対策
第六十五話 守る時間
城の攻略報告が、何日かおきに届いた。
天冠。
南西中央同盟。
赤城連盟。
東雲は一度失敗したあと、編成を変えて取り直した。
北東からも、東稜会が周辺同盟の協力を得て、予定していた指定城を落としたという書簡が来た。
律と佐伯は、祝辞を送っていた。
俺も名前を添えた。
少し前まで、敵の部隊がどこへ向かっているかを確かめていた相手だ。
今は、守備兵が予想より多かったとか、最後の攻城部隊がぎりぎり間に合ったとか、そんな話を聞いている。
玲山城の記録を開く。
こちらも、似たようなものだった。
「どこも苦労してるんだな」
俺が言うと、杏から返事が来た。
『あれを簡単に取られていたら、少し困ります』
俺は笑った。
*
次の会合は、攻略後の確認が中心になった。
約束した土地を返す。
通行に使った道を整理する。
城の周囲で、隣の同盟と進路が重なっている場所を相談する。
戦争が終わっても、用事はなくならない。
ただ、返事を待てる話が増えた。
白瀬が、最後の項目を閉じた。
「これで、当面の大きな衝突は避けられそうですね」
瀬名も頷いた。
「土地一つで揉めることは、まだあるでしょう。ただ、同盟を挙げて戦う話には、簡単にはならないと思います」
俺は、それを聞いて少し安心した。
巌も、隣で椅子へ深く座った。
「ようやく城を育てられるな」
その言葉に、何人かが笑った。
そこで、東雲の代表が俺たちを見た。
「北西が、あれだけ強いと分かりましたから」
俺は顔を上げた。
*
「こちらのおかげ、ということですか」
聞くと、相手は少し笑った。
「少なくとも、北西を巻き込む戦争を始めようとは思いません」
天衡が攻めた。
蒼穹が加わった。
結局、二つともなくなった。
俺たちには、途中で苦しくなった場面がいくつもある。
兵を引かせた。
守る土地を選び直した。
巌の城を守るために、同盟まで分けた。
けれど、外から見える結末は、もっと単純だった。
「正面から兵を出して勝つ見込みが薄い。そのあと、同盟員がどれだけ残ってくれるかも分からない」
相手は佐伯へ目を向けた。
佐伯は、何も言わずに聞いていた。
「その北西が、決めた範囲から広がらないと言っている。こちらには、自分たちの城を育てる理由があります」
俺は頷いた。
強いから、誰も逆らわない。
そんな話をされているのだと思っていた。
少し違った。
攻めてこないと分かる強い隣人なら、こちらも安心して別の仕事ができる。
以前、俺たちが南西中央同盟に感じていたことだった。
*
会合が終わりかけたとき、白瀬が言った。
「ただ、城を奪おうとする動きまでなくなるとは、考えない方がいいでしょう」
巌が体を起こした。
「戦争にはならんが、城は取りに来ると?」
「そう考える者は、いるかもしれません」
白瀬は、指定城の説明を開いた。
集計時点の保有数で、順位が決まる。
何日守っていたかではない。
どれだけ兵を使って攻略したかでもない。
その時点で、誰が持っているか。
「長い戦争で勝つ必要はない、という考え方です」
俺は玲山城の印を見た。
「一度だけ取ればいい?」
「例えば、集計の直前に。取り返されるまでの間に集計が終われば、順位には反映される可能性があります」
まだ集計の詳しい日程は発表されていない。
けれど、説明に書かれた条件だけでも、考えられることだった。
*
最初に攻略したときの玲山城には、大勢の守備兵がいた。
今、城を守るのは、俺たちが配置した兵だ。
帰還させた攻撃部隊が、そのまま全員残っているわけではない。
耐久の回復もある。
兵の交代もある。
持ち主が変わってからの城は、攻略前の城と同じではなかった。
「北西の全軍を相手にする必要はない」
俺が言うと、白瀬が頷いた。
「その城へ援軍が届くまでに、仕事を終えればいい。そう考えれば、戦力差があっても動く者は出ます」
巌は黙って地図を見ていた。
俺も、すぐには答えられなかった。
巌の破岳を思い出していた。
守備さえ抜けば、短い時間で耐久を削れる武将。
似た者が、ほかにいない理由はない。
*
「どこかに、その動きが?」
佐伯が聞いた。
「具体的な情報があるわけではありません」
白瀬は、はっきり答えた。
「ただ、皆さんが強いと分かったからこそ、同じ条件で戦わない方法を考える者はいるでしょう」
瀬名が、手元に何かを書き留めた。
「こちらでも確認します。取った城へ、安心して全員を戻してしまわないように」
俺は頷いた。
戦争が起きないだろうという話を、聞きたかった。
実際、そうなってほしい。
けれど、城が守られていることまで、誰かが保証してくれるわけではなかった。
*
戻ってから、玲山城の守備を開いた。
配置した武将。
兵の数。
次の交代予定。
何もない日は、この人数で足りると考えていた。
その考え方を、変えた。
「一度だけ、本気で取りに来たらどうなるか」
俺が言うと、杏はすぐに紙を出した。
「攻める側を、こちらで組みますか」
「うん。玲山を取れる部隊を考えてほしい」
巌が頷く。
「破岳を使うつもりで考えろ。こちらが出せる最大でいい」
自分たちが苦労して取った城を、自分たちで奪う計画を立てる。
