↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
49/200

トレード

第四十八話 順位にない強さ

――白瀬


 猫の絵を見て、最初に笑ったのは私だった。


 北西の端。


 領地の色を見やすくして、地図を引く。


 二つの耳と、長いひげが現れる。


 よくできていた。


 隣にいた同僚は、しばらく黙って見てから言った。


「戦争が終わったばかりなのに、暇なんでしょうか」


「暇な時間を作れたのでしょう」


 私は答えて、律と佐伯から届いた書簡を開いた。


 完成の案内。


 同盟名の変更。


 既存の約束は継続すること。


 問い合わせ先には、二人の名前が並んでいた。


 北西の猫。


 少し前まで、北西中央同盟と呼んでいた相手だった。


「名前まで変えるとは思いませんでした」


「私もです」


 巌の顔を思い浮かべた。


 笑って了承する姿は、簡単に想像できる。


 ただ、あの男一人が面白がっただけで、二百人の同盟名が変わったわけではないだろう。


 私は書簡を脇へ置き、天衡との戦争に関する記録を手前へ引いた。


 今日、見直すのはこちらだった。


     *


 天冠は、第三世界で一位の同盟だ。


 人数も、砦保持数も、今のところ一番上にいる。


 それは事実だった。


 だが、順位表は、出兵を命じて何人が動くかまでは教えてくれない。


 兵を何日維持できるか。


 指示を受けた者が、いつ到着するか。


 負けた後、何人がもう一度部隊を出せるか。


 そうしたことを知るには、別の記録が要る。


 私たちが各地の戦争を調べるのも、そのためだった。


 北西中央同盟については、以前から見ていた。


 巌は人を集める。


 自分で前へ出る。


 負担を引き受けた者を、後で放っておかない。


 付き合いやすい相手ではあった。


 同時に、放置すれば大きくなる相手でもあった。


 だから、天衡を残した。


 北西がまとまることを認めながら、東へ自由に伸びきることは避けたかった。


 その判断を、今すぐ間違いだったとは思っていない。


 ただ、当時の評価には、足りないところがあった。


     *


「やはり、砦でしょうか」


 同僚が言った。


 手元には、西端が合流する前の順位表がある。


 人数二十位。


 砦保持数十位。


「これだけの補正が加わったのは、大きいですね」


「大きいです。ただ、それだけなら計算できました」


 砦を持つ同盟が合流すれば、資源の生産が増える。


 施設を進めやすくなり、兵も増える。


 天衡も、それを嫌って開戦した。


 見落としは、別のところにあった。


 私は、北西で確認された部隊の出撃記録を並べた。


 西端が加わる前。


 加わった後。


 北西中央同盟の兵が、突然強い武将に変わったわけではない。


 兵種も、ほぼ同じだ。


 それでも、前線で休む部隊と、戦う部隊が分かれ始めている。


「この辺りから、無理に継続している部隊が減っています」


 同僚が紙を指した。


 私はうなずいた。


「西端が守り方を変えたところへ、巌が交代する兵を入れた」


 小さな同盟では、守る場所が分かっていても、そこへ置く兵が足りなくなる。


 大きな同盟では、兵を出せても、一か所へ集めすぎたり、到着がずれたりする。


 二つが一緒になった。


 戦闘報告の数字が変わるより先に、部隊の使い方が変わっていた。


     *


 別の紙を開いた。


 湊という君主が率いた、北東の騎馬部隊についてだった。


 名前を聞いたとき、私は西端の古参だと思った。


 違った。


 五人の小さな同盟をまとめて、後から入った者だという。


 同僚も、その経歴を見た。


「最初の七人には、入っていないんですね」


「ええ」


 私たちは、あの七人へ目を向けすぎていたのかもしれない。


 実際、目立つ。


 砦を取る。


 戦闘をまとめる。


 内政を整え、外へ話を通す。


 得意な者が揃っている。


 それだけなら、七人がいる間だけ強い同盟だと評価できた。


 だが、天衡の後方を崩したのは、その七人ではなかった。


 湊の班だった。


「こちらの記録では、無理な追撃が少ない」


 私は言った。


「勝った後に止まり、別の場所へ移っている。騎馬の速さだけでは説明できません」


「教わったのでしょうね」


「教わって、自分で判断できるところまで来ている」


 その違いは大きかった。


 優秀な指揮官を一人抱えることと、指揮を任せられる者を増やすことは、同じではない。


