推し
第五十四話 一人目のあと
圭が持ってきた紙には、武将の名前より、時刻の方が多く書かれていた。
朝。
昼前。
夕方。
日付の横に、登用した場所が並んでいる。
「相場の記録?」
俺が聞くと、圭は頷きかけて、首を振った。
「最初は、そのつもりでした」
机へ紙を広げる。
「登用の場所が話題になってから、出品が増えたか調べていたんです。でも、売りに出された時間と、引いた時間は違うので」
「本人に聞いた?」
「答えてくれる人にだけ。あと、掲示板で結果を載せている人にも」
圭の指が、一つの名前で止まった。
その日、その場所で最初にSSRを引いた人。
その下には、同じ場所で登用した人の名前が続いていた。
SR。
R。
N。
R。
途中に、またSR。
SSRはなかった。
「ここだけなら、偏ったんだと思います」
圭が次の紙を置いた。
「でも、別の日もそうなんです」
*
俺は取引所の記録を開いた。
圭と一緒に付けていた、売買の控えだ。
値段。
技能。
育成の程度。
出品されてから、どれくらい残っていたか。
最近はそこへ、登用した場所についての噂も書き足していた。
「この人、翌日も同じところで引いてるな」
「はい。翌日は出ています」
「同じ人なのに?」
「同じ人です」
俺は椅子を引き寄せた。
当たりを引いた人は、その後しばらく出にくい。
そんな話も、掲示板にはあった。
けれど、今見ている記録では、同じ人が翌日に引いている。
代わりに、前の日は、その人のあとから来た誰にも出ていなかった。
「人じゃなくて……場所の方か?」
圭が頷いた。
「その日に出せる数が、決まっているんじゃないでしょうか」
俺は、窓際の椅子を見た。
*
自分の城で登用した記録を、葉にも探してもらった。
全部は残っていない。
何となく遊びに来て、その場で札を使った人もいた。
ただ、日向が最初のSSRを引いた日は、覚えていた。
皆が騒いだ。
俺も、そのあとで引いた。
外れた。
「……あの日、俺は日向のあとだ」
圭が顔を上げた。
別の日も探す。
玄が当てたSRとは分けて、SSRが出た日の記録だけを並べる。
分かる範囲では、同じ日に二人目は出ていなかった。
「総量規制みたいなものか」
俺が言うと、圭は小さく頷いた。
「当たりやすさだけじゃなくて、出る数にも上限があるなら、説明できます」
「使い切ったあとで、俺たちが引いてた?」
「その可能性があります」
俺は額を押さえた。
カイが、横から紙を覗く。
「売り切れってこと?」
圭が少し笑った。
「そういうことかもしれません」
「売り切れても、札は取るのか」
誰もすぐには答えなかった。
俺も、同じことを考えていた。
*
律と佐伯を通して、確認を頼んだ。
白瀬にも、瀬名にも、出せる範囲の記録だけでいいと伝えた。
武将の名前や能力を全部教えてほしいわけではない。
場所。
日付。
SSRが出た時刻と、そのあとの結果。
返ってくるまで、三日掛かった。
その間にも、圭は記録を増やした。
違う城の出来事が一つに混ざっていたもの。
翌朝の結果を、前夜の続きとして書いていたもの。
当たったとだけ書かれていて、実際はSRだったもの。
一つずつ分けると、派手な噂はだいぶ減った。
残った記録は、どれも似ていた。
出るまでは、何度か外れる。
出たあとは、その日にはもう出ない。
そして、翌日になると、また出ることがある。
四日目の朝、登用の追加説明に、新しい項目が開いた。
*
【登用地点の供給上限について】
俺は圭を呼んだ。
葉も来た。
周に確認しながら、下まで読む。
【特殊な登用地点には、等級別の日次供給上限が設定されています】
【上限は当該地点を利用する全君主で共有されます】
【上限に達した等級は、次回更新まで当該地点での登用対象から除外されます】
俺は三行目を指で追った。
出にくくなる、ではなかった。
出なくなる。
