現代知識無双
第五十二話 鉄が足りない理由
玄から届いた書簡には、挨拶がなかった。
『この人の掲示板、最初から読んで』
名前の下に、個人掲示板への案内が付いている。
開くと、紹介文が目に入った。
『槇野。現代知識で暮らしを楽にしたい。成果が出たら公開します』
全体公開になっていた。
所属は西海連合。
先日、ランキングで見た名前だった。
掲示板の一番上には、大きな題がある。
『輪作で食糧問題を解決する』
俺は椅子を引き寄せた。
*
最初の投稿は、ずいぶん自信があった。
同じ場所で同じ作物を育て続けるより、植えるものを順番に変えた方がいい。
休ませる区画も作る。
うまく回れば、土地を増やさなくても食糧を増やせるはずだ。
そんな話だった。
「何見てる?」
カイが聞いた。
「畑の改良」
「へえ」
自分にも関係があると思ったのか、隣へ来た。
俺は続きを読んだ。
『まず、食糧施設の畑を四つに分けようとしました』
その下に追記。
『畑を四つに分けても、施設は一つのままでした』
カイが頷いた。
「そりゃそうだろ」
「まだ続きがある」
『担当の者に、次は豆を植えてほしいと頼みました』
『ここはこの穀物を育てる畑だと言われました』
『違うものを植えたいなら、別に場所を用意してほしいそうです』
俺は、少し首を傾げた。
土があれば何でも植えられる。
何となく、そう思っていた。
けれど、城の畑は、建設欄から選んで作った施設でもある。
槇野は、その外に小さな区画を作ったらしかった。
『豆は芽が出ました』
『食糧の生産量は増えていません』
『施設の方を休ませた分だけ減りました』
そこでカイが吹き出した。
俺も笑った。
投稿の最後には、さらに一行あった。
『今日から穀物の作業を再開します。食糧担当に謝りました』
*
返信は、いろいろな同盟から付いていた。
『自分もやりました』
『どこまで?』
『畑を休ませたところまでです』
『再開してください』
槇野本人が答えていた。
笑っている人だけではない。
育った豆は食べられるのかと聞く人もいた。
別の人は、城の生産量と、庭先で収穫できるものは別に記録した方がいいと書いている。
槇野は、豆の方も育て続けると返していた。
『食卓に一皿増えれば、今回はそれでよしにします』
「この人、いいな」
俺が言うと、カイは続きを指した。
「まだ何かやってる」
次の題は、刀だった。
*
『刀を作れば、登用運が悪くても戦えるのではないか』
俺は、その一文に深く頷いた。
「お前が好きそうな話だな」
「実際、欲しいだろ。強い武器」
カイは腰の剣を見た。
「今の、使いやすいけど」
「そういうことじゃなくて」
槇野は、鍛冶の仕事をしていたわけではないらしかった。
紹介欄の末尾に、後から付け足されている。
『知識の大半は、見聞きしたこととうろ覚えです』
刀の投稿にも、その影響は出ていた。
城の作業場を借りた。
鉄を使った。
職人に、作りたいものを説明した。
説明しているうちに、自分が形しか知らないことが分かった。
『何度も折り返すと強くなる、と言ったら、何をどう強くしたいのか聞かれました』
『折り返したい、としか答えられませんでした』
返信欄に、笑いを堪えたような短い文が並んでいた。
俺も口元を押さえた。
『職人さんの方が詳しそう』
『詳しいです。今は教わっています』
結局、できたものは、槇野が想像していた刀にはならなかった。
重い。
厚さも揃っていない。
武将に見せたら、普段の武器でいいと返された。
『切れ味を確かめる前に、持ちにくいと言われました』
「そこは大事だな」
カイが真面目に言った。
最後の投稿には、出来上がったものの簡単な絵が添えてあった。
長細い鉄の塊。
