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運極

第五十三話 そこに書いてある


 紬の掲示板に、妙に答えにくい質問が載っていた。


『皆さん、何もすることがないときは、何をしていますか』


 俺はしばらく考えた。


 建設の確認。


 書簡の返事。


 取引所を見る。


 どれも、何もすることがないときの話とは少し違う気がした。


 返信欄では、湊が同じところで引っ掛かっていた。


『部隊の編成を考えています』


 紬の返事。


『仕事以外だと?』


『馬を見に行きます』


『それは仕事ですか?』


『たぶん、違います』


 俺は笑いながら、隣のカイへ聞いた。


「暇なとき、何してる?」


「寝る」


「寝てないとき」


「腹減ったら、何か食べる」


「それ以外」


 カイは少し考えた。


「お前のところに来る」


 俺は入力する手を止めた。


「……そっか」


「何?」


「いや」


 俺は自分の返信に、カイと話している、と書いた。


     *


 きっかけは、紬が小さな敷物を作ったことだった。


 余った布をつないで、椀の下へ敷く。


 最初は仕事の合間に手を動かしていただけだったが、形や色を考えるのが面白くなったらしい。


『何かに役立たないと駄目なのかと思っていたんですけど、作っている間が楽しかったです』


 それを読んだ葉が、次の集まりに見せてほしいと頼んだ。


 早苗も来ると言った。


 いつの間にか、俺の城で茶を飲む話になった。


「何でうち?」


 玄に聞くと、当然のように返ってきた。


「集まれる机があるから」


 確かにあった。


 会議で使う机だが、紙を片づければ皿も置ける。


 周に人数を伝えると、承知しました、と返事があった。


 そのあと、少しだけ間が空いた。


「本日は、皆様お食事も召し上がりますか」


 前回、芋だけでは済まなかったことを覚えているらしかった。


「……多めにお願いします」


     *


 紬が持ってきた敷物は、俺が想像していたより小さかった。


 手のひらより、少し大きいくらい。


 薄い色の布が三枚つながっていて、端が丁寧に縫ってある。


 葉が椀を載せた。


「いいですね」


「少し曲がってしまって」


「どこが?」


 紬が端を指す。


 言われれば、そう見えた。


 言われなければ、俺には分からなかった。


 早苗は別の色で作れるか聞いていた。


 玄は、こぼしたら洗えるか聞いた。


「こぼす前提なんだ」


 俺が言うと、玄は自分の袖を見た。


「前にやったから」


 それも、俺の城だった。


 カイが茶を運びながら笑った。


     *


 仕事の話をしないつもりで集まっても、最初はなかなか難しかった。


 葉は菓子の話から、材料の入手先へ移る。


 圭は絵を描く話から、地図の区画数を数え始める。


 湊は馬の話をしていたはずなのに、途中から走る速さの比較になっていた。


「皆さん、役に立つ話へ戻るのが早いですね」


 紬が言った。


 少し困ったように笑っている。


 岳が、椀を置いた。


「俺は石を拾ってる」


 全員がそちらを見た。


「石材?」


 玄が聞いた。


「手で持てるやつ。色とか形が違うだろ」


「集めてるの?」


「窓のところに置いてる。丸いのが多い」


 意外だった。


 岳は、持ってきてはいないと言った。


 見せるほどのものだと思っていなかったらしい。


「今度、見たいです」


 早苗が言うと、岳は少し照れたように頷いた。


 杏は、作業場でもらった小さな木片を削っていた。


 何を作っているのか聞くと、匙だという。


「使える?」


「一つ目は深く削りすぎた」


「二つ目は?」


「まだ」


 玄が頷く。


「分かる。途中までやったら、完成させたいよな」


「鉄の話には戻さないで」


 律が言って、皆が笑った。


     *


 律は散歩をするのが好きらしかった。


 行き先を決めず、城の中を歩く。


 この前は、いつもと違う道へ入って、洗濯物を干している場所に出たという。


「それだけ?」


 玄が聞いた。


「それだけ。きれいに並んでいたから、少し見て帰った」


 俺は頷いた。


 城の中には、まだ自分が知らない場所がある。


 施設の名前なら言える。


 でも、その裏を昼に通ると日が当たるとか、夕方には誰が座っているとか、そういうことは知らなかった。


「副盟主は?」


 紬に聞かれて、俺は少し困った。


「取引所は、趣味に入るかな」


「楽しければ、入ると思います」


「じゃあ、それかな」


「買えなくても?」


 カイが聞いた。


「見てるだけでも、結構面白い」


「買ったあとは、ずっと悩んでるけど」


 圭が頷いた。


 そこは頷かなくてもよかった。


