となり
第六十一話 隣から来た話
佐伯が送った書簡が、蒼穹の上層へ渡った。
それを知ったのは、敵からの抗議が届いたからだった。
『同盟員への個別接触を直ちにやめていただきたい』
俺は佐伯へ見せた。
佐伯は最後まで読み、頷いた。
「一通は、そのまま渡ったようですね」
「誰からか、分かりますか」
「分かりません。調べるために、こちらから名前を挙げる必要もないでしょう」
机の上には、返事のあった君主の一覧がある。
そこには、まだ返事のない者も、条件の途中で止まっている者も載っていた。
蒼穹の上層が持っているのは、少なくとも書簡一通。
こちらが誰に送り、誰が答えたのかまでは、分かっていない。
「止まりますかね」
俺が聞くと、佐伯は少し考えた。
「止めようとはするでしょう。ただ、誰を止めればいいのか、向こうにも分かっていません」
*
最初に変わったのは、敵の部隊の動きだった。
出てきた部隊が、途中で止まる。
次の部隊が追いつくまで待って、まとまって進む。
昨日より、慎重になっていた。
「別々に出すのをやめたのか」
俺は湊の報告を読んだ。
援軍が来ると信じて先へ進み、置き去りにされる。
それを避ける動きとしては、間違っていない。
俺たちも、小さな部隊を簡単には挟めなくなった。
ただ、その分、遅い部隊に全員が合わせていた。
到着までの時間が伸びる。
俺はその間に、前日から休ませていた兵を入れ替えた。
敵が整うのを、何もせずに待つ必要はなかった。
*
昼過ぎ、個別に話をしていた君主から、佐伯へ連絡が来た。
『出兵の履歴を出すように言われています』
続けて、もう一通。
『北西の猫から書簡が来た者は、すべて報告しろと幹部から連絡がありました』
全体の掲示板には、何も出ていなかった。
蒼穹の一般の同盟員は、詳しい事情を知らされていないらしい。
上層から、急に確認が来る。
出兵の時刻。
編成。
損耗。
誰と戦ったのか。
書簡を受け取ったことのない者にも、同じ質問が送られていた。
「公にしたら、ほかの人も交渉できると分かるからかな」
俺が言うと、佐伯は頷いた。
「それもあるでしょう。ですが、説明せずに疑えば、疑われた方には理由が分かりません」
佐伯は返事を書いた。
今までの取り決めは変わらない。
ただし、こちらとのやり取りを見せるかどうかは、自分で判断してほしい。
必ず隠し通せるとは、約束しなかった。
*
夕方、別の君主から長い書簡が届いた。
差出人は、まだこちらから接触していない相手だった。
名前は、深町。
蒼穹の西側で、俺たちと何度か戦っていた。
その部隊には見覚えがある。
湊を押し返したこともあった。
書簡には、短いやり取りが写されていた。
『昨日の損耗が少ない理由を説明してください』
『後続を待てという指示で、接触前に停止しました』
『周囲は戦っています。自分の兵だけ残しているように見えます』
俺はそこで読むのを止めた。
昨日、その部隊が止まっていた場所を開く。
湊の報告と一致していた。
「本当に、待ってただけだ」
俺が言うと、佐伯は黙って頷いた。
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『戦意があるなら、次は先頭に出てください』
深町の書簡は、そこで終わっていた。
最後に、自分の言葉が一行あった。
『そちらからの話というのは、何でしょうか』
*
俺は、しばらく返事を考えた。
戦っていない者を疑う。
戦っていても、被害が少なければ疑う。
指示どおりに待ったことが、今度は戦意の証明を求められる理由になる。
「説明する?」
佐伯へ聞いた。
「します。こちらの条件は、ほかの方と同じです」
佐伯は深町へ、個別の戦闘停止について書き始めた。
俺は、翌日の敵の出兵予測を直した。
深町は、こちらの勧告で迷ったのではなかった。
味方から届いた書簡を読んで、こちらへ聞きに来た。
*
上層で起きていることは、少しずつ伝わってきた。
もちろん、全部が確かな話ではない。
