のんびり
第四話 待っている間に
戸を叩く音で目が覚めた。
「君主様。朝でございます」
周の声だった。
返事をしようとして、喉が詰まる。
天井が高い。
見慣れた照明がない。
昨日と同じ木の梁を見上げたまま、しばらく動けなかった。
「……起きました」
「朝食のご用意ができております」
「すぐ行きます」
足音が遠ざかる。
布団をめくって、寝台の端に座った。
帰っていない。
寝れば戻れるかもしれないと、少しだけ思っていた。そんな仕組みがあると聞いたわけでもないのに、目を閉じる前は期待していたらしい。
靴を履く。
窓の外では、もう人が働いていた。
桶を二つ担いだ男が、建物の間を歩いていく。少し遅れて、空の荷車を引く二人が通った。
昨日より早い時間なのだろう。
空気が白っぽく、屋根の端に朝日が当たっていた。
俺だけが起きられずにいるようで、急いで部屋を出た。
*
カイは、もう食卓にいた。
俺を見ると、持っていた椀を少し下げる。
「おはよう」
「おはよう。早いな」
「起こしてもらった」
周を見る。
「カイ様には、少し先にお声をお掛けしました」
俺は頷いて、昨夜と同じ椅子に座った。
温かい汁物と、穀物を炊いたもの。小皿には漬物のような野菜が載っている。
「眠れたか?」
カイに聞かれて、匙を取る手が止まった。
「うん。まあ」
「俺はよく寝た。毛布、ありがとな」
「ああ」
昨夜、追加で運んだ毛布のことだった。
「寒くなかった?」
「平気だった」
カイは汁を飲んだ。
俺も食べ始める。
腹が減っていない気がしていたが、一口入れると、そうでもなかった。温かいものが胃へ落ちて、ようやく体が起きてきた。
「今日は城、見せてくれるんだろ」
「そのつもりだけど……先に、昨日の建物を確認したい」
表示を開く。
建設中の項目を選ぶと、伐採所の名が出た。
横に、残り時間がある。
まだ終わっていなかった。
「寝てる間には、できなかったか」
「完成は昼前の予定でございます」
周が答えた。
「完成したら、すぐ木が増えるんですか」
「働く者の配置が済めば、生産が始まります」
「じゃあ、それまで待つ感じですね」
俺は残り時間を見た。
数字が一つ減った。
見ていても、早くはならない。
「待ってる間に回ればいいだろ」
カイが言った。
「城を?」
「うん。昼前まであるんだろ」
画面を閉じる。
昨夜、自分で案内すると言ったのを思い出した。
「……そうだな」
*
外へ出ると、思っていたより風が冷たかった。
カイは上着の前を合わせ、広場を見回した。
「まず、どっち?」
「倉庫は、こっち」
俺は右へ歩き出した。
昨日通った道だ。
角を曲がると、薪が積まれた壁が見える。その先に、大きな扉の建物があった。
間違えずに着けたことに、少し安心した。
「ここに資源が入ってる」
「木とか米とか?」
「そう。石も」
扉の前には男が一人立っていた。こちらに気づくと、頭を下げて脇へ寄る。
中に入る。
木材の束と、積まれた袋。昨日も見たはずなのに、今日は奥の暗さが気になった。
表示なら、資源は一列の数字になる。
実物は場所を取る。
木は長いし、袋は重そうだった。
カイが入口近くの木材を見る。
「これを、新しい建物に使うのか」
「たぶん」
答えてから、周へ目を向けた。
「はい。建設に必要な分は、こちらから運び出しております」
カイは木材の端を指で押した。
動かなかった。
「一人で運ぶには長いな」
「持てる?」
「持てても、曲がり角でぶつける」
確かに、さっき通った道は狭かった。
倉庫から出ると、二人の男が材木を一本ずつ、前後で支えて運んでいた。
俺たちは道の端へ寄った。
男たちは足を合わせ、ゆっくり角を曲がる。
カイが、その先を見送った。
「建ててる場所は、あっちか?」
「うん。見に行こう」