妙な気分だった。
杏は、もう到着時刻を書き始めていた。
*
穴は、すぐに見つかった。
守備の交代だった。
戻る部隊が先に出て、新しい部隊が着くまで、薄くなる時間がある。
長くはない。
けれど、狙う側にとっては、その短さで十分かもしれなかった。
「交代の部隊が着いたのを確認してから、帰す」
葉が書き直す。
次は、援軍の出発だった。
異常を見つける。
俺へ連絡する。
返事を待つ。
出兵できる者を確認する。
部隊を出す。
紙へ順に書くと、それだけで時間が掛かっていた。
「俺が返事できなかったら、ここで止まるな」
言うと、玄が頷いた。
「寝てることもあるだろ」
「ある」
城を守るために、誰か一人が寝ない形には戻したくなかった。
*
近くの城ごとに、先に動ける部隊を決めた。
玲山城から敵襲の連絡が入ったら、決めた場所まで出る。
俺の返事を待つのは、その先の判断から。
最初に必要なのは、相手を全滅させることではない。
守備が持ちこたえる時間を延ばすことだった。
巌鉄は、俺の城から動かさない。
玲山城のために本城を空ければ、今度はそこが狙われる。
代わりに、近隣の守備武将と兵を組み直した。
カンパを受け取った三十二人の中にも、守備を育て始めた者がいる。
『一隊なら、こちらで持てます』
そういう返事が、いくつか届いた。
巌は、それを見て笑った。
「不屈三十二衆、今度は守りだな」
杏が顔を上げた。
「三十二人全員を一度に使う予定はありません」
「分かっている」
巌は、少しだけ残念そうだった。
*
岳と冬馬には、玲山城へ入る道を見直してもらった。
攻略のときに使った道は分かっている。
ただ、攻める側だけが使うとは限らない。
帰る部隊と、援軍がすれ違う。
荷車が止まる。
雨で道の端が崩れる。
それだけで、予定した到着時刻は変わる。
カイも一緒に出た。
戻ってきたとき、紙の一か所を指した。
「こっち、見えると思ってたけど、木が邪魔だった」
城から見張れる範囲を、少し狭く直す。
「じゃあ、手前で見つける人が要るな」
「うん。あと、こっちの曲がり角は、音だけ先に聞こえる」
書き足す。
兵の数を増やす前に、確かめることがあった。
*
佐伯は、周囲の土地の持ち主を確認した。
今は友好的でも、同盟への加入や合併で、使える勢力が変わることがある。
天衡にやられたことだった。
土地の色が変わってから慌てるのではなく、所属の変更も連絡に含める。
律は石垣会へ、その話を伝えた。
「こちらを疑っているのか、と言われなかった?」
俺が聞くと、律は首を振った。
「向こうも同じことを考えていたみたい。うちの近くで大きな部隊が動くなら、先に知らせてほしいって」
もっともだった。
守備の訓練でも、外から見れば兵が集まっている。
こちらの都合だけで、安心してもらえるわけではない。
訓練の日時と、大まかな範囲を知らせる。
細かな配置までは送らない。
何を話し、何を手元へ残すかを、二人で決めていた。
*
最初の訓練では、予定より遅れた。
敵役の部隊が目印へ着く。
見張りから知らせる。
守備が応じる。
援軍が出る。
そこまではよかった。
途中で、同じ報告が三か所から俺へ届いた。
葉のところには、出兵したという知らせが一つ足りなかった。
現地では動いているのに、机の上では止まって見える。
俺は、玲山城を攻略した日の記録を思い出した。
「帰ったと思ったら、まだ帰ってなかったこともあったな」
葉が頷いた。
「今回は逆ですね」
報告する相手を揃える。
聞いたことと、自分で確認したことを分ける。
次の訓練では、その分だけ早くなった。
速くなった数字を見て、俺は少し安心した。
兵の攻撃力は、何も変わっていなかった。
*
夕方、巌が聞いた。
「集計の日が分かったら、どうする」
「守備を厚くします。交代も、直前には重ねません」
「全部の城でか」
「全部一緒には無理です。だから、今から近い城同士で受け持ちを決めます」
今、指定城は玲山城一つ。
けれど、今後増えるかもしれない。
増えた分だけ、同じ守りを置けるとは限らない。
俺は、そのための欄も紙に作った。
巌はしばらく見てから頷いた。
「取った数を喜ぶ前に、守れるか考えることになるな」
「はい」
少し前まで、取ることばかり考えていた。
ようやく取れたと思ったら、今度は持ち続ける仕事ができた。
*
その夜、全体公開の掲示板では、また猫の絵の話が増えていた。
北東で、新しい絵を描きたいという投稿がある。
南西の盃は、ようやく形が決まったらしい。
玄は、鉄の試作品について返信していた。
俺の城には、翌日の登用を予約した同盟員が来る。
平穏だと思った。
少なくとも、今は。
カイが机の紙を覗く。
「これができたら、寝られる?」
「今日は寝る」
「明日は?」
「明日も。見てくれる人を決めた」
カイは頷いた。
玲山城から、守備の交代が済んだと報告が届いた。
新しい部隊の到着確認。
帰還する部隊の出発。
順番どおりだった。
俺は了承を返し、画面を閉じた。
誰も取りに来ない夜なら、それでよかった。
明日の朝も同じ城が地図にあるように、今夜の仕事を誰かへ渡して、俺は席を立った。




