工作
第六十話 返事のある城
蒼穹の部隊は、弱くなかった。
先頭の武将は強い。
兵も育っている。
正面から受ければ、こちらにも相応の被害が出る。
ただ、一度予定が崩れたあとの動きに、差があった。
前の部隊が止まる。
後ろも止まる。
そこまでは揃っていた。
けれど、別の道へ回った部隊は、その停止を知らずに進んでくる。
合流するはずの相手が来ない。
戻るか、待つかを相談している間に、こちらが先に動く。
「砦を取るときの連携は、できてるんだな」
俺が言うと、杏が頷いた。
「決めた時刻に、決めた場所へ着くのは上手い。でも、途中で変えたときに遅れる」
敵は、待ってくれる砦の守備兵ではない。
止まれば迂回する。
薄くなれば入る。
攻めると見せて、別の城へ向かう。
そのたびに、蒼穹の指示が一度途切れた。
*
東稜会から届いた話にも、それを裏付けるものがあった。
蒼穹は、大きくなる過程で多くの同盟を取り込んだ。
人数と戦力を見て、争わずに合流したところも多い。
砦攻略の実績はある。
高位武将も揃っている。
けれど、同じくらいの相手と、何日も部隊を出し合う戦争は少なかったらしい。
「弱い相手ばかりだった、という意味ではありません」
佐伯が言った。
「戦う前に相手が譲れば、戦う経験は増えませんから」
俺は地図を見た。
先日まで、人数の多さに目が行っていた。
今は、同じ蒼穹の中でも、動きの違う集団が見える。
先頭で踏みとどまる者。
命令を待つ者。
隣が下がったので、自分も下がる者。
一つの色なのに、動く理由は揃っていなかった。
「全部を同じ敵として扱うのは、やめましょう」
佐伯が言った。
*
先に、天衡を終わらせる必要があった。
配下化の保護期間は、残り少ない。
巌たちの保護は、すでに切れていた。
その城には守備が戻り、前へ出せる兵は減っている。
俺たちは、その減った分を、数日の戦いで作った余裕で補っていた。
天衡の主力は、もう最初の数ではない。
城を取られない間に何度も出てきた。
出てくる道を調べた。
戻る時刻を記録した。
補充の遅い城から、順に押さえた。
保護期間は、兵まで戻してくれるわけではなかった。
鷲尾の城の周囲には、蒼穹の援軍もいた。
ただ、その援軍と天衡の部隊は、別々の指示で動いていた。
俺は、二つの到着時刻を見比べた。
「ここで離せる」
*
保護が切れる前に、玄が動いた。
狙ったのは、鷲尾の城そのものではない。
蒼穹の援軍が使っている、南側の中継地だった。
敵が守りに出る。
こちらは深く入らない。
岳の部隊が別の道へ姿を見せる。
蒼穹の援軍が、どちらを受けるか迷って止まった。
その間に、天衡の部隊だけが前へ出た。
湊が、その先頭を叩いた。
凌駕は追わず、戻る道へ回った。
鷲尾の城へ戻ろうとする兵と、助けに出ようとする兵が重なる。
俺は杏へ知らせた。
『予定どおり。切れる時刻は、もう一度確認して』
『確認済み。早く着かせない』
地図の端で、数字が減っていった。
*
保護期間終了。
表示が消えてから、最初の部隊が城へ入った。
守備は残っていた。
鷲尾も、何もせず待っていたわけではない。
強い武将を城内へ置き、戻せる兵を集めていた。
一度目では抜けなかった。
報告を読んで、俺は次の編成を変えた。
同じ兵を、同じ場所へ足さない。
盾が厚い側を避け、疲れた守備が交代するところへ圧力を掛ける。
蒼玄が入り、巌の主力が続いた。
守備が崩れたという報告が来る。
杏が、待たせていた攻城部隊を進めた。
その中に、破岳がいた。
*
耐久の減り方を、俺は黙って見ていた。
援軍が間に合うか。
最後の部隊が着く前に、回復が入るか。
何度も計算したところだった。
東側から蒼穹の部隊が近づいている。
真木が受ける。
勝ち切る必要はない。
杏の最後の部隊が着くまで、道を渡さなければいい。
