開示請求もん
第四十九話 当たりの出る城
俺の椅子に、玄が座っていた。
朝の用事を終えて広間へ戻ると、机を少し横へずらし、窓から入る光の中で登用の表示を開いている。
「何してるんだ」
「ここで引く」
「なんで?」
「この前、ここで引いた人がSR出しただろ」
「ああ」
猫の絵を作った後、何人かが城へ寄っていた。
その中の一人が、残していた札を使った。
SRの槍武将だった。
皆で喜んだ。
それだけの話だ。
「自分の城でも出るだろ」
「出てないから来たんだよ」
玄は、当然のように答えた。
俺は椅子の背へ手を置いた。
「少なくとも、そこに座る必要はないだろ」
「同じ場所の方がいい」
「その人が座ってたの、向こうだぞ」
玄が立ち上がった。
*
場所で確率が変わるという説明は、なかった。
念のため周に聞いたが、登用の場所による違いは案内されていないという。
玄にも、そのまま伝えた。
「だろうな」
そう言って、札を使った。
光が広間へ広がる。
見慣れた色から、途中で変わった。
俺と玄は、同時に黙った。
SR。
現れたのは、弓を持つ女武将だった。
玄が表示を開く。
弓兵の攻撃を高める技能。
個人の武力も、悪くない。
しばらくして、玄がこちらを見た。
「出た」
「……出たな」
「場所、変えたからか?」
「それは分からない」
俺はそう答えた。
答えながら、その椅子を見ていた。
*
話が広がるのは早かった。
『副盟主の城、出るらしい』
『玄さんもSR』
『広間の窓側だそうです』
俺は連絡欄へ書いた。
『場所によって確率が変わるとは確認されていません』
すぐに返事が来た。
『分かっています。今度寄ったとき、一回だけいいですか』
一回くらいなら。
そう思って、了承した。
その人はRだった。
次に来た人もR。
その次はN。
俺は少し安心した。
いや、本人たちには悪いのだが、これで落ち着くだろうと思った。
五人目で、SSRが出た。
*
音に驚いて、庭にいたカイまで来た。
広間の中央に、青みのある鎧を着た武将が立っていた。
手には槍。
登用した君主は、椅子から半分立ち上がった姿勢のまま固まっている。
名前は日向。
北沢会から合流した一人で、猫の顎を担当していた。
「……これ、SSRですよね」
「そうだな」
俺は表示を確かめた。
守備向けの技能がある。
迎撃。
槍兵。
欲しいと思っていたものが、きれいに並んでいた。
日向は、口元を手で押さえた。
「初めてです」
「おめでとう」
そう言うと、日向は何度もうなずいた。
カイが、俺の横から武将を見た。
「強そう」
「うん」
「お前の?」
「違う」
「ああ」
俺は少しだけ、長く息を吐いた。
*
翌日には、椅子の位置まで書かれた案内が、勝手に出回っていた。
俺が作ったものではない。
窓側。
昼前。
玄が引いたのは朝だったはずだが、その辺りは曖昧になっていた。
「日が差してる方がいいんじゃないですか」
「昨日は曇ってたよ」
俺が答えると、相手は少し考えた。
「じゃあ、天気は関係ないんですね」
場所も関係ないかもしれない。
そう言おうとして、やめた。
皆、信じ切っているわけではなかった。
ただ、自分の城で一人で引くより、誰かと一緒に結果を見る方が楽しいのだろう。
外れれば笑い、当たれば騒ぐ。
そのために来る者もいた。
葉が、広間の隅で記録を見ていた。
「当たっていない人の方が、多いです」
「そうだよな」
「そちらの報告も、残してあります」
俺はうなずいた。
連絡欄には、当たりの話ばかり残る。
Rが一人来たくらいでは、皆に知らせない人も多い。
それは分かる。
分かるのに、窓側の椅子を見ると、少し座りたくなった。
*
俺も引いた。
新しく手に入った札を二枚。
それから、少しずつ戻していたポイント。
まず一回。
Nだった。
次はR。
木材向けの技能を持っていた。
城へ来てもらった武将に挨拶をしてから、次を選ぶ。
今度もR。
戦闘向けだったが、既に育てている陸より優先する理由は見つからなかった。
「時間じゃない?」
玄が言った。
「お前、朝に出しただろ」
「じゃあ、向き」
「お前と同じ方向だよ」
カイが、窓の反対側へ回った。
「こっちから引く?」
「何が変わるんだ」
「景色」
