苛烈
第五十七話 三日間の前衛
同盟員の数が減っていくのを、俺は黙って見ていた。
一人。
また一人。
巌と一緒に出るのは、三十二人だった。
城の位置が前線に近い者。
攻撃向きの武将を持つ者。
今回の仕組みと、そのあとの危険まで聞いて、参加を決めた者たちだった。
砦の所属を確認する。
資源の受け渡しを確認する。
連絡先を変え、地図上の色が変わることを全員へ伝える。
佐伯と葉が、抜けを拾っていた。
設立された同盟の名前は、猫の前足だった。
「もう少し考えなかったんですか」
俺が聞くと、巌は笑った。
「分かりやすいだろう」
それは、そうだった。
*
配下関係の承認が揃った。
北西の猫を主とする従属同盟。
巌たちの城に、再配下化までの保護期間が表示される。
残り、三日。
俺はそれを確認してから、全体へ知らせた。
『色は変わりましたが、味方です。巌さんたちの部隊への対応を間違えないでください』
玄から、すぐに返事が来た。
『前足だから分かる』
緊張していた肩が、少しだけ下がった。
巌は、もう出兵の準備をしていた。
*
天衡の最初の攻撃は、巌の城へ向かった。
想定していた守備の大軍は、そこにはいなかった。
城を奪って足場を広げるつもりだった敵は、再配下化できない表示を見たはずだった。
報告の直後、進路が変わる。
周囲の土地へ回る部隊。
引き返す部隊。
その間に、巌が動いた。
守備へ回す予定だった主力が、そのまま敵の前線へ向かった。
敵を押し退ける部隊。
その後ろに、破岳。
狙うのは、今回吸収された君主のうち、天衡の進出路を支えている城だった。
「先に城を守らなくていいっていうのは、こんなに楽なんだな」
巌の声が届いた。
笑ってはいたが、出している指示は細かかった。
傷んだ部隊は戻す。
交代の部隊を前へ出す。
兵を補い、また出す。
倒されても何も失わないわけではない。
だが、帰る城そのものを取られる心配が、今だけはなかった。
普段なら攻め切れずに引くところへ、次の部隊が来る。
さらに次が来る。
誰かが連絡欄へ書いた。
『前足、ゾンビみたいにまた来る』
巌が返した。
『まだ生きてるぞ』
*
俺は、巌と同じものを見ないようにした。
巌は、前の敵を見る。
俺は、その敵がどこから来て、どこへ戻るかを見る。
吸収によってつながった天衡の領地。
確かに広い。
けれど、広くなった全部の城へ、同じように兵が入ったわけではなかった。
急に色が変わった土地には、以前の持ち主の出兵の癖が残っている。
まだ連絡の揃わない場所もある。
俺は紙へ、狙う城を三つだけ書いた。
「全部、攻める?」
玄が聞いた。
「全部、同時に見せる。どこへ兵を入れるか、相手に選んでもらう」
単独武将の小さな出兵を出した。
勝つためではない。
接触する。
守備の顔ぶれを確かめる。
帰還できた報告から、古い記録を直す。
最初の城には、予想より多い兵がいた。
そこは、印を消した。
次の城には、攻撃向きの武将が残されていた。
その先には、短い坂がある。
冬馬の記録を開いた。
*
カイから報告が来た。
『北の道、荷車が一台止まってる。横は通れるけど、馬は並べない』
地図には出ていない。
俺は凌駕の進路を一つ南へずらした。
少し遠回りになる。
それでも、細いところで列を詰まらせるより速い。
湊へ、別の道を任せる。
真木は、まだ待たせた。
全員を走らせると、報告が届いたときに使う部隊がなくなる。
「玄、先に動いて。接触したら、長く押し合わなくていい」
『了解』
「湊は、その報告を待ってから」
『待機します』
「杏、破岳の到着に合わせられる?」
『合わせる。守備が残ったら、耐久の部隊は止める』
短い返事が揃った。
最初に同盟を作った頃、どれだけ説明しても長くなるだけだった書簡を思い出す。
今は、一度話したことが、次の指示を短くしていた。
*
敵が玄の方へ兵を寄せた。
俺は湊を動かした。
凌駕は、その少しあとに着く。
騎兵の速さを、ただ遠くへ行くために使うのではない。
相手が守備を動かしたあと、その穴へ間に合わせるために使う。
一つ目の接触報告。
