↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
53/200

現代知識無双

第五十二話 鉄が足りない理由


 玄から届いた書簡には、挨拶がなかった。


『この人の掲示板、最初から読んで』


 名前の下に、個人掲示板への案内が付いている。


 開くと、紹介文が目に入った。


『槇野。現代知識で暮らしを楽にしたい。成果が出たら公開します』


 全体公開になっていた。


 所属は西海連合。


 先日、ランキングで見た名前だった。


 掲示板の一番上には、大きな題がある。


『輪作で食糧問題を解決する』


 俺は椅子を引き寄せた。


     *


 最初の投稿は、ずいぶん自信があった。


 同じ場所で同じ作物を育て続けるより、植えるものを順番に変えた方がいい。


 休ませる区画も作る。


 うまく回れば、土地を増やさなくても食糧を増やせるはずだ。


 そんな話だった。


「何見てる?」


 カイが聞いた。


「畑の改良」


「へえ」


 自分にも関係があると思ったのか、隣へ来た。


 俺は続きを読んだ。


『まず、食糧施設の畑を四つに分けようとしました』


 その下に追記。


『畑を四つに分けても、施設は一つのままでした』


 カイが頷いた。


「そりゃそうだろ」


「まだ続きがある」


『担当の者に、次は豆を植えてほしいと頼みました』


『ここはこの穀物を育てる畑だと言われました』


『違うものを植えたいなら、別に場所を用意してほしいそうです』


 俺は、少し首を傾げた。


 土があれば何でも植えられる。


 何となく、そう思っていた。


 けれど、城の畑は、建設欄から選んで作った施設でもある。


 槇野は、その外に小さな区画を作ったらしかった。


『豆は芽が出ました』


『食糧の生産量は増えていません』


『施設の方を休ませた分だけ減りました』


 そこでカイが吹き出した。


 俺も笑った。


 投稿の最後には、さらに一行あった。


『今日から穀物の作業を再開します。食糧担当に謝りました』


     *


 返信は、いろいろな同盟から付いていた。


『自分もやりました』


『どこまで?』


『畑を休ませたところまでです』


『再開してください』


 槇野本人が答えていた。


 笑っている人だけではない。


 育った豆は食べられるのかと聞く人もいた。


 別の人は、城の生産量と、庭先で収穫できるものは別に記録した方がいいと書いている。


 槇野は、豆の方も育て続けると返していた。


『食卓に一皿増えれば、今回はそれでよしにします』


「この人、いいな」


 俺が言うと、カイは続きを指した。


「まだ何かやってる」


 次の題は、刀だった。


     *


『刀を作れば、登用運が悪くても戦えるのではないか』


 俺は、その一文に深く頷いた。


「お前が好きそうな話だな」


「実際、欲しいだろ。強い武器」


 カイは腰の剣を見た。


「今の、使いやすいけど」


「そういうことじゃなくて」


 槇野は、鍛冶の仕事をしていたわけではないらしかった。


 紹介欄の末尾に、後から付け足されている。


『知識の大半は、見聞きしたこととうろ覚えです』


 刀の投稿にも、その影響は出ていた。


 城の作業場を借りた。


 鉄を使った。


 職人に、作りたいものを説明した。


 説明しているうちに、自分が形しか知らないことが分かった。


『何度も折り返すと強くなる、と言ったら、何をどう強くしたいのか聞かれました』


『折り返したい、としか答えられませんでした』


 返信欄に、笑いを堪えたような短い文が並んでいた。


 俺も口元を押さえた。


『職人さんの方が詳しそう』


『詳しいです。今は教わっています』


 結局、できたものは、槇野が想像していた刀にはならなかった。


 重い。


 厚さも揃っていない。


 武将に見せたら、普段の武器でいいと返された。


『切れ味を確かめる前に、持ちにくいと言われました』


「そこは大事だな」


 カイが真面目に言った。


 最後の投稿には、出来上がったものの簡単な絵が添えてあった。


 長細い鉄の塊。