「玄は?」


 話を振り直す。


 玄は、ためらわずに答えた。


「ガチャ」


 誰も驚かなかった。


     *


 食事のあと、玄が札を取り出した。


 律が呆れた顔をする。


「今日は敷物を見る会だったよね」


「見た。よかった」


「だからって、ここで引かなくても」


「趣味の話になっただろ」


 玄は窓際の椅子へ移った。


 日向が当てた場所だ。


 俺は皿を片づけながら言った。


「そこ、もう何人も外してるぞ」


「俺も外してる」


「じゃあ何で座るんだ」


「別の場所で外したら、ここで引けばよかったって思うから」


 面倒な理屈だった。


 けれど、分からなくもなかった。


 玄が登用の表示を開く。


 俺は茶を注ぎ足した。


 紬と葉は、敷物の端の縫い方を話している。


 カイは残っていた菓子を二つに割った。


 そのとき、玄が言った。


「……何だ、これ」


     *


 玄の手が止まっていた。


 まだ登用は始まっていない。


 札を使う前の画面に、別の説明が重なっている。


「また確認?」


 俺が聞くと、玄は首を横に振った。


「みんな、ちょっと見て」


 皿を置いて、近づく。


 玄が説明を見せた。


【登用に関する追加情報が解放されました】


【第三世界には、登用結果の抽選に補正が適用される地点が存在します】


 俺は、その二行を読み直した。


 圭が椅子を寄せる。


 律も立った。


 続きがあった。


【補正の内容および対象は、地点によって異なります】


【該当地点であっても、特定の等級や武将の登用を保証するものではありません】


【現在地における補正の有無は、本案内では表示されません】


 部屋が静かになった。


 玄が、ゆっくりこちらを見る。


「……あるって」


 俺は答えられなかった。


 画面にも、そう書いてあった。


     *


「周さん」


 少し声が大きくなった。


 周は、すぐに来た。


「これは、今から追加されたんですか。それとも、前からあったんですか」


 周は説明を確認した。


「今回解放されたのは、登用に関する情報でございます。地点そのものの新設とは記されておりません」


「じゃあ、前から?」


「いつから存在したかまでは、こちらには」


 俺は頷いた。


 分かっていないことまで、答えてもらっても仕方がない。


 ただ、胸の辺りが妙に落ち着かなかった。


 窓際を見る。


 普通の椅子。


 普通の床。


 何人かが当てて、何人も外した場所。


「ここがそうとは、書いてないよね」


 葉が言った。


「書いてない」


 俺はすぐ答えた。


「でも、ないとも書いてない」


 玄が続けた。


 それも、その通りだった。


 カイが椅子の下を覗く。


「何かあるの?」


「見えるものかは分からない」


「じゃあ、覗いても分からないか」


 顔を上げる。


 誰も笑わなかった。


 いつもなら、笑っていたと思う。


     *


 最初の書簡は、巌から来た。


『今、登用を開いてみてくれ』


 続いて佐伯。


『新しい案内は確認しましたか』


 律の表示にも通知が付いた。


 一つ。


 さらに二つ。


 俺は自分でも登用画面を開いた。


 札は使わずに、説明だけ読む。


 玄と同じ文が出た。


 その間に、同盟の連絡欄が流れ始めた。


『引く前に止めた方がいい?』


『この前の当たり、場所のせいだったのか』


『城の外でも登用できる?』


『砦で試した人は?』


『副盟主の城って、あの話、本当だったんですか』


 俺は最後の質問を見つめた。


 返事を書くより早く、次が来た。


『今から行っても大丈夫ですか』


     *


 律は、すぐに佐伯へ連絡を取った。


 俺は同盟内に、新しい説明の全文を載せた。


 途中の二行だけ切り取ると、どこかへ行けば必ず当たる話になりそうだった。


『地点の存在は確認できましたが、俺の城が該当するかは分かっていません。今ここにいる人も、分からないままです』


 送る。


 玄が、小さく手を上げた。


「俺、まだ引いてない」


「分かってる」


「引いていい?」


 全員が玄を見た。


 玄は困った顔をした。


「さっきまでは、普通に引くつもりだったんだけど」


 俺は椅子から少し離れた。


「いいと思う。玄の札だし」


 玄は頷いた。


 それから、いつもの何倍も時間を掛けて決定を押した。


 光が広がる。


 部屋の端に、一人の武将が現れた。


 R。


 玄は表示を見た。


 皆も見た。


 誰かが息を吐いた。


「……何も分からんな」


 岳が言った。


 今度は、少しだけ笑いが起きた。


     *


 そのRが何に向いているか確かめている間にも、書簡は増え続けた。


 律が一通ずつ開く。