負けた理由を互いに押し付けている。
合併前の同盟ごとに、疑う相手が分かれている。
初めから蒼穹にいた者は、新しく入った者を疑う。
新しく入った者は、前からの幹部が危ない仕事を押し付けていると言う。
書簡の文面まで見せてもらえた話と、誰かから聞いたという話を、佐伯は分けていた。
ただ、出兵の指示が増えたことは、複数の相手から確認できた。
『疑われたくなければ出てください』
似たような文が、別々の場所から届いた。
朔が、それを見て言った。
「補充が追いついていない城にも送っていますね」
俺は生産と損耗の控えを見た。
戦えるから出すのではない。
疑いを晴らすために出す。
その違いが、次の日の部隊に出た。
*
蒼穹の攻撃は、再び速くなった。
だが、揃ってはいなかった。
先に出ろと言われた部隊が進む。
それを見届けるはずの部隊が後ろで待つ。
前が押されても、援軍がすぐには入らない。
俺たちは、その間へ入った。
玄が受ける。
湊が横へ回る。
敵が戻ろうとすると、後ろから別の味方が進んできていた。
帰還と前進が重なる場所を、凌駕が押した。
敵は崩れた。
ただ、その日の先頭には、佐伯へ相談中の君主がいた。
『引き返せませんでした。後ろに幹部の部隊がいます』
報告が届いたときには、もう接触していた。
俺は現地へ指示を送った。
『攻撃している間は受けて。離れたら追わない』
取り決めが済んでいない相手だった。
それでも、逃げ始めた部隊を追うより、後ろに残る主力を押す方がいい。
敵の隊列が分かれた。
こちらが追ったのは、残って戦う方だった。
*
その夜、佐伯の手が止まった。
「どうしました?」
「紹介です」
「誰から?」
佐伯が、差出人を見せた。
小野寺。
北東へ入ってすぐの頃、個別の戦闘停止を受け入れた君主だった。
約束した道へ出兵し、接触せずに帰った。
それ以降、こちらへ攻撃していない。
書簡には、別の君主の名前が二つ書かれていた。
『近くの二人も、話を聞きたいそうです。私から窓口を教えてもよいでしょうか』
俺は二つの城を地図で確認した。
一つは、明後日の攻撃候補に入っていた。
「どうして小野寺に相談したんだろう」
佐伯は、添えられた説明を指した。
『私の城が攻められていないので、幹部から理由を聞かれました。その話をしているうちに、二人から別に連絡が来ました』
疑ったことで、目立たせたのだ。
戦わずに済んでいる城がある、と。
*
小野寺は、近隣の二人へ自分の経験を話していた。
北西の猫へ返事をした。
勝手に土地を取られたわけではない。
言われたとおりに部隊を引いたら、追われなかった。
資源を全部差し出せとも言われていない。
俺たちが送った勧告より、隣の城主の話の方が伝わったらしかった。
『俺はもう話を付けた。兵をなくす前に、一度聞いてみたらどうだ』
佐伯は、その文面を読んでいた。
小野寺が、自分から見せてくれたものだった。
「誘っているんですね」
俺が言うと、佐伯は頷いた。
「隣が戦い続ければ、自分も巻き込まれます。本人にも、誘う理由があります」
ただ親切なだけではない。
隣にも戦いをやめてほしい。
そうすれば、近くへ援軍が集まらなくなる。
自分だけが部隊を出さないことも、目立たなくなる。
同じ事情の相手を、増やしたかったのだろう。
*
佐伯は、紹介を受けた。
ただ、二人まとめて了承とはしなかった。
それぞれから、直接返事をもらう。
今いる部隊。
攻撃の予定。
すでに出した援軍。
一つずつ確かめた。
「小野寺さんが大丈夫だと言ったから、全部大丈夫だとは思わないでください」
佐伯はそう書いた。
小野寺にも、条件を勝手に広げないよう頼んだ。
その返事は、少し疲れた文章だった。
『承知しました。こちらも、何でも保証するのは無理なので助かります』
俺はそれを読んで、少し笑った。
どこの同盟にも、話を受け止める人がいる。
その人のところへ、次の相談が来る。
律や佐伯だけに起きていたことではなかった。
*
翌朝には、もう別の紹介が来ていた。