 七人の働きを見ていたら、いつの間にか、その周りにも同じことをする者が増えていた。


     *


 同僚が、窓の外を見た。


 訓練場では、こちらの部隊が整列している。


 兵は多い。


 装備も揃っている。


 私は、その様子を見てから紙へ目を戻した。


「武将の質なら、うちの方が上でしょう」


 同僚が言った。


「確認できた範囲では」


 私は答えた。


 SSRの所有数を、完全に知る方法はない。


 戦いに出た者は分かる。


 城へ残した者までは分からない。


 それでも、天冠が持つ戦闘向けの武将と兵力は、大きな強みだった。


 それを低く見る必要はない。


「では、正面から戦えば」


「どこで?」


 私が聞くと、同僚は止まった。


「北西であれば、相当嫌ですね」


 私は、西端の周辺で起きた戦いの記録を出した。


 相手の方が多い兵を持っていても、損害が偏る。


 一度なら、技能や相性で説明できる。


 何度も続くと、それだけでは足りない。


 地形を使っているらしいことは、敗れた側の話から分かった。


 ただ、どこを見て、どう指示を出しているかまでは知らない。


 彼らは、その部分を詳しく話さない。


「こちらが同じ兵数を揃えても、向こうは同じ場所で受けないでしょう」


「外へ引き出せば?」


「そこは、まだ分かりません」


 私は、記録の空いている場所を指した。


 北西の城の周辺では強い。


 北東の作戦には、地元の東稜会が付いていた。


 知らない土地へ大軍を送り、長く維持する力については、まだ十分な材料がなかった。


 だから、無敵と書くつもりはなかった。


 ただ、弱いと確認できた場所も、見つかっていなかった。


     *


 昼過ぎ、南西中央同盟の瀬名と会った。


 別件の境界協議があり、数日前から滞在していた。


 食事をしながら北西の話を出すと、瀬名は少し笑った。


「猫、見ましたか」


「見ました。そちらは盃を作るとか」


「場所の相談中です。描くより、そちらの方が時間を使っています」


「律殿に?」


「今は佐伯殿にも」


 私は、顔を上げた。


 瀬名は茶を飲んだ。


「以前からの相手には律殿が返し、新しい取り決めは佐伯殿とも共有する形になったようです。どちらへ送っても、同じ話になります」


 私は、朝の書簡を思い出した。


 二人の署名。


 自然な変更に見えた。


 だが、合流した同盟では、そこが難しい。


 以前からの担当と、新しく入った優秀な担当。


 外の相手が後者を選び始めれば、内側で摩擦が生まれる。


 北西でも、何もなかったとは思えない。


 それでも、今は同じ返事が来る。


「うまく折り合ったようですね」


 私が言うと、瀬名はうなずいた。


「少なくとも、こちらが間に入って、どちらが正しいか聞く必要はありませんでした」


 外から見れば、小さなことだった。


 実際に交渉する側には、その小ささがありがたい。


     *


「南西としては、あの同盟をどう見ていますか」


 私は聞いた。


 瀬名は、すぐには答えなかった。


 少し考えてから、言った。


「約束をする相手として、付き合いやすいですね」


「軍事的には?」


「攻めたくはありません」


「勝てないからですか」


「勝てる戦いでも、始める理由がありません」


 瀬名は、杯を置いた。


「境界の話ができる。こちらの都合も聞く。無理なら、無理だと返す。攻めて得るものと、失う関係が釣り合わない」


 私は黙って聞いた。


「それに、こちらが攻めたら、東稜会はどう思うでしょう。南東で絵の相談をしている相手は?」


 軍事同盟の約束があるとは限らない。


 援軍が来るとも限らない。


 それでも、攻める側が説明しなければならない相手は増える。


 天衡との戦争では、その説明を怠った側へ、別々の日に敵が増えた。


 北西の猫は、今も友好関係を増やしている。


 砦を渡す話ではなく、猫の目をどこへ置くかという相談で。


     *


 部屋へ戻り、私は猫の図を開いた。


 同僚が不思議そうにこちらを見た。


「何かありましたか」


「これを、もう少し調べたい」


「絵をですか」


「作った人たちを」


 案内に添えられた説明を読む。


 いくつかの班に分けた。


 旧来の所属が違う者同士を混ぜた。


 移動時間を確かめ、取得する順番を決めた。


 参加できなくなった者の担当を、別の者が引き受けた。


 間違って取った土地は、報告して直した。


 私は、最後まで読んで紙を置いた。