「瀬名さんも確認したそうです。南西では、前にSSRが出た城の名前を集め始めている人がいるって」


 佐伯から届いた内容も読む。


 天冠では、登用予定だった者から問い合わせが集中している。


 東稜会では、湊班が滞在した場所で引いた記録を探している。


 西海連合では、槇野の掲示板にまで質問が来ていた。


『何か知りませんか』


 槇野は答えていた。


『今日は豆の支柱を立てていました』


 俺は思わず笑った。


 同じ質問を、誰もが誰かに送っているらしかった。


 全体公開の掲示板には、新しい題が次々に並んだ。


『井戸の前で二回当たった』


『日が昇る向きが関係あるのでは』


『場所ではなく、場所と時間の組み合わせかもしれない』


『同盟員全員で確認したい』


『先に移動しないで。土地の話が済んでいない』


 最後の投稿だけ、妙に現実的だった。


     *


 夕方には、笑ってばかりもいられなくなった。


 佐伯から、北西の外で通行の問い合わせが急増していると連絡があった。


 誰かが当たりを引いたと書けば、そこへ行きたい者が出る。


 城へ招くつもりのなかった人にも、訪問の書簡が届く。


 砦の中で引けるなら入りたい。


 その近くに土地を持ちたい。


 帰りにも使えるよう、道をつなぎたい。


 登用の話が、いつの間にか土地の話になっていた。


「これ、全部の同盟で起きてるんじゃないか」


 俺が言うと、律は頷いた。


「連絡が取れているところは、どこも同じ。大きいところも、小さいところも」


 巌からは、短い指示が届いた。


『まず落ち着こう。札は逃げん。確認のために勝手に人の土地へ進むな』


 そのあと、俺へ別の書簡が来た。


『お前のところへ行ってもいいか』


 俺は机に額を付けた。


 律が肩を震わせていた。


「盟主も?」


「盟主も」


 ただし巌は、その次に、泊まりに来たいという意味ではなく話を整理したいのだと書いていた。


 少し遅かった。


     *


 城門の担当から、来客予定の確認が入った。


 普段より多い。


 すでに出発した同盟員もいた。


 近所の者が、茶でも飲みに来るくらいのつもりで動いたらしい。


 俺は周と相談し、今日はすでに受け入れを決めた相手だけにした。


 椅子は増やせる。


 食事も、多少なら何とかなる。


 でも、来れば当たると期待されても困る。


 自己紹介の窓を開いた。


 玄と日向が書いた、窓際の話が見えた。


 ついこの間まで、笑って読んでいた。


 その上に、自分で新しい投稿を固定した。


『この城が登用の補正地点に当たるかは、未確認です。外れた例も多くあります。訪問を希望する場合は、出発前に連絡をお願いします』


 送った途端、返事が付いた。


『未確認ということは、調べるんですか』


 俺は背もたれに体を預けた。


「何を書いても、次が来るな」


 カイが横から画面を見た。


「みんな、強いの欲しいんだろ」


「うん」


 俺も、欲しかった。


 城を守れる武将が出てほしくて、持っていたものを全部使った夜を覚えている。


 場所を変えるだけで何かが違うなら、確かめたくなる。


 今ここへ向かおうとしている人たちを、簡単に笑うことはできなかった。


     *


 日が暮れてから、ようやく皆で残った茶を飲んだ。


 冷めていたので、周が淹れ直してくれた。


 紬の敷物の上へ、椀を置く。


「今日は、もっとのんびりする予定だったのに」


 俺が言うと、紬は笑った。


「途中までは、できました」


 岳は、次に来るときは石を持ってくると言った。


 杏は、匙ができたら見せると答えた。


 湊も、馬の話の続きをしたそうだった。


 玄だけが、窓際の椅子を見ていた。


「もう一枚、残ってるのか?」


 俺が聞くと、玄は首を振った。


「ない」


「じゃあ、何?」


「ここが本当にそうだったら、お前が外れてるの、どう説明するんだろうな」


 律が茶を吹きかけた。


 葉が慌てて布を渡す。


 俺は、今日何度目か分からないため息をついた。


「保証はしないって、書いてあっただろ」


「うん」


「ちゃんと読め」


「読んだ」


 玄は笑った。


 窓の外は、すっかり暗くなっていた。


 椅子も、床も、朝と同じだった。


 俺は机に残っていた紬の敷物を手に取った。


 端の縫い目が、少し曲がっている。


 明日はこの続きを、ゆっくり話せるといい。


 そう思ったところで、また通知が鳴った。


 白瀬からだった。


『差し支えなければ、そちらの城での登用について、お話を伺えますか』


 俺は、その書簡を玄に見せた。


 玄はしばらく黙ってから言った。


「……椅子、足りる?」


 足りる気がしなかった。

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