俺は笑ってしまった。
そのまま、もう一回引いた。
Nだった。
*
最後の一回分がなくなった。
残高を見て、画面を閉じる。
玄が、何か言いたそうな顔をしていた。
「何」
「城主には効かないのかもな」
「便利な話だな」
俺は椅子にもたれた。
あの夜とは違う。
門は壊れていない。
兵は休んでいる。
強い武将が今来なければ、誰かが死ぬわけでもない。
それでも、目の前で何人も当たりを出していると、自分も出そうな気がした。
出なかった。
日向が引いたSSRの技能を、まだ覚えている。
自分の残高は、一回分も残っていない。
「飯にする?」
カイが聞いた。
「そうしよう」
立ち上がると、玄が椅子を見た。
「俺、もう一回だけ――」
「先に飯」
自分が言われる側だった言葉を、そのまま返した。
*
トレードを開いたのは、その日の夜だった。
登用ができないので、何となく見た。
守備向けの武将で絞る。
SRが並ぶ。
値段を見る。
閉じようとした。
買えない。
今の残高では、選ぶ以前の話だった。
けれど、下へ送ると、Rの武将にも守備向けの技能があった。
等級は低い。
その分、値段も違う。
俺は、一人を開いた。
槍兵を率いたときの守備が少し上がる。
個人の武力は、それほど高くない。
ただ、兵を率いて城へ置くなら、使い道はある。
同じ技能を持つ別の出品を開く。
値段が違った。
育成の進み方も違う。
俺は、二つの表示を見比べた。
気づくと、しばらく時間が経っていた。
*
翌日、律に聞いた。
「これ、同じような武将なのに、結構値段が違うんだな」
律は表示を見た。
「出す人が決めるからね。早く売りたい人もいるし、売れたらいいくらいの値段の人もいる」
「安い方を買えばいい?」
「使うなら。売り直すつもりなら、それで買う人がいるかも見た方がいい」
俺は顔を上げた。
「売り直す?」
「前に買った人も、不要になったら出すでしょう」
そうだった。
今まで、トレードは欲しい武将を買う場所として見ていた。
ポイントを増やす側としては、あまり考えていなかった。
律は俺の残高を見た。
「元手は?」
「これ」
「少ないね」
「昨日、なくなった」
「知ってる」
言い方が、少し優しかった。
それがつらかった。
*
最初は、買わずに記録した。
同じくらいの能力。
似た技能。
出品された値段と、一覧から消えた時刻。
消えたからといって、必ず売れたとは限らない。
取り下げたものもある。
成立した取引として確認できる分を、別に書いた。
圭へ見せると、紙の並びを少し変えてくれた。
「これなら、同じ条件のものを探しやすいです」
俺はうなずいた。
その日のうちに、見覚えのある出品が増えた。
昨日から残っている高いもの。
少し値段が下がったもの。
安いのに、ずっと売れていないもの。
安ければ買われるわけでもないらしかった。
需要のない技能は、値段を下げても残る。
一方で、地味なRの内政武将が、短い間隔で売れていた。
俺は、その技能を見た。
鉄の生産。
最近、同盟の連絡欄でも不足しているという話を見たことがあった。
*
最初に売ったのは、自分のところで配置が余っていたRの武将だった。
あの夜と、その後の登用で、同じ役割の者が増えていた。
杜衡を置いた施設には、以前の担当を重ねても効果は増えない。
別の施設には、既に成がいる。
仕事を整理すると、一人、常時の担当が決まっていない者がいた。
周に確認してから、その武将を呼んだ。
短く事情を話すと、静かに頭を下げた。
俺は少し迷って、トレードへ登録した。
名前を入力する欄はなかった。
能力と技能が、そのまま並ぶ。
値段を決めるところで、手が止まった。
高く出したい気持ちはあった。
ただ、使ってもらえる場所へ移るなら、その方がいいとも思った。
最近の成立価格を見て、少し低いところへ合わせた。
売れたのは、翌朝だった。
手数料を引かれたポイントが入る。
俺は残高を見た。
ガチャ一回分には、まだ足りなかった。
それでも、昨日より増えていた。
*
最初の買い物は、小さかった。
Rの内政武将。
食糧の技能が付いていた。
一覧の中では目立たないが、同じ程度の技能を持つ者より安い。
個人の武力が低いためかもしれない。