先に配下化を受け入れた君主からだった。
今度は、個別停戦ではなく、正式に配下へ入りたいという相談だった。
『このまま蒼穹に残っていると、出兵を断るたびに問い詰められます』
本人の城は、小野寺の城より後ろにある。
今すぐこちらが攻め落とせる場所ではなかった。
それでも、もう残りたくないと言う。
佐伯は手続きを説明した。
従属した場合に変わること。
土地の扱い。
保護期間と、その後。
本人の承認が済んでから、表示が変わった。
蒼穹の所属人数が、一人減った。
北西の猫の同盟員が増えたわけではない。
けれど、戦う相手が一人、確かに減った。
*
それを見た蒼穹の上層が、さらに強い指示を出した。
無断での個別交渉を禁じる。
前線から退く場合は、幹部の了承を得る。
出兵できない者は、その理由を明らかにする。
文面は、佐伯へ届いた。
届けたのは、昨日まで返事のなかった君主だった。
『兵が戻っていないと答えたら、嘘をつくなと言われました』
俺は、報告の時刻を確認した。
その兵とは、こちらが昼に戦っている。
帰還中だった。
まだ戻っていないことを、敵である俺たちの方が確かめられた。
佐伯は、その君主へ条件を送った。
*
蒼穹の指示が、すべて間違っていたわけではない。
まとまって守るよう呼び掛けている者もいた。
補充の状況を聞き、無理な出兵を止めた幹部もいた。
そういう部隊は、こちらも簡単には崩せなかった。
俺は、その一団を攻撃候補から外した。
代わりに、周囲を見る。
連絡の揃った城の隣に、出兵をやめた城がある。
さらに隣には、幹部と揉めた城がある。
正面の強い部隊は残っていても、その横を任せる相手が減っていた。
湊が回る。
岳が道を押さえる。
守備を固めた部隊が、城へ戻り始める。
俺たちは、兵を増やさずに前へ進んだ。
*
巌から、短い連絡が来た。
『戦う前に、向こうから旗を下げた』
佐伯が一覧を確認する。
その城の持ち主とは、まだ話していなかった。
俺は巌へ、いったん止まるよう返した。
少しして、書簡が届く。
『隣の者から、降伏を受け入れてもらえると聞きました』
佐伯は椅子へ座り直した。
条件を確かめる。
部隊の攻撃を止めてもらう。
近くにいる巌の部隊へ、取り決めを伝える。
その城では、戦闘が起きなかった。
帰るはずだった兵糧が残った。
休ませるはずだった攻城兵も、傷つかずに済んだ。
葉が予定表を直している。
俺も、次の出兵を一つ後ろへずらした。
浮いた分を、すべて次の攻撃へ使う必要はなかった。
兵を休ませることもできた。
*
夜、佐伯へ茶を渡した。
受け取った椀を、しばらく手の中で温めていた。
「最初に送ったのは、何通でしたっけ」
俺が聞くと、佐伯は記録をめくった。
数を答えてから、今日届いた分を見た。
紹介を経て来た相談は、その数へ追いつきそうになっていた。
「もう、こちらが探して送るだけではないんですね」
「ええ」
佐伯は、まだ開いていない書簡を見た。
「ただ、受け入れるところで失敗すれば、止まります」
戦わないと決めたのに、攻撃された。
聞いていた条件と違った。
そんな話も、同じように隣へ伝わる。
俺は頷いた。
前線へ送る一覧を、もう一度確認した。
交渉中。
停止合意済み。
配下化手続き中。
似た言葉でも、同じ扱いにはできなかった。
*
カイが、地図を覗いた。
「今日、あんまり動いてない?」
「部隊は、昨日より動いてない」
「でも、色は変わってる」
「向こうから話が来た」
カイは少し考えてから、頷いた。
「帰りたいんだろうな」
俺は書簡の山を見た。
兵を残したい。
城を守りたい。
責められたくない。
負ける前に、別の道を選びたい。
理由は、人によって違う。
けれど、どの書簡にも、明日も同じように戦いたいとは書かれていなかった。
佐伯の表示に、新しい通知が付いた。
差出人は、小野寺だった。
『もう一人、紹介してもよいでしょうか』
俺は地図の東側を空けた。
佐伯が返事を書く。
また一つ、攻める前に話せる城が増えた。




