掲示板回
第五十話 二十の名前
取引所で見ていた武将が、目の前で売れた。
買うかどうか、昨日から迷っていた。
少し高い。
けれど、育てれば城の守りに使える。
もう一度だけ、同じ技能を持つ武将の価格を確かめようとして戻ったら、いなくなっていた。
「買わなかったのか?」
カイが聞いた。
「買えなかった」
「昨日も見てたやつ?」
「うん」
カイは何か言いかけたが、その前に別の通知が開いた。
第三世界、同盟ランキング更新。
俺は取引所を閉じた。
*
最初に探したのは、自分たちの名前だった。
北西の猫。
見つけるまでに、ほとんど時間は掛からなかった。
砦保持数、第二位。
「……二位?」
声に出してから、並べ替えの項目を確認した。
間違っていない。
一位は天冠。
そのすぐ下に、猫がいた。
以前、西端が人数二十位、砦保持数十位に入ったときは、それだけで騒ぎになった。
今は、画面を開いた瞬間に見つかる位置にいる。
人数順に切り替える。
こちらは四位だった。
二百人。
設立した日の、所属人数一という表示を思い出す。
「すごいじゃん」
カイは素直に言った。
「うん」
「今度は何がもらえるんだ?」
報酬欄を探しかけて、やめた。
俺より先に、書簡が届いた。
巌からだった。
『見たか。集まろう。ほかも見ておきたい』
*
会議の机には、いつもより大きな地図が置かれていた。
北西だけではない。
第三世界の全体図だった。
巌は俺が座るより早く、二位の行を指した。
「いいところまで来たな」
「合併した分が大きいです」
「その合併をまとめたんだ。喜んでいいだろう」
そう言って笑う。
俺も、少し笑った。
律と佐伯は、すでに書簡を何通か並べていた。
葉は集計の時刻を書き留め、朔は人数の欄を見ている。
圭が写してきた表には、二十位までの同盟が載っていた。
「砦保持数の順です。人数順位と混ざらないようにしました」
俺は上から読んだ。
砦順位同盟名人数保持砦数主な活動地域
1天冠28658中央
2北西の猫20051北西
3南西中央同盟23846南西
4蒼穹25143北東
5赤城連盟18438南東
6東雲16734東部
7白峰会14230北部
8天衡15126中央西寄り
9黒鉄12824南部
10東稜会9622北東西寄り
11水鏡11320南東の河川地帯
12西海連合10518西部
13長風8817北東北寄り
14紅蓮9116南部東寄り
15青田同盟8215南西南寄り
16月白7414北部東寄り
17渡り鳥6913中央東寄り
18石垣会6312西部北寄り
19朝凪5811南東南寄り
20木陰5410南西西寄り
表の下には、圭の字で注記があった。
人数と砦保持数は、今回の公開値。
活動地域は、こちらで確認した城と領地から付けたもの。
砦の規模や種類による違いは、この順位には含まれない。
「白嶺も、一つとして数えられるのか」
「はい。収益が同じという意味ではありません」
朔が答えた。
五十一という数字は、五十一個の同じものを持っているということではない。
地図へ目を移す。
二十の名前は、それぞれ違う場所にあった。
*
「まずは天冠ですね」
佐伯が中央を指した。
「人数も砦も一位。仲裁に出てこられるだけの力と、各方面への連絡先を持っています」
白瀬の穏やかな話し方を思い出す。
あの会議では、誰も天冠を無視しなかった。
「五十八なら、七つ差だな」
巌が言った。
「保持数だけなら」
朔が続ける。
「こちらは戦争で移った砦もあります。天冠がどのくらいの損耗で取得して、今どのくらい蓄えているかは分かりません」
俺は頷いた。
差が七つだと分かっても、七つ取れば勝てるわけではない。
「それと、中央にいます」
律が地図の真ん中に指を置いた。
「いろいろな方面へ話を持っていけます。その代わり、いろいろな方面から話が来る場所でもあります」
北西には、北と西に地図の端がある。
中央には、それがない。
天冠が各方面のまとまりを気にする理由が、全体図を見ていると少し分かった。
「三位は、よく知っている相手だな」
巌が南西へ指を移した。
南西中央同盟。