「合流後の訓練ですね」


 同僚が言った。


「結果としては」


「最初から、そのために?」


「学ぶためとは書いてあります。ただ、皆が軍事訓練のつもりで参加したかは分かりません」


 そこが気になった。


 命じられて列を作るだけなら、こちらでもできる。


 彼らは、完成した地図を知り合いに見せていた。


 自分がどこを取ったかを話す。


 一緒の班だった相手へ、また書簡を送る。


 次に何かを頼むとき、初めての相手ではなくなる。


 遊びで空けた時間に、二百人が互いを知っていく。


 巌が大きな方針を出したとき、実際に動く者同士の距離が、少しずつ縮まっていた。


     *


「ただ、戦争がなければ、こちらも育ちます」


 同僚が言った。


 それも正しかった。


 平穏な時間が、北西だけに与えられるわけではない。


 私は、生産施設についての記録を開いた。


 正確な資源収入は分からない。


 分かるのは、交易相手が見た城の変化や、建設の進み方。


 以前は軍備の薄かった君主が、どのくらいの間隔で新しい部隊を出すようになったか。


 断片的な話を、日付で並べる。


「こちらが十人の主力を強くしている間に、向こうは三十人が部隊を持てるようになっているかもしれません」


「内政を先にする、という話ですか」


「全員が同じ順番ではないでしょう。守る者も、砦へ出る者も必要です」


 北西の記録では、そこが分かれていた。


 少ない人数で砦を取り、残りは育つ。


 育った者が、次の出兵を引き受ける。


 最初に強かった者だけが、ずっと戦い続けていない。


 だから、戦争が終わった後も伸びる。


 平穏になってから、弱かった城の底が上がる。


 私はペンを持った。


 天衡を残せば、北西は東へ動きにくくなる。


 それは、今も変わらない。


 ただ、動かない間に何をするかを、軽く見ていた。


     *


 夕方、評価をまとめた。


 人数は天冠より少ない。


 確認された最高等級の武将数も、こちらに分がある。


 遠隔地への長期遠征は、判断材料が足りない。


 そう書いた後、次の行へ進んだ。


 領内の防衛。


 部隊の交代。


 損耗からの回復。


 現地で判断できる君主の増加。


 合流後の意思疎通。


 友好同盟との関係。


 書いている途中で、同僚が尋ねた。


「結局、どのくらい上へ置きますか」


 私は順位表を見た。


 一位、天冠。


 そこは変わっていなかった。


「総合的には、最上位と並べます」


「うちと?」


「ええ」


 同僚は黙った。


 私は続けた。


「北西へ攻め込んで、土地を取り、反撃を受け、さらに占領を維持する。そこまで含めるなら、現状で最も難しい相手かもしれません」


「実質、最強だと?」


 その言葉を、私は少し考えた。


 勝ったことのない相手まで含めて、一番だと言うことはできない。


 けれど、誰が最も強いかと聞かれたとき、一位の同盟名だけを返すことも、もうできなかった。


「その可能性を、無視できない同盟になりました」


 私は答えた。


「少なくとも、北西で彼らと戦うなら、私は天冠が上だとは言いません」


     *


 報告の最後に、対応の方針を書いた。


 友好を維持する。


 取り決めを守る。


 内政と共同作業について、交換できる情報を探る。


 挑発して反応を確かめるようなことはしない。


 戦えば弱点が見えるかもしれない。


 ただ、そのために払うものが大きすぎる。


 猫を見ているだけで、まだ学べることがあった。


 報告を閉じたところで、佐伯から返事が届いた。


 朝、こちらから送った祝いへの礼だった。


 最後に、一文が付いている。


『次の制作案を考えている者もおります。そちらで試される際は、分かったことを教えていただければ幸いです』


 私は、少し笑った。


 こちらでは、脅威の評価に半日を使っていた。


 向こうでは、次に何を描くか話している。


 それを余裕と呼ぶだけでは、足りない気がした。


 同僚へ書簡を見せる。


「何か、作ってみますか」


「天冠で?」


「ええ。まずは、小さなもので」


 同僚は、地図を開いた。


 空いている土地を探し、途中で止まる。


「隣の班の取得予定を、確認しないといけませんね」


「そうですね」


「それと、誰が何枚持てるかも」


 私はうなずいた。


 北西の猫が、最初にどんな相談をしたのか。


 少しだけ、見え始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。