葉が到着時刻を読み上げた。
俺は、次の報告を待った。
城の耐久が、残りわずかになった。
破岳の部隊が押す。
表示が切り替わった。
鷲尾、配下化。
従属先、北西の猫。
誰かが大きく息を吐いた。
俺も、そこでようやく息を吸った。
*
鷲尾の城一つで、残るすべての城が自動的にこちらへ移ったわけではない。
けれど、天衡の指示は止まった。
前線で戦っていた者から、個別の降伏が届き始めた。
まだ動く城は、巌たちが押さえた。
戻ろうとする部隊には、退く方向を示した。
昼を過ぎる頃には、天衡がまとまった攻撃を出すことはなくなっていた。
佐伯が最後の報告を置く。
「天衡の組織的な抵抗は、終わったと見ていいでしょう」
俺は頷いた。
鷲尾から届いた書簡は、まだ開いていなかった。
先に、蒼穹の部隊が残る場所を確かめた。
天衡を配下にしていたことで使えた足場は、失われつつある。
ただし、蒼穹が自分で取った土地は残る。
そこから、また兵を出せる。
「追いますか」
湊から聞かれた。
俺は地図を東へ動かした。
「進む。今度は、向こうが兵を出してくる場所まで」
*
北東へ入る部隊は、絞った。
知らない道へ、北西と同じ細かさの指示は出せない。
先に少数を出して確かめる。
戻る場所を決める。
補給が届く範囲を越えない。
湊たちには、以前から残していた北東の足場もあった。
東稜会には、使う道と部隊を知らせた。
援軍を求める前に、近所を通る相談をした。
返事が来た範囲から動く。
その間に、佐伯が別の準備をしていた。
*
机に並んだのは、蒼穹の君主たちの名前だった。
交戦した部隊の持ち主。
その後ろで兵を出している城。
道をつなぐ位置にいる者。
佐伯は、そこへ一通ずつ書簡を送ると言った。
「降伏勧告ですか」
「ええ。ただ、同盟全体の返事を待つ形にはしません」
差し出された文面を読む。
『貴城への攻撃を避けるため、個別の戦闘停止を提案します』
そのあとに、具体的な行動が続いていた。
こちらへの攻撃を止める。
主力を援軍として送り込まない。
部隊を動かす場合は、行き先と時刻を知らせる。
そして、最後に一文があった。
『同盟内への説明が難しければ、戦闘に参加するふりで構いません。出兵の形を取り、接触せずに引き返すことは、こちらで合わせられます』
俺は顔を上げた。
佐伯は、静かにこちらを見ていた。
「兵を出す理由が、全員同じとは限りません」
*
律は、上位同盟との交渉を続ける。
白瀬への戦況報告。
瀬名との情報交換。
東稜会との通行の相談。
個別に敵の足並みを崩す書簡は、佐伯が担当することになった。
「律には、伝えてありますか」
「内容も、条件も。二人で違う約束をしては困りますから」
佐伯は、送る相手を指した。
「返事がなければ、戦う相手として扱います。兵を温存して待つ理由はありません」
「返事があれば?」
「まず、崩せる相手です」
言い方は、はっきりしていた。
「雑魚、と呼ぶ人もいるでしょうね。少なくとも、こちらに個別の逃げ道を求めている。その分、同盟の命令だけでは動かなくなります」
俺は名前の列を見た。
技能の強さとは違う話だった。
SSRを持っていても、戦いたくない者はいる。
主力を出すふりだけで済むなら、そうしたい者もいる。
同じ人数でも、前へ出てくる人数を減らせる。
「返事をしただけで、信用はしない?」
「もちろんです。返事と、実際の動きは別に記録します」
俺は文面を戻した。
「お願いします」
*
最初の返事は、予想より早かった。
『こちらから攻め込むつもりはありません。ただ、出兵しろという連絡が来ています』
佐伯はすぐに返した。
部隊を出すなら、北側の道へ。
指定した土地の手前で止まり、そのあと引き返す。
こちらも、そこへ追撃を出さない。
時刻を決める。
目印を決める。
実際に、相手の部隊が動いた。