歩きながら、俺は建設の表示をもう一度開いた。
残り時間は、少ししか減っていなかった。
前を歩く二人は、一度材木を下ろし、持ち直している。
画面の数字から目を離して、そちらを見る。
昨日、決定を押したときには、こういう仕事まで考えていなかった。
*
伐採所の予定地には、柱が立っていた。
昨日は縄で囲われていただけの場所だ。
屋根はまだ途中だったが、建物の形が分かるくらいには進んでいる。
「おお……」
思わず声が出た。
カイが俺を見る。
「昨日はなかったのか?」
「何も。地面だけ」
近づきかけると、周が静かに手を出した。
「こちらでお待ちください。上から物が落ちることもございます」
「あ、はい」
縄の外で止まる。
中では、一人が柱の上に乗り、別の男が下から板を渡していた。
木を打つ音が響く。
少し離れた場所には、束ねた枝や切り株が置かれていた。
「ちゃんと作ってるんだな」
カイが言った。
「そうなんだよ」
俺は頷いた。
建設中。
昨日は、その四文字を見ていただけだった。
実際には、柱に足を掛けている人がいる。下から板を持ち上げている人もいる。
しばらく見ていると、材木を運んできた二人が到着した。
置き場の前に、短い木片が散らばっている。
前を持っていた男が、足元を確かめるように止まった。
「これ、どかしていいか?」
カイが近くの作業員に聞いた。
作業員は木片を見て、頷く。
カイがしゃがんだ。
両手で数本まとめ、脇に積む。
俺も近くの一本を拾った。
見た目より重い。
皮の粗いところが掌に引っかかって、持ち方を変えた。
「そこに置けばいい?」
「うん。足、気をつけろよ」
カイの横へ重ねる。
材木を持った二人が、その空いた場所を通った。
作業員が短く礼を言った。
それだけだった。
建設時間が急に短くなることも、何かの報酬が出ることもなかった。
でも、さっきより歩く場所が広くなった。
カイは手についた土を払う。
「次、井戸?」
「……うん」
俺も手を払った。
細かな木の皮が、一つだけ掌に残っていた。
*
井戸のそばには、順番を待つ人が二人いた。
邪魔にならない場所から、カイに教える。
台所への道。
寝泊まりする建物。
まだ使われていない空き地。
途中までは覚えていたが、空き地の向こうへ出たところで分からなくなった。
同じような壁が続いている。
俺は立ち止まった。
「……こっち、広場に戻れましたっけ」
「一つ手前の道でございます」
周が答えた。
カイが笑った。
「案内役も初日か」
「二日目」
「大して変わらないな」
引き返す。
恥ずかしかったが、カイはそれ以上からかわなかった。
しばらく歩くと、低い城壁の内側に出た。
石段があり、上へ登れるようになっている。
「上、行っても?」
「足元にお気をつけください」
周の返事を聞いて、登り始める。
段の高さが揃っていない。
手を壁につきながら上がると、急に風が強くなった。
城の外が見えた。
近くには畑。
その先に草地があり、林が続いている。遠くは霞んでいて、地図で見たような境界線はどこにもなかった。
カイが隣に立つ。
「広いな」
「うん」
地図を開けば、この先にも土地が続いている。
城があって、別の君主がいる。
俺と同じように、昨日どこかへ現れた人もいるのだろうか。
昨日送った手紙のことを思い出して、書簡の項目を確かめた。
返事は、まだなかった。
閉じる。
「何か待ってるのか?」
カイに聞かれた。
「手紙の返事。ほかの城の人に送ったんだ」
「知り合い?」
「知らない人」
カイは少し考えてから、頷いた。
「返ってくるといいな」
「……そうだな」
風が上着の裾を揺らした。
下では、畑の間を人が歩いている。
ここから見ると、小さかった。
「俺、元の場所に帰れるかも分からないんだ」
気づくと、口に出していた。