俺は、直近の成立分を確かめた。
買った場合に残るポイント。
売れた場合、手数料を引いて戻るポイント。
紙へ書いた。
計算してみると、思っていたほど増えなかった。
それでも、少しは残る。
買った。
そのまま高く出せば、すぐ売れる気がした。
売れなかった。
二日、残った。
「増えた?」
カイが聞いた。
「まだ」
「この前も、まだって言ってたな」
「待つものだから」
「建物と違って、終わる時間ないぞ」
俺は表示を見た。
その通りだった。
仕方なく、値段を少し下げた。
さらに待って、ようやく成立した。
手数料を引く。
最初の残高と比べる。
少しだけ増えていた。
本当に、少しだけだった。
俺は、その数字をしばらく見ていた。
*
二度目は、同じ失敗をしなかった。
少なくとも、同じつもりでは買わなかった。
高く出せそうだからではなく、実際に使われている価格を見た。
売れずに残る分も考えた。
全部のポイントを一人へ使うのはやめた。
小さな売買を二つ。
一つは早く売れた。
もう一つは残った。
それでも、残高が少しずつ動くようになった。
昨日は手が届かなかった出品を、今日は開ける。
買わなくても、値段の違いが気になった。
以前なら、NかRか、SRかを先に見ていた。
今は、技能の名前へ目が行く。
この程度なら、もっと安いものがあった。
この組み合わせは、同じ値段であまり見ない。
分かるものが、一つずつ増えた。
*
城へ来た日向が、窓側の席で登用を始めた。
俺は少し離れた机で、トレードを見ていた。
光が変わる。
周囲が騒いだ。
SRだった。
「また?」
思わず顔を上げた。
日向が、申し訳なさそうにこちらを見る。
「すみません」
「謝らなくていい。おめでとう」
心から祝っている。
それは本当だ。
ただ、同じくらい、自分の結果も思い出した。
カイが横へ来た。
「引かないの?」
「今、買うか迷ってるのがある」
「何を?」
「槍兵の守備が上がるやつ」
「欲しかったやつ?」
「SSRではないけどな」
表示の武将はRだった。
技能を確かめ、値段を見る。
今なら買える。
売って増やした分を含めれば、少し残る。
俺は決定を押した。
現れた武将へ、名前を聞く。
「廉と申します」
短い返事だった。
俺はうなずいた。
「城の守りを頼みたい。まず、陸と一緒に訓練してくれ」
廉が頭を下げた。
派手な光はなかった。
広間の向こうでは、まだSRの話で盛り上がっていた。
俺は、自分の編成を開いた。
前から空けていた場所へ、ようやく役割の合う武将が入った。
*
「それ、売らないの?」
玄が聞いた。
「これは使う」
「最近、ずっと売ったり買ったりしてるだろ」
「そのために増やしてたんだよ」
言ってから、少し考えた。
最初は、ガチャを回すポイントが欲しかった。
でも、今は一回分増えても、すぐに登用へ使いたいとは思わなかった。
そのポイントがあれば、買えるものが増える。
買えるものが増えれば、選べる。
欲しい役割へ近づける。
それが、面白くなっていた。
玄が俺の机を見た。
並んでいるのは、戦闘の記録ではない。
武将の技能。
出品価格。
成立した価格。
手数料を引いた後の数字。
「お前、暇になると、結局そういうこと始めるんだな」
「どういうことだよ」
「紙を増やす」
言い返せなかった。
*
夜、カイが広間へ来た。
「まだ見る?」
「あと少し」
一覧を更新すると、見ていた武将が消えていた。
売れたらしい。
惜しかった気がして、次を探す。
カイが椅子の背へ手を掛けた。
「ガチャ、やめたのに」
「うん?」
「同じこと言ってる」
俺は手を止めた。
建設が終わるまで。
部隊が帰るまで。
次の結果を見るまで。
今度は、安い出品が出るまで。
画面を閉じた。
「今日は終わり」
「明日は?」
「朝、ちょっと見る」
カイは笑った。
俺も笑って、紙を重ねた。
一番上には、今日の収支があった。
廉を迎えたので、ポイントは減っている。
ただ、城の守備には一人増えた。
その横へ、使うために購入、と書いた。
窓側の椅子は、空いていた。
当たりが出る城という噂は、まだ続いている。
その城の主だけは、夜になると、少し離れた机で値段を見比べるようになっていた。




