上位
第六十六話 悪気はないらしい
昨日まで二日と出ていた道が、半日になっていた。
俺は出兵予定を閉じ、もう一度開いた。
目的地は同じ。
選んだ武将も、同じ。
違うのは、兵種だった。
【上位兵種への進化系統が解放されました】
通知を開く。
騎兵の先に、新しい枝が伸びていた。
速さを伸ばすもの。
突破力を伸ばすもの。
守りを厚くするもの。
歩兵や弓兵にも、今までなかった選択肢がある。
条件を満たせば、既存の兵を訓練して移行できるらしい。
俺は、速さを伸ばす騎兵の説明を読み直した。
「……これ、本当に?」
周が頷く。
「表示されている条件であれば、その予定となります」
机には、昨日直したばかりの守備計画があった。
援軍が届くまでの時間。
敵が近隣の城から来る時間。
俺は、その二つを並べて見た。
どちらも、書き直しだった。
*
湊と真木からは、ほとんど同時に書簡が来た。
二人とも、新しい騎兵の話だった。
朔からは、その少しあと。
『一度に全隊を進化させると、鉄と食糧が足りません』
俺は募兵の画面を閉じた。
まだ何もしていない。
それでも、先に言われる理由は分かった。
上位兵になれば、勝手にすべてがよくなるわけではない。
訓練の時間が掛かる。
消費も増える。
速い部隊だけ先に着けば、後ろの攻城兵を待たなければならない。
けれど、それを差し引いても、距離が変わった。
正確には、距離が持っていた意味が変わった。
昨日まで遠かった城が、今日からは、昼に出てその日のうちに届く場所になる。
「また戦争か」
巌が、通話の向こうで言った。
「まだ、誰も始めてはいません」
俺は答えた。
巌は少し黙った。
「そうだな。だが、考え直す奴はいる」
*
もう一つ、解放されたものがあった。
登用の一覧。
最上段に、新しい等級が加わっていた。
UR。
玄から届いた書簡は、一行だった。
『上ができた』
俺も同じ画面を見ていた。
凌駕が来たとき、もう十分すごいと思った。
今も、それは変わらない。
ただ、その上があると示されると、見ずにはいられなかった。
登用の対象や条件を確かめている間に、全体公開の掲示板が騒ぎ始めた。
引いた。
出ない。
誰か見たか。
場所の枠は別なのか。
まだ答えのない話が、次々に増えていた。
俺は画面を閉じ、玲山城の守備を先に確認した。
*
数日は、何事もなかった。
上位兵の訓練を始める。
少人数で走らせる。
表示と実際の到着を比べる。
冬馬は、前と同じ道でも、曲がり角で列が伸びると報告してきた。
速くなったからこそ、前と後ろが離れる。
休ませる場所も、変えた方がよさそうだった。
俺たちは、その記録を集めていた。
玲山城から最初の警報が来たのは、午後だった。
『接近する武将を確認』
その下に、追記。
『兵の姿が見えません』
*
単独武将なら、探りの可能性がある。
俺たちも何度も使ってきた。
だから、守備の担当は予定どおり動いた。
持ち場を崩さない。
外へ追わない。
近隣へ知らせる。
俺のところへ報告が来たときには、援軍の準備も始まっていた。
次の報告までが、短すぎた。
『第一守備、交戦』
続いて。
『後退します』
俺は椅子を引き寄せた。
相手の所属欄は空白だった。
君主名、晴。
武将名、巨嶽。
等級。
UR。
*
現地から戻ってきた報告を、あとで何度も読んだ。
大きな男だったという。
盾越しでも、頭が見えた。
両手で持った長柄の武器を、門前の柱へ立て掛けるように置いていた。
最初は、止まっていた。
守備側が警告すると、一礼した。
そのあと、前へ出た。
盾兵が受ける。
押し合いになるはずだった。
相手は、止まらなかった。
一列目が崩れる。
二列目が支える前に、間へ入られた。
兵を率いる技能の強さではなかった。
本人が、強かった。
城の狭い場所へ入れても、押し止められなかった。
*
俺は、現地へ退路の確保を命じた。
勝てないと決めたのではない。
誰がどこで押されているのか、報告が追いついていなかった。
その状態で兵を足せば、後ろから詰まる。
杏が、城の耐久を見て声を上げた。
「減り始めています」
「守備は?」
「西側へ下がっています。東の門を押さえられました」
敵は一人。
だが、その一人を避けて移動する守備が、城の中で分断されていた。
援軍の到着時刻を見る。
前より速い。
訓練していた上位騎兵を含む部隊が、すでに走っている。
それでも、耐久の減る方が速かった。
「破岳と同じ?」
「違います。攻城の技能だけじゃない。本人の武力が、そのまま通っています」
杏の声が硬かった。
俺は、追加の部隊を出した。
その決定を終える前に、通知が開いた。
【玲山城の保有を失いました】
*
誰も、すぐには話さなかった。
俺は帰還先を指示した。
負傷者を確認する。
城外へ退いた部隊を、別の場所へ集める。
接近中の援軍を止める。
城は奪われた。
だからといって、兵まで同じ場所へ送り続けるわけにはいかない。
全部の返事が揃ってから、俺は新しい保有者を見た。
晴。
無所属。
指定城の順位は同盟単位でも、無所属の君主が城を取れないわけではなかった。
そこを気にしたことがなかった。
一人で取れるとは、考えていなかったからだ。
*
「どこの奴だ」
巌が聞いた。
佐伯は、すでに調べていた。
近くの同盟の名簿にはいない。
蒼穹にいた記録もない。
天衡とも、つながらない。
律から、城の位置が届いた。
北西の北側。