北へ向かい、止まり、戻った。
佐伯が、その名前に小さな印を付けた。
前線の敵が、一隊減った。
戦闘報告には、何も残らなかった。
*
返事が来ない城もあった。
期限まで待った。
その間にも、そこから部隊が出ていた。
こちらの足場へ向かい、攻撃を続けている。
俺は佐伯に確認した。
「追加の連絡は?」
「ありません」
「分かった」
その城へ、主力を向けた。
玄が正面へ出る。
岳が帰路を押さえる。
湊が別の土地を取り、凌駕が援軍へ回る敵を止める。
援軍が集まれば、そこを叩く。
引けば、城へ詰める。
中途半端に兵を減らして、次の出兵を待つ戦いにはしなかった。
守備が崩れるまで攻撃を続け、杏の部隊が入った。
城が落ちた。
*
佐伯は、その結果を大きく掲示しなかった。
返事をしていない近隣の君主へ、事実だけを送った。
何時に戦闘が始まったか。
どの城が配下になったか。
個別の戦闘停止は、まだ受け付けていること。
夕方までに、返信が増えた。
『今からでも間に合いますか』
『援軍を出さなければ、こちらの城は攻めませんか』
『同盟には、道を塞がれたと伝えてもいいでしょうか』
佐伯は、一つずつ条件を決めた。
俺は、その返事を見ながら、部隊を動かす先を変えた。
動かない相手に、こちらの兵を貼り付けておく必要はない。
その分を、まだ抵抗する城へ回す。
戦う相手が減るほど、一つの城へ集められる兵は増えた。
*
蒼穹の連絡は、さらに乱れた。
出兵したはずの部隊が来ない。
来ても、接触する前に戻る。
道が使えないと言う者がいる。
敵が多すぎると言う者がいる。
どれが本当で、どれが口実か、向こうの指揮役には分からない。
こちらには分かっていた。
佐伯の紙に、名前と時刻が書かれていたからだ。
「南側、援軍は来ません」
その報告を受けて、俺は凌駕を西へ戻した。
「ここは、まだ動く」
別の名前を指す。
湊が向かった。
蒼穹の人数は、大きく減っていなかった。
それでも、地図の上で一緒に戦っている人数は、確実に減っていた。
*
一人だけ、返事をしたあとで攻撃してきた者がいた。
佐伯は、その印を消した。
俺も、追撃を止める指示を取り消した。
相手の高位武将は強かった。
玄の部隊が、一度押された。
だが、隣から援軍は来なかった。
隣の君主は、すでに佐伯と話を済ませていた。
こちらは交代できる。
向こうはできない。
最後には、城へ戻るしかなくなった。
「返事をした人は、弱いんじゃなかったのか」
俺が言うと、佐伯はその名前を見た。
「弱くできる、という方が正確でしたね」
そう言って、新しい書簡を開いた。
「一人ずつにしてしまえば」
*
北東へ入って二日目の夜、俺は地図を広くした。
進んだ距離は、まだ大きくない。
北東全体を知ったわけでもない。
けれど、蒼穹の西側には、こちらが使える城と土地ができていた。
その間に、攻撃してこない敵の城がある。
さらに向こうには、まだ戦う城がある。
同じ色なのに、扱いは違った。
地形の記録へ、人の返事が重なっていた。
巌から連絡が来た。
『前より、援軍が来ないな』
『佐伯さんが減らしています』
『あいつ、こういうこともできるのか』
俺は少し笑った。
いつも、会議の遅刻を注意していた人。
長い返事を書き、取り決めの抜けを拾っていた人。
その人が今、敵の一人一人に別の約束を渡していた。
*
机の向こうで、佐伯が手を止めた。
「また一人、返事が来ました」
俺は顔を上げた。
「どこですか」
佐伯が地図を指す。
明日、正面から攻める予定だった城だった。
『戦闘に参加した形だけ、残せますか』
俺は文面を読んだ。
それから、湊へ送る出兵予定を開いた。
その城へ向けていた線を、隣へ移す。
「条件を詰めてください。部隊は、こっちへ回します」
佐伯が頷いた。
また、敵の一隊が、戦う前に減った。