カイは外を見たまま聞いていた。
「昨日、急にここに来て。城主だって言われてさ。建物を選んだり、人を呼んだりしてるけど……これでいいのか、全然分からない」
言葉が止まる。
周も黙っていた。
答えがないのは、もう知っている。
それでも、誰かに言いたかった。
「朝、起きたら戻ってるかと思った」
カイが俺を見た。
「戻ってなかったな」
「うん」
少し間が空いた。
「俺には帰り方、分からないぞ」
「分かってる」
「城のことも、まだ知らない」
「俺も」
カイが壁に置いていた手を離す。
「じゃあ、今日、もう少し見よう」
下を指す。
さっきまで見ていた畑だった。
「あそこは、まだ行ってないだろ」
俺は畑を見た。
狭い道を挟んで、いくつかに区切られている。
何が植わっているのかも、まだ知らなかった。
「……行ってみるか」
石段へ向かう。
降りるときは、登るときより足元が怖かった。
*
畑には、背の低い芽が並んでいた。
俺は畝を踏まないように、道の端を歩いた。
「これ、全部うちの畑ですか」
「はい。城内の農地でございます」
周が答える。
カイはしゃがんで、葉を見ていた。
触りはしなかった。
「収穫までは、まだかかりそうだな」
俺は農地の表示を開いた。
生産に関する項目を探していると、端に小さな印があった。
昨日もあったかもしれない。
気づかなかった。
選ぶと、別の一覧が開いた。
【達成課題】
建設。
内政。
領地。
いくつかの項目が並んでいる。
建設を選ぶと、条件と報酬が表示された。
【畑を三か所建設する】
【達成状況:一/三】
【報酬:登用札一枚】
俺は足を止めた。
「登用札」
カイが立ち上がる。
「昨日、俺を呼んだやつか?」
「うん。畑を三つ作ると、もう一枚もらえるらしい」
もう一人、武将を迎えられる。
昨夜は、次の札がいつ手に入るのか分からなかった。
それが、急に手の届く場所へ出てきた。
「あと二つか」
空いている土地を見る。
さっき通った場所なら、畑にできそうだった。
「周さん。あの空き地に作れます?」
「建設可能な場所であれば。ただ、着工前に必要な資源をご確認ください」
建設の画面へ移る。
畑を選ぶ。
必要なものが並んだ。
木材。
石材。
それから、今の所持量。
二つ分を頭の中で足そうとして、やめる。まず一つでも、倉庫の数字がかなり減る。
俺は画面を行き来した。
登用札一枚。
畑、あと二か所。
欲しい。
ただ、昨日も建物を一つ選んだばかりだ。
「今日、決めないと駄目なのかな」
「期限の記載がなければ、急ぐ必要はございません」
もう一度、課題を見る。
期限はなかった。
カイが空き地の方へ目を向ける。
「先に、何を植えるのか聞いてみたら?」
「何を?」
「畑を作った後。俺、さっきの芽が何なのかも知らない」
俺も知らなかった。
表示を閉じて、畑の奥を見る。
一人の女の人が、腰を曲げて草を抜いていた。
「聞いてくる」
道を歩いて近づく。
声を掛けると、その人は手を止めた。
植えているものの名前を教えてもらう。
水を運ぶ場所も聞く。
収穫までにする仕事も。
聞いている途中で、腰のあたりに小さな音が鳴ったような気がした。
表示が浮かぶ。
【伐採所の建設が完了しました】
俺は城の奥へ顔を向けた。
ここから屋根は見えなかった。
「できた?」
カイが聞いた。
「うん。伐採所」
「見に行こう」
頷きかけてから、目の前の女の人へ向き直る。
「すみません。話の途中で」
「いえ」
「また、教えてもらっていいですか」
女の人は頷いた。
俺たちは畑を離れた。
さっきより道が分かる。
井戸の横を通り、薪の積まれた壁の手前で曲がる。
今度は周に聞かずに進めた。
角の先に、新しい屋根が見えた。
カイが歩くのを少し速める。
俺も、その隣に並んだ。