続いて二つ目。
湊が押し込み、凌駕の部隊が入った。
敵の守備が崩れる。
俺は、待たせていた杏へ知らせた。
『今』
その一文字を送る。
すでに進んでいた攻城部隊の到着が続いた。
別の場所では、巌が守備を突破していた。
破岳が入る。
耐久が減る。
今までなら、もう一隊必要だったところが、その前に終わった。
城の色が変わった。
*
俺は、取れた城を見て喜ぶ前に、周囲を確認した。
その城の領地を、こちらの足場として使える。
だが、それで隣の天衡の土地が消えるわけではない。
敵が戻ってこられる道は、まだある。
主な中継地を取る。
残る城を孤立させる。
守備が集まった場所は、すぐには攻めない。
取り残された部隊が戻ろうとすれば、別の部隊をその帰路へ回す。
真木を動かしたのは、そこでだった。
待っていた騎兵が、空いた道を走った。
『取れます』
届いた報告を見て、俺は二つ目の印を消した。
地図の上で、天衡の色がひと塊ではなくなっていく。
城と城の間が切れた。
援軍が遠回りを始めた。
その時間で、次の城を囲んだ。
*
兵糧の報告が来た。
葉が、余裕のある城から順に割り振っていた。
朔は、募兵を急がせる城と、生産を続ける城を分けている。
全員が兵を作り始めれば、そのあとで食糧が止まる。
先に内政を育てた分を、今使っていた。
圭は、失った兵と戻る兵を整理していた。
取引所で覚えたように、消えた表示だけで判断しない。
帰還報告があるまで、帰ったことにしない。
律は、攻撃に加わっていない近隣同盟へ連絡を送った。
こちらの目標。
通る予定のない土地。
境界で部隊を見たときの連絡先。
佐伯は、上位会議へ天衡の攻撃記録を提出していた。
前線で城を取る間にも、北西の外へ戦争を広げないための話が続いていた。
*
俺の城にも、敵の部隊が向かった。
巌の城が取れないなら、新しい盟主を狙う。
分かりやすい動きだった。
以前なら、全体の地図を閉じていたと思う。
城の守備だけを見て、誰かの帰りを待っていた。
今日は、巌鉄がいた。
買い集めた守備武将がいる。
陸も、廉も、持ち場を知っている。
カイたちが残した、城の周囲の記録もあった。
敵の先頭が見えたという報告を、守備の担当へ渡す。
迎える場所と、追わない範囲を確認する。
そして俺は、全体図へ戻った。
巌鉄から届いた報告は短かった。
『持ち場、維持しております』
俺も短く返した。
『お願いします』
*
夕方までに、敵の前進拠点を三つ奪った。
巌たちは、その向こうでも止まっていなかった。
一度戻った部隊が、兵を補って再び出る。
交代で前へ出るため、同じ武将ばかりが戦い続けるわけではない。
けれど、敵から見れば、倒しても追い払っても、また部隊が来た。
城へ反撃しても、今は配下を奪い返せない。
巌は攻撃に兵を寄せられる。
こちらは、その進撃で守備が動いた場所を切り取れる。
二つの動きが、噛み合い始めていた。
『そっちの方が速くないか』
巌から書簡が来た。
俺は、取った城の数を見た。
『巌さんの方へ敵が集まっていますから』
『なら、もっと集めるか』
『集めすぎないでください』
返事は、笑っているのが分かる文だった。
『もう盟主らしいことを言う』
*
夜、カイが戻ってきた。
靴に泥が付いていた。
俺は椅子を引いて、座る場所を作った。
「茶、冷めた?」
「淹れ直してもらう」
「ありがと」
カイは地図を見た。
朝より、こちらの色が増えている。
巌の城へ伸びていた敵の領地は、途中でいくつも切れていた。
「随分、変わったな」
「うん」
勝っている。
それは分かった。
けれど、俺は保護期間の残りを見た。
三日間は、いつまでも三日間ではない。
終わったとき、巌たちが守れる形にしておかなければならない。
俺は明日の紙へ、攻める場所と一緒に、残す兵を書き始めた。
カイが椀を受け取りながら聞く。
「まだやる?」
「次の交代に渡すところまで」
「じゃあ、俺も見てる」
机の向かいに、カイが座った。
新しい報告が届く。
俺はそれを開き、皆が作ってくれた地図へ、次の線を引いた。




