伐採
近づくにつれて、木の匂いが強くなった。
屋根の下には、斧や鋸が並んでいる。壁の片側は開いていて、外からでも中が見えた。思っていたほど大きくはない。
「これが伐採所か」
カイが入口で足を止めた。
「木を切る場所っていうより、道具置き場だな」
「切るのは森だからじゃないか」
「ああ、そうか」
俺たちの横を、男が二人通り過ぎた。
一人が斧を取り、もう一人が縄を肩に掛ける。そのまま建物の裏へ回っていった。
話し声はしなかった。
少し離れたところにも、同じように道具を運ぶ者がいる。誰もこちらを気にする様子はなく、それぞれ決まった場所へ向かっていた。
表示を開く。
建設中の文字は消えていた。
代わりに、生産量と配置人数が並んでいる。
「もう働いてるんですね」
追いついてきた周に聞いた。
「はい。予定していた者を配置しております」
「俺が何か押さなくても?」
「今回の配置は、建設時に設定されておりました」
そんな項目があっただろうか。
決定する前に出た説明を思い返す。必要な資源と完成までの時間は見た。それより下にも、何か書いてあった気がする。
「……次から、ちゃんと見ます」
周は一礼した。
木材の所持数を確かめる。
まだ増えていない。
少し待ったが、数字は同じだった。
「すぐには入らないのか」
「生産には時間が掛かります」
俺は頷いた。
完成まで待った後は、木が届くまで待つらしい。
カイは建物の横から森を見ていた。
「どこまで切っていいんだ?」
「現在の生産範囲は、あちらの杭まででございます」
周が示した先に、細い杭が何本か立っていた。
木々の間に縄が張られている。
カイは目を細めた。
「あんまり広くないな」
「施設を拡張すれば、範囲も広がります」
「また建てるのか」
「資源と条件が整えば」
俺は表示にある、強化という項目へ指を伸ばした。
必要資源が出る。
さっき使ったばかりの木材が、また必要だった。
石も要る。
足りない数字は赤くなっていた。
「これは、まだ無理だな」
閉じようとすると、カイが覗き込んだ。
「もう大きくするの?」
「いや。いくら掛かるのか見ただけ」
「できたばっかりなのに」
「そうだけど」
言い返しかけて、やめた。
さっきまで、完成したら安心できると思っていた。
実際に完成してみると、今度は生産量が少ない気がする。大きくすれば、その分早く次へ進める。そう考えて、ほとんど反射で強化を開いていた。
まだ、この伐採所から木が一本も届いていないのに。
*
建物の脇に、切り株があった。
カイが腰を下ろしたので、俺も隣の丸太に座った。
周は少し離れて立っている。
森の方から、木を打つ音が聞こえ始めた。
一定の間隔で、乾いた音が響く。
「疲れた?」
カイに聞かれた。
「ちょっと」
「結構歩いたな」
「城って、もっと狭いと思ってた」
昨日は周について回っただけだった。今日、自分で案内しようとすると、覚えていない道がいくつもあった。
城壁の内側には、まだ入っていない建物もある。
「明日は、あっちも行こうぜ」
カイが奥を指した。
「何があるんだろうな」
「俺に聞かれても」
「君主だろ」
「二日目だぞ」
カイが笑った。
俺も少し笑って、それから膝の上で手を組んだ。
斧の音が続いている。
「……遅いのかな」
「何が?」
「俺がやってること」
言ってから、うまく説明できないことに気づいた。
カイは待っていた。
「ほかにもいるんだよ。俺みたいなやつが。昨日、募集のところで見た」
「うん」
「もう仲間を集めてたり、条件を決めてたりしてさ。たぶん、何をすればいいか分かってるんだと思う」
俺は足元の土を見た。
「俺、今日やっと伐採所が一つできただけだから」
口に出すと、急に大したことがないように思えた。
昨日からずっと、これができるのを待っていたのに。
「その連中、いつ来たんだ?」
「え?」
「昨日?」
顔を上げる。
カイは普通に聞いていた。
「……分からない」
「じゃあ、ずっと前からいるかもしれないだろ」
「それは、そうだけど」
昨日の募集文を思い出す。
書いてあったのは、同盟の名前や募集条件だった。いつこの世界に来たのかまでは、確認していない。
俺は勝手に、同じところから始めた相手だと思っていたらしい。
「あとさ」
カイが伐採所を見た。
「これ、昨日はなかったんだろ」
「なかった」
「じゃあ、一つできたじゃん」
俺は返事をしなかった。
安心するには、まだ分からないことが多すぎた。
城の外に誰がいるのか。
いつまでここにいるのか。
どうすれば帰れるのか。
どれも、この建物が一つできたくらいでは変わらない。
ただ、昨日は何もなかった場所で、今日は人が働いていた。
それは俺にも見えた。
*
やがて、森から二人の男が戻ってきた。
枝を落とした木を運び、屋根の下へ置く。短い報告を周に告げると、再び森へ向かった。
表示の隅で、木材の数字が変わった。
「あ」
思わず声が出た。
「増えた?」
「うん」
カイにも見えるように、数字を指す。
ほんの少しだった。
強化に必要な量には遠い。それでも、さっきまで動かなかった数字が増えている。
俺はもう一度、生産量を見た。
このまま働いていれば、夕方にはどのくらいになるのだろう。
「周さん。これ、夜も同じだけ増えるんですか」
「施設の稼働状況は、こちらでご確認いただけます」
教えられた項目を開く。
今度は、下まで読んだ。
カイが隣で欠伸をした。
「腹減ったな」
「朝、食べたばっかりだろ」
「もう昼だろ」
空を見る。
確かに、日はずいぶん高くなっていた。
建設の残り時間を何度も見ていた朝が、少し前のことに思えた。
「戻ろうか」
表示を閉じ、丸太から立ち上がる。
カイも腰を上げた。
「午後は?」
「畑を見たい。三つ建てれば札がもらえるってやつ、どこに作れるのか確認する」
「また誰か来るのか」
「まだ札をもらってからだけどな」
「そいつの部屋も要るな」
俺はカイを見た。
昨日は登用することばかり考えていて、寝る場所のことまで頭が回っていなかった。
「……そうだな。空いてる部屋も見ておくか」
帰り道は分かった。
薪の積まれた壁まで戻って、角を曲がる。
カイは俺の横を歩いていた。
広場へ出る手前で、また木材の数字を見たくなった。
手を上げかけたところで、カイが聞いた。
「昼飯、何だろうな」
「知らないよ」
「朝の汁、うまかった」
「あれ、何が入ってたんだろ」
話しているうちに、食事をする建物が見えた。
俺は上げかけた手を下ろした。
木材は、食べ終わってから確かめることにした。




