確認
第六十四話 今度はこちらから
玲山城の耐久が、あと少し残っていた。
杏からの報告を読み、次の部隊の到着時刻を確かめる。
間に合う。
計算では、そうなっていた。
それでも、表示から目を離せなかった。
守備兵は、すでに退けている。
蒼玄の部隊は帰還を始めた。
伊織の暁山も、予備の兵と交代している。
残るのは、城を落とすために送り込んだ部隊だった。
『破岳、入ります』
巌から届いた。
俺は短く返した。
『お願いします』
*
守備との戦いは、予定どおりにはいかなかった。
最初の報告で、こちらが想定したより損耗が多いと分かった。
俺は次の部隊を止め、編成を変えた。
押し切ろうと言う者はいなかった。
杏は攻城部隊を待たせ、葉は待機中の兵糧を確かめた。
巌も、破岳を先へ出さずに待った。
強い武将を持っているから、全部任せればいいわけではない。
誰が先に戦い、誰がそのあとへ入るか。
何度も話した順番を、一つずつ直しながら進めた。
今、破岳が城へ入れるのは、その前をほかの部隊が開けたからだった。
耐久が減った。
一度止まる。
次の報告。
俺は机の端を握った。
表示が、切り替わった。
【玲山城を攻略しました】
【保有同盟:北西の猫】
*
すぐには、誰も声を出さなかった。
連絡欄に、同じ通知を確認したという返事が並ぶ。
杏から、未到着部隊への停止指示が出る。
帰還する部隊。
城へ残す守備。
引き返す輸送。
それぞれの行き先が決まってから、巌の声が届いた。
「取ったな」
俺は頷いた。
通話の向こうには見えないと気づいて、答え直す。
「はい。取れました」
巌が笑った。
大きな声だった。
その声で、俺もようやく笑えた。
*
報酬の通知は、少し遅れて開いた。
取得ポイント。
登用札。
保有中の生産補正。
何度も説明で見た数字だった。
実際に残高へ加わると、違って見えた。
俺は、自分のポイントを確認した。
取引所で少しずつ増やしていたときには、なかなか届かなかった額だった。
同盟の連絡欄も騒がしくなっている。
『本当にこの量が入るんですね』
『先に何を買うか考えておけばよかった』
『登用は、場所と順番を確認してからでお願いします』
最後は葉だった。
続いて、玄。
『まだ何もしてない』
『玄さんだけに言っていません』
俺は笑いながら画面を閉じた。
そして、別の記録を開いた。
*
戦争の途中で、俺へ集めてもらったポイントの控えだった。
守備武将を買った。
登用にも使った。
あのとき、巌たちが高い値段で武将を買い取ってくれなければ、同じことはできなかった。
今、巌鉄が城を守っている。
ほかにも、取引所で迎えた武将たちが持ち場にいる。
俺の城に残った力は、俺一人で揃えたものではない。
「葉、ちょっと相談していい?」
連絡すると、すぐ返事が来た。
『ポイントの件ですか』
俺は少し笑った。
「分かる?」
『あの記録を、昨日も見ていましたよね』
気づかれていたらしかった。
*
相談は、もう少し大きな話になった。
巌へ渡す。
それだけでは足りない。
猫の前足として同盟を分けた三十二人は、攻撃を引き受け続けた。
帰って、兵を補い、また出る。
その間に、予定していた内政の強化を後回しにした城もあった。
戦争が終わっても、全部の余裕が元へ戻ったわけではない。
「三十二人へ、今回の報酬から少しずつ回したい」
俺が言うと、葉は手元の紙を見た。
「カンパですね」
「うん。まず俺が出す。その上で、出したい人がいれば」
「額を決めて、全員から集める形にはしないんですね」
「自分の城を直す人もいるだろ」
葉が頷いた。
朔にも相談した。
戻ったばかりの兵を支えるために、手元へ残しておく分がある。
報酬が大きかったからといって、全部使っていいわけではない。
俺は自分の予定を確認し、出せる額を書いた。
*
最初の七人へ話すと、玄がすぐに返した。
『出す』
続いて、杏。
『私も。攻城の方で、随分助けてもらったので』
岳も、律も、出せる分を知らせてきた。
朔は、俺の額を見てから言った。
「少し残してください。凌駕の部隊も、まだ育てている途中です」
「残してある」
「それなら」
葉が集計を始める。
最初は、この七人で渡すつもりだった。
けれど、湊が聞きつけた。
『自分たちも加わっていいですか』
そのあと、紬からも届いた。
『今回は城に残っていたので。少しですが』
城に残っていた者も、仕事をしていた。
俺はそのことを書いて返した。
紬からは、分かっています、と返ってきた。
『でも、渡したいんです』
俺は了承した。
*
巌へ知らせると、予想どおりの返事が来た。
『こっちにも報酬は入ったぞ』
『分かっています』
『なら、お前たちが使え』