山道の奥。
地図には、確かに前からあった。
城の周囲に、ばらばらと土地がある。
同盟へ加わらず、大きな砦攻略にも顔を出さず、誰かとの戦争をした記録もない。
俺たちの人物一覧には、名前さえ載っていなかった。
「今まで、何をしてたんだ」
俺が呟いたところで、書簡が来た。
差出人は、晴だった。
*
『こんにちは! 玲山城、取れました!』
俺は読み直した。
続きを読む。
『猫の絵を見て、ずっと入りたいと思っていました。何か持っていけば喜ばれるかなと思って、大きい城を取りました。加入させてください!』
最後に、もう一文。
『悪気はありません!』
俺は、書簡を佐伯へ渡した。
佐伯は、いつもより長く黙っていた。
律が横から読む。
巌が聞いた。
「何だって?」
俺は、そのまま読み上げた。
読み終えると、通話の向こうで椅子が鳴った。
「うちの城を、うちへの土産にしたのか?」
「そう書いてあります」
*
こちらから、まず攻撃を止めるよう伝えた。
残る守備や、近づく部隊へ手を出さないこと。
巨嶽を城の外へ動かすこと。
加入の話は、そのあとだ。
返事は早かった。
『分かりました! 巨嶽さん、門のところで休んでます!』
俺は眉間を押さえた。
現地へ確認すると、本当に休んでいた。
武器を横へ置き、座っている。
近くへ来たこちらの部隊を、追う様子はない。
「釣りかもしれません」
佐伯が言った。
俺は頷いた。
こちらの判断力が試されているのかと思うくらい、ふざけた書簡だった。
ただ、ふざけているというより、本人だけが楽しそうだった。
*
話を聞くと、晴はずっと一人で遊んでいたらしかった。
山へ行く。
川を探す。
釣りをする。
変わった形の石を持ち帰る。
城の仕事は、必要なことを聞いて決める。
貯まった札は、気が向いたときに使う。
個人掲示板には、魚の大きさと、昼寝に向いた場所の話が並んでいた。
領地の相談も、同盟の募集も、ほとんど見ていなかったという。
『戦争があったのは知っています。怖いので、そっちへは行きませんでした』
その人が、今、玲山城を取っている。
俺は何度目か分からないため息をついた。
『城に同盟名が出ていたはずですが』
そう返す。
晴の返事は、少し遅れた。
『城って、取っていいものだと思っていました』
*
巨嶽を引いたのは、URが解放された日のことだった。
溜めていた札を使ったら、来た。
試しに土地へ出してみたら、取れた。
砦にも勝った。
大きい城なら、もっと喜ばれると思った。
聞けば聞くほど、説明が短くなる。
俺たちが何枚も紙を使って考えたことを、晴は、勝てそうだからで進めていた。
「内政は?」
朔が聞いた。
答えを聞いて、少し黙った。
悪くなかった。
兵を大量に養っていなかった分、施設に資源を使っていた。
一人の武将で遊び回り、城には物が貯まる。
小さな同盟の戦力を数えても、そこには現れない力だった。
*
夕方、晴本人が、武将を連れずに会いに来ることになった。
近くの城で、俺と巌、佐伯が会った。
若い男だった。
こちらを見るなり、勢いよく頭を下げた。
「すみませんでした!」
顔を上げる。
「でも、入れてもらえたら、城も一緒に戻せます!」
巌が口を開いた。
閉じた。
俺は、先に言った。
「加入すれば全部済む、という話にはしない」
晴の笑顔が、そこで初めて止まった。
「守っていた兵が傷ついた。皆で取って、守備を決めていた城なんだ」
「……はい」
「悪気がなくても、そこは消えない」
晴は、自分の手を見た。
しばらくして、もう一度頭を下げた。
今度は、さっきよりゆっくりだった。
「城、戻します。先に」
*
返還の段取りを、佐伯が説明した。
占領側の守備を外す。
こちらが取り戻す間、攻撃しない。
停戦を守ることを確認してから、加入の相談をする。
晴は頷いた。
損耗の補填について聞くと、資源の残高を見せた。
思っていたより、あった。
巌が、少しだけ口元を緩めた。
「ずいぶん遊んでいたんだな」
「はい」
晴は、そこだけは嬉しそうに答えた。
「北の川、大きい魚がいるんです」
誰も続きを聞いていないのに、場所を説明しかける。
佐伯が咳払いをした。
晴は口を閉じた。
*
帰り道、巌が言った。
「悪い奴には見えんな」
「悪気がない方が、説明が大変なこともありますね」
「うむ」
少し歩いてから、巌は笑った。
「ただ、とんでもないのを持っている」
俺は頷いた。
高位武将が揃った。
連携もできた。
大きな同盟にも勝った。
その上で、俺たちが守ると決めた城を、一人の武将に取られた。
速くなった兵も、上がった等級も、説明の文字ではなくなっていた。
玲山城の方角を見る。
明日、取り戻す。
そのあと、守り方を考え直す。
また最初から全部やり直すわけではない。
けれど、昨日の紙をそのまま使えるわけでもなかった。
*
夜、晴から書簡が来た。
『巨嶽さんを戻しました。城の外にも、こちらの兵はいません』
現地の報告と一致していた。
続きを読む。
『話を聞いてもらって、ありがとうございました』
その下に、最後の一文があった。
『加入できたら、猫の耳のところを見に行ってもいいですか』
俺は、しばらくその文章を見た。
隣からカイが覗く。
「猫が好きなの?」
「たぶん」
「じゃあ、次は見るだけにしてもらえよ」
俺は少し笑った。
返事を書く。
『まず、城の話を終わらせよう』
送ると、すぐに了承が返ってきた。