先の方だけ、妙に太い。
『切るものにはなりませんでした。重いので、叩くことはできます』
少し下に、追記。
『ただし、持ち上げるのが大変です』
*
昼に、朔へ掲示板の話をした。
もう読んでいた。
「輪作の方、どう思う?」
「試したことが残っているのは、助かります」
「こっちの畑では、できないのかな」
「同じ仕組みで増えるとは限らないでしょうね。ここでは施設を育てると、畑の広さや働く人まで変わりますから」
朔は窓の外へ目を向けた。
穂乃が配置されてから、食糧の生産量は増えていた。
その変化を、俺たちは表示で確認している。
畑の土を調べて、増えた理由を全部説明できるわけではない。
「現実の畑だと思って、知っているやり方を持ってきても、違うところがあるんだな」
「ええ。ただ、豆が育ったところまで無かったことにしなくてもいいと思います」
槇野の投稿へ戻る。
食糧を大幅に増やすという最初の予定は、失敗だった。
けれど、本人はまだ豆を見ている。
俺は、続きが出たら読めるようにしておいた。
*
数日後、玄からまた書簡が来た。
『次に集まるとき、見せたいものがある』
俺は、嫌な予感がした。
『刀?』
『違う』
返事は早かった。
それならいいかと思って、了承した。
*
その日は、俺の城で西側の砦の補修について話す予定だった。
玄、葉、朔、杏、岳、律。
最初の頃からの顔が、久しぶりに同じ机に揃った。
話自体は長くなかった。
資源を出す城。
作業を引き受ける者。
次に様子を見に行く日。
それを決めて、葉が記録を閉じたところで、玄が立ち上がった。
「ちょっと外、来てくれる?」
「ここじゃ駄目なの?」
律が聞いた。
「重いから」
誰も、それ以上は聞かなかった。
俺は玄の顔を見た。
妙に嬉しそうだった。
*
荷車に、布を掛けたものが載っていた。
玄が布を外す。
太い鉄の棒だった。
片側に、さらに鉄の塊が付いている。
磨き上げられた武器とは、程遠い。
俺は、先日の掲示板の絵を思い出した。
「刀じゃないって言っただろ」
玄が言った。
「確かに刀ではないな」
岳が、荷車の横へ回った。
杏は少し離れたまま見ている。
「何に使うの?」
「叩く」
「見れば分かるけど」
玄は笑って、自分の武将に声を掛けた。
盾を扱う武将が前へ出る。
今日は盾を置いてきていた。
両手で持ち上げると、鉄の塊が荷車から浮いた。
思っていたより大きかった。
「槇野って人の、あれ?」
律が聞いた。
「そう。切れなくても、重ければ叩けるって書いてあっただろ」
「作ったのか」
「少し試したくなって」
少し、という言葉を聞いて、葉が鉄の塊を見直した。
*
城の作業場から、使わなくなった古い板材を出してもらっていた。
地面に置かれたそれへ、武将が鉄を振り下ろす。
鈍い音がした。
板が割れ、下の土まで大きくへこんだ。
杏が目を丸くする。
岳は、割れた板より武将の足元を見ていた。
玄が俺を見る。
「どう?」
「……すごい音だった」
「だろ」
武将が、鉄を引き上げる。
そこで少し時間が掛かった。
土へ食い込んでいたらしい。
抜いて、構え直す。
玄はもう一度頼みかけたが、その前に武将が言った。
「続けて扱うには、重すぎます」
皆が黙った。
玄も頷いた。
「そこは、俺も思ってた」
「思ってたんだ」
律の言葉で、最初に杏が笑った。
それにつられて、俺も笑ってしまった。
*
カイは、横からずっと見ていた。
玄が声を掛ける。
「持ってみる?」
「持つだけなら」
武将が地面へ下ろしてから、カイが柄に手を掛けた。
腰を落として持ち上げる。
少し顔をしかめた。
「重いな」
「だから効くんだろ?」
「当たれば」
カイは振らずに、そのまま下ろした。
