交流
第五十一話 名前の下に
朝食のあと、見慣れない通知が届いた。
【個人掲示板機能が解放されました】
建設の完了通知とは、少し色が違った。
開いてみると、自分の名前と城の位置が表示された。その下に、何も書かれていない広い欄がある。
自己紹介。
さらに下には、掲示板を開く項目があった。
「何が増えたんだ?」
カイが横から覗いた。
「自分の紹介を書けるらしい」
「誰に?」
「見に来た人に」
「何を書くんだ?」
俺も、それを考えていた。
*
説明を読む。
自己紹介は、名前を選んだ相手に表示される。
掲示板には自分で話題を作ることができ、訪れた人も返信を書き込める。公開範囲は、全体と同盟内から選べた。
書簡のように、一人ずつ送る必要はない。
同盟の連絡欄とも別になっている。
試しに、自分の紹介へ入力した。
『北西の猫、副盟主です。主に西側の土地調整や出兵の相談を担当しています』
読んでみる。
間違ってはいない。
「仕事の説明?」
カイが聞いた。
「自己紹介」
「ふうん」
それ以上は言わなかった。
言わなかったが、何となく気になった。
「何か足した方がいいかな」
「最近、よく市場見てるじゃん」
「それ、書くことか?」
「お前の紹介だろ」
俺は少し迷ってから、一文を足した。
『最近は取引所をよく見ています。買うか迷っている間に売れます』
カイが笑った。
「そっちの方が分かる」
*
最初に見に行ったのは、玄のところだった。
もう書いてあった。
『北西の猫。東側にいます。石材が足りません』
俺は地図を開きかけた。
また困っているのだろうか。
その下に、追記があった。
『足りるようになったら直します』
掲示板には、葉が書き込んでいた。
『倉庫には入っています。次の建設に使う分まで含めて足りないと言っています』
玄の返信。
『使う分が足りなければ足りない』
俺は声を出して笑った。
「何?」
カイに見せると、同じところで笑った。
俺も書き込んだ。
『最初に会ったときから、ずっと石材が足りないな』
送ってから、自分の紹介へ戻る。
もう返信が付いていた。
玄だった。
『城のどこで引けば当たるかも書いておいてください』
俺はすぐに返した。
『分かりません。城主は当たりません』
少しして、日向の名前が増えた。
『窓際でした』
違う。
そう書こうとして、手を止めた。
日向が当てた場所は、確かに窓際だった。
事実だけ書かれると、否定しづらかった。
*
午前の建設を決め、周と倉庫の確認をしてから戻ると、同盟の連絡欄が賑やかになっていた。
巌が、全員に知らせていた。
『新しい掲示板が使えるようになった。暇なときに書いてみてくれ。俺も書いた』
見に行く。
『北西の猫、盟主の巌。飯は大勢で食う方がうまい。用がなくても声を掛けてくれ』
短かった。
掲示板には、すでに佐伯の書き込みがある。
『会議の時間には来てください』
巌の返事。
『行っているだろう』
『開始後に』
そこへ律が加わった。
『昨日は開始前でした』
『そうだろう』
『終了した方の会議に来ていました』
俺は机に肘をついたまま、しばらく笑った。
巌と佐伯のやり取りは、会議で何度か見たことがある。
けれど、それを見ているのは、いつも同じ顔ぶれだった。
今日は、その下に知らない名前からも返信が付いていた。
『話しかけていいものか迷っていました。今度、挨拶に行きます』
巌は、その相手には真面目に返していた。
『ぜひ来てくれ。食べられないものがあれば先に教えてくれ』
*
昼過ぎ、葉が城へ来た。
持ってきたのは、資源の記録だった。
確認はすぐ終わった。
いつもなら、そこで次の相談へ移る。
今日は俺から聞いた。
「葉も紹介、書いた?」
「少しだけ」
「見てもいい?」
「そのためのものなので」
葉は笑った。
開くと、担当の説明が二行あった。
資源の記録と、共同作業の連絡整理。
その下に、もう一行。
『甘いものが好きです。こちらで作れる菓子を探しています』
「そうだったんだ」
「言っていませんでしたか」
「聞いたことなかったと思う」
長い付き合いになった気がしていた。
兵が何人帰ってきたかは聞いた。
食糧がいつ足りなくなるかも相談した。
けれど、何を好んで食べるのかは、知らなかった。
「宴会のとき、甘いのあった?」
「あったんですけど、話しているうちになくなりました」
「言ってくれれば取っておいたのに」
「次はお願いします」
そう言ってから、葉が掲示板を指した。
紬から返信が来ていた。
『穀物の粉を焼いたものなら、この前作りました。あまり甘くないですが、次に持っていきます』
その下に、早苗。
『蜂蜜を少し持っている人に聞いてみます』
まだ食べてもいないのに、葉は嬉しそうだった。
*
掲示板を見て回ると、書くものは人によって違った。
朔の紹介には、内政の相談に乗れることと、返事に時間が掛かる場合があることが書かれていた。
最後に、小さく付け足されている。
『作物を見るのは好きですが、自分で育てるのは勉強中です』
杏のところには、砦攻略の相談に必要な項目が並んでいた。
その下の掲示板では、料理を焦がさずに済ませる方法を聞いていた。
岳が答えている。
『火のそばを離れない』
杏の返事。
『それは分かっています』
『離れたんだろう』
その続きを開こうとしたところで、カイに呼ばれた。
「食べる?」
皿に、焼いた芋が載っていた。
「ありがとう」
「何見てるんだ?」
「杏が料理を焦がした話」
「お前も、この前やったじゃん」
「それは書かなくていい」
カイは芋を半分に割った。