俺たちがまだ小さかった頃から、ずっと大きかった名前だ。
「瀬名さんから祝辞が来ています」
律が一通を出した。
『二位、おめでとうございます。こちらは盃の取っ手で揉めています』
巌が声を上げて笑った。
「盃に取っ手は要るのか?」
「そこから揉めているそうです」
律も笑う。
けれど、佐伯は表の三位に小さな印を付けた。
「南西から大きく出ない方針で、この数を持っています。近くの同盟との調整も続いている。外への出兵が少ないからといって、動けないとは考えない方がいいでしょう」
自分たちが助けられたときの、あの速さを覚えている。
俺には、その心配はなかった。
*
四位の蒼穹については、東稜会から届いた話があった。
北東で、複数の同盟をまとめて大きくなった勢力。
人数だけなら、天冠に次ぐ二位。
「北東全体をまとめたんですか?」
「まだです」
佐伯は即座に答えた。
「東稜会も、長風も、月白も独立しています。蒼穹と協力しているところもありますが、同じ同盟ではありません」
俺は地図に引きかけた線を止めた。
二百五十一人という数字から、勝手に北東が一色になったような気がしていた。
「東稜会に聞けば、蒼穹のことが全部分かるわけでもないですよね」
「ええ。近隣として知っていることを教えてくれています。それ以上は、こちらから本人たちと話をしないと」
律が頷く。
五位、赤城連盟。
南東では、砦攻略の実績が最も多い。
六位、東雲。
東部から中央に向けて領地を持ち、複数の街道沿いに城が並ぶ。
「この二つは、今は土地の境目を協議中です」
佐伯が言った。
「揉めている?」
「話をしているところです。戦争になるとは、まだ言えません」
俺は書き方を直した。
境界問題。
そう書いた横に、協議中、と付け足す。
七位の白峰会は、北部の山地に砦が多い。
冬馬が地図を覗き込んだ。
「ここは、表示だと近くても、行ける道が限られそうですね」
「歩いたことは?」
「ありません。だから、今はそれだけです」
冬馬はそう言って、山の印から指を離した。
俺たちなら、北西の道については話せる。
荷車の車輪が沈む場所。
雨の翌日に、騎馬が速度を落とした坂。
見た目より広い林の切れ目。
けれど、地図の上にある北部の山については、ほかの人と同じだった。
*
八位で、少し静かになった。
天衡。
まだ百五十一人もいる。
砦は二十六。
負けた同盟という言葉だけでは、この二つの数字は想像できなかった。
「残っていますね」
俺が言うと、巌は頷いた。
「残す話で、手を打ったからな」
誰も忘れてはいなかった。
天衡が消えれば、その先まで北西の勢力が伸びる。
それを嫌がった者たちがいた。
「今のところ、取り決めた撤収と返還は進んでいます」
佐伯が言った。
「鷲尾の態度は?」
「愛想はよくありません。ただ、愛想は条件に入れていませんので」
律が少し俯いた。
笑いを堪えたらしかった。
俺も口元を押さえた。
嫌われていることと、停戦が破られることは別だ。
天衡の横には、敵、と書かなかった。
停戦履行を確認中。
それだけを残した。
九位の黒鉄は、南部。
重い兵種を使うという報告がいくつかあるが、全員が同じ編成とは限らない。
十位の東稜会は、俺たちにとって近い名前だった。
「百人いないんだな」
巌が言った。
「湊たちが動けたのも、ここの協力があったからです」
北東の足場。
現地の道。
到着を待ってくれた部隊。
俺たちの戦果の記録だけを読めば、湊班の騎馬が遠くまで駆け抜けた話になる。
その前後に、東稜会の仕事があった。
「魚の絵は、進んでいるそうです」
律が付け足した。
「それはよかった」
今度は、俺もすぐ笑えた。
*
十一位から下は、知らない名前が増えた。
水鏡は南東の河川地帯。
橋の両側に領地を持つ場所があり、通行についての相談が多いらしい。
西海連合は西部。
小さな同盟がまとまってできたというが、合併前の役割分担がどこまで残っているかは分からない。
長風は北東の北寄り。
騎馬を見たという報告はある。
湊は、それだけで騎馬同盟と書くのを止めた。
「一度見た部隊が、たまたま騎馬だったかもしれません」