「これ持って追いかけるの、嫌だ」
岳が頷いた。
「坂は、もっと嫌だろうな」
「城門の近くとかなら?」
玄が聞く。
杏は鉄の塊と地面のへこみを見比べた。
「持ち込んで、一回叩くところまでは分かる。でも、これで城の耐久がどれだけ減るかは、また別じゃない?」
「それはまだ」
玄は素直に答えた。
俺も表示を開いた。
新しい兵種が増えたわけではない。
武将の能力に、特別な変化もない。
それでも、目の前の板は割れていた。
「数字が増えなくても、重さはあるんだな」
「そりゃ鉄だからな」
カイが言った。
俺たちには、その当たり前を確かめる機会が、意外と少なかった。
*
「それで」
葉が、ようやく口を開いた。
「鉄は、どのくらい使ったんですか」
玄の顔が、少し変わった。
俺はその変化で、だいたい察した。
「完成した分だけ?」
「ほかにもあるんですか」
「細いのだと曲がったから」
「試した分もお願いします」
玄が使用記録を開いた。
葉に見せる。
葉はしばらく黙ってから、朔へ向けた。
朔も黙った。
俺は、二人の間から数字を見た。
「……玄」
「うん」
「これ、次の兵を増やす分じゃないか?」
「全部じゃない」
「全部ではないですね」
葉が言った。
その言い方で、皆が笑った。
玄は少しだけ胸を張った。
「勝手に同盟の分を使ったわけじゃないぞ」
「それは分かってる」
俺は笑いながら答えた。
「でも、よく使ったな」
「途中まで作ったら、完成させたくなるだろ」
分からなくはなかった。
取引所で買った武将を、あと少し育てれば売れると思って、なかなか手放せなかったことがある。
ただ、目の前の鉄は、その言い訳で済ませるには大きかった。
「石材は足りるようになったのに」
律が言った。
「次は鉄なんですね」
「まだ足りなくなってない」
「このあと、何を建てる予定?」
朔が聞く。
玄は、少し考えた。
「それは、戻って確認する」
今度はカイまで笑った。
*
鉄の塊は、皆で荷車へ戻した。
玄は城へ持ち帰るつもりらしかった。
「溶かし直せないの?」
杏が聞いた。
「作業場で相談する。でも、せっかくだから少し残しておきたい」
「そんなに大きくなくてもよかったんじゃないか」
俺が言うと、玄は頷いた。
「作る前に、それを言ってほしかった」
「作るって聞いてないだろ」
玄は笑った。
悔しがっている様子はなかった。
板が割れたところまでは、気に入っているらしい。
俺も、笑い話だけで忘れるのは惜しい気がした。
部屋へ戻ってから、紙に短く書いた。
鉄を増やすと、持つ負担が増える。
叩いたものは壊れる。
振ったあとの立て直しが遅い。
使った鉄に見合うかは、分からない。
カイが覗き込む。
「それも書くの?」
「一応」
「持ちたくないって書いといて」
「分かった」
そのまま書くと、カイは満足したようだった。
紙は、道幅や坂の記録とは別にしておいた。
今すぐ誰かに配るものではない。
次に何かを試すとき、玄と同じ量の鉄を使わずに済めばよかった。
*
夕食の前に、槇野の掲示板をもう一度見に行った。
新しい投稿があった。
『刀の続報です。作業場で、まず道具の手入れから教わることになりました』
返信欄には、応援が並んでいた。
『豆は?』
『育っています』
『無双は?』
『まだです』
俺は笑って、玄にも知らせた。
返事は、掲示板への案内だった。
玄の自己紹介が変わっていた。
『北西の猫。東側にいます。石材と鉄が足りません』
その下には、もう葉がいた。
『鉄が足りない理由は分かっています』
俺はしばらく笑ってから、返信を書いた。
『次は作る前に見せてくれ』
少しして、玄が返した。
『次はもう少し軽くする』
どうやら、やめるつもりはないらしかった。