俺はしばらく、その書簡を眺めた。
それから返した。
『前に俺が同じことを言っていたら、どうしましたか』
返事が止まった。
少しして、通話が来た。
「お前、そういう言い方を覚えたな」
「巌さんに言われたことを覚えているだけです」
向こうで笑う声がした。
俺も笑った。
「借金として返したいわけじゃないんです。今度はこちらから出せるので」
巌は黙って聞いていた。
「三十二人で分けてください。俺の城に力を集めてもらった分も、含めて」
「……ほかの連中にも話す」
「お願いします」
*
ポイントを渡すには、また取引所を使った。
直接、相手の残高へ移せるわけではない。
巌たちの手元で、今は持ち場のない武将を確認する。
こちらで受け入れられる者を選ぶ。
カンパ分を上乗せした値段で出品してもらい、買い取る。
圭が、出品の内容と価格を確認した。
葉は手数料を差し引いた受取額を書いている。
「これ、ちょうど渡すのは難しいな」
俺が言うと、圭が頷いた。
「買う側の額と、届く額が違うので。受け取る方を先に決めました」
巌からの出品が載った。
木材の生産を助けるRの武将だった。
同じ技能の武将が育ち、次の持ち場を決めていなかったという。
俺の城には、増設した伐採所がある。
周にも確認した。
購入を決める。
成立の表示が出た。
ポイントが減った。
今回は、その減り方を見ても惜しくなかった。
*
三十二人への受け渡しは、一度では終わらなかった。
出品の準備ができる時刻が違う。
受け入れる城の方にも、確認することがある。
その日の夜までに、半分ほどが済んだ。
翌日も続けた。
大きな報酬の表示を見ているときには、簡単に分けられる気がした。
実際には、一人ずつ名前を確かめる仕事だった。
最後の取引が成立すると、葉が記録へ線を引いた。
『三十二人、受取確認できました』
俺は、その一文を読んで息を吐いた。
玲山城の帰還報告を読み終えたときに、少し似ていた。
*
受け取った者たちから、書簡が届いた。
守備に向いた武将を探すという人。
内政武将を育てるために残すという人。
次の登用の日まで使わないという人。
使い道は揃っていなかった。
一人から、少し長い書簡が来た。
『出兵したのは、自分で決めたことなので、受け取っていいのか迷いました』
そのあとに続く。
『でも、戻ってから気に掛けてもらえたのが嬉しかったです。ありがとうございます』
俺は、それを最後まで読んだ。
前足の三十二人。
不屈三十二衆。
呼び名を付けて笑っていた中にも、それぞれの城があった。
それぞれ、減ったものがあった。
俺は短く返した。
『こちらこそ、ありがとうございました。また一緒にお願いします』
*
巌が城へ来たのは、受け渡しが終わった翌日だった。
玄もいた。
カイが茶を持ってくる。
巌は椀を受け取ってから、俺を見た。
「皆、喜んでいた」
「よかったです」
「俺からも、礼を言う」
いつもより静かな声だった。
俺は頷いた。
何か立派なことを返そうとしたが、うまく出なかった。
玄が横から聞いた。
「巌さんは、何に使うんですか」
「守備を考えている」
俺は思わず笑った。
「今度こそですか」
「今度こそだ。毎回、同盟を抜けるわけにもいかん」
カイまで笑った。
巌も、つられて笑っていた。
*
その日のうちに、不屈三十二衆の掲示板へ投稿があった。
巌からだった。
『カンパ、三十二人全員で受け取りました。ありがとう。今度は、こちらが返せるときに返す』
すぐに返信が付いた。
『まずは城を直します』
『守備武将を見ています』
『今日はもう兵を出しません。休ませます』
葉が、その最後の投稿へ返していた。
『それでお願いします』
玄は、別のところに書いていた。
『カンパしたので、俺の鉄にも少し優しくしてください』
杏の返事は早かった。
『それは別です』
俺は声を出して笑った。
*
夜、玲山城の保有情報を開いた。
北西の猫。
指定城、一。
生産補正は、すでに働いている。
明日の建設予定を確認すると、今までより早く、必要な資源が揃う見込みになっていた。
ポイントの残高は、取得した直後よりだいぶ減っている。
カイが覗き込んだ。
「使ったな」
「うん」
「また取引所で増やす?」
「そのうち」
今日は、買うものを探す気にならなかった。
代わりに、新しく来た武将の配置を確認する。
伐採所で仕事を始めたという報告があった。
巌から受け取った人だった。
俺は表示を閉じた。
「明日、見に行こうかな」
「俺も行く」
カイが言った。
廊下では、周が灯りを落とし始めていた。
俺は机の紙を重ね、一番上へ、三十二人の受取記録を置いた。
全部の名前に、確認の印が付いていた。