説明は、まだ続いていた。
供給数は地点ごとに異なる。
更新は、第三世界の日付の切り替わり。
特殊地点以外の通常登用には、この地点別上限は適用されない。
ただし、地点ごとの残数は表示されない。
「圭」
「はい」
「当たってた」
圭は、少しの間、何も言わなかった。
それから、椅子へ座った。
「……先に書いておいてほしかったですね」
「本当にな」
*
同盟の連絡欄は、また騒ぎになった。
『誰かが出したあと、ずっと引いていました』
『場所を変えればよかったのか』
『日付が変わっても、一回で出るとは書いてないですよね』
『ここで昨日出した人、いますか』
律と佐伯のところには、前の説明より多くの書簡が来た。
場所を教えてほしい。
使う日を相談したい。
誰が先に引くのか決めたい。
これまでは、同じ椅子へ座れればよかった。
今度は、同じ日に座る順番まで意味を持ち始めた。
巌は連絡欄へ、短く書いた。
『人の当たりを責めるな。知らずに引いた者もいる。今から分かったことで決めよう』
俺は、その文章をしばらく見ていた。
日向から、俺宛てに書簡が来ていたからだ。
『あの日、自分が先に引いてしまったので』
続きまで読む前に、返信欄を開いた。
『当たってよかったって、今も思っています。そこは変わりません』
送ってから、もう一文を足した。
『次に来るときも、普通に来てください』
*
城が特殊地点である可能性は、かなり高くなっていた。
同じ日にSSRが二人出た記録は、まだない。
ひとまず、ここでは一日一人と考えて、結果を残すことになった。
もっと多い可能性を確かめるために、皆の札を使わせる気にはなれなかった。
訪問の予定は、すでに入っている。
来た順にいくらでも引く形はやめ、登用を希望する人同士で日を分けた。
その相談の途中で、玄が言った。
「お前、いつ引くんだ?」
「俺?」
「うん。ずっと案内してるだろ」
自分の予定を入れていなかった。
ポイントは少しずつ戻っていた。
取引所での利益と、砦から得た分。
使おうと思えば、何回かは引ける。
「俺はいつでも城にいるから」
「だから毎回、あとになるんじゃないか」
玄に言われて、返せなかった。
葉が予定の紙を見た。
「明日は、まだ誰も入っていません」
俺は窓際を見た。
いつもの椅子だった。
「……じゃあ、明日」
*
朝食を済ませてから引くことにした。
日付が変わった瞬間でなければいけないわけではない。
今日はまだ、誰もここで登用していなかった。
カイが椅子の背に手を置く。
「緊張してる?」
「少し」
「いつもやってるのに」
「いつも出ないからな」
圭と葉が、記録を用意していた。
玄もいた。
来なくていいと言ったのに、気になるからと言って朝から来た。
一回目は、Nだった。
二回目は、R。
玄が口を開きかけて、閉じる。
「何?」
「いや、まだ何も言ってない」
三回目を選ぶ。
使えるポイントを確認した。
今日、出ないこともある。
供給枠が残っていることと、自分が引けることは違う。
そう分かっていても、指を離すのに少し時間が掛かった。
光が広がった。
いつもの光より、深い色が混じっていた。
玄が立ち上がる。
俺は、表示の文字を見た。
SSR。
*
現れた男は、深い青の外套を着ていた。
鎧は体に沿っていて、腰には剣がある。
手にしていたのは、長い槍だった。
男は俺の前で膝をついた。
「凌駕。お召しに応じ、参りました」
俺は返事をしようとして、声が出なかった。
名前の下に、得意とする兵種がある。
騎兵。
騎兵を率いた際の行軍と、突撃に関わる技能。
敵と接触したあと、部隊を立て直すための技能もあった。
読み終えてから、もう一度、最初へ戻る。
SSR。
消えていなかった。
「お前のだぞ」
カイが言った。
俺は顔を上げた。
「……うん」
「今回は」
玄が笑った。
葉も、圭も笑っていた。
俺は凌駕へ向き直る。