 先の方だけ、妙に太い。


『切るものにはなりませんでした。重いので、叩くことはできます』


 少し下に、追記。


『ただし、持ち上げるのが大変です』


     *


 昼に、朔へ掲示板の話をした。


 もう読んでいた。


「輪作の方、どう思う?」


「試したことが残っているのは、助かります」


「こっちの畑では、できないのかな」


「同じ仕組みで増えるとは限らないでしょうね。ここでは施設を育てると、畑の広さや働く人まで変わりますから」


 朔は窓の外へ目を向けた。


 穂乃が配置されてから、食糧の生産量は増えていた。


 その変化を、俺たちは表示で確認している。


 畑の土を調べて、増えた理由を全部説明できるわけではない。


「現実の畑だと思って、知っているやり方を持ってきても、違うところがあるんだな」


「ええ。ただ、豆が育ったところまで無かったことにしなくてもいいと思います」


 槇野の投稿へ戻る。


 食糧を大幅に増やすという最初の予定は、失敗だった。


 けれど、本人はまだ豆を見ている。


 俺は、続きが出たら読めるようにしておいた。


     *


 数日後、玄からまた書簡が来た。


『次に集まるとき、見せたいものがある』


 俺は、嫌な予感がした。


『刀?』


『違う』


 返事は早かった。


 それならいいかと思って、了承した。


     *


 その日は、俺の城で西側の砦の補修について話す予定だった。


 玄、葉、朔、杏、岳、律。


 最初の頃からの顔が、久しぶりに同じ机に揃った。


 話自体は長くなかった。


 資源を出す城。


 作業を引き受ける者。


 次に様子を見に行く日。


 それを決めて、葉が記録を閉じたところで、玄が立ち上がった。


「ちょっと外、来てくれる?」


「ここじゃ駄目なの?」


 律が聞いた。


「重いから」


 誰も、それ以上は聞かなかった。


 俺は玄の顔を見た。


 妙に嬉しそうだった。


     *


 荷車に、布を掛けたものが載っていた。


 玄が布を外す。


 太い鉄の棒だった。


 片側に、さらに鉄の塊が付いている。


 磨き上げられた武器とは、程遠い。


 俺は、先日の掲示板の絵を思い出した。


「刀じゃないって言っただろ」


 玄が言った。


「確かに刀ではないな」


 岳が、荷車の横へ回った。


 杏は少し離れたまま見ている。


「何に使うの?」


「叩く」


「見れば分かるけど」


 玄は笑って、自分の武将に声を掛けた。


 盾を扱う武将が前へ出る。


 今日は盾を置いてきていた。


 両手で持ち上げると、鉄の塊が荷車から浮いた。


 思っていたより大きかった。


「槇野って人の、あれ?」


 律が聞いた。


「そう。切れなくても、重ければ叩けるって書いてあっただろ」


「作ったのか」


「少し試したくなって」


 少し、という言葉を聞いて、葉が鉄の塊を見直した。


     *


 城の作業場から、使わなくなった古い板材を出してもらっていた。


 地面に置かれたそれへ、武将が鉄を振り下ろす。


 鈍い音がした。


 板が割れ、下の土まで大きくへこんだ。


 杏が目を丸くする。


 岳は、割れた板より武将の足元を見ていた。


 玄が俺を見る。


「どう?」


「……すごい音だった」


「だろ」


 武将が、鉄を引き上げる。


 そこで少し時間が掛かった。


 土へ食い込んでいたらしい。


 抜いて、構え直す。


 玄はもう一度頼みかけたが、その前に武将が言った。


「続けて扱うには、重すぎます」


 皆が黙った。


 玄も頷いた。


「そこは、俺も思ってた」


「思ってたんだ」


 律の言葉で、最初に杏が笑った。


 それにつられて、俺も笑ってしまった。


     *


 カイは、横からずっと見ていた。


 玄が声を掛ける。


「持ってみる?」


「持つだけなら」


 武将が地面へ下ろしてから、カイが柄に手を掛けた。


 腰を落として持ち上げる。


 少し顔をしかめた。


「重いな」


「だから効くんだろ?」


「当たれば」


 カイは振らずに、そのまま下ろした。


「これ持って追いかけるの、嫌だ」