湯気が上がる。
「俺も書ければいいのに」
「カイの掲示板?」
「うん」
確認してみたが、今のところ、個人掲示板を持てるのは君主だけだった。
そう伝えると、カイは少し残念そうにした。
「俺のところに書く?」
「いいの?」
「代わりに入力するけど」
カイは少し考えた。
「芋、焼けたって」
「それ、もう俺は知ってる」
「ほかの人は知らないだろ」
確かに知らない。
俺は同盟内向けに、初めて自分で話題を作った。
『今日はカイが芋を焼いています』
送信すると、カイは満足そうに頷いた。
*
返事が来るまでに、二人で一つずつ食べた。
最初は玄だった。
『まだありますか』
カイが籠を見た。
「ある」
俺が返す。
続いて、葉から。
『帰る前に教えてほしかったです』
さっき見送ったばかりだった。
俺は笑いながら、取り置きすると書いた。
さらに、知らない名前が付いた。
同盟員の一覧では、何度も見たことがある。
真砂。
合流した河原連盟にいた人だった。
『冷めても大丈夫なら、薄く切って焼き直すとおいしいです』
カイに読む。
「へえ。やってみようかな」
俺は、そのまま返した。
『カイが試してみるそうです。ありがとうございます』
少し間を置いて、返信が来た。
『いつも報告ばかりだったので、こういう話ができて嬉しいです』
俺はその一文を、もう一度読んだ。
真砂の報告は覚えていた。
部隊帰還。
損耗軽微。
次の出兵は見送り。
短く、必要なことが揃っていた。
焼き芋の食べ方を知っている人だとは、思ったことがなかった。
「何て?」
カイが聞いた。
読んで聞かせる。
「じゃあ、また書けばいいじゃん」
「芋の話?」
「芋じゃなくても」
カイは籠から、形の小さいものを選んだ。
それを火の近くへ置いてから、もう一度こちらを見た。
「毎日、何かあるだろ」
*
翌日には、空白だった紹介欄が少しずつ埋まっていた。
長い人もいた。
一行の人もいた。
『よろしくお願いします』
それだけの紹介もあった。
そこへ湊が挨拶を書き、相手が返す。
砦攻略で一度組んだことがあるらしく、途中から、帰り道で雨に降られた話になっていた。
圭の掲示板には、猫の下絵が載っていた。
完成した地図の絵とは、耳の形が少し違う。
『最初はこっちでした』
冬馬が書いていた。
『この耳だと道を越えるので、短くしてもらいました』
『短くしたら狐に見えなくなりました』
圭が返す。
その下には、耳を担当した人たちの名前が並んでいた。
『狐のつもりだったんですか』
『最初から猫です』
何度か読むうちに、俺にも名前が頭に入ってきた。
西側の耳を取った人。
巌と鼻のところで待っていた人。
最後まで目の空白を守ってくれた人。
同盟員一覧だけでは、なかなか覚えられなかった二百人が、少しずつ別の顔を持ち始めていた。
*
律の紹介は、思ったより柔らかかった。
『外交の窓口を担当しています。猫を見に来た方も、どうぞ。土地や通行の相談は佐伯と一緒に確認しています』
その下に、佐伯への案内が付いている。
佐伯の紹介からも、律のところへ行けた。
俺は佐伯の文章を読んだ。
『返事が長くなることがあります。短くしてほしいときは言ってください』
巌が書き込んでいた。
『短くしてくれ』
佐伯の返事は、一行だった。
『明日の会議は遅刻しないでください』
俺は、それをカイに見せた。
「仲いいな」
「うん」
最近は、その言葉が素直に出る。
合併したばかりの頃は、巌の近くにいる人と、西端から来た人が、何となく分かれて座ることがあった。
今も、長い付き合いの相手と話す方が楽ではある。
けれど、佐伯に挨拶を書いているのは、昔からの仲間だけではなかった。
律の掲示板にも、旧北西中央の人が、見つけた変わった形の木の話を持ってきていた。
猫の次に描くものの候補らしい。
まだ何も決まっていないのに、話だけは増えていた。
*
夕方、玄が来た。
本当に芋を食べに来たらしかった。
「昨日のは?」
「取ってある。焼き直すって」
「掲示板、便利だな」
玄は椅子に座ってから、窓際へ目を向けた。
俺は先に言った。
「今日は引かないぞ」
「札、持ってきてない」
「珍しい」
「芋を食べに来たんだって」
カイが皿を運んできた。
薄く切った芋の表面に、少し焼き色が付いている。
玄が一つ食べた。
「うまい」
「真砂って人が教えてくれた」
カイが言った。
「ああ、南側の」
「知ってるのか?」
俺が聞くと、玄は頷いた。
「この前、一緒に荷物運んだ。魚が苦手なんだって」
「何でそんな話になった?」
「昼飯が魚だったから」
俺は笑った。
そんなことでよかったのかもしれない。
わざわざ仲良くなろうと構えなくても、一緒に何か食べて、苦手なものを知る。
会わない日には、誰かの書いた一文を読む。
玄はもう一つ芋を取った。
「お前の紹介、増えてたな」
「何が?」
「見てないの?」
自分の掲示板を開く。
俺が書いた文章は、変わっていなかった。
その下の返信が増えていた。
『芋が食べられる城です』
『窓際で当たります』
『副盟主本人は当たっていません』
『取引所の話をすると長くなります』
最後の書き込みは圭だった。
「圭も長いだろ」
「それ、返してやれば」
玄が笑う。
俺は入力しかけてから、自己紹介の欄へ戻った。
副盟主。
西側の土地と出兵の相談。
取引所。
そこへ、もう一文を足した。
『用事がなくても、話しかけてもらえると嬉しいです』
保存して、画面を閉じる。
カイが空いた皿を見た。
「もう少し焼く?」
玄がすぐ頷いた。
俺も、頷いた。