「よろしく頼む。まず、城を案内する」
「承知いたしました」
立ち上がった凌駕を見て、ようやく実感が湧いた。
借りた戦力でも、訪ねてきた誰かの武将でもない。
俺の城へ、来てくれた人だった。
*
知らせると、湊からすぐ返事が来た。
『会いに行ってもいいですか』
真木からも来た。
『騎兵の編成、相談しよう』
二人とも、俺より具体的だった。
俺は嬉しくなって、募兵の画面を開きかけた。
そこで朔から書簡が届いた。
『馬と兵糧の確認をしてからにしましょう。おめでとうございます』
まだ何もしていないのに、見られているようだった。
玄が表示を覗き込む。
「一気に増やすつもりだった?」
「少しだけ」
「俺の鉄のときと同じこと言ってる」
俺は募兵の画面を閉じた。
凌駕には、まず厩と今いる兵を見てもらう。
陸や蒼玄たちにも紹介する。
強い武将が来ても、翌朝には騎兵隊が揃っているわけではなかった。
その手間が、今日は少しも嫌ではなかった。
*
巌が来たのは、その翌日だった。
予定を調整して、今日は巌が引くことになっていた。
玄は、また見に来ていた。
「お前、毎日いるな」
巌が言う。
「今日は見届けに」
「昨日は?」
「見届けに」
巌は笑って、窓際へ座った。
椅子が小さく見えた。
「出なかったら、そのときは飯を食って帰る」
「出ても食べるでしょう」
「もちろんだ」
巌は札を持ち上げた。
こちらまで緊張しているのが、馬鹿らしくなるくらい普通に引いた。
一枚目はR。
二枚目はSRだった。
内政向きの武将で、巌は素直に喜んだ。
三枚目で、光の色が変わった。
*
巌の前に現れた男は、厚い肩当てを着けていた。
背は高いが、動きは静かだった。
大きな武器より先に、腰から下がる道具が目に入った。
「破岳。攻城の任、お申し付けください」
巌が能力を確認する。
途中で、声を上げた。
「これは杏に見せたいな」
俺も見せてもらった。
SSR、破岳。
守備兵との戦闘能力そのものは、目を疑うほど高いわけではない。
けれど、攻城兵を率いて城や砦の耐久を削る段階になると、技能の効果が大きく変わった。
守備を突破したあとの仕事に、はっきりと偏っている。
俺は、砦攻略のときに何度も見ていた数字を思い出した。
あと少し残った耐久。
次の部隊が着くまでの時間。
回復を上回れるか、紙の上で何度も足した損害量。
「これは……欲しいところに来ましたね」
「ああ」
巌が頷く。
「お前たちが開けたところへ、こいつを連れていける」
俺は破岳を見た。
どんな砦でも一人で落とせる、という話ではなかった。
それでも、今まで全員で苦労していた最後の部分を、任せられるかもしれない。
杏へ知らせる文章を考えていると、玄が呟いた。
「俺の鉄、いらなくなったかな」
巌が振り向く。
「何だ、それは」
俺は笑いながら、あとで話すと答えた。
*
その日の夕食は、予定より人数が増えた。
凌駕を見に来た湊と真木。
破岳の技能を直接確かめに来た杏。
途中から、朔も加わった。
話はすぐに、兵糧と攻城の準備へ移った。
俺は二人のSSRがいる光景を、何度も見てしまった。
カイが隣で、椀を持ち上げる。
「よかったな」
「うん」
「もう、窓際に文句言わなくて済むな」
「椅子に文句を言ってたわけじゃない」
カイは笑った。
机の向こうでは、巌が玄の鉄の話を聞いていた。
使った量を聞いたところで、大きな笑い声が上がる。
俺もつられて笑った。
食後、登用の記録を閉じる前に、今日の欄へ書き足した。
SSR登用済み。
以降、この場所でSSRを狙う登用は見送り。
昨日も、今日も、一人。
明日は別の人が来る。
俺は予定の紙を確かめてから、自分の武将一覧を開いた。
凌駕の名前があった。
「また見てる」
カイが言った。
「もう一回だけ」
「さっきも言ってた」
分かっていた。
それでも、もう一度だけ見てから閉じた。




