺を見た。


「いい?」


「予定を合わせれば」


「じゃあ、晴と相談する」


 そこには、ポイントも登用札も出てこなかった。


     *


 晴が帰ったあと、巌へ報酬の話をした。


 巌は金額を聞いて、珍しく声を失った。


 それから、低く笑った。


「あいつ、まだ何も使ってないのか」


「ほとんど見てもいませんでした」


「そうか」


 巌は、机の上の玲山城の図へ目を落とした。


「巨嶽だけでも、十分な切り札だと思っていたんだがな」


 俺は頷いた。


 速くなった兵。


 新しい等級。


 まだ知らない達成条件。


 この世界では、何が次に力になるか、全部は分からない。


 ただ、晴の手元には、今すぐ使わずに置いておける大きな余力があった。


「今は、持っていてもらいましょう」


「うむ」


「必要なときに、本人と相談します」


 巌は、それ以上使い道を考えなかった。


     *


 夜、晴の自己紹介が変わった。


『北西の猫に入りました。釣りが好きです。土地を取る前には相談します』


 その下に、カイから預かった文を俺が書いた。


『今度、川を見に行きます』


 晴から、すぐ返事が来た。


『小さい椅子があると楽です!』


 俺は笑って、カイに伝えた。


 大きな武将を持っていることも、大量の報酬を得たことも、紹介には書かれていない。


 今は、それでよかった。


 机の引き出しには、葉がまとめた報酬の控えが入っている。


 いつ使うかは、決めていない。


 晴の画面も、きっと閉じたままだろう。


 俺は明日の予定へ、椅子を一脚用意する、と書き足した。

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