俺たちが外からどう呼ばれているかを考えると、よく分かった。
猫を描いた同盟。
内政の同盟。
カイがいる同盟。
どれも間違ってはいないが、それだけではなかった。
十四位、紅蓮。
南部で黒鉄と領地が近い。過去に衝突したという話があるものの、今の関係は未確認。
十五位、青田同盟。
南西中央同盟と土地の相談を続けており、瀬名からは、返事の丁寧な相手だと聞いている。
十六位、月白。
北部東寄りに城が固まっている。まとまった出兵の記録は、手元にない。
十七位、渡り鳥。
名前に反して、中央東寄りの同じ地域で砦を増やしている。
「移動ばかりしているわけではないんですね」
葉が言った。
「うちも猫を飼っているわけではないしな」
巌が応じた。
十八位の石垣会で、佐伯が書簡を一枚持ち上げた。
「ここは、こちらから挨拶をしておきたい相手です」
西部北寄り。
俺たちの南側の領地から、それほど遠くない。
六十三人、砦十二。
上位の大同盟より小さい。
だが、日々の土地取得で先に顔を合わせるのは、こちらかもしれなかった。
十九位、朝凪。
南東の南寄りで、赤城連盟とは別に活動している。
二十位、木陰。
南西西寄り。ドット絵について律へ問い合わせた相手の一つだった。
「木陰の人からは、畑の作業に使う道を残したいと相談が来ていました」
「絵の話で?」
「はい。描ける形より、先にそれを聞かれました」
五十四人。
十個の砦。
その数字の横に、初めて、その同盟にいる人の姿が浮かんだ。
*
二十位まで読み終えると、地図にはいくつもの小さな紙が並んでいた。
知っていること。
聞いたこと。
まだ、分からないこと。
後ろの方ほど、空白が多い。
「二位になったのに、知らないことだらけですね」
俺が言うと、巌は腕を組んだ。
「二位になるまで、北西のことで忙しかったからな」
その通りだった。
城を守る。
砦を取る。
仲間の帰りを待つ。
揉めた土地の話を聞く。
気づけば、二百人になっていた。
「それで」
巌が俺を見た。
「うちは、どう見る?」
俺は表の二位へ目を戻した。
北西の猫。
二百人。
五十一の砦。
「城の近くで戦うなら、強いと思います」
言ってから、続けた。
「内政も進んでいます。交代で兵を出せるし、誰かが戦っている間に、ほかの城が育っています」
朔が小さく頷く。
「ただ、北部の山へ行けと言われたら、さっきの話くらいしか分かりません。東の街道も、南の川も」
「兵を連れていけば、同じように勝てるとは限らんか」
「はい。それに、二百人全員が同じやり方で動けるわけでもないです」
合同の砦攻略では、まだ報告が重複することがある。
任せたつもりの仕事が、相手には伝わっていなかったこともある。
猫の絵を描く間にも、何度かあった。
「でも、直す話ができるようにはなりました」
葉が言った。
「前の同盟が違う人にも、直接聞けます」
それは、数字の欄に載っていなかった。
巌は満足そうに頷いた。
「なら、しばらくはそれを進めよう。順位を追って、遠くへ兵を捨てに行くことはない」
俺は少し息を吐いた。
「七つ差、気になりませんか」
「なる」
返事は早かった。
「だが、八つ目を取った翌日に、家を失っても困るだろう」
豪快な声で言うから、皆が笑った。
*
会議が終わったあと、律と佐伯は挨拶を送る相手を相談し始めた。
まず石垣会。
それから、まだ直接話していない東部の同盟。
順位の高い順ではなかった。
近くで関わる可能性と、今までの付き合いを見ながら決めていた。
俺は表を一枚、城へ持ち帰った。
カイは窓際で、剣の手入れをしていた。
「一番になりに行くのか?」
「今日は行かない」
「明日は?」
「明日も、たぶん畑と倉庫」
「じゃあ、いつもと同じだな」
俺は机へ表を置いた。
一位から二十位まで。
並べてしまえば、上にいる方が強く見える。
それでも今日、最初に書簡を送ることになったのは、十八位の相手だった。
地図を開く。
北西の端には、いつもの猫がいた。
そこから少し南へ動かす。
石垣会の城が見えた。
今まで、自分たちの領地の外側として眺めていた場所だった。
俺はその城の名前を、表の裏に書き留めた。