 岳が頷いた。


「坂は、もっと嫌だろうな」


「城門の近くとかなら?」


 玄が聞く。


 杏は鉄の塊と地面のへこみを見比べた。


「持ち込んで、一回叩くところまでは分かる。でも、これで城の耐久がどれだけ減るかは、また別じゃない?」


「それはまだ」


 玄は素直に答えた。


 俺も表示を開いた。


 新しい兵種が増えたわけではない。


 武将の能力に、特別な変化もない。


 それでも、目の前の板は割れていた。


「数字が増えなくても、重さはあるんだな」


「そりゃ鉄だからな」


 カイが言った。


 俺たちには、その当たり前を確かめる機会が、意外と少なかった。


     *


「それで」


 葉が、ようやく口を開いた。


「鉄は、どのくらい使ったんですか」


 玄の顔が、少し変わった。


 俺はその変化で、だいたい察した。


「完成した分だけ?」


「ほかにもあるんですか」


「細いのだと曲がったから」


「試した分もお願いします」


 玄が使用記録を開いた。


 葉に見せる。


 葉はしばらく黙ってから、朔へ向けた。


 朔も黙った。


 俺は、二人の間から数字を見た。


「……玄」


「うん」


「これ、次の兵を増やす分じゃないか?」


「全部じゃない」


「全部ではないですね」


 葉が言った。


 その言い方で、皆が笑った。


 玄は少しだけ胸を張った。


「勝手に同盟の分を使ったわけじゃないぞ」


「それは分かってる」


 俺は笑いながら答えた。


「でも、よく使ったな」


「途中まで作ったら、完成させたくなるだろ」


 分からなくはなかった。


 取引所で買った武将を、あと少し育てれば売れると思って、なかなか手放せなかったことがある。


 ただ、目の前の鉄は、その言い訳で済ませるには大きかった。


「石材は足りるようになったのに」


 律が言った。


「次は鉄なんですね」


「まだ足りなくなってない」


「このあと、何を建てる予定?」


 朔が聞く。


 玄は、少し考えた。


「それは、戻って確認する」


 今度はカイまで笑った。


     *


 鉄の塊は、皆で荷車へ戻した。


 玄は城へ持ち帰るつもりらしかった。


「溶かし直せないの?」


 杏が聞いた。


「作業場で相談する。でも、せっかくだから少し残しておきたい」


「そんなに大きくなくてもよかったんじゃないか」


 俺が言うと、玄は頷いた。


「作る前に、それを言ってほしかった」


「作るって聞いてないだろ」


 玄は笑った。


 悔しがっている様子はなかった。


 板が割れたところまでは、気に入っているらしい。


 俺も、笑い話だけで忘れるのは惜しい気がした。


 部屋へ戻ってから、紙に短く書いた。


 鉄を増やすと、持つ負担が増える。


 叩いたものは壊れる。


 振ったあとの立て直しが遅い。


 使った鉄に見合うかは、分からない。


 カイが覗き込む。


「それも書くの?」


「一応」


「持ちたくないって書いといて」


「分かった」


 そのまま書くと、カイは満足したようだった。


 紙は、道幅や坂の記録とは別にしておいた。


 今すぐ誰かに配るものではない。


 次に何かを試すとき、玄と同じ量の鉄を使わずに済めばよかった。


     *


 夕食の前に、槇野の掲示板をもう一度見に行った。


 新しい投稿があった。


『刀の続報です。作業場で、まず道具の手入れから教わることになりました』


 返信欄には、応援が並んでいた。


『豆は?』


『育っています』


『無双は?』


『まだです』


 俺は笑って、玄にも知らせた。


 返事は、掲示板への案内だった。


 玄の自己紹介が変わっていた。


『北西の猫。東側にいます。石材と鉄が足りません』


 その下には、もう葉がいた。


『鉄が足りない理由は分かっています』


 俺はしばらく笑ってから、返信を書いた。


『次は作る前に見せてくれ』


 少しして、玄が返した。


『次はもう少し軽くする』


 どうやら、やめるつもりはないらしかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。